とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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062:おさなごころ

 修復された大広場では、日が沈みつつあるとはいえまだ明るいうちからあちこちにランタンが吊り下げられている。

 

 簡素ながらも飾り付けられた大通りでは、数こそ少ないが出店も並び、滅多に口に出来ない肉や砂糖をふんだんに使った料理を子供が頬張っている。

 

「幾分か豪華になったな。無駄に出店を増やさなくてよかった……」

「海賊連合の被害にあった国に比べればマシとはいえ、人が少ないからな」

「見た目だけ派手にしようとしても中身が追いつかなければ虚しいだけ、か」

 

 ようやくここまでたどり着けた。

 ここモプチを中心にルーチュや移動の難しい集落の方での同時開催の収穫祭。

 まぁ、本来の収穫祭の時期からはだいぶ遅れたからなんか違う名前のほうがいい気がするけど。

 

「しかし、見事なものだ。テゾーロ」

 

 俺とダズで離れた所から祭りの様子を確認してから、俺の隣に立っている男に――真新しい三本爪のスーツを纏った背の高い男に声をかける。

 

「本音を言えば、もう少し盛大に行けると思ったんですが……」

「すまん、状況が状況なもので物資も金も他に使う所があってな」

 

 ギルド・テゾーロ。

 つい先日、暫定的に財務担当に任命した男だ。

 

「今は生活を安定させるので精一杯だが、ここから盛り返せば来年の今頃にはお前の頭にあるような、華やかな祭りも出来るだろうさ」

「……何事もなければ、だが」

「おいやめろダズ」

 

 不吉な事を言うんじゃない。

 いや、海軍と世界政府の間に不穏なものが漂っていてすごく怖いのは確かだけど。

 

(最悪のパターンは、海軍が二つに割れる事だな……)

 

 ベッジからきた手紙の情報なども加味すると、反世界政府派と現状維持派の対立が激しくなっているのだと見た。

 おそらく、テゾーロが助かるきっかけになった強制査察での小競り合いもそれが一因だろう。

 

(今ここで軍事バランスが崩壊すれば、最悪ガチの海賊世界になりかねん。暴力が全ての時代が来る)

 

 海軍の手綱を握り直したい政府。

 対して世界政府への不信が過去一番に高まっている海軍。

 

(……放置してたら、今回の敵がまぁた妙な一手を打ち出しかねん。あるいは、その前に世界政府が海軍に対しての影響力を強めるために強硬策に出かねん)

 

 本来ならば5年後くらいに「まぁ、万が一そんな形になったら困るな~」程度の最悪の想定がノンストップで飛び込んでくるのホントなんとかしてクレメンス。

 

「しかし、テゾーロだったか。財務官に任命したとキャプテンから聞いていたが、どういう経緯で?」

「あぁ、テゾーロが祭りに関しての提案書を出してきたのが出来が良くてな。その日の夜に俺が家を訪ねて話をしてきたんだ」

「キャプテン、もうちょっと手心というものを学んでくれ」

「どういう意味じゃい」

 

 テゾーロも苦笑するな。

 いや、島に来たばかりの人間がいきなり海賊のボスに呼び出し食らったら怖いだろう?

 

「最初は祭りというか、儀礼式典も含めた催事の取り締まり役が良いかと思ったんだけど、今のウチらには必要な人材というか、役割というか……色々足りてない物が多くてな。そちらを任せることにした」

 

 そこらを含めて、土産に果実をいくつかバスケットに詰め込んだ上で家庭訪問に伺ったわけである。

 

「親衛隊を通して上げられた今回の祭りの企画や進行の計画書に、最初の数日の仕事――港湾での仕事でも現場の作業員と上手く関係を築いてタスクを捌いていたから、能力があるのは知っていたしな」

 

 最初は内政の計画立案や工程管理を担当してもらおうかと思ったけど、一通り話し合った際に聞いた過去の仕事を考えると土地の開発より金儲けの方が向いていると見ての財務官だ。

 

「まぁ、催事の企画や進行も任せる。近い所だと、ハンコックの第一艦隊提督の叙任式とかな」

「ええ、今回の祭りが無事に終わり次第、先日提出した草案を基に形にします」

 

 元裏社会の人間だったからか、年齢や姿で見下すことはなく上下関係を守り、若い親衛隊はもちろんダズやペローナ、ロビンやハンコックといった子供の幹部にも丁寧に接してくれる。

 いやホント、欲しかった人材がすっぽりと来てくれた。

 

「キャプテン・クロ。やはり、来年までには交易の強化を?」

「そうだ。ステラと一緒にいる時に説明したように、食料を始め交易で資金を手に入れられるようにしたい」

「……そうなると、我々独自の販路が必要になる。……それを作るのが自分の?」

「そうだ。頼みたい」

 

 俺達『黒猫』の最大の特徴は、裏稼業の真逆に位置する人間か、あるいは被害にあった人間で構成された海賊団であることだ。

 そのために基本的なモラルは高く、訓練や演習も真面目に取り組むし統率も取れるのだが、その代わりにデカい弱点がある。

 裏との接点の少なさだ。

 

(麦わらの一味、今思うとナミの役割ってめちゃくちゃ大事だったんだな……)

 

 空島で手に入れた金塊だってあの娘がいたからキチンと査定してもらえたんだし、泥棒時代の経験が麦わらの生命線になっていたハズだ。

 

 対して黒猫は、五大ファミリーを相手に戦う事になったのもあって儲ける手段が限られていた。

 放置されている非加盟国の開拓に走ったのも、そういう側面がある。物資の売買が難しかったのだ。

 

(裏の手腕を知っている上で、真面目に働く事を良しとしているテゾーロはマジで貴重な人材だわ)

 

 その内やりたい仕事に専念させてあげたいけど、今はウチの土台作りを頑張ってもらいたい。

 

「ベッジは同盟者だ。頼りすぎて我々にとって必須の存在になってしまえば、奴の要求を断りづらくなる。……いや、というかそれを狙ってる所がある」

 

 ベッジは基本的に有能だし信頼も信用もできるが、同時に油断も出来ない。

 今回の連合事件の混乱を少しでも抑えるための物資の確保を頼んでいて、その仕事をキッチリしてみせているが裏で勢力を拡大させている。

 

(戦力ではこっちを圧倒するのが難しいから、搦手で優位に立とうとしていると見るべきだよなぁ)

 

 同盟者が頼もしすぎて泣けてくる。

 

「交易となると、商品になりうる物を探し出す必要が……」

「そうだ。来年はとりあえず食料を売り出すつもりだが、こればっかりは天候やらとの戦いだからどれほど収穫できるか分からない」

「……安定した物が少ない、か」

 

 広場に組まれた大きなキャンプファイヤーに、トーヤ達が火を付けている。

 もう少し経てば、歌と踊りの時間だ。

 

 去年までは、どうにか手に入れた食料を守るために民衆同士で、あるいは海賊や野盗と争い合っていた国が、こうして祭りを開けるようになった。

 

「まずはこちらの販路をいくつか手に入れてみせます。そこから西の海の需要を調べてみます」

「頼む。俺も出来るだけ外から邪魔されないように、団を大きくしていく」

 

 その前に問題だらけでどう乗り越えるかが問題なんだが……。

 どうしたもんかなぁ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ほれ、ロビン。カボチャのスープじゃ、甘いし温まるぞ」

「ありがとうハンコックさん」

 

 収穫祭と呼んでいるが、実際はやや遅れた祭りである。

 冬は近づいていて、収穫を行った頃よりも気温は確実に下がっている。

 

 祭りの始まりに『黒猫』の幹部としての顔見せをしてからは、離れた所に設置している傘付きのピクニックテーブルについて、ハンコックとロビンは祭りを楽しんでいた。

 

「でもハンコックさん。こんないいお洋服をもらってよかったの?」

「うむ。お主はいつものスーツ以外あまり服を持っておらぬし、欲しがらぬじゃろう? 主殿から、いい機会だから寒くなる前にちゃんと(ぬく)もれる冬服をいくつか用意するように頼まれておったのじゃ」

 

 黒猫という海賊団は、地味に服に金を掛けている。

 それは服に『看板』の意味も持たせるためだが、同時に本当にいい服なのだ。

 幼いころから服をあまりもらえない生活を送っていたロビンにとって、わざわざ仕立ててくれたいい生地のスーツというのは、それだけで宝物だった。

 

 その宝物の上に、また新しい宝物が増えていた。

 今のロビンの背丈に合わせた、上質なコート。

 ハンコックが注文していた一品である。

 

「せっかくの外歩き用のコートじゃから、我々のマークを付けなくともよかったのじゃぞ?」

「ううん。私、このマーク好きだから」

 

 ロビンは羽織っているコートにも刺繍されている胸元の三本爪の猫を撫でて微笑む。

 微笑み――そしてその直後に、顔を少し曇らせる。

 

「ハンコックさん」

「? なんじゃ、ロビン」

「私、こんなに色んなものをたくさんもらっていいのかな……」

 

 羽織ったコートの様子を確かめるように、生地を引っ張りながら背中の方を見ようとしながら、ロビンが呟く。

 

「唐突におかしなことを言うのう。おぬし、自分が『黒猫』の最高幹部の一人であることを忘れておらぬか? 上の者が着飾らずしてどうするのじゃ。上がみすぼらし過ぎると下の者が舐められるぞ」

「でも、ハンコックさんみたいに戦ったり兵隊さんを指揮したりしたことないのに」

「いや、お主、わらわが『黒猫』に入る前は、能力を駆使したえげつない関節技で敵を次々に沈めていたと聞いておるのじゃが……」

 

 なお、ハンコックやミホークが一時参加してからは戦力に余裕が生まれたために、クロもロビンを戦況の把握や維持のためのオペレーター役に専念させているのである。

 

「キャプテンさんに拾われる前……ううん、島にいた頃は綺麗なお洋服なんてもらえなくて……」

「……わらわはアマゾン・リリーしか碌に知らぬので、お主がどういう環境におったか分からぬが……」

 

 木製のカップに注いでいたスープを飲み干し、ハンコックは一息つく。

 

「欲したものは欲して良いし、手に入るのならばそうして良いのじゃ。確かにこの『黒猫』は、欲しい物を奪うくらいなら作るか買うというよくわからん海賊じゃが、それでも海賊じゃ」

 

 ハンコックが飲み干した木製のカップは、他ならぬクロが見様見真似で手彫りしてみた一品だった。

 出来の良い――とはとても言えぬ、所々凸凹したいびつな品だ。

 クロ本人も失敗作にも程があると思い薪の足しにしようとしていた所を、なんとなくそのいびつさが気に入ったハンコックが譲り受けていた。

 

「でも……」

「でも、なんじゃ?」

「……私がいなかったら、もっとキャプテンさんは好きに動けたんじゃないかなって」

「ロビン……」

「私がいなければ、七武海にだって入れたしもっと多くの人を助けられたし……ずっと守ってもらってるばかりの私が、こんなに幸せでいいのかなって……」

 

 

 

 

 

 

「気にしすぎじゃ。おぬしの働きは、特に一線で戦う者ならば全員身に染みて分かっておるし、そうでないものは気合を入れてやるわ。それに――」

 

 

 

 

 

「どう転ぼうが、出会った時点で主殿はおぬしを助けたに決まっておるわ。主殿じゃからのう……」




次回海軍合流

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