「
海軍本部にて連日行われている会議では、海賊連合に関する情報が集められていた。
「大将青雉、そして現地にて協力体制にある海賊『黒猫』から、海賊連合は略奪よりも
あちこちから、「また黒猫か」「あの黒猫か」と小さなざわめきが起こり始める。
一方で元帥センゴクや中将勢――また、先日の再編で昇格したモモンガ本部准将は複雑な顔をすると同時に、上げられてきた被害報告に顔を青ざめさせていた。
「……書類事務の教本に載せたいくらいしっかりまとめられているね。内容がこんな頭の痛くなることじゃなければだけど」
大参謀のつるは、書類に書かれている被害の規模や、畑や建物への火の付け方を推測したイラストやその根拠となる注釈付きの写真の写し、被害面積に保護した避難民の男女年代別の数などの必要な情報が、目が滑らないようグラフなども交えて分かりやすく並べられている。
問題なのは、これを作成したのが海軍ではなく海賊の一団だという話である。
「現在世界政府は被害国への物資援助を進めており、我ら本部戦力を以てその護衛につく事が決定しております」
ここで、センゴクの顔がわずかに歪む。
その決定に関して、元帥である自分が何も知らなかったからだ。
会議の直前になって、一方的に決定事項を告げられただけという現状に、さすがのセンゴクも穏やかではいられないのか、海賊の件も含めて腹立たしい気持ちを抑えられずにはいられなかった。
「一方
「現在被害を受けた加盟国は37。どこも共通してまず田畑に火をかけ、その後街へ。そして混乱に乗じて物資を奪い、加盟国民をどこかへ連れ去っているようです」
「連れ去った国民はかなりの数が運ばれているようなのですが、その行先は未だ掴めておらず」
「捕縛した海賊も連合に関わっていた海賊は数人で、むしろ国を焼かれたために連合の流れにのって海賊になった者がほとんどという事で情報の収集は進んでおりません――」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ったく、海軍のお偉いさんは『人狩り』のことすら気付いてねぇのかよ」
モグワ王国首都にある王国の象徴、モグワ城。
モプチの時と同じく解放した城の一室を会議室として、俺とダズ、ロビンにベッジ、そしてクザンを始めとする海軍幹部勢が揃ってる。
…………。
改めて思うけどなんだこの集まり。
親衛隊は他の海兵と共に避難所の警備や炊き出しに回っている。
俺は海兵だけに任せた方がいいと思ったのだが、ベッジからこっちも加えておけと強いアドバイスを受けたので、クザンからも海兵側に共同作戦と認識してもらったうえで活動している。
ミホークは思う所があったのか、焼け残った集落を見回りたいというので電伝虫を持たせたトーヤを付けて好きにさせている。
モグワ王は惨殺されており、王妃や王子、王女、それにたくさんいたはずの側室や使用人達の姿はどこにもなかった。
おそらく、連れ去られたのだろう。
「ベッジ、説明を頼む。俺も完全に把握しているわけじゃない」
「ったく、仕方ねぇな。……ここにいる面子なら知っている話だが……少し前まで、裏社会じゃあ『海兵奴隷』っていうドでかい
海兵の中には、ひょっとしたら知らなかった人間がいるのかもしれない。
数名は驚愕の表情を見せている。
(ベッジの奴、わざとチンピラっぽい振りを……)
「普通なら人間なんてヒューマンショップに連れて行ったところで五十万ベリー程度。それなりに身体のデカイ奴やら美人はまぁ高値が付くが、面倒くさい交渉がそれぞれ必要だった。対して海兵奴隷は、元々厳選されていたとはいえ最低でも三百万から取引されていた」
さすがにクザンも顔をしかめている。
まぁ、そりゃしょうがないか。
連中の元から帰ってこれた海兵の様子をクザンから聞かされたけど、あまりに酷いしあまりに惨い。
天竜人の奴隷文化はマジでなんとかして変えるべきだと、柄にもなく変な使命感が湧いてしまった程だ。
「それをクロが叩き潰した。そこらへんはお前なら知っているだろう? 大将青雉」
「まぁ……この子が地区本部に単独で乗り込んできた時そこにいたからね」
(海兵の一般隊員が下手にウチらに反発するのを防ぐために、わざわざそこから説明しやがったな……自分でヘイト役を演じて注目集めてから……)
相変わらず
噂を細めに広げて、下手な現場の混乱の芽を少しずつでも摘むつもりか。
(自前の兵隊のほとんどをモプチの防衛に送ったのは、海兵相手だと下が暴走しないか不安だったからかぁ)
ベッジ配下の連中、ジェルマとの一戦からはこっちに敬意を持ってくれるようになったけど、それでも血の気の多い奴はまだまだいるからな。
(でもそれだとお前が俺を立ててる形になるから、この場のツートップが俺とクザンになるけどそれでいいのか?)
「まぁ、その後のアレコレで海兵奴隷の取引は潰れた……けどな、買い手側がいなくなったわけじゃねぇ。むしろ、予約していた
俺とダズはともかくとして、わざわざロビンを端っこに寄らせたのはいかにもチンピラっぽく葉巻を吸うためか。
お前そういう気遣いちょいちょい見せるから、ウチの面子から例の事件があったにも関わらず地味に信頼され始めてるんだぞこの野郎。
「買い手がどれだけ怖いかは全員知っているだろう? そりゃブローカーは大慌てだ。なんとしても失点を取り戻さなきゃならねぇ。だから高値が付きそうな珍しい奴隷や、それと同じくらい価値のある商品が必要だった。クロ、お前が『海兵狩り』と戦った件がまさにその一つだったみてぇだぜ」
「……あの時囚われていた魚人や、ハンコック達か」
「おう。まぁ、魚人も九蛇も偶然の産物だったみてぇだが……連中はグレーな所にいる賞金稼ぎみたいな連中も巻き込んでとにかく値の付きそうなやつを集めている――が、そうそうそんなのが見つかるわけがねぇ」
「ははぁ……」
そこでクザンが、納得したように声を漏らす。
「そこで数。そういうことか? カポネ・ベッジ」
「そうだ、青雉。奴らは手あたり次第に人を捕まえて献上しているのさ。人身売買ブローカーも、相場より高値でかき集めているし、それに売り込む連中もわんさか出ている」
誰彼構わず集めて、相手の気に入らないタイプだったらどうするんだ?
そう尋ねると、ベッジは皮肉気に笑い、
「気に入られなきゃその場で殺せばいい。……あるいは、あれだ。的当てなりなんなりの
頭いてぇ……。
何がアレかって俺の知識からしても、なんかそういうのありそうなんだよなぁ天竜人。
「言っておくが、お前ら海兵の中にも小遣い稼ぎに『人狩り』に参加している奴らはいるぞ。適当な難癖付けて、非加盟国襲ったりしてな」
それを聞いて海兵達は「馬鹿な!」とか「ふざけるなマフィア!」とか怒り始めるが……。
クザンも知らされていなかったのか、少し驚いてこっちに目を向ける。
「クロ君?」
「残念ながら、事実です。大将青雉」
俺も聞かされた時は驚いたよ。
だから無人島の拠点――連中に狙われやすい魚人や人魚を匿ってる所は偽装をあれこれ施して脱出口を急ピッチで作ったし、哨戒も目立たない程度に密にし始めた。
幸い、海軍がこっちに来ることはなかったけど……。
「非加盟国は人権を認められていません。だから……ご存じでしょう」
「そりゃまぁ、そうだけどさ……マジかぁ」
部下の前でその態度で大丈夫なのかと思うが、まぁ、それがこの人の人徳を表しているのだろう。
「でもまぁ、わかった。つまり、連れ去られた大勢の人たちっていうのは」
「多分、そのための人員かと。ハッキリしない所も多いですが、連れ去られたのは子供か若い……およそ30歳以下の人間が主のようです」
「クロとミホークの野郎の読み通り、一番の目的はとにかく作物やらなんやらを燃やし尽くすことだとは思うが、そのついでの小遣い稼ぎだろうな」
(それに加えて、労働力を減らしてその後の復興を遅れさせるってのもあるだろうなぁ)
状勢が不安定で回復の見込みが遠く、かつ絶望が深ければ深いほど、行動は極端になる。
気力を奪われ何もできなくなるか、あるいは……他者から奪うようになるか。
「大将青雉、敵の中枢はまだ?」
「あぁ、把握できていない。……誘拐された人や持ち去られた物資は、中核になってる連中の手元にある?」
「多分、ですが」
燃やすことが主目的とはいえ、大勢の人間を動かすには相応の物資がいる。
「敵の目的は二つ。一つは収穫期前のこの時期に全てを燃やすことで加盟国を追い詰め、戦乱の火種を作る事。そしてもう一つは民衆を追い詰め、賊、あるいは暴徒へと追いやる事だと考えています」
「……思い付きの計画じゃない、か」
「はい。そして前者はともかく後者の場合、人を動かすためにはある程度の物資が要ります。餌にするための食糧か、あるいは着火剤となる武器か」
所々に以前の海兵奴隷事件の時と似た感じがする。似た臭いがする。
だけど、今回は隠れるのではなく大々的にやってるのが気になる。
(腐れグラサンならもっとコソコソしてそうなんだよなぁ)
海兵奴隷の件がオシャカになって、関係していた奴がその後継いで好き勝手やり始めた?
いやでも、海軍の調査から隠れ切れてる連中とか只者じゃねぇし。
誰だよ敵は……。
本当にあのピンクか?
「ベッジはこれまで通り情報収集に専念してくれ」
「ああ、いいぜ。他のファミリーも海賊連合は邪魔な存在。5大……いや4大ファミリーも必死こいて探してるハズだ。そこから情報を探ってくる」
「ま、こういう時は裏社会の人間の方が強い、か。それでクロ君」
「……先日提示した話、呑んでくれますか?」
今や海軍の最高戦力の一人、海軍組織で頂点に近い所にいる男は溜め息を吐いて髪をボリボリ掻きむしる。
「報告ついでにその事、センゴクさんに話したのよ。さすがに俺一人じゃあ決められないから」
「……それで」
海軍側の動きによっては、このまま即開戦とか成りかねんのだが。
そうしていたら、クザンはまたもため息を吐いて、
「『君ならいい』ってさ」
よし!
「これより海軍は一時、『黒猫海賊団』との間に休戦協定を結び、協力して目の前の大火に当たる。はいこれ協定書。内容よく読んでからサインしてね」
「何かあったら、交渉に応じるってさ」
センゴクさん本当に色々すいません! そしてありがとうございます!
「元帥センゴクには、後ほど改めてお礼の
「いいと思うよ。おつるさんもゼファー先生も、君の手紙気に入ってたしね」
……手紙も武器になるか、覚えておこう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「にゅ~~。悪いな、ここまで付いてきてもらって」
名もなき島。
誰もいない無人島であるはずのそこには、外から見えない位置には民家を始め様々な建物が建てられている。
その島の中のとある洞窟。
ただですら見えづらい入口が今は塞がれ、魚人たちが出入りするための隠し水路でしか入れないハズの隠された港に、びしょびしょに濡れた二つの人影があった。
「知ってる奴らがここに住んでるって聞いたんだ。でも人間の海賊と一緒だって聞いて怖くてよぉ」
その島の隠し港に、一人の小さな、子供のタコの魚人がたどり着いていた。
そしてその横には、その子供の魚人を守るように一人の初老の男が立っている。
「なに、遭難していた所を助けてもらったのだ。この程度はな」
―― 隠し港の中から人の声がした?
―― 今は封鎖してるハズだろう? 定期整備だって明後日からだし。
―― あぁ、入口は塞いでいるし、念のために出航口も尖った岩を沈めている。人が入れるとは思わんが……。
―― まさか、クロさんから警戒しろと言われていた海賊かしら?
―― 警備の人達を呼んできて。私達人魚は、念のために隠し水路から出て周りの様子を確認してくるわ。
「おや、もう見つかったか」
「は、話が通じるといいんだけどなぁ……」
「はっはっは。魚人のお前がいるんだ、ハチ。話くらいは聞いてもらえるだろうさ。……しかし」
今は空っぽの船が二隻――武装の少なさから海賊船と言うより輸送船といった様子の船と、その周りのドックや材木加工設備の豊富さ、なにより海賊の拠点なら珍しくない暴力と血の気配が全くないことに、初老の男は
「ここに来るまでの道中で噂は聞いていたが――」
そして、丁寧に削られ、磨かれた壁面に垂れ下げられている旗。
三本爪の黒猫のマークの旗を、整えた顎髭を撫でながらその男、その海賊――その伝説は小さく微笑む。
「およそ海賊らしくない海賊というのは本当だったか。――黒猫海賊団」
西の海「けえれけえれ! お前みたいなもんが来る海じゃねぇんだべ!!」