「わらわを部隊長に?」
「あぁ。正確には部隊長というか、まずは数隻からの艦隊を率いてもらう提督にと思っている。その……もし抜けるのならば、引き継げるように形を作ってな」
朝起きて歯を磨いて飯食って各班に今日の予定を確認してから地獄で活路を開いて現場を視察して地獄で死にかけて昼飯食って地獄に落とされかけて王女殿下に謁見してその日の進捗を報告して晩飯食ってダズかアミスと共に地獄でハードラックとダンスして風呂入って仲間と駄弁って歯を磨いて寝る生活を数日繰り返し、そろそろ祭りの用意と一緒にモグワに戻る用意をしなくてはというタイミングで、以前から考えていた話をハンコックにしていた。
「わらわでよいのか? 親衛隊の者や、わらわより先におるペローナの方が良いのでは?」
「親衛隊は自由に配置できる精鋭という部隊だし、ペローナは唯一無二の役目がある。団全体の要だからな。加えて、ジェルマ戦以降お前は実質ハンコック隊の隊長だったんだ。実績として申し分ない」
「ふむ……」
それに、分艦隊並びに別動隊をしっかり組織立てて編成しておかないと仕事が増える一方になる。
思えば、西の海の海軍再編成を手伝ったのはいい経験だった。
ハンコックは、俺が留守の間の復興作業を通してある程度内政も学んでいるし、言っちゃなんだが顔がいいから看板役としても使える。それに、ミホークやダズも認める強さを持っている。
「編成はとりあえず主力として二番艦、それを補佐する五番、六番艦を率いて欲しい」
「六番……護衛艦まで預かってよいのか?」
「ああ。運用データは多ければ多い方がいいからな。むしろ好きに使ってほしい。その情報を元に次の船を造る」
「……正直、護衛艦があるだけで砲火力の密度が段違いじゃ。助かる」
だよなぁ。
船員の質が高いとはいえ、本船も含めて鹵獲して戦力に組み込んだ船はほとんど改造商船だ。大砲を大量に積み込むようには作られていない。
そこで、ないなら造ればいいじゃんと試行錯誤しながら出来るだけ大きめの鹵獲船に装甲板や大砲を可能な限り積み込んだのが護衛艦だ。
なお、護衛艦という呼称は、そもそもは輸送船の護衛が主任務になると思っていたからだ。
「先日の主殿の計画もそうじゃが、正直ここは居心地が良くてな……。分かった。その任、承った」
「ありがとう。モプチを発つ前に第一艦隊提督への叙任式を行うつもりだから、一度王宮の部屋借りて段取り考えるか」
「主殿……。それも催し物にするのか?」
「儀礼式典の類は大事だぞ? 特にウチみたいに名声を武器にする組織にとって、王家はもちろん、民衆への分かりやすい役職の説明と顔見せはな」
「……つくづく海賊らしくないのう」
俺も最近自分たちがおかしいとわかってきたけどしょうがない。
大衆の支持なんて危なっかしくて簡単に信用しちゃ駄目だけど、無視もできん。押さえつけずに力の誇示ができるならやっておかなくては、統治力に罅が入る。
舐められるわけにもいかんからある程度は絞るけど、同時に絞られているからいい暮らしができていると納得させる必要があるからなぁ。
ウチなら、海賊や海賊みたいな海軍崩れへのカウンターとしての役割などがそうだ。
……武力面でのアピールもうちょい強めるか。
造船の態勢整って船揃えられたら、いっそ観艦式とかもやってみよう。
「……それと、主殿。折り入って話がある」
「ん? どうした?」
「前々から妹達と話し合っておったのじゃが……」
ソニア達もか。
もし出来るならアイツらも含めて残ってくれないかなぁ。
あの二人も、少人数の分隊指揮では中々優秀なんよな。
それに二人ともダズと仲良いし、ロビンやペローナも懐いている。
ハンコックは普通にうちの主力だし。
「実は、主殿が預かってくれておる悪魔の実を食べようという話になった」
んお?
「あぁ、別に構わない。もし食わないままでも、あれだったらお前達が九蛇に戻る時の餞別に渡すつもりだったし」
蛇の二つはともかく、メロメロの実なんて食わせて役に立ちそうなの……。
親衛隊ならありだったかもしれんが、アイツら万が一の時のダズ達能力者の救助役も兼ねているしなぁ。
魚人組は一味じゃなくて、保護している協力者だし。
「しかし、いいのか? 言うまでもないが海が弱点になるし……お前達にとっては嫌な事を思い出させる物だろう?」
「……主殿は、優しいの。……うむ、その優しさがあるからこその『黒猫』じゃが……」
もはやすっかり着慣れた『黒猫』のスーツ。
三本爪のマークが刺繍されたそれを少しドレス風に改造して、くるぶしの少し上まで裾上げした上でスリットを入れたスラックス。
それを着こなした美少女が、俺に微笑んでいるわけである。まだ子供とはいえちょっとドキッとするわ。
(ロビンやペローナがマスコットなら、ハンコックはウチのアイドルだよなぁ)
「それこそ、あのジェルマなる輩と戦った時につくづく実感したのだが……わらわには、主殿やミホークのような絶対的な武がない」
「そうか?」
「うむ。……ダズも、単純な覇気比べなら譲る気はないが、それでも闘う者としてはおそらくはもうわらわの上にいっておる。覇気を能力に活かし、面と向かっての一対一ではソニアやマリーでも敵わぬ」
「……あの二人を超えたか」
九蛇の戦士といえどまだ子供の二人は、それでも大柄な体を活かすために槍や戦斧のような長物を好む。
リーチの長さを活かして敵の出鼻をくじき、いざという時は弓矢による援護も出来る。
先日の海賊連合の本拠地強襲戦でも、囚われた民間人の救助に入ったキャザリーの部隊をその場の判断で援護している。
(ちょいと前までは、覇気纏った長物にぶっ飛ばされて対処法をハックに相談していたダズがなぁ)
「部隊を指揮してみて分かったが、戦闘――特に船上のように兵同士が密集している戦場では、士気の上下が激しく、兵の指揮や把握が難しい」
「あぁ、わかる。隣の仲間が怪我で苦しめば恐怖が伝染し、逆に拮抗していた敵を倒せばその達成感が伝染して士気が跳ね上がる」
「うむ。……そして、士気が上がりすぎれば戦線を維持すべき場面でもつい前に出てしまう兵が現れ、下がればそもそも維持が難しい」
それなぁ。
隊列組んだ戦闘は相手に圧をかけやすいけど、同時に最大の弱点はそれなんよ。
隊列組んだ兵士が、自身の左右の環境に影響されやすい。
ヒャッハーな海賊が強いのもなんとなく分かる。
今は、最前線で落ち着いて兵士を指揮できるまでになった親衛隊がいるから、戦線の規模が小さければ安定して戦えるんだが……。
出来るだけ砲戦で勝ちたいのもそれがあるからだ。
縄張りの根幹になる内政で忙しいけど、戦術の研究もしっかりやらないとな。
うん、ハンコックを第一艦隊提督にするのはやっぱり間違いじゃない。
「兵を無駄に消耗させぬには、士気を安定させるのが一番じゃ。そしてそれには、やはり矢面に立つ強者がいるべき。しかし、わらわには色々と足りておらぬ。主殿ほどの加速力があれば徒手空拳にも威力が出ようがそれもなく、
俺はともかくミホークは目指しちゃダメな気がする。
「武器が欲しいのじゃ、主殿。この先、どれほどの強者を相手にしても自信の揺るがぬ武器が」
「……気持ちはわかる」
ベッジ戦がなければ俺も悩み続けていただろうことだ。
それに元々、やはりハンコックにはメロメロが似合うとは思っていたし。
「ソニアやマリーも同じか?」
「うむ。……あ奴らも少数とはいえ兵を率いておる。……そうなると、な」
兵士が傷つく前にぶっ飛ばせば早いと考えたか。
……出来ればそれを乗り越えてほしいんだが……。
(いや、いくらなんでもそんな事を考えさせるには早すぎるか)
いかん、どうもここ最近ヤバい状況だらけだったせいで、求める質がずっと右肩上がりだ。
誰よりも俺がもうちょっと肩の力抜かなきゃダメだな……。
「ちょうどいい。ソニア達を連れて俺の部屋まで来てくれ」
「第一艦隊提督就任の前祝いだ。受け取ってくれ、ハンコック」
「……かたじけない、主殿」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ほう、島の制圧。それが君の仕事か、ミホーク」
「あぁ。それと開発だな。生き残っている者や、新しく来る者も含めてまずは食えるだけの畑と水回りを用意せねばならん」
あれから『冥王』と呼ばれた男は、主にモプチの港町を中心に自由気ままな生活を送っていた。
特に、運動がてら『海兵狩り』と剣を合わせたり、あるいはともにクロを始めとした『黒猫』の船員をしごいたりしているのは有名で、名こそ大きく明かしていないが街の者や正体を知らない船員からは"レイさん"や"レイ先生"と呼ばれている。
「はっはっは! 君程の剣を持つ男が、鍬を握り田畑を耕すために船出か!」
「客将とはいえ将は将だ。それに、奴と斬り合ってから驚くほどに充実した日々を過ごさせてもらっている。多少の頼みくらいは受けてもよい」
客人を持て成す場であるのと同時に、黒猫の一味のたまり場でもあるサロンのカウンターで、その二人は酒を酌み交わしている。
「まったく、船長が勤勉ならその仲間も勤勉か」
「勤勉というのはアミス達の事を指す。……まったく、クロやダズはともかくとして、奴らは気合いだけでよくここまで食らいつくものだ」
「あぁ……」
ミホークは自分が客将であることを公言し、そう動いているのに対してレイリーは完全に食客としてモプチにいる。
ゆえにクロ以外の特訓に付き合っているのは完全に暇つぶしのつもりだった。
だが、想定を超えて粘る生徒たちに、愛着が湧きそうになっているのも事実だった。
「あの娘達も素晴らしい。よほど役に立ちたいと思っているのだろう……あれだけ身体を苛め抜いてよく投げ出さないものだ。クロ君なら、そこまでしなくとも見捨てたりしないだろうに」
「……理由はそれぞれあるのだろうが、強さに貪欲な姿勢は見ていて微笑ましい。それが『黒猫』のような一団なら猶更だ」
「あぁ……変わった一団だ」
海賊団としてはすでに有数の実力を持っているが、おそらく一般人からすればもっとも危険度の低い海賊団。
一見放置していて問題ないほどの一団なのだが、その下にいる一人の少女の存在があるために反転、世界政府にとってもっとも恐るべき――だが手が出しづらい存在になってしまっている。
「しかし、なぜだね?」
「なぜ、とは?」
「君の話だと、頼まれていたのは戦闘員の訓練であって、その仕事はもう完了したと言っていいのではないかね? 親衛隊はもはや
「そうだな。支部戦力程度ならば一方的に蹴散らせるだろう」
「彼らに対しての義理は充分以上に果たしている。それでも『黒猫』にいるのは、居心地が良いからかね?」
「……それもある」
クロが仕入れていた自分の好みに近い味のワインを喉に流し込み、ミホークは一息吐く。
「だが、やはり気になるのはクロだ。奴がこれから何を選んでいくかを見てみたい」
「はっはっは、ご執心だな!」
「……覇気を知り、鍛えてから初めて刀を折られそうになった男だ。その成長も気になるが……」
小さくレイリーが驚嘆する。
この地で目の前の男と知り合ってから、この男の剣の腕を知っているからだ。
「奴の道には敵にせよ味方にせよ強者が多い。あんな道を征こうとするなら当然だが……」
「いやはや、私も頭が固かったようだ。まさか、ログポースに頼らない道を作りに行くとは」
先日の馬鹿みたいな――だが夢のある話は、久々に腹から笑える笑い話だった。
「奴が非加盟国をまとめ上げると言い出した時も笑ったが……まったく、退屈させてくれん男だ」
「だから、付いていくと?」
「下に付くつもりはないが……」
こうして静かに酒を飲むことも出来れば、人が集まっている方に足を運べば好ましい騒ぎを背景に呑むことも選べるこのサロンは、ミホークにとっても気に入っている場所の一つだ。
「まぁ、今しばらくは奴の命で振るう剣も悪くないだろう」
―― コンコンッ
その時、階下の出入り口の方からノックの音が響いた。
「む?」
「ノックするということは、客人か……珍しいな」
―― すまない。『黒猫』に会いたければここだと言われてきたんだが、合ってるか?
―― えぇ、合っていますよ。失礼ですが、どちら様でしょうか?
門番をしている親衛隊が応対している。
なんとなく気になったミホークはカウンターを立ち、やや重い扉を静かに開ける。
「ここにいる海賊のおかげで、奴隷の身分から逃げ出せたんだ……直接礼を言いたくて、連れと一緒にここまで来た」
「俺は……テゾーロ。ギルド・テゾーロだ。どうか一度、『黒猫』に直接礼を言わせてほしい!」