「俺を客将としながら、人を斬らせるより材木や岩を斬らせることの方が多いとはな」
倉庫として用意されていたため、日当たりなど一切考慮されていない簡素な建造物は、その壁の一部が真四角に斬り裂かれていた。
「先生、資材倉庫よりガラス板と窓枠持ってきました!」
それを実行した剣豪は、自分が剣を教えている生徒に指示を出していた。
「クロからの条件は主に三つ。ベッド間はそれなりの間隔を空ける事、日光を入れる事、換気が出来る事……だったか」
「漁に使う予定だった目の細かい新品の網があるので、先にこれを窓部分に張ってから窓を付ければ開閉しても虫が入らないように換気が出来ると思います」
「そちらは工事に慣れたお前達に任せた。俺は燃料を用意してくる。救助した者も含めて、体を冷やした者がほとんどであろうしな」
「了解です」
まだ日は高く、気温もそこまで低くないのだがあちこちで焚火の用意がされていた。
ずぶ濡れだろう遭難した海兵達の身体を温める用意であるのと同時に、救助出来た者を落ち着かせるためのスープや粥の用意である。
炊事を得意とする海賊と海兵が、並んで真面目な顔で火を扱っている。
(まったく、まさかこのような光景を目にする日が来るとは。そして、その一員に加わる日が来るとは……)
「ミホーク先生」
「クリスか」
ミホークにとって親衛隊の人間は『努力』の才を手にしたものである。
戦う者としての才能を一切持たず、だが絶望から立ち上がり覚悟を背負ったことで驚くべき成長を遂げた。
これまで彼が斬り捨ててきた海軍や海賊の猛者ともいい勝負――あるいは増援を待てるほどには余裕を持って戦えるほどにはだ。
だがその中で数名、加えて『剣』の才を持っている者を見つけていた。
クリスという親衛隊隊員は、その中の一人である。
「相変わらず、お前達に先生と呼ばれるのはこそばゆいな」
「呼称としては適当でしょう。ともかく、ベッドや毛布、医薬品は一通りこちら側に移しました。幸い避難区域も落ち着いているので、最低限の医師を残して残りは港に待機させています」
「クロには?」
「一名、伝令を走らせております」
「ならば問題なかろう。気にかかる点があるなら奴が修正する。……物を運ぶ所だ、手伝え」
「ハッ、お供いたします」
唯一欠点があるとすれば、剣を抜いていない時は少々生真面目すぎる所だとミホークは思っていたが、仕事をする面ではアミスに次いで頼りになると評価している。
「クリス。親衛隊もそうだが、兵士の様子はどうだ?」
「少々不安に駆られておりましたが、出航前にダズ副総督が檄を飛ばし、その後ミアキスが上手く空気を作ってくれたために今では程よい士気を保っております」
ほぅ……、とミホークが小さく感嘆の息を零す。
黒猫という集団において、未だ個人での戦闘では最強を自負するミホークだからこそ、こういう時の集団を率いる者としての強さを見せる黒猫の面々には、内心教わるところも多いと感じているのだ。
「ならばよい。……次の戦いが要だな」
「しかし、どこを攻めるのですか? 総督や大将青雉も、敵の主力部隊の動きが掴めず、防衛戦に専念している形ですが」
「すぐに見つけ出すだろう。ようやくクロが本気になったのだ。……いや、すまん。これだと語弊があるな」
二人は、大量の薪が保管されている小屋が視界に入る所までたどり着く。
管理していた海兵は、クリスの黒猫のスーツに気が付き敬礼し、ミホークは軽く手を、クリスは黒猫式の敬礼でそれに答える。
「クロは、可能な限り安全な策を取ろうとする。兵士の損耗を出来るだけ少なくするように」
「はい、存じております」
「だからこそ、奴が己の全てを絞り尽くすほどに全力を出すことは少ない。それが今回、物資の不足という事態に陥り、時に余裕が無くなった」
「……総督は、民衆の一斉蜂起を最も恐れているように感じます」
「同感だ。ここで敵の中枢を一刻も早く落とさなければ、例の
クロと青雉、それにベッジの命令で、資材の管理体制は厳重な物になっている。
貴重な食料や医薬品の闇市などへの転売を防ぐためである。
クロとベッジはアウトロー側を良く知るため、青雉は海兵でも堕ちる時は堕ちる事を知ったため、この点に関しては特に厳重に管理することで同意していた。
書類仕事に手慣れているクリスが物資の持ち出し関連の手続きを終わらせ、それなりの量の薪を台車に載せて運び出していく。
「ジェルマ戦や、俺と戦った時がそうだ。被害が出るのがどうしようもなく、だがそれでも為さねばならない問題がある時にこそ奴は本領を発揮する。それが兵にせよ、ダズやお前達にせよ、自分の身体にせよ……戦士として、あるいは指揮者として、そういう時のクロが一番強い」
「得た情報によって、奴は決定打になり得る一撃を打つ。必ずだ。備えておけ」
「……ハッ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「金獅子ィ……? またやっかいなのが……」
「大将青雉、知っているのですか?」
聞き覚えがあるようなないような……。
金獅子、金獅子……えぇと……。
「あらら、意外だ」
「?」
「お前さんなら、これほどのビッグネームは大体頭に入ってると思ってたよ」
……ん? 大物なんです?
「金獅子のシキ。先日インペルダウンを初めて脱獄した唯一の事例を作っちゃった海賊にして……そうだな、今でいう四皇の立ち位置にいた海賊だよ。海賊王と渡り合った男として有名だ」
…………。
クッッッッソ大物やんけ!!
大物なら大物らしくこんな海で暗躍してないでさっさと新世界に帰ってどうぞ!!
……ん? いやでも……。
「待ってください。元四皇の一角――のような立ち位置だったというなら、当然戦力――その、部下というか兵隊が大勢いるハズですよね?」
「ああ、そっちのほとんどは今新世界でビッグマム海賊団と抗争中。自分達の縄張りを守っているみたいだね」
……数は力だ。その数を使えばもっと事態を引っ掻き回せたハズ。
一度捕まったらしいし、それからほぼ独立していただろう傘下の連中を捨てたか……?
あるいは、捕まえた奴隷の売り先か?
海賊の傘下は全部一つの旗を掲げているわけじゃない。
頂上戦争の白ひげ陣営だって、白ひげの隊長以外に色んな海賊団が来ていた。
(どういう奴かは知らんけど、白ひげレベルで纏まらせるのは無理よなぁ。それも捕まってからじゃあ……)
好き勝手に動いている傘下の中で、堅実に勢力の拡大を目指している連中に奴隷を売って後は流れに任せてポイ、が一番可能性高いかな。
(……部下を見捨てるにしても、海軍相手に攻撃してるし隠遁目的の線はなし。次の奇襲狙いの可能性も低い。しいて言うなら陽動……だけど、それならそれで動くタイミングは襲撃から程よく時間が経った今しかないけど情報ゼロ。なら、長期的な計画のための仕切り直し……か?)
「あぁ、二人とも放ってしまってごめんね」
「ハッ、いえ、お気になさらず……」
そして生き残りの中でどうにか意識が残っていた二人――少将と……後の『黒檻』の二人は、とりあえず控えていたアミスとロビン、それに近くにいた女性大佐に着替えやら毛布やら用意してもらって、今は温まってもらってる。
いやホント……軍隊だから形式が大事なのは分かるけど最低限の健康の保持位は……低体温症とか洒落にならん。
モグワ解放戦の時に吊るされていた海兵達だって、回復にちょいと時間がかかったんだし。
「それで、シキの奇襲を受けたんだな?」
「ハッ! 気が付いた時には私とヒナ二等兵の乗艦を含む二隻がやられ……その後、残る三隻の中将を主軸に反撃を試みていたようでしたが……次々に船を浮かされ高所から落とされ……」
「待った」
出来るだけいつもの大将『青雉』を相手にしている時の真面目モードこと海賊『黒猫』モードで話していたのだが、思わず素が出た。
「浮かされ?」
「……あぁ、そうかそれも知らないか。そう、『金獅子』のシキはフワフワの実の能力者でね、触った物を浮かせられる。船とかでも一度触られたらふわぁっと飛んじまうのさ」
「…………」
あの、それひょっとして……。
「中じょ――失礼、マンチカン本部少将。その、奇襲というのは……頭上から?」
「……そうだ、『抜き足』殿。突如、頭上から斬撃が飛び……我らの乗艦は斬られた」
…………。
「
散々見てきたミホークのあれ?
えぇと……ってことは……ミホーク並みとして大体……。
「少将、斬られた時はその『金獅子』という海賊は単独でしたか? それとも、船かなにかも?」
少将と、その側にいるヒナが怪訝な顔でこっちを見る。
ええから答えろ。大事なんじゃい。
「戦力としてはほぼ単独だったが、船があった。かなりの巨船だ」
「接近されていることにはどこで気付かれたのでしょうか?」
「……分からぬ。気が付いたら真上に来ていた」
「アミス、ロビン、縮尺の同じ海図を何枚か――いや、一枚と透明なプラ板を何枚か持ってきてくれ。そして、大将」
「あぁ、大体わかったよ。襲撃を受けた頃の各支部の気象情報だね?」
「はい」
「ついでに連れ去られた人間が多かった日の記録も出させるよ」
「お願いします」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
かつて戦い、自分を破った男が本部大将と肩を並べている。
「射程距離? お前さんが気にかかったのはそれか」
「うちのミホークで斬撃飛ばしは散々見ているので分かるのですが、船を両断するほどの斬撃を放つにはある程度近づいていなければ不可能です」
かたや少々だらけているが海軍の制服を着ており、かたや黒いスーツを綺麗に着こなした海賊は、壁に貼り付けた海図の上に透明な薄いプラ板を敷いて、次々と何やら矢印や線を書き込んでいる。
「だけど、少将達はその距離まで敵の接近に気付けなかった。いくら慣れない上への警戒といえど、巨船の影が落ちれば気付くはず。にもかかわらず気付いたら真上にいたという事は、おそらく違う物を使って隠れていたのでしょう」
「雲か」
「はい、おそらく」
そう、肩を並べて仕事をしている。
本来ならば、これは海兵のみの仕事であるはずなのに。
「これまでは目撃情報と海流を頼りに敵の本拠地を探していました。目につかない船団ならば、目の付くところを塗りつぶしていけば残った場所から推測できると」
「だけど、敵は空を使っていたことが分かった」
「はい。そして敵は雲に船を隠して動いている。つまり見るべきは波ではなく風向き。船が本来通れない大地も無視して良い……まぁ、あくまで仮説ですが、これを元にこれまでの敵の動きを逆算してみると……」
(……なんと手慣れた物か)
横に控えている、海賊とそう歳が変わらない若き二等兵は、海賊の言葉と書類捌きを食い入るような目で見ている。
「ロビン、次のプラ板頼む。それとこれを……向きを揃えてな」
「うん……はい!」
「ありがとう。アミス、次の日の風向きと天気の記録を」
「はい、こちらになります」
聴取の後に例の
―― 捕縛されていればそれで済んだ話だ!
あの日、海賊として戦った子供に叫んだ言葉は呪いとなってしまっている。
返品と称して解放された教え子たちの惨い姿が、瞼に焼き付いて離れない。
「クロ、シキの相手は俺がする。お前さんは――」
「万が一の時はお願いしますが、シキはおそらくもう出て来ません」
「……ちょっと前に、連中はこの計画の本筋じゃないって言ってたけど……」
「自分は知りませんでしたが、海賊王と渡り合った有名な海賊ならば名前を出しただけで多くの海賊が集まったでしょう」
そして彼女達を救ってくれたのは、よりにもよって自分が「奴隷になっていれば済んだ話」と切り捨てた男だった。
「それをしていない。ならば、その『金獅子』という海賊はこの西の海の騒動の主流ではなく、あくまで一運搬役として関わっただけでしょう」
「じゃあ、本部の船を沈めたのは……」
「やはり、最後の仕事のついでのような物だったのかと。むしろ、本部に新世界での海賊狩りに力を入れてもらえるようにお願いできないでしょうか」
今こうして、海賊らしからぬ知略を以って西の海を救わんとしている男だった。
「……あ~~、シキの残党か?」
「その中で動きを見せていない者達を特に。無論それだけではないでしょうが、一番可能性の高い売り先です」
「わかった、センゴクさんにすぐ動くように進言しておく」
海賊に襲われながら、死傷者を一人も出さずに通報のあった島から海賊を追い出したという、皮肉にも程がある理由で形だけの降格を受けて本部に入った。
そして気が付けば、彼は海兵達の間で静かな『伝説』の存在になっている。
「……キャプテン・クロ。指定された情報はこれで一通りになります」
「よし。この日襲撃されて多くの市民が誘拐されたのはこことここ、天気はどこも雲少なめの晴れ。これを繋ぐ風向きは……こう……っと。OKロビン、プラ板全部くれ」
「うん、はい」
これまで色々な物を書き込んでは入れ替えていた薄いペラペラのプラ板を全部重ね、海賊は海図に押し付ける。
何重にも重なった黒い大量の矢印、それらのうちのいくつかを繋ぐ赤い線。
それらを海賊は指でなぞり――
「……捕まえたぞ。やっとな」
※特にモデルもなく、パッて出てきたキャラ名だったので貴方の好きな外見をクリスに貼り付けてあげてくだせぇ