とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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067:毒の一刺し

「そこをどけ! お前らが匿っている非加盟国民は、政府が徴用するって決まったんだ!」

「非加盟国避難民の扱いについては、我々の代表であるキャプテン・クロと海軍元帥センゴク殿の間での交渉の末、我々『黒猫』に一任すると先日合意に至り正式に書面を交わしている。そのように理不尽かつ一方的な要請を受け入れるわけにはいかない。お引き取り願おう」

「てめぇら海賊風情がいっちょ前に交渉してるんじゃねぇ! クソガキが!」

 

(やれやれ……ガキの海賊であるダズの方がよほど役人らしくて、政府の役人であるスパンダインとかいう奴の方が海賊……いや、海賊以下だな。ただのチンピラにしか見えねぇってのはアレかね。ある意味で今の世界の縮図か)

 

 睨み合う両者を眺めて、『黒猫』の同盟者であるギャングは呆れてため息を吐いていた。

 

頭目(ファーザー)

「おう」

「ど、どうしましょうか……」

「やばいと思うんなら逃げな。別に咎めたりはしねぇ」

 

 いつもと変わらず葉巻を吹かしているベッジは、ガラの悪い役人から目をそらし、それに相対する『黒猫』の面子の方を見る。

 ガラが悪いだけの政府側と違い、その暴言に怯む者は一兵卒も含めて誰もおらず、親衛隊を筆頭に先へは行かせないと政府の人間達の前に立ちふさがっている。

 

 海兵狩りと恐れられている剣士は、ニコ・ロビンに服の裾を掴まれながらも不敵な笑みを浮かべて何が起こるのか待っている。

 

 一番幼いペローナですら、声を荒らげる役人を前に全く恐れておらず、念のためにと護衛についている親衛隊の隣でホロホロ笑っている。

 いや、明らかに見下しているのだ。

 

(無理もねえなぁ……。こりゃ役者が違いすぎる)

 

 少女――いや幼女と言っていいが、それでも実戦で多くの敵と戦い、訓練なども通じて強者同士の戦いという物を多く目にしている。

 強者に関しての目が肥えているのだ。

 その上で、戦う事で切り拓ける道がある事を学びつつある。

 

(あの役人ども、脅威なのは海兵狩りだけだとでも思ってやがるのか? 子供とはいえ幹部は当然、兵卒ですらお前らの引き連れてる連中程度じゃ相手にならねぇよ)

 

 (おご)りだ。(おご)りと怠慢(たいまん)が、愚かしいほどに目を曇らせているとしか思えない。

 

 あまり攻撃を担当することはないが、連中の一番の目標であるだろうニコ・ロビンですらこの役人共には止められないだろうとベッジは見ていた。

 それが兵隊――特に指揮官役でもある親衛隊が揃っているなら猶更だ。

 

「俺が責任を取って残る。お前達は……まぁ、あれだ。出来るんだったら非加盟国の避難民たちについていてやれ。それでお前らの面子は守られるだろ」

「ふぁ、頭目(ファーザー)……! 政府とやり合うならここにいる海軍も敵に回りかねません。今ならまだ逃げれます!」

 

 部下の言葉に、後の『ビッグ・ファーザー』は咥えた葉巻に手をかけ、紫煙を吐きながらそれを一度口から離す。

 

「馬鹿野郎。部下が逃げちまうのは俺の責任問題で終わるが、同盟相手の頭が尻尾巻いて逃げたら信義にもとらぁ」

 

 

 

「後々のために覚えておけ、お前ら。男が一度掲げた言葉ってのはなぁ……」

 

 

 

「貫き通して、はじめて輝くもんだ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 指揮官の大事な仕事の一つに、直接な戦闘時以外は出来るだけ走らないことが含まれているというのが持論である。

 

 緊急事態で急がなくてはならなくても、本当にギリギリの時でもない限り走ってしまえば、部下は緊急事態だと察して士気に影響が出るからだ。

 

 つまり……まぁ、あれだ。

 

「ちょっとクロ! 急がないと非加盟国民が不味いのでしょう!?」

 

 落ち着けヒナ嬢。お前未来の本部大佐だろうが。

 ちょっと横道にそれてしまったとは言えお前、人の上に立つ事が確約されたエリートなら、人の使い方というか立場の使い方を学べ。

 

 時間稼ぎ以外にアイツラにどういう役目があるのか見極めるにも、数分とはいえ話の通じる人間がいない状況ってのが必要な時があるんだよ。

 

 具体的にはどういう方向に話を持っていこうとするかとか、焦っているかとか!

 

 それに、『抜き足』はおろか『差し足』も習得したハンコックが通達に向かったんだ。

 もうとっくに通達を受け取ったダズが先日の交渉結果を武器に粘ってくれているだろうし、ハンコックもそのまま万が一に備えて第一艦隊の面々を使ってミホークやレイリーたちが乗ってきた船への移送を始めているハズだ。

 

「だがクロ、政府が強硬しているって事は人員も連れてきているハズだ。下手したらお前らと衝突するんじゃないか?」

 

 お前もかクザン!

 だから、狙いは俺達じゃなくて海軍だって言ってるでしょうが!

 

「まずは最高責任者である大将を引きずり出すまでは動きませんよ。こちらが折れて避難民を差し出すような真似をしてたら話は違うでしょうが……ダズがそんなタマではないのはご存じでしょう」

「……仮に武力を振りかざされたら」

「仮にも役人がそんな悪手を打つとは思いませんが……衝突が起こった場合でもダズと親衛隊が揃っているならば問題ありません」

 

 それに、ぶっちゃけ戦力的な意味でもこちらが下がる理由は一つもない。

 実際の強さがよくわからん0クラスだとさすがに分からないが、よっぽど六式を極めた9の上澄み連中でもない限り今のダズが負ける理由がない。ミホークもついているんだし。

 

 そもそも今は、能力者なり立てとは言えハンコック率いる第一艦隊……それどころか、モプチの防衛戦力以外の全戦力がここに揃っている。

 

 加えて、船を落とそうとすればさすがにレイリーも動く。

 状況や開戦のタイミングにもよるが、うまく立ち回ればここにいる大将二人を相手取ることになっても十分に戦えるハズだ。

 

「大体、非加盟国民とはいえ民衆を一方的に連れていくなんて、政府は何を考えているのよ!?」

「理由の一つは、前例作りだ」

 

 あと黄猿さんは何かしゃべってください。

 後ろに付いてきてくれているけど、なんかこう……観察されている感がすっごい。

 すっごくて胃がなんか重いッス。

 

「今回の多大な被害を補填、対処するために、安価な労働力が大量に必要だという事自体は間違っていない。すでに加盟国でも口減らしが始まっていると報告が入っているからな」

「だからって!」

「なら、加盟国民の飢え死にを許容するのと強制徴収、どちらか選べと言われたら即答できるか?」

「……それは……っ」

 

 クザンも即答できない。それはそうだろう。

 特に海に出ている人間ならば、飢えの怖さはよく分かっている。

 

 たとえ知り合い――友人や家族だとしても奪い合いが起こり、それが殺し合いに発展する可能性が極めて高いのが飢饉という災害だ。

 一番の穀倉地帯こそギリギリ守りぬけたとはいえ、西の海の状況はまだまだヤバい所にある。

 

 そして世界政府には、どんな手を打とうとも加盟国を守らなければならないという大義名分がある。

 

(実際は、ここまでの動きを見るにどこまで加盟国を守る気があるのかは怪しいがなぁ……)

 

「そして今回海軍側が折れれば、緊急時にはそういった行動も許される(・・・・)という不文律を作るきっかけになる」

 

 まぁ、こちらの狙いを読んで、こちら側の戦力なり労働力になる可能性の高い人員を先んじて没収しておこうって意図もあるのだろうけど……。

 

(マジで海賊連合の起こるタイミングと場所次第では、海賊連合潰す戦力そのままこっちに向けられてたかもなぁ……)

 

「も、もし折れなかったら? 海軍の中にだってこういう事を許さない人はいる。そんな人たちが一斉に蜂起したら!」

「そういう、弱い人の事を考えられる人間がさっきの理由上げられた上で力に訴えられるか?」

 

 それこそクザンとか、ヒナの上官のマンチカン少将とかだ。

 

 ……まぁ、中には本当に蜂起しそうなガープとかいう英雄もいるが……あぁ、いやでもああいうタイプ地味に頭脳派でもありそうなんだよな。

 

「立ち上がらなくても、この後辞めてしまうかもしれないじゃない。そんな事になったら、政府の戦力は大幅に落ちるわ!」

「それこそ政府の思う壺だ」

「どうしてよ。海賊はどんどん増えているのよ!? そうなれば、政府にお金を払う加盟国の被害だって!」

「いや、だから……」

 

 あのな。そこまでたどり着いてるんならあとは世界政府の視点に立って見れば――。

 

 いや、なんだその顔。

 そんな顔で俺を見られても……。

 こら、ジャケットを引っ張るんじゃない。

 

「おんやぁ……。君の言う通り、政府の人間と君達の所が睨み合ってるみたいだねぇ」

 

 喧噪が聞こえてきたと思ったら、なんかスッゲーあからさまに態度の悪いスーツのオヤジを相手にダズが渡り合っている。

 

 ……おい、あれスパ……スパンダ……。

 名前忘れたけどスパンダインの親父じゃねぇか。……あれ? こっちが親父の名前だっけ。

 

 どっちでもいいや。

 すげぇな、髪型息子よりは真面目なのに純度100%のチンピラですわ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「いいか! お前ら海賊なんざ社会のクズなんだ! これまでが単なるお目こぼしだって事を理解しやがれ! そんな紙切れになんの意味があるんだ! えぇ!?」

「同じセリフをセンゴク元帥殿に吠えられたら多少は認めるが、どうだ? 電伝虫のラインはここにある」

「……っ、てめぇ!」

 

(埒が明かんな……)

 

 ダズ・ボーネスは『黒猫』のどの船員の圧も超えていない男の恫喝を半ば聞き流しながら、冷静に状況を確認していた。

 

(だが実力行使に踏み切る気配もなければ、具体案を出すわけでもない。仮にも政府の役人が最低限のメッセンジャーしか務められない愚者であるはずがない……と、思いたいが……)

 

 海兵達も、うかつには動けないようだ。

 無理もない。どうやら、肩書だけならばこの男はそれなりの権力を得ているようだ。

 

 それくらいの雰囲気は、ダズでも察する事が出来た。

 

(……時間稼ぎだとしたら、何かを待っている事になるが……キャプテンか、それとも本部大将の方か)

 

 ダズ・ボーネスは副総督として、総督であるクロとは自分達の活動の方向や領地の運営や開拓についてアレコレ話すことが多かった。

 そのため、その年齢に見合わず『黒猫』の中でも特に分析と判断力に優れている。

 

 顔を真っ赤にしながら怒鳴り続ける役人を前に、静かに思考を走らせている。

 当然、奇襲や別動隊を警戒しながらだ。

 

(キャプテンは以前、海兵奴隷の一件から海軍という組織が政府にとって無視できない政敵になったと言っていた。この一件も、そのために練られた策か)

 

「そも、世界政府は徴用というがどこで何をさせるつもりなのだ? 具体的な計画はあるのか?」

「あぁん!? んなことお前ら海賊が知る必要はねぇ!」

 

(……いかん。言葉通り教えるつもりがないのか、そもそも知らないのか判別がつかん。攪乱のつもりならば大したものだが)

 

 たとえそれが敵であっても、言葉を交わすつもりならば伝わるように言葉を選ばなければならないというのが総督であるクロの言葉だが、それがどれだけ大切な事かを今になってダズは理解していた。

 

「副総督」

 

 そうしていると、いつの間にか音も立てずにダズの隣に、改造したスーツを着込んだ少女が立っていた。

 

「ハンコックか」

「念のために避難民は全員船に乗せた。いざという時は強行して船を出せるように用意させてある」

「助かる。ご苦労だったな」

「わらわはどうする?」

 

 目の前の役人達は、音も立てずに現れたハンコックに驚いている。

 兵士達はもちろん、親衛隊とも違うスーツを着ている事から主力であるのは間違いなく分かるハズだと、ダズは計算する。

 

「船の守りは?」

「親衛隊からはミアキスとアメリア、奴らが指揮する二個小隊と訓練兵30で守っておったので、それに第一艦隊の兵士半数を置いてきた。そちらは妹達が指揮を執っておる」

「……よし、ここで牽制に加われ。今見せたお前の機動力はいい見せ札になる」

「承知した」

 

 防衛戦に長けているとミホークのお墨付きをもらっている二人と、訓練の終わった兵士80名がいるのならば一方的に崩されることはなく、さらにはハンコックの兵士がいるならば問題ないとダズは判断する。

 

 最悪の場合激戦になり得るこの場所で、クロに次ぐ速度とペローナに匹敵する制圧力を併せ持つハンコックの存在は、切り札になり得ると判断していた。

 

 

―― な、なんだこのガキ……増援か?

 

―― いつからいたんだ……

 

―― こいつ、例の九蛇の子供か!

 

 

「……こやつら、このくらいで驚く程度の腕で我らを相手にしようとしておるのか?」

「奥の方に気配を隠している者が十名前後いる。油断はするな」

「さすがにそのつもりはないが……問題あるまい。到着したぞ」

 

 突如現れたハンコックの姿にざわつく政府側の役人だったが、そこで更にざわめきは大きくなった。

 

「ダズ、ハンコック。すまない、待たせたな」

 

 一人の海賊が、まるで引き連れているかのように海軍最高戦力である本部大将二人と少女海兵を連れて悠々と歩いてきていた。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「あらら、本当に政府が偉そうに出張って来てるじゃないの」

「やれやれ、いったいどうなってるのかねぇ……」

 

「げっ! クザンさん……」

 

 ねぇ、二人とも挑発に取れる発言をするのはやめてよ。

 おい、ヒナ嬢。ヒナ、お前は俺をグイグイ押すな。

 あれか。俺も何か言えってか?

 

「お待たせいたしました。貴方が政府からいらっしゃった方ですね?」

 

 ヒナ、見えないように俺を蹴るんじゃない。

 なに? 丁寧に出ちゃ駄目なの?

 

「お、おう……。てめぇだな!? 黒猫とかいうふざけた海賊は!」

「はい。……ところで、本日は一体どのような用件で? 聞けば、非加盟国民を接収するとか耳にしたのですが」

 

 さて……。まずはどうアプローチをかけるか。

 正攻法で攻めるか、あるいは――ちょっと毒を仕込んでおくか。

 

「そうだ。本日、世界政府より命令が出た! 急ぎ――」

「急ぎ労働力を確保せよ。手段は問うな。ですか?」

「ムハハハハ、その通りだ!」

 

 肯定したか。

 ……よし、後者だな。

 

「なるほど。つまり、その実具体的な命令は出ていなかったのですね?」

「……なに?」

 

 もうちょっとさっきまでダズ達にやっていたようにチンピラっぽく振舞ってくれるかと思ったが、大将たちがいることに気付いた瞬間ちょっと勢い大人しくなったな。

 さすがに大将二人が控えていると態度を変えるかぁ。

 

(つまり権威には弱い。出世欲こそあって、そのためには他者を利用するタイプだがそこに絶対的な差がある相手は恐れる。なら……)

 

「失礼。ミスター……」

「……スパンダインだ」

 

 おっと、名前は合っていたか。

 

「ミスター・スパンダイン。貴方は立場のある人間であるにも関わらず、この西の海まで直接足を運ばれている。五老星の信を得ている重役なのでしょう」

「お、おう」

 

 この手合いは、まずは小さくとも持ち上げてやればいい。

 

「ならばもしや、オハラの件の指揮も執られていたのでは?」

「ムハハハ! そうだ、俺の指示であの島は滅びた! 残さず全て火の海だ!」 

 

 クザン、ちょっと嫌そうな空気出すの止めてくれ。ヒナ、お前も。

 この手合いは根っこのところが臆病だから、逃げ足と並んで空気を感じ取るのは早いんだよ。

 

 ボルサリーノみたいに静かに存在感出すくらいがちょうどいいんです。

 

 ミホークは、ロビンを引っ込めて前に出たのは褒めてやる。

 一対一なら何日でも斬り合いに応じてやるぞこの野郎。

 

「でしたら、すでに貴方は任を果たしているハズです。これ以上我々や海軍を挑発する必要はないでしょう」

「なにぃ!?」

「ミスター。貴方は我々『黒猫』と政府の確執の理由はご存じでしょうか?」

「……例の裏取引の件だろうが」

「いいえ、違います」

 

 あれは切っ掛けであって理由じゃないんだよ。

 

「我々がニコ・ロビンを――オハラの知識を保護している事に他なりません」

「だったらさっさとあんなガキ一人殺せばいいだろうが! お前ら同様くだらねぇ社会のゴミだ!」

 

 クザン、ステイ。ダズ――はステイしているが、今にも能力込めて飛び蹴りかましかねないハンコックを抑えてくれ。

 全員全力でステイだぞステ――ヒナ、お前ことあるごとにこっそり俺の足を蹴るな。

 ここで俺達はもちろん海軍も、先に手を出しちゃったら不味い。

 

「あるいはそうかもしれません。ですが、どうやら状況は変わったようです」

「あぁ!?」

「考えてもみてください。未だにニコ・ロビンの優先順位が高いままなら、なぜこうして我々と接触しうる所まで来ていて、戦力として申し分ない人員を率いる貴方にニコ・ロビンの暗殺命令が出ていないのでしょうか? 後方に数名、そして気配を隠して左右を固めているのは強者(つわもの)と名高いCP9のメンバーとお見受けしますが?」

「……ちっ」

 

 実際は優先順位高いままだと思う。それはこの男もなんとなく察してはいると思う。

 それがCP9を連れてきていても暗殺に動く気配がないということは、海軍や俺達が万が一攻撃した時の護衛役でしかないと見るべきか。

 

(さて、そして暗殺命令が出ていないのはほぼ確実。加えてこの男は世界政府の役人であっても天竜人ではなく、五老星の命令を受ける事はあっても近い存在ではない)

 

 原作知識になるが、オハラの問答の時も蚊帳の外にいたことからも間違いないだろう。

 

「ミスター。貴方は、CP9の長官という事でよろしいですね?」

「お、おう」

「であるならば、現在展開中の対海賊連合の作戦の中で起こったニコ・ロビンの暗殺未遂が全て個々人の暴走であり、そのトップたる貴方は正式に命令を受けてはいない。そうですね?」

「……あぁ、そうだ」

 

 ……興奮から脈は激しかったが、会話で少し落ち着き出し、今は大きい乱れはなし。

 呼吸も同じく。視線は乱れているが、これは状況が急遽不透明になったことへの不安から来るもの。

 

(少なくともこのやり取りに嘘はないな。よし)

 

「政府は今回の騒動を見て、我々『黒猫』になんらかの価値を見出したのだと思われます。それが良い意味でか悪い意味でかはわかりませんが」

「ふざけんな! 政府が新興海賊団ごときに価値なんざ――」

「ではなぜ、貴方ほどの人間がわざわざ西の海へまたも直接派遣されたのでしょうか?」

「……違う、俺達は海軍との折衝にこの島へ――」

「我々もここを拠点にしている事は知っていたでしょう?」

 

 ここで少し隠したか。

 となると表向き受けた命令は……ロビンの事やらを材料に、最近勢いのある『黒猫』に圧をかけろ、かな。

 

 少々後ろめたいが、大した用ではないと命令を受けた者に思わせる程度だとそこらが妥当だろう。

 

「ましてや我々が海軍と交渉し、救助者、ならびにこれから救助されるだろう非加盟国民の扱いを一任された事を五老星は知っています。交わした協定書の写しを、対策会議にて提出した事は元帥殿から聞いておりますので」

「…………」

 

 考え始めたな。

 実際、出世が出来るという事は内部の政治に長けているハズだ。

 少ない手掛かりから情勢を察することは出来るだろう。

 

「海賊ではありますが、現状我々は海軍と友好関係を築いている勢力です。それは変えようがない事実」

「……」

「つまり、やりようによっては七武海のような役割とて我らは得られる」

 

 実際、どこまで本気かは分からんけど勧誘自体はされたしな。

 

「そこでネックになるのがニコ・ロビンの存在。政府とオハラの確執になります」

「……オハラは犯罪国家だ。禁止されている古代文字の研究をしていた」

「それを調べ上げたのは?」

「……俺だ」

「現場を差配し、バスターコールを要請したのは?」

「俺だ。……何が言いてぇんだ!?」

「貴方がオハラの全権における責任者であるのと同時に、今回海軍との折衝の責任役も背負わされているという事です」

 

 責任、という言葉にピクリと反応する。よしよし、思った通りだ。

 

(権力にこだわる――権力を使いたがるタイプであるのは間違いない。権力とはそういう力であると認識している。つまり――)

 

 どこかでこの男は、権力と言うものに対しての恐れも持っている。

 上位存在の理不尽な気まぐれと言うものが存在すると思っている。

 

 権力を振るわれる事も、奪われる事も恐れている。

 かといってただの小物と言うわけではない。

 CP長官という肩書は、ただの太鼓持ちが手にできる……わけが……いや、コイツの息子はチャランポランだったな。

 いやまぁ、逆に言えばあんなチャランポランでも長官になれるほど原作時点でコイツが立場を固めていたとも考えられるか。

 

「貴方が裏取引と言葉を濁したことに現れていますが、海兵奴隷の一件は政府にとってのアキレス腱になりました」

「? アキレ……?」

「失礼、弱みと言う事です」

 

 あっぶね、こういう所も気を付けねーと……。

 

「自画自賛するようで気恥ずかしいですが、あの事件において我々は海軍に協力し、一定の信頼を得ました。だからこそ今回、西の海の危機において共闘関係を築くことが出来たのです」

「…………」

 

 口数が減り出した。

 自分の損得に関わるかどうかを計算し始めたな。

 

「ロビンを有する我々が、自分たちに不信を覚え始めた海軍組織と良好な関係を築き始めている。政府にとってその事実は無視できるものではなかったのでしょう。だから貴方に我々へ圧をかけるように命じたのでしょうが――」

 

 正確にはクザンを始めとする西の海にいる海兵がなんらかのアクションを起こすことを欲したのだろう。

 静観すれば前例を作り、クザン達海兵達の心理に折り目をつける。

 決起すれば西の海の海軍に反逆者のレッテルを。

 結果どういう形であれ役職のある者が海兵を辞した場合は――

 

(だけど、世界政府は一つミスをした)

 

 ここには俺がいる。

 そう易々と思い通りにはさせない。

 

「なればこそ政府は、最悪の事態を想定して動かざるを得ない。犠牲を払った上で海軍と和解するための材料を――」

「おい、待て『黒猫』! そいつぁ……」

 

 相手が武力ではなく政治と謀略で来るのならば、それがどれだけ綿密な物だろうと打つ手は決してゼロにはならない。

 

 あと、どうでもいいけどできれば『抜き足』って呼んでもらえません?

 なんかこう……『白ひげ』とか『赤髪』、『黒ひげ』みたいな大物と微妙に被る気がして心臓に悪いッス。

 

「政府は海軍の上位存在に立ちたい。当たり前です。ですがどうしても決裂しかねない場合、海軍に対して譲歩をしたという誰の目にも一目瞭然な証がいる。その場合、あるいは海軍と良好な関係を結んでいる我らにとってもそう映る物である可能性がある」

「海賊風情にそこまで気を使う必要が政府にあるか!!」

「ならば、なぜあなた方CP9という札を切るのにこうも躊躇いがあるのでしょうか」

「……ぬ……っ」

 

 実際の所は分からない。ただ、海兵が一斉に抜けたり離脱するのはいいが、全面的な敵対は避けたいハズだ。

 

(まぁ、その上でそれ覚悟しているような作戦を取れるってのは……なにかしらの切り札があるんだろうけど)

 

 ブラフではないだろう。万が一のリスクと秤に掛けた場合、具体的な策なしではキツすぎる事態だ。

 それが何かは分からないが、何かしらの札はあると見た方がいい。

 

(ただし、ここまで遠回しにやるということはそう簡単に使えるモノじゃない。それが物理的な札にせよ謀略的な札にせよ、出来ることならば切りたくない札というのならばまだ付け入る隙がある)

 

「今回の件で海軍のリアクションを見て、それ次第では痛み分けで仕切り直したいという考えは十分にあり得ます。海軍は海兵奴隷の件を一旦水に流し、政府の表の顔として海賊や反政府勢力と戦う」

 

「では、政府側の分かりやすい痛みとは?」

 

 世界政府はどうあがいても、その組織内部ですら五老星を含む天竜人とそれ以外に区別されてしまう。

 世界政府に属する者達ですら内心、その畏敬――恐怖からは逃げられない。

 

「海軍内部で密かに疑問視され始めているオハラのバスターコール、そして今回の労働力の確保を主導し、海兵達のヘイトを一身に集めた責任者。政府でも特に裏の仕事を受け持つCP9長官の首というのは、喜ばれる土産に成り得ませんか?」

 

 まずはそこを突かせてもらう。

 

「オハラの一件を仕切り直し、ニコ・ロビンの手配を取り下げる代わりに我々に政府傘下に入れ、という取引はありえない。……と言えますか? 政府からすれば、ある意味で直接ニコ・ロビンを手中に出来る。もしこれが上手くいくのならば、オハラ事件の関係者の価値は良くも悪くも上がってしまう」

 

 権力に惚れ込んでいるからこそ、権力が振るわれる可能性というのは毒になりうる。

 

「ミスター・スパンダイン」

「……っ……あ、ああ」

 

 もう誤魔化せないほどに顔色が悪い。

 ぶっちゃけここまでの話はブラフ交じりの推測だが、それでもリアリティはあったのだろう。

 世界政府の強大さ、闇の深さ、そして天竜人という存在のせいで何があってもおかしくない。

 その事実が政府最大の弱点になる。

 

「貴方は十分に任を果たしました。労働力を確保しようとし、結果我々『黒猫』という海賊がその妨害となっている。ただそれだけです。今はまだ(・・・・)

 

 CP9という裏仕事の中枢。

 悪いが、そこに不信の毒を刺させてもらう。

 

(ざまぁみやがれこのボケカスども、ややこしいタイミングでクソみたいな仕事持ち込んできやがった罪を償えバーカバーカ!!)

 

「どうでしょう。一度貴方の上に……五老星へと取り次いでいただけないでしょうか?」

「海賊風情の話を五老星が聞くわけがないだろうが!!」

「ならば、実力行使をして構わないかの相談報告と言う形を通してならばどうでしょう?」

「……っ……ぬ……む……ぅ」

 

 ミホーク、こっちは戦闘回避しようとしてるんだからニヤニヤしてないで刀から手を放しなさい。

 

 ……いや、刀の向き変えても駄目。

 なに、峰打ちならいいだろうって!? ダメに決まってるだろうがこのお馬鹿!!

 

 ハンコック! このチンピラの代わりにソイツの脛蹴っておけ!!

 

「決して、貴方に損はさせません」

 

 

「どうでしょう? ミスター」

 

 

 

 

「……少し待っていろ」




誤字脱字訂正や改訂が深夜に入るやもしれませぬ

※アメリア
 もう幻水縛りで良いかなとなんかノリでチラッと出してみた親衛隊の一人
 見た目は『幻想水滸伝Ⅳ アメリア』で検索お願いします。

 元ネタ的にはどんな時でも化粧は欠かさない傭兵なので、多分ハンコック達女性幹部のメイク係

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