新時代の意味がクッソ重くなった……
「ひ……ぃ……っ」
黒猫海賊団は発足してから人身売買の現場の強襲、その結果の救出によって商品にされるところだった人間達が構成員となって拡大してきた面がある。
高い戦闘力と練度を持つ親衛隊も含めて誰もが、奴隷にされる恐怖を知っている。
暴力に晒される怖さを、暴力に身を任せる楽さを、支配される安堵を知る者達でもある。
二度とそうならないために立ち上がり、親衛隊の人間から剣や銃といった武器の扱い方を習い、鍛え、共に多数の略奪者を相手に戦ってきた。
だが、ここにまったく歯が立たない敵が現れた。
どんな略奪者でも、刃が掠りでもすれば血は出たし怯みもする。
だというのに、この敵兵士たちは全く怯まない。
それどころか、そもそも刃が通らず、当たったはずの銃弾がポロポロ落ちる。
決死の想いでどうにか刃で貫けば、貫かれたまま平然と戦い続ける。
それを見て、戦意を燃やし続けられる者ばかりではない。
特に、数が限られる親衛隊が必死に支える前線の穴を突かれ、やや士気が下がりつつあったその戦線は。
「だ、だめだぁ……っ」
全員が全く同じ顔の不気味な兵隊は、全員揃って無表情のまま怯えに飲まれかけた海賊に向けて武器を構え――
「えぇい、下がるな! 食らいついて押し返すのじゃ!」
どこからか飛んできた黒い光を纏った矢によって貫かれ、数名が絶命し崩れ落ちた。
「のけい!」
通常の武器では多少傷をつけるのがやっとの同胞があっさりやられ、その出元となった高い脅威度の少女に狙いを定めるが、崩れかかったその最前線に降り立ち、覇気で強化した弓で仕留めそこなった一人が殴り飛ばされ、さらに蹴り飛ばされた。
「姉様!」
「続け! 我らで敵をなぎ倒し、兵を鼓舞する! 九蛇の戦士の誇りを見せよ!」
「ええっ!」
続いて飛び出した二人の少女が、それぞれに手にした大斧とハルバードで敵兵士を吹き飛ばし、萎縮しかけた戦線を一瞬だが立て直す。
そして、他の隊員と違いジャケットは羽織らず、ブラウスの上から黒猫の焼き印が付いた革の胸当てを付けた先頭の少女――ボア・ハンコックは叫ぶ。
「黒猫の兵よ! 飲み込まれるな!」
九蛇の戦士ならば倒せる程度の敵ではあるが、それが数を揃えているため油断は出来ない。
手に持った矢を直接覇気で強化し目の前の敵の心臓に突き立て、そのまま弓に番えて狙いを定め、穿つ。
「敵は確かに強い! こやつらは不気味なまでに戦う事を止めぬ! もはや死に体となってもじゃ!」
敵兵の心臓を貫通した矢は、その向こうにいた敵兵の胸へと突き刺さる。
だが、敵兵は平然と動いている。
血が流れているにも関わらずハンコックを仕留めようと飛び掛かり、横に控えていたマリーゴールドの大斧による一撃でようやく活動を停止させる。
「だが! 無敵ではない! どれだけ頑強であろうとその肉体には限界があり、どれだけ強かろうとも手足は二本ずつしかない! 隊列を乱さず、耐えるのじゃ!」
そして弓で、離れた位置を指し示す。
斬り裂かれ、行動不能になったクローン兵たちが竜巻に巻き込まれたように吹き飛ばされている光景を。
「見よ! 主殿達が敵の軍勢を削っている! だからこそ我らは背後を気にせず戦える! そして削り切れば、主殿達もこちらに来る! 勝てる戦だという事を忘れるな!」
そう檄を飛ばすハンコックも、内心では不安だった。
敵に対しての恐れではない。自分自身が上手くやっているかという不安だ。
一人の戦士として――駒として戦うのではなく、大勢を率いる戦いという物を初めて経験しているからだ。
強さだけではない。気概――士気というものの影響の大きさとその維持の大変さが、初めて身に染みて分かった。
これが九蛇の船ならば、いわば身内だけの船である。
九蛇という戦士の島、戦士という『文化』によってまとまった船ではこんな心配はなかった。
(どうじゃ!? 少しは奮い直したか!?)
だがその時、その不安を消し飛ばすように、敵の軍勢がはじけ飛んだ。
次々と敵の兵士たちが爆発によって吹き飛ばされ、致命打とはいかずとも確実に動きの精彩を削っている。
「ペローナか!」
叫ぶと同時に、首元に覚えのある感触がする。
ロビンの能力だ。
『遅れてすまない、こちらの砲撃支援の密度を上げさせる。敵大将の迎撃も始まったので、それに合わせて下げた戦線の親衛隊と人員を回す……ってキャプテンさんが!』
「承知した! 感謝するぞ!」
マリーゴールドが大斧を、サンダーソニアがハルバードを横薙ぎに振り、敵の戦列を切り崩す。
その向こうにいた部隊指揮官と思わしき兵士の額に、ハンコックが覇気を込めて放った矢が突き立ち、崩れ落ちる。
それと同時に、大砲の砲撃音が鳴り響き、敵兵士がまとめて吹き飛ばされる。
―― なんだ、クロの奴も同じように見てたか。
気が付けば、黒猫の物とは違うスーツとコートを身に纏った男が立っていた。
体のアチコチが扉のようにパカパカ開き、そこから大砲や銃を構えた小さな人影が見える。
「お主……ベッジとやらか!? 砲撃支援に回っていたのでは?」
「なに、砲撃しかしないこちらを連中、ほとんど無視してやがってな。敵船の動きの阻害だけなら、お前らの護衛艦も含めて船員だけで十分だと判断したまでよ」
男――カポネ・ベッジはこの状況でも不敵に笑ったまま、葉巻を吹かしていた。
「それに、まだまだ俺の船は俺の
カポネ・ベッジはシロシロの実を食べた城人間。
その武器は城壁と化した自身の堅牢さと、文字通り
「もらった上等な大砲も、試射がてらぶっ
その身体から放たれた小さな砲弾は、ベッジの身体からある程度離れると途端に元の大きさになり、敵兵を吹き飛ばしていく。
「場所を空けろ海賊共! 今からここを
そしてその最大の武器は、文字通り自分が
――
突如として、戦場として成り立つほど広い甲板の上に巨大な城が顕現した。
いたるところに砲門を持つそれは、密度を高めて海賊を押しつぶそうとするジェルマの兵隊たちに向けて、致命打にこそならなくても確実に砲撃でダメージを与えていく。
『中には兵隊の他にウチの船医を待機させている! 負傷者がいたら中に入れろ!』
「ええい、そういう能力ならそういうものだと先に言わぬか!! 頭ミホークじゃな貴様!?」
敵同様に味方にも多少の混乱が見られる。
当たり前だ、敵か味方か分からない巨大建造物が突然現れたのだから。
「者共! 同盟者がここに拠点を築いた! 戦況は我らに傾いておる!!」
遊撃が役割であり、同時に黒猫の中でも幹部扱いされているハンコックは、兵を率いる者として落ち着かせるために声を張り上げる。
「押し返せ! 負ければ全てを奪われ、逃げれば全てを失う! ならば勝つしか我らに道はない!!」
「押せぇっ!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ふざけるな……っ」
必殺を狙っていたのだろう鋭い槍の一撃を、ダズはあっさりと捌く。
確かに、これまでダズが戦ってきた相手の中では上位に入る実力の持ち主である。
(だが、キャプテンやミホークにはほど遠いな)
高速移動をするが目で追える速度であるし、視界から消えたとしても音で場所も分かる。
これがキャプテン・クロならそもそも見えないし、音もしないので本気で五感を研ぎ澄まさなければ一撃当てるどころか防御も難しい。
「ふざけるなぁっ!!」
攻撃の質も、ミホークに遠く及ばない。
たとえ百発この一撃を受けようが、防御を抜かれる事は決してないという確信がダズにはある。
これがミホークならば、刀を抜いただけで背筋が凍るほどの剣気を当ててきている、と。
「貴様が――貴様が1500万だと!? 一体何の冗談だ!!」
「それに関しては同感だ」
バチチッ、と敵――ヴィンスモーク・ジャッジの槍が電撃を纏い始める。
常人ならば触れた途端に感電――どころか燃えてしまうレベルの電圧だが……。
「電磁シャフト!」
「
電気を纏った一撃を、『鋼刃』は平然と受け止め、そしてその電撃は全て鋼と化したダズの肉体を通り抜け、そのまま地面へと流れてしまう。
「――っ、おのれぃ!」
「少し前の自分ならば動けなくなっていただろうが……幸い、キャプテンも似た技を使うために慣れている。残念だったな」
高速で回転することで自身の身体を一種のタービンと化し、一時的に足に強力な電撃を纏わせるキャプテン・クロの打撃強化技、冬猫。
その練習に何度も立ち会っていたダズは、電撃に対しての対策をその身に叩き込んでいた。
電撃の意味がないとジャッジは槍に覇気を纏わせて振るうが、その全てが腕や足を次々に刃物に変えて
刃物と化したその手足は刃の鈍い銀色ではなく、黒に染まっている。
「これほどの練度を持ち、覇気すら使う貴様が部下に過ぎないだと……」
「言っておくが、俺より強い者はあと五人いるぞ。キャプテンも含めてな」
自分を鍛えるため、親衛隊と共に幾度となく挑んだ剣豪。海兵狩りのミホーク。
あらゆる武器を使いこなす、未だ自分では届かぬ覇気使い。ボア・ハンコックとその姉妹。
そして……圧倒的な速度に覇気が加わり、ミホーク以外では訓練相手も務まらない程に成長した『抜き足』ことキャプテン・クロ。
未だダズの手が届かず、超えんがために挑み続けている強者たち。
いまや黒猫の中核とも言える者はダズ一人ではない。
それはダズにとって少し寂しさを覚える事ではあるが、同時に今や多くの船員を率いる身としては安堵できる事でもあった。
一方、事前情報で厄介なのは首魁のクロと、なぜか行動を共にしている海兵狩りだけだと認識していたジャッジにとって、幹部クラスの層の厚さは想定外もいいところだった。
「おのれ! 海賊ごときに、ジェルマの歩みを止められるわけにはいかん!」
「……66日のみの栄華。国土を追われた王族……だったか」
「そうだ! 私は、故郷の土も踏めぬ300年に渡る無念の魂を背負っている!」
いくばくか重みの増した槍は、だが『鋼刃』には届かない。
「そのための研究! そのための資金繰り! そのためのジェルマ
槍による叩き、突き、払い。
それら連撃を、ダズは冷静に捌いていく。
「国すらいくつも滅ぼした! 金を払う奴らを勝たせ! 払えない国をいくつも! いくつもだ!」
「なのに! なぜたった一団の海賊風情が潰せない!?」
ダズ・ボーネスには――
最も初期からクロという男と共に戦ってきた男には、それが視えていた。
「器が違う」
「器だと!?」
「そうだ」
ダズは、クロという男と初めて出会った日を思い出す。
「お前は国を復興させる事を悲願と謳いながら、口から出るのは金と他国を滅ぼすことだけだ」
「……っ」
「対して、我らがキャプテンは出会ったあの時から、金や国、欲を満たすことではなく時代を見据えて動こうとしていた」
「今のお前の器は、キャプテン・クロの足元にも届きはしない」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『ダズ・ボーネス!』
これは、今より少し時を
『俺と一緒に世界をひっくり返そう!!』
クロが内心汗をダラダラ流しながら、彼を仲間にすると決めた時の事である。
『この出会いは運命だ!』
『……世界をひっくり返すとは大きく出たな』
ダズ・ボーネスは、クロという賞金首を胡散臭い目で見ていた。
どう見ても詐欺師にしか見えなかったからだ。
『どうやって世界をひっくり返すつもりだ?
『いや、
そう思って適当に聞いてみれば、少し予想から外れた答えが返ってきた。
まるで
少し、ダズはクロという賞金首に興味が湧いた。
『……ならば、お前の狙いはなんだ?』
『ダズ・ボーネス。お前は
質問で質問に返され多少イラついたが、恐らく必要な事なのだろうと彼は首を横に振る。
『……
『なるほど……。いいか?
それからクロは、
島々がそれぞれ特殊な磁気を纏っており、コンパスが役に立たない事。
航海するには島の磁気を記録し、次の島を指し示すログポースと呼ばれる物や、あるいは島の磁気を永続的に記録したエターナルポースが必要だという事を。
『つまり、
意外にもハッキリとしているグランドラインの話は、西の海しか知らないダズにとって中々に面白い話だった。
話が嘘ではないというのも、なんとなくではあるが彼は感じ取っている。
『だから俺は、そこに抜け道を作る』
『どうやってだ』
『
『……ジャヤ』
『ああ、そこには面白い鳥がいてな。サウスバードという、必ず南を向く……いや、南しか向けない鳥がいる』
途端にうさん臭さが半端ないことになり、ダズは思わず目をジトッとさせているのだが、クロはそのまま続ける。
『南しか向けないということは、それで大まかな方位は分かる。まぁ、困難な海であるのは変わりないが、
『……それで抜け道を作ろうと? そして新航路で金を儲けると?』
『いいや、違う』
『運ぶのは、技術と文化だ』
思わず、ダズは口をぽかんと開けてしまった。
そこは、普通金になるものを運ぶのではないのか? と。
『四つの海にもそういう所はあるが、
『たとえ一部でも有用な技術を外に広めれば、より世界は安定する。一攫千金を求めて海賊として海に出る者だって減らせるかもしれない。もっと深刻な飢えや……貧困も……多少ではあるだろうが、あるいは……』
『サウスバードを用いて作る新航路、そしてお前に先ほど使った海楼石。これは海の力の結晶と言われていてな、これを船の底に敷き詰めれば
『これらを用いて、俺は部分的に
絵空事だ。
ダズがそう思うのも仕方がなかった。
だが、クロは大真面目に言っていた。
後々、とある道化の海賊が
『
『技術により生活が安定し、未知の文化を取り込み娯楽の幅が増えれば暮らしの質は上がる。一部だけ、かつ本当に一時的なものだろうが、あるいは平穏の時代を作れるかもしれない』
『
『海賊王……そして世界政府、天竜人、一部の大海賊が作っている時代の流れに、俺みたいな半端者が小さいとはいえ一撃を入れられるかもしれない。そう考えると――』
『ちょっとスカッとするだろう?』
目の前で、とんでもなくデカい絵空事をまるで小物のような言い方で語る海賊。
それを見て、思わずダズ・ボーネスは噴き出してしまった。
家では暴力に曝され、出てからも関わることは全て暴力。
笑った事など碌に思い出せないダズが、この時確かに笑った。
『まぁ、当然海賊だから海賊らしく、ちょっとは儲けさせてもらうが……どうだ?』
『全く、戯言もそこまでいけば大したものだ』
そういいながら、小さな賞金稼ぎは内心でため息をついていた。
笑ってしまえば負けだな、と。
そう思いながら。