「野郎共、撃って撃って撃ちまくれ! 弾も火薬もたんまりあるんだ!」
カポネ・"ギャング"・ベッジの体内にいる兵士達は、次々と敵軍勢に向けて砲弾を放っている。
敵も見たことない小型の重火器を使い、城と化したベッジに向けて砲撃をするがビクともしない。
(ちくしょう、なんなんだよアレは……っ)
にも拘わらず、ベッジの兵隊達は多かれ少なかれ恐怖していた。
大砲の直撃を受けているにも関わらずまだ動け、そして戦う事を止めない兵士――にではない。
(あのガキ、あんなに強かったのか……!?)
その向こう側、こちらを包囲しようと迂回していた敵船の甲板上で、大砲でも死なない兵士を次々に斬り裂き死体、もしくは行動不能の兵士の山を築いている海賊だ。
その姿――正確にはその海賊が起こしたのだろう虐殺行為の跡を目にして、マフィア達は先日まで侮っていた相手の恐ろしさに、ようやく気が付いた。
それも一人ではない。違う船では、こっちは姿こそクロのように消えたりしていないが、目にも留まらぬ剣技で同じように死体の山を築いている。
自分達の眼下に広がる戦場では、高値が付きそうな少女が弓矢と、恐らく倒した敵兵から奪ったのだろう綺麗な刃のナイフを使い次々に敵兵を倒していく、後ろに続く二人の少女も長物を使って敵を切り崩し、よく守っている。
「あの新入り、ハンコックっつったか。いい目をしてやがる。こっちの砲撃を活かすために前線を固定したな? ありがてぇぜ、おかげで誤射を気にせずバカスカ撃ちまくれる」
逆に
特に目をかけていたクロという海賊の下に、いい部下が増えた事が心底嬉しいのだろう。
「ベッジ!」
「ホロホロホロ。能力者ってのは何でもありなのは知っていたが、こんなとんでもねぇ能力もあるのか」
「おぉ、二人とも無事にこっちに来れたか」
そのまま
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「戦況はどうなってる?」
「今は乗り込んでくる敵相手の防衛戦だな。残りの四隻のうち、二隻はクロとミホークが暴れてる」
「うん、もう一隻はベッジの船とこっちの護衛艦の砲撃でちょっと遅れているけど、そろそろ追いつくよ」
「だいたいは予定通りだが……問題は、ジャッジとかいう王様野郎が乗っていた敵本船の兵士だな」
今まさに戦っている敵主力の一団。
ただですら強化されている敵兵士の中でも選りすぐりなのだろう一団の攻勢は特に圧を感じる。
しかも本船だけあって一番立派な船のようで、乗っている兵士の数も多い。
「船室内の非戦闘員の確保も終わって、親衛隊の人――ミアキスさん達もこっちに向かってるから、そこまで持てばもう少し……」
「だが、それでも数の不利は否めねぇ……戦力を一か所に集中させるために、せめてもう一隻の到着を遅れさせてぇが……乗り込んだところで普通の兵士だけじゃあどうなるかってのはこの戦闘で明らかだ」
ベッジは眼下の船上を注意深く観察しながら、思考をめぐらす。
「おい、
「ペローナだ! ああ。ネガティブ・ホロウでぶち抜いたその瞬間には少しだけ動きは鈍るんだが、通り過ぎた頃にはダメだな。もう普通に動きやがる。……それに、貫いた瞬間なんかこう……気持ち悪いモンが伝わってくるんだよ」
「数をもっと出せば――いや、そんなんとっくに試してるか」
「あたりめぇだ!」
「だよな」
ならずものの海賊とはいえ、幼い少女二人を前にしての喫煙は躊躇ったのか、まだ残っている葉巻を灰皿に押し付け火を消し、ベッジはしばし考え――
「おい、ペローナ」
「なんだ?」
「じゃあおめぇ、あのデカい電伝虫に能力は試したか?」
そう切り出した。
「あれも一応生き物なんだろう? 人間とは違うが、アレにぶち当てりゃ少しは足を鈍らせられねぇか?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「この俺が! 子供の海賊風情よりも格下だというのか!」
「そうだ」
怒りに任せて振るわれた槍がこれまでよりは速く、重い一撃を放つが、精彩さは欠けつつある。
(反撃に移るには受け止めるのが一番だが……体格差はいかんともしがたい)
だが、戦闘者としての腕前は確かであり、連撃も捌き切れこそするが容易いかと言われるとダズ・ボーネスも首を横に振るだろう。
(ミホークと違うのは、攻撃の中に『柔』が全くない所だ。呼吸さえ読めればそのまま攻撃も読める)
―― ダズ・ボーネス。お前の能力の最大の利点は何か分かるか?
―― ……いつでも目的に沿った刃物をどこにでも変化で用意できる。……ではないのか?
―― 間違いではない。だが、戦闘においてお前の能力の利点は他にもある。
―― それは?
―― 知らん。
―― ……は?
―― お前が考えて磨け。その過程こそが能力者としてのお前の糧になる。
(大丈夫だ、焦る必要はない。戦線さえ安定すれば親衛隊とハンコック達が敵を削り倒す)
黒猫海賊団副総督、『
未だ新造に近いとはいえ、もはや船団規模となった海賊団の副総督としての責務を、この男は忘れていない。
自身の鍛錬と共に、部下の訓練や鍛錬をその目で確認し、食事などを共にすることで可能な限り個々人の調子や状態を把握している。
(最初に戦った敵兵と同等からやや上程度ならば、まず崩される事はない)
ミホークとの訓練の際、親衛隊は最低一回は立ち上がれないほどにズタボロになる。
ミホーク相手に全力の立ち合いをしたその後に、気力のみで一度は立ち上がれるのだ。
およそ十分ほど斬り合いを繰り広げた後に倒れ、気力で立ち上がりまた挑む。
ミホークが島に来てから、座学と合わせてひたすらに訓練や実践を積み上げて来ている親衛隊の強さは、指揮をするダズやクロにとってもっとも頼りになる戦力である。
そしてハンコック達は、指揮にこそ従ってくれるが同時にダズにとっては、ミホークとはまた違う師である。
その戦闘力には信頼と――そして敬意を払っている。
(俺はこの戦いに集中すればいい)
轟音と共に、ジャッジの靴――踵の部分が盛り上がる。
同時にその部分から大量の熱と空気が噴射される。
(突撃、ではないな。そう見せかけて脇を抜けて上を取る気か)
大勢は実質すでに決していた。
ヴィンスモーク・ジャッジはダズ・ボーネスに勝てない。
ゴゥッという音と共に、キャプテンほどではない――だが普通ならば脅威だろう速度でダズ目掛けて突撃し、槍による牽制の一撃を加えながら通り過ぎて、上空へと舞い上がる。
それと同時に、親衛隊や兵士が抑えていた周りの前線から、囲みを突破した兵士四名が襲い掛かる。
「振り向くな。目の前の敵に集中しろ」
親衛隊の数名や兵士たちが焦る気配がダズには視えた。
だからこそ、慌てる事はない。そもそもその動きはダズに視えていた。
おそらく四名の兵士が死を前提でダズの動きを止めて、空中にいるジャッジが渾身の突きで仕留める。
そういう作戦なのだろうが――その前にダズはその場で片手で逆立ちをし、両足を刃に変えてくるりと回転させて全員の喉を斬り裂き、行動不能にする。
すでに突きの態勢に入っていたジャッジと、ダズの目が合う。
「――っダズ・ボーネス!!」
「己の武器と、数を過信し過ぎたな。ジェルマ」
素早く立ち上がったダズの武装硬化した右腕と、ジャッジの槍がぶつかり火花が散る。
(俺の能力――スパスパの実は体のあらゆる部位を瞬時に刃物に変換できる。だが、同時にただの鋼と化すことも出来る)
「ぐ……抜けないだと!?」
「その程度の加速、飽きる程見ている」
(俺の利点の一つは、斬撃と打撃の瞬時の切り替えだ)
武装
――『
これまでも使ってきた技の一つ。
手首で合わせた二つの握り拳を、上下に勢いよく開くと共に斬撃を放つ大技。
それをダズは、片手だけで放つ。
本来ならば威力は落ちるハズのそれは、ミホークに幾度も挑むことでより精度と鋭さを増していた。
ジェルマの技術力を結集して作られた科学の鎧、レイドスーツ。
その防御力は凄まじく、今のダズ・ボーネスの一撃を以てしても斬る事は叶わなかった。
「…………っが……は……っ」
だが、それでも衝撃までは殺しきれなかった。
口から血の混じった泡が零れ、脳を揺さぶられたのか虚ろな目で――ジェルマ
「――任務完了だ」
まだ息のあるその男に、ダズはそれ以上手を出そうとはしなかった。
(士気を一気に高めるべきあの状況で、『討ち取れ』のような強い言葉ではなく『倒せ』という言葉をキャプテンは使った)
長いとは言えないかもしれないが、決して短くない時間を共にした男からの命令の裏側を、ダズは見抜いていた。
(この男が死ぬことによる不安要素が……なにかしらの迷いがあるのだろう。殺さず無力化できたのならば、それでいい)
自分の仕事が殺す事ではなく、総督と船団員を繋ぎ、支える副総督であることを承知している。
「敵総司令官、ヴィンスモーク・ジャッジはこの『
そして大勢が決した今、乱れは出ても止まりはしないだろう敵クローン兵団を抑え込むために、全体の士気を大幅に上げるのはここしかないことも。
「全体の指揮を取る者がいない以上、押せば押すほど敵は混乱する! 恐れる事はない!」
あまり大声を上げる事に慣れていないが、それでも腹の底から声を出す。
「これより掃討戦に移行する!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「む」
「お」
包囲のために動いていた船の兵士片っ端から斬りまくって蹴りまくって斬りまくって、最後の一隻――なんかものっすごい数のネガティブ・ホロウによる連打アタックを食らっていたせいか一隻だけ進みの遅かった電伝虫船に飛び移ったら、ちょうどハックの助力でこの船に飛び乗ってきたミホークと目が合った。
「お前もここに来たという事はこれが最後の一隻か」
「ああ、しかも――」
恐怖を感じない、
というより、指揮系統に乱れが生じている。
最初に乗っ取った俺達の船上へと無理やり向かうか、俺とミホークをどうにかするか、そしてどう攻めるかで意思の統一が取れていない。
……ねぇ、無言で斬撃飛ばしてとりあえずぶっ飛ばすの止めて差し上げて?
「ダズ・ボーネス。見事やってみせたか」
「普通ならこの時点で降伏させて戦闘終了なんだけど……そうはいかないか」
「ふっ、止まるべき所で止まれぬ兵士とは……皮肉だな。戦う者としては完璧であるがゆえに完璧な兵士に成れず、か」
刀を構えて、ミホークが笑う。
「往くぞ、クロ。種まきの時期は過ぎたとはいえ、開墾したい土地があの島にはまだまだある」
お前もう農家名乗れよ。あるいは某アイドル。
とはいえ――
「俺もだ。復興作業に土地や海域の測量、インフラ整備に周辺非加盟国の実態調査と……やることが山積みだ」
「クロ、お前は海賊と名乗らずにいっそ開拓者を名乗った方がいいぞ」
「言われたくないぞ、開拓民。ともあれ、互いに忙しいのは事実だ」
周りのネガティブ・ホロウが一斉に消えた。
かなりのゴーストを広範囲で酷使したんだ。ペローナはもう休んでいい。
後は俺達の仕事だ。
「蹴散らすぞ」
「了解」
―― と、まぁそんなわけでな……二十年くらい前に俺達『黒猫』はジャッジと戦った事があるんだ。
―― ええ、幼い頃から耳にタコが出来るほど聞かされていたわ。
―― ? む……そうなのか?
―― えぇ、貴方の事も。『鋼刃』ダズ・ボーネス。貴方達のニュースが新聞に出るたびにコイツらを超えろって、お父様に見せられていたのよ。
―― ……初めてサンジと出会った時、俺やキャプテンを妙な目で見ていたのはだからか……。
―― 因果というかなんというか……まぁいい。それで……いいんだな? ジャッジ。
―― ……我らの悲願は破れた。信じる相手を間違い、このような……このような……っ!
―― ……先ほどアレコレ言った俺が言うのもなんだが、婚姻政略を好むリンリンが普通に受け入れていた可能性も確かにあった。獲物と見られていた事に気付けなかったのは……運が悪かったのもある。
―― ……クロ。
―― ああ。
―― もはや我らは加盟国ではない。ジェルマ
―― ……受け入れよう。まずは暫定的にではあるが、お前達を特務隊として編成。我々の一員として組み込む。そして、ヴィンスモーク・レイジュ。
―― ハッ。
―― お前を特務隊隊長に任命する。
―― かしこまりました。その任、謹んでお受けいたします。
―― ジャッジは相談役として補佐を。拠点として、秋島ともう一つ近場の島を与える。
―― 了解した。……
―― あぁ。
―― ……かたじけない。感謝する。