とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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色々考えてたら結局ツナギ回になってしまった……


070:次の戦場へ

 よしよし、感触は悪くない。

 五老星から少し待てと言われたが、バッサリ断られなかったという事はかなり揺れ動いている。

 

(予想通り、今のうちに海軍への影響力を強めたいと考えていたのは間違いないと見た)

 

 状況が落ち着いてからでは遅いのだ。

 政府としては、『政府は状況を改善したいが海軍が足並みを揃えてくれない』という形を取ったうえで情報操作をしようとしていた可能性が高い。

 

 これが安定してしまえば、これまでの政府の失点がより大きく目立ち拡散されかねない。

 海軍も海賊への対処に向けていた戦力がまとまるようになる。

 

(さて、とりあえずダズ達に戦略の再確認と、用意していた計画の草案がどこにあるか伝えておかないと)

 

 一応こうなるパターンは十分にあったし、自分が死んだ場合の備えとしても残している物がある。

 問題は驚愕の表情と泣きそうな表情が混ざってるロビ――ぐごふっ!!?

 

「馬鹿野郎!!」

 

 ちょ、クザン!?

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「馬鹿野郎!!」

 

 気が付いたら胸倉を掴み上げていた。

 これまで色んな強者と戦い続けてきた男は、それでもまだ少年で、あっさりと身体が浮き上がった。

 

「ぐ……っ……どうかしましたか、大将青雉」

「無茶苦茶な事しやがって!」

 

 少年――いや、青年になったばかりの男は苦痛に少し顔をゆがめながら、それでも何という事のないような表情で問い掛けてきた。

 

「大丈夫です。海軍という組織を巻き込んだ上で政府にとって動きづらい所を突き、加えて海兵や政府の役人の前で言質を取りました。仮に今の話を呑み込めば尚更――」

「それでもお前が一番危険な所に乗り込むのは変わらねぇだろうが!」

 

 いや、考えてみればこの男はそれをする事に迷いはないだろう。

 あの時も、たった一人で海軍将校三人の前に平然と姿を現した。

 

「勝算はあります。……というか、作りました。世界政府は私からの対話要請に応えた時点で、多くの兵士たちの前で我々『黒猫』という組織に価値を見たことを認めています。その上での会談要請に答えを出すために時間を取っている」

 

 今もそうだ。

 普段はこんな顔をする男じゃない。

 

 存外表情豊かで、仲間といる時はそれでもやや大人びているとはいえ歳に相応しい顔をしていた。

 

 ダズ・ボーネスといるときは静かな顔で、読んだ書籍について語り合っていた。

 

 昼寝をしているペローナの枕兼座椅子になってしまってるのをヒナにからかわれて、顔をしかめていた。

 

 ニコ・ロビンやハンコックといる時は、軽口を交えながらお茶とお菓子を楽しんでいた。

 

 訓練として一通り斬り合った『海兵狩り』と、親衛隊の子達と揃って食事と談話を楽しんでいた。

 

「お前を殺そうとする奴がいないとも限らないだろうが! 現に暴走して命令もないのに共闘体制にあったお前の下にいるニコ・ロビンを狙った奴らがいる!」

「ええ、それは当然出る可能性はありますが……」

 

 民衆を決して傷つけず、民衆から決して奪わない。

 

「先日元帥との通話でも議題に上がりましたが、推測通り新世界に多くの民衆が奴隷として流れています。海軍が対処に当たっていますが、多くの労働力を得た海賊勢力の肥大化は避けられません。これから先、戦う力のない民衆にとって厳しい時代が来る」

 

 それどころか、奪うくらいならば作ると自ら土地を開発する男だ。

 

「今ここで世界政府と海軍の関係の改善に動かなければ、もはや止められないこの大海賊時代への対応にさらなる致命的な遅れが出ます」

 

 下手な海兵よりも、海賊を相手に戦っている男だ。

 

「それを多少でも改善できる可能性があるのであれば、たかが海賊一人の命を賭けるには十分すぎるでしょう」

「ふざけるなっ!!」

 

 そんな男が――

 

「海賊だぁっ!? どこにいるんだ、ええ!? 俺の目にはどこにも見当たらねぇぞ! なぁ、おい!」

 

 

 

 

「今! 一体どこに海賊がいるって言うんだ!!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 お前の! 目の前に! いるじゃろがい!!

 

 お前ホントに俺をなんだと思ってやがる!

 ちゃんと海賊らしく島制圧して民衆支配して働かせてみかじめ料取ってるじゃねぇか!!

 

 戦う用意だってしてるし領土が船とはいえ加盟国と戦争だってしたし政府に宣戦布告してるし、挙句の果てにはオハラの遺児を堂々と匿ってるしこれで海賊じゃなければ何なんだよ!?

 

 ついでに船の中では『冥王』さんが酒飲んでるわ!

 あ、なんか感じた! 『冥王』さんアンタ今なぜか爆笑しながら美味そうに酒飲んでるな!?

 なんか察したわボケェ!!

 

「クザン、頼む。分かってくれ……」

 

 いや、たしかにお前とはもうほとんど友達というか、正直俺もお前とやり合うような事はしたくないレベルでずっ友感あるんだけど、それでもお前は海兵で俺海賊なんだってば!

 

「政府も焦っているんだ。事態を少しでも自分達に有利に収めるには、落ち着いてからではなく混乱の中の方がやりやすい。逆に言えば、型に嵌めるには向こうから舞台に出てくれた今しかない」

 

 政府としても今のままでいいとは思っていない……ハズ。

 だが同時に、少しでも有利になるタイミングを見計らっていたハズだ。

 

 おそらく、絶対支配を続けていた弊害のせいで初動時の危機感が足りていなかったのに加えて、その後の騒動やら俺がロビンを保護している事やらで手の打ち方に迷っていたのだろう。

 

「だからってお前が……っ」

「いや、俺じゃないと駄目だ。政府に今の段階で口を挟めるのは、海軍との間に協定を結んだ俺達『黒猫』しかいないんだ。政府が第三者を用意したといっても、今度は海軍側が納得しないだろう?」

 

 特にロビンの存在が大きい。

 政府がもっとも恐れているのは、海軍が俺達の後ろ盾になった結果、消したハズのオハラの知識が拡散されることだろう。

 

 だからこそ、ロビンのいる俺達『黒猫』との協定は海軍にとって政府に切れる交渉カードになり得る。

 ……というか、センゴクさんならそう考えて休戦協定受け入れてくれると思って、クザンを通して話を振ったんだよなぁ。

 

 おかげで海賊連合と海軍相手の二面作戦なんてアホみたいな真似をする事態を避けられて助かった。

 もしそうなっていた場合、あの下品な連中を一度徹底的に叩いて連合を吸収するなんてリスキーな策を取る事になってただろう。

 

「クザン、海兵にとって……俺達『黒猫』にとってもここからが試練の時になる」

「……復興か? だが海賊連合はもう――」

「いいや、復興はとても大変なんだ。それにここからは組織的なものではない、もっと散発的で予測のつかない海賊問題が一気に膨れ上がる」

 

 ホント地獄だぞ。

 恐怖の中にいる民衆よりも、余裕を持ちだしたばかりの民衆が一番手を焼くんだし、統率されていない略奪集団なんて本気で下手なイナゴレベルで厄介だからな。

 

 モプチを制圧した時は、『海賊』という恐怖の看板である程度抑え込めたが……。

 

「ここから先、復興に当たる兵士は人の生き汚さと向き合わなければならない。それは明確な敵である海賊を相手にする以上に心を削る戦いになる」

 

 クザンは能力から見ても、その力を求められるのは当然戦場だ。

 大海賊時代の前から海賊だらけのこの世界では当然現場も多くて、そちらにばかり回されていた。

 

 海兵達との雑談で出てきた話は武勇伝がほとんどだし、指揮の様子を見る限り救助や復興の経験はほぼないのは間違いない。

 

「ビグル大佐の部隊の件を思い出してくれ。ここから先は、ああいった事例がとんでもなく増える。それに加えて、海賊連合も中枢を潰したと言っても本当の意味での指揮役はそのままだ。落ち着いたと言っても油断が出来ない」

 

 より直接関われる『黒猫』の兵士ならば俺が踏み込んで対応できるし、幹部勢や親衛隊にはそこら辺のケアの重要性をレクチャーしているが……海兵側はどこまで理解があるのか……。

 

(指示役を押さえたと言っても今度は食料狙いの、ある意味で本物の海賊が大量発生するのが目に見えてるしちくしょう……)

 

「そして今から増える海賊は、やむを得ず略奪に走る者だ。海賊だと兵士が割り切ってくれればいいが、そういう者ばかりではない。やせ衰えて、震える手で剣を握る者を斬って、心を乱さない者なんて一握りだ」

 

 特に二等兵から三等兵の辺りに危ない奴がいるな。

 感情移入しすぎる兵士は、念のためにと親衛隊にリストアップさせていたし、後でリスト渡しておこう。

 

「この状況で、政府への不信を抱いたままでは兵士も疲弊するし、思わぬ暴走に出る可能性がある。ロビン暗殺に走った者達のように」

 

 というか、ここら辺はクザンも分かっているハズだ。

 なんだかんだで俺と一緒に兵士達の様子を見ているんだ。

 

(政府が何をやってもおかしくないとか……陰謀論がまんま実現したような世界だからなぁ)

 

「だから、ここでなんとか関係改善への一歩を進めて来る。必ず、兵士たちが目の前の仕事に専念し、その制服を誇れるように仕切り直す」

 

 センゴクさんとは暗号の手紙で情報を共有しているし、俺一人ならばマリージョアからでも逃げ切る自信がある。

 黄猿が付いてくるだろうけど、それでも逃げに徹すれば可能性はある。

 なにせ一回真横を見つからずに素通りしてるし。

 

「政治は俺とセンゴクさん達でなんとかしてみせる。だから、その間現場を頼む」

 

 そもそも、お前という最大戦力の一角が西の海にいてくれるだけでデカい意味があるんだ。

 センゴクさんもお前さんを本部に引っ込めていない時点でその思惑はある程度見えてくるし、多分俺と考えていることは一緒のハズ。

 

「必ず、必ず事態を好転させてくる」

 

 だから、ほら……とりあえず手を離してくれないか?

 

「……勝算はあるんだな?」

「当然」

 

 というか、五老星が時間を取った時点でもう勝ってる。

 

「帰ってくるんだな?」

「ああ」

 

 成功率70%っていう所だな。

 足を封じられでもしない限りどうにかなる。

 

 後は黄猿――さっき一瞬殺気走ったこの胡散臭いオッサンがどう出るかだ。

 マジでなんで殺気ぶつけてきたのさ。すぐにミホークが牽制してくれたみたいだけど。

 

「……まだ」

「ん?」

「まだ、お前から教えてもらいたい事が山ほどあるんだ」

 

 海賊になに教えてもらう気じゃい!?

 

「死ぬ気でこの海を守ってやる。だから……ちゃんと帰って来い」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「この機会に非加盟国の国力を奪い、『黒猫』が成長する機会を潰し、後の『黒猫』包囲網の布石を打つつもりが……ひっくり返されたな」

「海軍との状況を仕切り直す好機と言えば好機だが、『黒猫』の狙いはなんだ?」

「そもそも、奴の仲裁があった所で海軍に傾くのでは……」

 

 世界政府において最高権力を持つ五人が囲むテーブルの上には、今現在判明している『黒猫』の主要人物の写真や手配書が散らばっている。

 

 もはやジェルマの精鋭を打ち倒すほどの大船団を率いるようになった海賊達は、総督であるクロが億越えの賞金を懸けられて以降全くその懸賞金が更新されていなかった。

 

「……どうこう言った所で奴は海賊であり、海軍は敵の一つである。ならば、この機会を利用して海軍になんらかの策を打とうとしている可能性はないか?」

「スパンダインのようにか」

「うむ、あの男が手柄を前にしてわざわざ確認の連絡をしてくるとは思えん。おそらく、クロの口車に乗せられたのだろう」

「抜き足め。ここまでやっかいな男になるとは」

 

 懸賞金とはすなわち政府に対しての危険度である。

 ニコ・ロビンがそうであるように、武力的な危険度は低くとも高額が付けられることがある。

 その意味でクロは特級の危険人物だった。政府としては、今すぐにでも十億を超える額を付けたい。

 だが、クロという海賊が逆に治安維持において貢献している事実が事をややこしくしている。

 

「話は受ける。それでいいとは思うのだが……」

「……ここでクロを捕殺できるか?」

「難しい所だな」

「ジェルマ戦を見る限り、クロの下にいる者達も侮れん。あれだけの戦力が、明確な反政府勢力となる事は避けたい」

「だがクロがおらず、かつ非加盟国の掌握のために戦力を別けているのなら――」

 

 要するに、問題としているのはクロをどうするか。

 あまりにも多くの火種と繋がっている海賊をどう扱うかという話であった。

 

 だが、話しているのは四人ばかりで、一人だけその会話に加わらず、じっと何かを考えている者がいる。

 

「どうした、卿? なにか考えが?」

「…………うむ。私としても、ありえん考えだと一笑に付す案だが……」

 

 

 

「奴を、天竜人へと迎え入れる事は出来んか? 部下の者達を、あの男の家臣団としてだ」

 

 

 

 残る四人が目を剥く。

 

「馬鹿な!」

「許される事ではないだろう」

「前例にないことであるし、そのような前例を作っては世界貴族の立場はどうなる!」

 

「外の血を迎え入れること自体はよくあることだ。現にロズワード聖のように、10人以上妻を迎え入れて子を作る者だっている」

 

「その妻とやらも、ほとんどは使い潰して下界に捨てるだけではないか」

「子もいるにはいるが……」

「……迎え婿……か」

 

 残る四人はまず否定するが、同時に分かっていた。

 あの才覚を取り入れるという事が、どれだけ有益な物なのか分かっているのだ。

 

「あれだけ広い視野を持つ男を在野に放置しておくわけにはいかん。まごうこと無き敵である海賊の立場にもだ」

「だがオハラの知識はどうする」

「少なくとも一度取り込めば、こちらの手中における」

「……いや、しかし奴は権力を求めるタイプではない。モプチを支配していても、あそこに残っている王族から実権を全て奪う事はしていないと聞いている。話に乗るとは到底……」

「……せめて、奴が七武海への参加を受けてくれればな」

 

 初めての対話でもそれを感じたからこその、七武海への勧誘だった。

 もっとも、その時には手元に置いたまま海賊とぶつけて削り合ってもらおうという狙いだったのだが。

 

「過ぎたことを言っても仕方あるまい。……言いたい事は分かる。奴の才覚を野放しにするのも、潰してしまうのも惜しい」

「上手く取り込む手か……」

 

 

 

 

「どうするにせよ、やはり奴とは顔を合わせて話してみる必要がある……よいな?」

 

 問い掛けた男に対して残る者達は全員頷いて肯定し、そして男が受話器に手を伸ばす。

 

 

 

「私だ。――そうだ。要請を受ける。会談の場を設けることに決定した」

 

 

 

「日時が決定次第、通達する。それまでその場にとどまり、少しでも『黒猫』の情報を多く集めろ」

 

 

 

 

「……以上だ」

 

 

 


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