とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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056:掃討、完了

「クロ、アミスとハンコックの部隊も順調に北上中。ミホークの奴は……まぁ、好き勝手に動いてるな」

「それでいい。いいんだが……思ったより敵が南側にバラけないな。キャザリー、こちらの船は大体破壊したな?」

「ハッ、目視できる範囲の船は全て航行不能の状態にあります」

「こっちのミニホロでも、念のために小さい漁船サイズの船は確実に沈めてる」

「……よし、電伝虫でアミスとハンコックに通達。行動を隠密よりに。我々で敵勢力の目を全力で引き付けるので、その隙をつき囚われている民衆の救助を第一とせよ」

「ハッ、直ちに!」

 

 敵の混乱を狙ったのはいいし作戦通りなのだが、混乱しすぎてて敵の動きが鈍すぎる。

 こいつら本当に海賊か? そこらのチンピラ以下じゃねぇか。

 これがベッジならとっくに統率取り戻して脱出するための策の一つや二つ打ってくる……いや、そもそも用意しているぞコノヤロー。

 

「これが……これが『黒猫』の戦いか」

「はい、マンチカン少将」

 

 今回の戦いの主力は西の海の勢力で固めるべきだという話になり、そのためタキ准将が指揮官候補に挙げられたわけだが、問題なのが本部の人間だった。

 なにせ本部としては、助けに入った所なにも出来ずに船を沈められ、人員と物資をほとんど失ったのだ。

 その上で、助けるハズだった西の海の海軍と、その停戦相手の海賊に救助されて……ようするに面子が丸つぶれというわけだ。

 おまけにどうにか救助出来たわずかな人員はほぼ全員治療中。

 

 せめて動ける人間を参加させねばという事で動いたのが、

 

「これだけ混乱しているなら、私達も戦闘に参加すればすぐに決着が付くんじゃない? ヒナ、疑問よ」

 

 マンチカン少将とヒナである。マジかぁ。

 

「とりあえず、今回の戦闘の結果として起こってほしくないのは二つ。まずは雑魚海賊の拡散。ここで大量の海賊を逃がして拡散させれば、瞬間的に被害が広がる」

 

 まぁ、正直その心配は少ない。

 この馬鹿共ときたら見張りも碌に配置せずにただ酒飲んで乱痴気騒ぎに興じてるだけだった。

 おかげで極めて狭い範囲に纏まってくれているので対処が楽だ。

 

「ただこの場合、ここの海域は近くに島がないので、碌に準備もせずに逃げ出した海賊は大体死ぬでしょう。念のために辿り着きそうな可能性のある島を警戒していれば大体は済む」

 

 もっとも、さすがに海の上で飢え死には悲惨だからできるだけ探すつもりだが。

 

「もう一つは、指揮官クラスの逃亡を許すこと。当然ですがこれが一番痛い」

 

 出来る事ならば、今回の騒動の首謀者に繋がるパイプは海軍に確保してもらいたい。

 

(仮にあの桃鳥が関わっていた場合、政府がどこまで本腰入れられるか少し疑問符が付くってのがあれだが……早い段階から警戒対象に入っていれば多少なりとも牽制になる……ハズ)

 

 桃鳥じゃないのならば、それこそ調査を急いでほしい。

 正直な話、すでに俺達が『完全な勝利』を得るのはもはや不可能だ。

 これだけの絵図をいつから用意していたか知らないが、短期間で用意できたとするのならばソイツは相当ヤバい。

 正直、下手な海賊や海軍よりも恐ろしい。

 

「今回の首謀者に繋がる手掛かりは、恐らく手に入らないでしょう。敵はかなりのキレ者です。ならば、せめて手掛かりを組み立て得る情報の断片くらいは入手しておきたい」

「だから一歩引いた所で、戦況の観測に徹すると」

「これが単純な海賊の集まりで、脅威となるのが数だけならば私もすでに前線で戦っているのですが……」

 

 いや、それなら親衛隊の奇襲だけで終わらせられたか。

 訓練や演習模擬戦の時から薄々思ってたけど、『抜き足(黒猫式剃)』は集団で使った時が一番やべぇ。

 

「海賊を組織立たせている支柱を捕殺しない限り、再び西の……いや、どこかの海に大混乱を呼び込みかねない」

 

 収穫期に突入した今、海賊からしたら奪う物が出来た。

 今回の大混乱から、西の海で食うために略奪に走る連中が増える事は半ば避けられない。

 そいつらを利用すれば、第二の海賊連合が現れかねない。……というか、俺が世界の混乱のみを狙うならそうする。

 

「それを踏まえてタキ准将と話し合った結果、今最も重視すべきはこちらの兵達に余裕を持たせること。そして包囲網を崩さないことだと判断しました」

 

 加えていうなら、あんまり手の内を見せたくないので正攻法で攻めたかったのもある。

 タキ准将はともかく、少将達の目的はどうもこちらの解析っぽい。

 

(以前交戦した時もそうだが、後ろめたさを隠せないのがこの人の弱点だなぁ)

 

 ヒナ嬢の図太さを見習ってほしい。

 こいつ、堂々と俺を教材にしてやがる。いやいいけどさ。 

 

「北の前線はダズの率いる黒猫の親衛隊に二番、三番艦戦力、並びにビグル、コリー両大佐が率いる精鋭によって港へと通じる道の封鎖が完了しており、今現在押し上げています」

「海賊――失礼、『黒猫』との連携は問題ないのかね?」

「コリー大佐はこれまでの軍事行動において我々と共同で作戦に当たった経験が多く、またビグル大佐率いる兵士はルチマ一等兵を始め柔軟に動ける者達が主体となっております。問題はありません」

 

 それにビグル大佐の兵士はウチとは特に交流あるし、先日のメンタル調整の一件もあって士気が高い。

 ここで後方配置にしたら、後々に響きそうだったしなぁ。

 タキ准将からOK出たなら大丈夫だろう。万が一に備えて対多数戦に長けてるミアキス付けたし。

 

(もう一人前線を支えられる人間が要るな……。いやそれを言い出したら欲しい人間なんて山ほどいるんだけど)

 

 戦闘員はもちろんロビンの負担を減らせるオペレーター。あるいはペローナに代わる観測手。

 内政向けには数字に強い人間や、農耕やら造船やら医療……、とにかく技術を持った人間。

 

 海賊に過ぎない俺達がどうやってそこらを囲い込むか……。誘拐なんて論外だしなぁ。

 

「……クロ殿」

「なんでしょう」

「貴君は……佐官や兵士の事まで把握しているのかね」

「海賊と組むことに忌避感を覚える兵士は必ずいるでしょうから……。いち早くそう言った海兵を知り、信頼を得るための行動の指針の参考にしようと……可能な限り情報を収集し、頭に叩き込んでおりました」

 

 ついでに、政府筋の人間が紛れ込んでいないか把握しやすくするためにも暗記は必須だったからなぁ。

 この機にロビンを暗殺しようとする連中が出る事は予測していたし、実際数名いたし。ミホークと俺で捕獲してクザンに突き出したけど。

 

 いやぁ……名前と顔を一致させるまで大変だった……。

 

「しかし、思った以上に脆いな。ペローナ、戦況はどうなってる?」

「圧倒的だな。というか、敵のほとんどがフラフラだ。飲んだくれてやがる」

「馬鹿か、あいつら?」

 

 海賊なんだから追われるモノだって事が抜け落ちているのか?

 いやまぁ楽しく騒ぐのが海賊なのはそうだけど……交代で見張りや哨戒を出すもんじゃないのか?

 

「……さっさと押し込むか。キャザリー」

「ハッ」

「お前とクリスの隊を使う。まずはクリス達に西側から突かせろ。敵をもう少し揺さぶる」

「では私は?」

「多分、その頃にはいい加減に人質を使おうとしてくる奴らが出てくる。お前の下に付けた十二名はハンコックが鍛えて認めた弓の名手だ。中距離ではまず外さん」

「なるほど……危険地域にいる市民の救助のための遊撃ですね」

「そうだ。任せる」

「了解。直ちにクリスと一度合流し、作戦に入ります」

 

 これで敵の問題はよし。

 あとは……。

 

「ペローナ、兵の負傷率は?」

「アミス達南側の部隊は目に見えて分かる怪我人はいねえ。こっちは……あー、ちらほら出てるな。大怪我ってほどじゃないけど。パッと見だと海兵の方が怪我人が多い。一割……はまだ行ってないと思う」

「……マンチカン少将」

「む」

「申し訳ありませんが、参戦している本部勢力を率いて加勢。前線を押し上げて頂けませんか」

「前線をか」

「はい、同時にこちらの医療班を急行、最低限の設備を展開させ治療を施します」

「押し上げる事で出来る空白地帯を臨時の救護施設にする、と」

「はい。この戦闘で、それが我々だろうと海兵であろうと、むやみに兵を使い潰せば『黒猫』の恥です」

「…………」

 

 おい、なぜそこで押し黙る。

 

「分かった、すぐに向かおう。だが、クロ殿」

「はい?」

「連絡員も兼ねて、ヒナ二等兵を君の側に置いてくれないか?」

「? 構いませんが、よろしいのですか?」

 

 曲がりなりにも海賊の側に、海兵とはいえ若い子置くのはどうなんだ?

 

「貴君も薄々察しているだろうが、海軍は君の情報を欲している」

「……口にしてしまって大丈夫なのですか?」

 

 そこは暗黙の了解にしておいた方が良かったと思うんですが……。

 ほら、そちらの立場的にも。

 

「正直に言うが、貴君の戦術を始めとする手腕は我々にとって喉から手が出るほど欲しいものなのだ。これから先、海軍本部の一員となるヒナ二等兵にとって、君の働きを見る事が大きな糧になると思っている」

「……敵を鍛える……事自体はまぁ、もう今更なのですが」

 

 むしろ海軍の詳細なデータやら配置やら基礎戦術に訓練方法がっつり知っちゃったからそれくらいは別にいいんですが……。

 どうせまだ完成してないし。

 

「ヒナ二等兵は構いませんか?」

 

 えぇい、睨むな。

 いや気持ちはめっちゃ分かるけど。

 

(いうて、純粋な戦闘ならこの娘もあの時みたいに簡単には蹴り飛ばせないくらいに強くなっているっぽいんだよなぁ)

 

 なんだかんだヒナもアレから相当鍛えたのか、地味にウチの精鋭並みには強い気配がする。

 まぁ、ミホークブートキャンプに手足失わずに食らいつき続けている親衛隊には届いてないけど。

 

(……あれ? ひょっとして親衛隊ってもう結構ヤバい連中になってる?)

 

「私も、貴方の力には興味があるわ。……ガープ君からも、貴方を見て来いと言われてるし」

 

 …………。

 

 なんでそこで海軍の英雄の名前が出てくるんすかね。

 

 

―― プルルルル、プルルルル、プルルルル

 

 

 おっと、電伝虫……コイツは……。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ハンコックちゃん! ロビンちゃんも!」

「アミスか! もう合流するとは……」

 

 海賊連合との決戦は、驚くべき速度で進行している。

 北からは主力が、南西からハンコック、南東からはアミスが襲い掛かり、三方から敵を締め付ける作戦だった。

 

「アミス、おかしいぞ」

 

 そして作戦通り、それぞれの部隊は戦線を順調に押し上げている。

 新たな命令通り目立つ真似は避け、不用心に逃げてくる海賊を討ち取り、見かけた民間人を救出し、想定以上のスピードで想定以上の戦果を挙げている。

 だが、現場を指揮している二人は、とても納得していなかった。

 

「あまりにも敵兵が脆すぎる」

「はい、私も気にかかっていて……」

 

 あまりにも敵兵が脆すぎた。いくらなんでもこれはおかしい。

 確かに酒を飲みすぎて前後不覚になっている者もいるが、せいぜい酩酊程度で意識のはっきりしたそこそこの強者もいた。

 だが、その者も多勢に無勢となってしまい、ロビンの関節技によって容易く沈められてしまった。

 

「まるで、指揮を執る者がすっぽり抜けてしまったようじゃ。バラバラで場当たりな戦闘しかできておらぬ」

「あの……ひょっとして、最初の砲撃の範囲内に指揮官がまとめていた……とか?」

 

 また数人、サーベルを握った酒臭い海賊達が襲いかかってくる。

 弓を手にして戦闘に慣れた者の気配を匂わすハンコックではなく、ロビンならば人質になり得ると考えたのか、アミスやハンコックと話している彼女に手を伸ばしながら必死に走ってくる者が一人いる。

 

 だが、次の瞬間にその海賊は首を落とされていた。

 その後ろには、音も立てずに刃を振るった親衛隊の一人がいる。

 そして彼女は、再び音を立てずに残る敵を斬り伏せ、また次の敵目掛けて姿を消したのだった。

 

「作戦会議で主殿はまず船を狙うと言うておった。加えて向こうは、砲戦技術の高い者で固めた六、七番艦があるのじゃ、狙いはかなり正確なハズ。それに、この宴の中で指揮役がまとめて船やその周辺におったとは考えにくいじゃろう」

「ペローナさんが事前に周囲を警戒してたけど、逃げられそうな船があるのは港にばっかりだったって」

「……隠し港があるか?」

 

 今ではある意味で第二の魚人島となっている拠点での開発で慣れているため、真っ先に思いついたのは隠し港だった。

 

「でも、上から見てもそれっぽい道はなかったよ?」

「ならば下かもしれぬの。……アミス、主殿に」

 

 ハンコックがクロに連絡を取るようにアミスに促すと、すでにアミスは小電伝虫を握っていた。

 

 

―― ……はっ。えぇ、はい。……分かりました、了解です。

 

 

「アミスさん、キャプテンさんはなんて?」

 

 そして通信が終わってすぐにロビンがアミスに尋ねる。

 アミスは、それになぜか曖昧な笑みを浮かべて。

 

「あ、はい。そちらの方はもう大丈夫だそうです」

「……大丈夫?」

 

 

 

 

 

「……先ほどから姿を見ないと思ったら……あ奴、まさか……」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ば、かな……」

 

 狭い坑道――口封じにもう殺した奴隷に堀らせた、やや広めの横穴の中で、数名の巨漢の男達が倒れている。

 

「せ、船長たちが一瞬で!?」

「やはり抜け道があったか。あまりに集団として雑な連中だったので、あの砦を攻めた時に最も手薄になる場所に出入口があると見て来てみたが……」

 

 そして倒れた男に付いてきていた海賊達の目の前に立つのは、一人の剣士。

 刀についた血を払い、暗闇の中でも小さく輝く美しい刃を海賊へと突きつける。

 

「安心しろ。その船長たちとやらは殺していない。……情報を知っていそうな者を殺してしまえば、あの男の歩みが遅れるのでな」

 

 それなりに新世界で暴れていた海賊達は、目の前の男が何者なのかすぐさま気が付いた。

 

「か、『海兵狩り』だと!? なんでお前があの海兵と一緒にいやがる!!」

 

 海賊とは少々違うが、少なくとも海賊達から見れば『海兵狩り』は海軍の敵でしかない存在だった。

 それが海兵と共に攻めてくるなど、訳がわからなかった。

 

「成り行きというものだ。悪く思うな」

 

 だが、現実は変わらない。

 新世界でも上位に入る剣豪が、自分達を狩りに来ているという事を海賊達は認めなくてはならなかった。

 

「ち、ちくしょうふざけんじゃねぇ!」

「こんな海で俺達が捕まってたまるか!」

「敵は一人だ! 全員で斬りかかって一人でも多く船までたどり着け!」

 

 

 

「とっくにクロが親衛隊の誰かを手配して押さえさせていると思うが……まぁいい」

 

 

 

「奴との協定だ。逃がすわけにはいかん」

 

 

 それから五分もしないうちに、脱出のために隠されていた船は海軍と黒猫によって接収され、さらに十分も経った頃には全ての海賊の討伐、並びに民間人の救出が終わり、作戦司令官タキ准将より、作戦完了の宣言が出されるのだった。


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