とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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006:『抜き足』のクロ

「幹部候補生諸君! いよいよ待ちに待った、諸君らの初陣である!」

 

 その船は、海軍の研修船の一つであった。

 研修船と言ってもその研修を受ける幹部候補生はわずか5名。

 残りの船員は5大ファミリーが蔓延る西の海で揉まれた精鋭達。

 

「市民からの通報によると、街に潜伏しているのは賞金首とその一味、計三名!」

 

 そして、偶然この近くで訓練を行っていたために召集命令が出された、ただ一隻の船だった。

 

 幹部候補生と言うだけあって、実戦経験こそないもののここにいる新兵5名は過酷な訓練を積んでいた。

 他ならぬその訓練を課して、その結果を見届けてきた教官たちは次代の海軍を担う者たちに期待していた。

 

(問題は……『抜き足』だな)

 

 海軍側からしたら、一味とされる二名の力量は不明だが、最大の脅威はやはり首魁である『抜き足』のクロだと認識されていた。

 

(始まりは不憫だとは思うが……許せ、『抜き足』)

 

 数多くの山賊や賞金稼ぎがクロ一人に潰されていた。

 その内捕縛した山賊や海賊、あるいは交戦した東の海の海兵は、クロの能力について皆一様にこう語っている。

 

 

――何も見えなかった。

 

 

――消えたと思ったら一味の半分が吹っ飛ばされていた。

 

 

――気が付いたら部隊の人間が全員倒れていた。

 

 

――村の女を人質に取ったと思ったら顎を蹴り砕かれて倒れていた。

 

 

(……剃に酷似した歩法を習得しているか。上はどうやら、『抜き足』を奴隷から逃れただけの新米だと思っているようだが……)

 

 山賊や賞金稼ぎを余りに凄まじい勢いで狩っていき、さらにはマフィアの資金源まで潰していることから懸賞金こそ上がっていっているが、その海兵は話を聞く限りもっと金額を上げてもいいのではないかと思っていた。

 明らかに東の海出身の平均レベルではないと。

 

 正直に言えば、研修で扱うような賞金首ではないと思っている。

 

(だが、だが! この精鋭達ならば捕縛は不可能ではない!)

 

「首魁である『抜き足』のクロは東の海から多くの山賊や賞金稼ぎを返り討ちにしている賞金首! わずか三名の一味とはいえ油断してはならん!!」

 

 

 

――士気を上げている最中に申し訳ないが、少しいいだろうか?

 

 

 

 そう男が思っていた時、男の背後から聞いたことのない声がした。

 

「!!? 貴様!?」

「失礼。敵船とはいえ、挨拶もなしに乗り込んだ無礼を詫びる」

 

 未だ洋上にある海軍船に、黒いスーツを身に纏った少年が乗り込んでいた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「激励を飛ばしていた所を見るに、貴官がこの船の船長か」

 

 偶然習得できた月歩の練習も兼ねて――ついでに、しっかり見ていなかっただろうあそこの村人への威嚇と牽制も兼ねて軍艦に。

 見た所、戦力としてはやはり東の海で数回交戦した連中に比べてレベルが高い。

 隙がないというか、気が引き締まっている。

 

「どうやってこの船に乗り込んだ!?」

「貴官の後ろに立つ海兵諸君が見ていたと思うが……走ってきただけだ」

「……馬鹿な、まさか」

 

 月歩と言えば月歩なんだろうけど、なにせ我流な分本職からしたら見苦しい出来かもしれんし、できればもうなんか、独自の名前でも付けるべきか。

 抜き足に対して……差し足?

 

「なにをしに来た。降伏か?」

「自分の場合、その先は奴隷にされるか死ぬかだ。まだ人生に悲観しているわけではない」

「ならば何をしに来た!?」

「……貴官らに、ある少女の冤罪撤回の陳情に」

 

 ここがボーダーラインだ。

 マジで原作でどうやってペローナがモリアの仲間になったか不明だが、あんなん見りゃ分かる。

 そら余裕でモリアの仲間になるし、あれだけ忠誠誓うわ。

 

 けど、アレをそのままにするのはあんまりだ。

 

 どういう道を選ぶかはペローナに任せるけど、『故郷の隣人に無実の罪を着せられた』って事実を形式上はキチンと撤回してやりたい。

 

「住民からは少女も貴様の一味と通報があったぞ」

「違う。あの少女は……」

 

 さて、なんと説明したものか。

 

「自分も完全に把握しているわけではないが、島内における対立から孤立させられてしまっただけだ。自分の一味はこの抜き足ともう一名のみ。彼女は、ここにいた海賊の捕縛に協力してくれただけの民間人だ」

 

 ペローナを拾った女と村の間にどれだけの確執があったか知らんが、まぁ間違っていないだろう。

 

「……それは出来ん。仮に貴様の言う事が真実だったとしても、一度捕縛させてもらう」

「まだ四、五歳の少女だ」

「それでも悪の可能性がある限りは捕縛せねばならん!」

「捕縛される事の意味を分かっているのか! 何もしてないのに罪人として扱われる意味を分かっているのか!」

 

 いや確かに海賊に誘いはしたけど! 返答待ちの状態でこりゃねーだろ!?

 村人襲ったのだってアイツらの自業自得だし!

 

「それでもだ!!」

 

 船長が剣を引き抜く。 

 それに倣って後ろの連中もライフルや剣を俺に向ける。

 

「わずかな可能性でも摘まねばならん! お前のような脅威を二度と生まぬように!」

「俺を脅威にしたのは政府だと! 貴官らが知らないわけがないだろう!」

「捕縛されていればそれで済んだ話だ!」

 

 てめぇ!? 一人残らず顎骨砕いて回るぞお前ら!?

 あのメスゴリラに飼い慣らされる未来なんざ絶対ゴメンじゃい!!

 

「少なくとも今現在、世界はそうして回っている! ならば市民はそれに従う事で安定する! そうでなくてはならん!」

 

 正直、9割9分こうなると思っていたけどやっぱ決裂か。

 ちょっと息整えよう。熱くなりすぎた。

 

 ……いや、この男だけは全力で蹴り砕こう。股間と鎖骨と顎を。

 

「――貴官らの意見は分かった」

 

 ただ、コイツも思う所はあるんじゃないかなぁ。

 問答無用で「ひっ捕らえろ!」なんて言い出さなかったし。

 

 ……うん、男としてやっぱ股間は許してやる。

 

「決裂こそしたが、時間を割いてくれたことに感謝を。……手間を取らせて悪かった」

 

 で一応、頭も下げておこう。

 今の問答、下手したら兵の士気に関わるにも関わらず一応キチンとやってくれたし。

 

「その上で――押し通させてもらう!!」

 

 それでもまぁ、今から襲うんですがね!

 

 

 

 

「――来い! 『抜き足』のクロ!! 総員! 戦闘開始!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 その新兵にとって、初めての海戦は不運だったとしか言えないだろう。

 

 自分と共に肩を並べて過酷な訓練を重ねてきた仲間は、気が付いたら甲板の上に転がっていた。

 

 自分よりも経験のある、だが自分の方が強いと思っていた僅かばかり年上の先輩海兵が、見えない斬撃で斬られて、あるいは見えない蹴りで倒れていく。

 

 そして新兵自身に至っては、支部中将との問答が終わった瞬間、突然目の前に現れた自分とそう歳の変わらない海賊によって蹴り飛ばされ、意識を保つのがやっとであった。

 

「くっ、我が艦の精鋭が何もできぬだと!」

「いや、強かったぞ。東の海なら俺の蹴りを見切れる海兵は一人もいなかった」

 

 もはや甲板で立ち上がっているのは海賊と船長の二人だけだった。

 

 それまで他の兵士がライフルを撃ち、剣で斬りかかっていたがそのどれもが、かすり傷一つ付けられなかった。

 それほどまでに『抜き足』のクロは、速かった。

 

――カァァンッ!

 

「そして速い! これほどまでとは!!」

「止めた男のセリフではないだろう」

 

 消えたと思った海賊が中将の後ろに現れ、側頭部へと放った回し蹴りを中将がサーベルで受け止めていた。

 

 靴に鉄でも仕込んでいたのか、二人の間に金属音が響く。

 

「あぁ、なるほど! 確かに惜しい! 貴様程の――貴君程の男が海兵だったらどれだけ良かったか!」

「貴官こそ窮屈に見える。いっそ海賊にならないか?」

「できん話だっ!!」

 

 足を受け止めたまま、中将がサーベルをそのまま振り抜いてクロを壁に叩きつけようとする。

 だが、やはり足技ではクロの方が一枚上手だった。

 

噛猫(ごうびょう)!」

 

 クルッと空中で回転し、勢いをいなしたその姿勢の足から放たれる、見えない斬撃。

 それを中将がサーベルで受け止め――きれなかった。

 

 中将が受け止めた瞬間目を見開き、次の瞬間にはサーベルは弾き飛ばされていた。

 とっさに無手で対抗しようとしていたが、それだけの間を『抜き足』が見逃すはずもなく。

 

 今度は真正面――中将の目の前へ忽然と現れた『抜き足』の鋭い蹴りが、中将の腹部に突き刺さっていた。

 

「……っ……無念……!」

「……そうだな」

 

 少しの間保っていた意識が薄れて崩れ落ちる中将を、その海賊はなぜか支えた。

 

 

 

―― ……生き方に納得できていれば、もっと強かっただろう?

 

 

 

 12,3くらいの少年が、大柄な男を支えるその姿は一見、子が親を支えるような平和な光景に見えて……だが実際は敵同士による奇妙な光景だ。

 

 その後、マストの周りをグルグルと歩き回っていた海賊は、睨みつけていた新兵に気が付いた。

 

「起きていたのか。事が終わるまで起きない程度には蹴り飛ばしたハズだが……」

 

 その一言に、新兵は頭にカッと血が上るのを感じた。

 

「殺す気が……なかったって言うの……っ」

「あぁ」

「っ私が……女だから!? 年齢だけなら子供だから!?」

 

 新兵の、そして海賊の少年とそう歳の変わらない海兵の少女は『抜き足』を睨みつけた。

 

「いや、そもそも誰も殺す気がなかった。……あんな連中の通報絡みで人死を出すなんて、『抜き足』の名に傷がつく」

 

 海賊の言葉に少女が辺りを見回すと、倒れている同僚や同期の肩や胸がわずかに上下しているのが目に入った。

 呼吸をしている――生きている。

 

 いや、生かされた(・・・・・)

 

 

 

 

「屈……辱……よ……」

 

 

 

 

 

「ヒナ、屈辱……」

 

 

 

 

 体の痛みと疲労から、意識を落としかけた少女の目には、なぜか驚いた顔で自分を見ている『抜き足』の顔が入ってきた。

 

 

 


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