とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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055:連合部隊

「げっひゃひゃひゃひゃ! 見ろよこの金と食料の山! 当面食うには困らねぇ!」

「おい、こっちの酒が空っぽだぞ! 女はモタモタしてねぇでさっさと()げ!!」

 

 その島は、本来この海域には存在しないハズの島であった。

 あらゆる航路に引っかからず、そのため海軍も警戒していない――そもそも調べるような島がない海域であるために哨戒から外されていた海域。

 

 そこには、ある大海賊によって運び込まれた(・・・・・・)島があった。

 

「本番は三日後。海兵共が政府の船に目を取られている隙に、目を付けていた支部を落とす」

「海兵共を全員殺して、残った基地は俺達が使わせてもらおうぜ!」

「女がいるといいなぁ。いい女はシキの旦那がほとんど持って行っちまったし、残った女も飽きちまった。海兵なら活きもいいだろ」

「基地を奪って海軍の力を減らせば奪い放題さ! そうなりゃこの西の海はもう海賊の海だ! 欲しいモンがあるなら全部奪え!」

「そりゃそうだ! ギャハハハハハ!!」

 

 島は奴隷として集められた人間によって建物が建てられており、ちょっとした町になっていた。

 その中でもっとも豪勢な酒場では、歩くには不自由しない程度の鎖の足かせを付けられた女たちが給仕を命じられて、怯えながら酌をしている。

 

「しばらくは前祝いだ! シキのお頭の心付けはたんまりある! 飲んで食って抱け! 減った分また奪い尽くすんだ!」

「おおっ!!」

「そこの女、オメェはこっちだ! 可愛がってやる!」

「食い物もっとこっちによこせ! モタモタしてるとヒデエ目に遭うぜ!?」

 

 汚い無精ひげの男の言葉に、海賊達は盛り上がって――

 

 

―― まったく、ここまで品がないとは……。

 

 

 次の瞬間、給仕の人間を除いた全ての海賊がその場に倒れた。

 

「まぁ……これが普通の海賊ですよね」

 

 給仕役を押し付けられていた若い女たちは驚いてキョロキョロとあたりを見回している。

 

 その中に、いつの間にか紛れ込んでいた黒いスーツの一団がいた。

 ほとんどが美しい女性たちで固められたその一団は、囚われている女性たちに小さく微笑む。

 そして、その中のリーダーらしき髪を短く整えている女性が一歩前に出る。

 

「どうかご安心ください。我々は助けに来た者です」

「か、海兵なの?」

 

 怯えている女性陣の中でも、最も気の強そうな女性が声をかける。

 

「いいえ。ですが、海兵も後から来ます。我々は先遣隊ですから」

「海兵じゃないなら、貴女達は!?」

 

 

「その……説明しづらいのですが……海賊です」

「――はぁっ!!?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

『キャプテン、南ブロックの港町を制圧。敵のほとんどが集まっていた酒場で、働かされていた民間人を保護しました。少々混乱こそありましたが、怪我人はおりません。現在、敵の拘束と並行して民間人の拘束を解く作業に入っています』

「よし、よくやったアミス。作業を続けながらそのまま周囲を警戒、何者かが来たら即座に無力化しろ」

『ハッ』

 

 とりあえず離れた所で俺は海軍――タキ准将を中心とした特別攻撃艦隊と共に待機。

 

 アミスを始め、『差し足(黒猫式月歩)』やら『噛猫(黒猫式嵐脚)』まではいかずとも『抜き足(黒猫式剃)』の習得に成功している親衛隊を主軸に上陸させて奇襲かけさせたら上手くいったし、まずは第一段階完了といったところだ。

 

 予測された海域には何にもない事から、ジェルマのような一種の船団拠点のようなものを作ったのかと思ってたら……。

 

 いや、マジで存在しないハズの島が出来ちゃってるとかさすがに驚いたわ。

 金獅子のシキか。覚えておこう。なんか変なタイミングでかち合う敵かもしれん。

 対策も考えておかないとな。

 

「貴殿らの親衛隊は上手くやってくれたようだのう」

「はい。念のため、偵察の目を広げますのでしばしお待ちを、准将。――ペローナ」

 

 今回の決戦においては必要だと判断して、こちらも本拠地モプチの防衛に最小の人数だけ割いて、残る全戦力を持ってきた。

 ……まぁ、万が一にも協定が一方的に破られて、この一戦終わった瞬間俺らの捕縛命令出された時のための用意でもあるのだが。

 

「万が一にも見つかりたくないからな。制圧した港から低空で侵入させてから偵察を頼む」

「ホロホロホロ。あぁ、任せろ」

 

 事前に絶対に視認できないだろう高高度からペローナのゴーストに見てもらって、島の全景は把握している。

 

 それを用いて作った簡素な地図を元に、俺とダズ、ハンコックにタキ准将で作戦を立てた。

 

「クロ、やっぱり親衛隊を送り込む前と変わらねぇ。奴ら、北側の港近くの砦みてぇなところでドンチャン騒ぎを続けてやがる。アミス達の動きに気付いた様子はなし。制圧した港の周りに見張りも全然いねぇ」

 

 それにしても防衛網が穴だらけ過ぎるなこいつら……。

 上陸させるのも楽だったし。

 

 仮にも海賊ならもっと警戒しろよ。

 

 ペローナの報告を受けて、今回の特別攻撃隊の指揮官に任命されたタキ准将が俺を見て頷く。

 作戦開始か。

 

「よし、作戦の大筋は決まっているが、我々『黒猫』の編成を確認する。――第二陣の隊長はお前だ、ハンコック」

「うむ、久々に主殿の下でのびのび戦えるのじゃ。任せるがよい」

 

 しばらくぶりに会ったら、なんか妹達と揃ってすげぇ覇気が鍛えられててビビったがやはり――いやますます頼りになる。

 

 部隊もキチンと鍛えているし、仮にではあるが部隊長決定だな。

 

「お前達は、親衛隊が海軍の別働隊と共に回り込むまで制圧した拠点を保持」

「事が起こったら親衛隊と共に我らも出向き、今騒いでいる連中を挟撃するのじゃな?」

「そうだ。オペレーターにロビンを付ける。上手く合わせろ」

「承知した」

 

 よしよし、それでよし。

 

「ミホークは共に上陸して待機、戦闘が始まってからは遊撃を。判断はお前に任せる。数を削り取るなり、頭を減らすなり好きに動け」

「心得た。お前から預けられたこの名刀に恥じぬ働きを見せよう」

 

 よし、普段の訓練時の切れたナイフっぷりはともかく命令には素直でミホークは本当に頼りになる。

 個人戦力としては絶対級だもんな。二十年前だから油断しちゃだめだと肝に銘じているが、何が相手でも勝てる気がしてしまう。

 それに頭も切れるから個人の判断に任せておいて問題ない。

 

 あれだ、麦わらの一味でいうと迷子癖が無くなって戦闘AIの性能が上がったゾロみたいなもんだ。

 

 …………。

 

 最強かよ。

 最強だったわ。

 

「俺とダズ率いる主力部隊は、これより海軍と共に北の港を強襲。まずは船を出来るだけ航行不能にし、敵の逃げ道を潰す」

「その後は上陸して、民間人を救助しながら海賊の排除か」

「そうだ。最初の混乱でどれだけ海賊を削れるかで、その後の作戦難易度が変わる。黒猫海賊団一同、これまでの演習の成果を見せてみろ」

 

 いいな? とこちらの兵士に目をやると、全員が一糸乱れぬ敬礼でそれに答える。

 

 うん、よし。

 

 無許可の略奪を禁じたり金銭での賭け事を禁じたりと大雑把な規則作った上で鍛え上げただけはある。

 

 部隊戦力にムラがあるのが少し気にかかるが、それでも俺やダズといった幹部の指揮によく従い、アウトローであることに甘えず、最低限以上のモラルを持った俺の理想の海賊戦力になりつつある。

 

「では准将、号令をお願いいたします」

「……すまぬな、クロ殿。本来ならば貴殿が指揮を執るべきなのだが……」

 

 なんでや!?

 いや確かに停戦している間は自分と青雉は対等っていう事になってるけどこちとら海賊やぞ!!

 

 さすがに向こうで馬鹿やってるカス共と一緒にされたくはないけど、一応は同類なんだからな!!

 

「我らは海賊であり、現行の世界政府とは相いれない存在です。どうか、お気になさらず。今は囚われている市民と海賊に集中しなくては」

「うむ、そうだな」

 

 タキ准将――正直、自分とクザンは大変お世話になっているし、むしろこの人が統括支部長(あの馬鹿)の後任だったらもうちょい楽だったのにと思う程の人物。

 

 それだけの海兵だけあって、やはり部下にも慕われている。

 だからこそ、この特別部隊の総司令官に任命された。

 

 ……まぁ、俺がクザンや将校に根回しした結果なんだけど。

 

 ともあれ、彼の顔が優しいお爺ちゃんのソレから、海兵の顔へと切り替わる。

 

「これより海賊連合中枢への奇襲作戦を敢行する。総員、配置に付け」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「やはり、主殿がいると気が楽じゃ」

「……お前からそのような言葉を聞くとはな……」

「えぇい、貴様も一度兵を率いてみよ! 領地を預けられてみよ! ミホーク!」

「はっはっは。俺は客将であり、そして剣の指南役だからな。その贅沢な苦悩とは縁がないのだ。すまんな、ハンコック」

「…………おのれぇぃ」

 

 親衛隊による奇襲によって容易く陥落した海賊連合拠点の港の一つに、ハンコック率いる精鋭部隊と世界でも最高の一人に数えられる剣士が身を隠している。

 

「ハンコックさん、モプチにも海賊は来たの?」

 

 そのハンコックの側には、『黒猫』海賊団の特色にして要であるオペレーターを務めるロビンが身を寄せている。

 

 ハンコックは、周囲の状況を把握しながら尋ねて来る妹分の頭を軽く撫で、

 

「うむ……計十四度もな。やはり非加盟国はポッと出の海賊に狙われやすいと痛感したわ」

「骨のある者はいたか?」

「貴様すぐさま聞くことがそれか」

 

 そしてミホークはこれである。

 

「もう少し土地や民の事を聞かぬか! 貴様が耕した土地もあるし、貴様を慕う民もおるじゃろうが!」

「お前がペローナやハックと共に黒猫の一団を率いていたのならば、被害が出るはずがない。仮に出たとすれば、お前達が無事でいられない程の難敵が現れた時くらいだ」

「ミホークどうしたの? 皮肉なしに褒めるとか何か変な物食べた? 船医さん呼ぶ?」

 

 思わぬ言葉にハンコックは絶句し、ロビンは思わず失礼極まりない質問を切り出してしまう。

 もっとも、そのミホークは気を悪くした様子もなく小さく笑い、

 

「お前もその幼さですでに偉大なる航路(グランドライン)クラスの強さはある。加えて、クロの戦術と足技を学びつつあるお前が兵を率いれば、打ち崩すのは容易ではない。もし苦戦させる相手がいれば、是非とも戦ってみたいものだ」

「……まさか、貴様に素直に褒められるとはな」

 

 クロに救出され、黒猫の文化に触れてからは『武』以外の物にも興味を持ちだしたハンコックだが、その根っこにあるものは九蛇という戦士の文化である。

 

 そのため、強さを褒められる事にはいまだ彼女は弱かった。

 

「だからこそ気になる。お前はどうやってそれほど覇気を高めた?」

「あぁ……客人じゃ。九蛇のツテでわらわやソニア達の安否の確認に来た者がおってな。おぬしらがモグワで活動しておる間、その者に稽古を付けてもらっていたのだ」

「…………ほう」

「えぇい、やめぬか! まだ主殿達の砲撃すら始まっておらぬのに剣気を漏らすでない!」

 

 兵士達に緊張が走るほどの剣気を零すミホークに、もはや慣れたロビンやソニアたちは「またか」とため息を吐いている。

 

「今は目の前の作戦に専念せぬか。客人も、主殿に一度挨拶をしたいとモプチに留まりハック達と酒を酌み交わしておる。交渉次第では手合わせ出来るやもしれぬぞ」

 

 ハンコックがそういうとミホークは剣気を抑え、だが研ぎ澄ませる。

 そしてロビンが頭を抱えて首を振っている。

 

「良い事を聞いた。なればこそ、この作戦にも身が入るというものだ」

 

 北の方角から、大きな爆音が響き始めた。

 七門の大砲による一斉射撃。『黒猫』の兵士には耳慣れた、初手の観測射撃の音だ。

 

「ロビン」

「うん、始まったよ。砦で騒いでいた人たち皆慌ててる。まだ北の港が襲われてるって分かってないみたい」

「酔いつぶれた中での混乱か。……民を救い出す機じゃな」

「西の海を荒らしまわった海賊連合が、逆に本拠を荒らされどこまで対処できるか……見せてもらうか」

「ふん、所詮は不埒者の集団じゃ。蹴散らしてくれる」

 

 砲撃音がいくつも重なり、徐々に人が上げる鬨の声が響き始める。

 

 それを聞いて、タイミングを計っていたハンコックは、離れた所で待機している親衛隊や海兵の面々がいる方向に向けて鏑矢(かぶらや)を放ち、合図とする。

 

 

 

 

「よし! 征くぞ者共! 我ら『黒猫』の矜持を掲げよ!」


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