ホント繋ぎが多くて申し訳ない
なんだかんだでここ最近は船での活動よりも拠点での差配やアチコチへの顔見せが主な仕事だったので、こうして長く波に揺られるのは久しぶりだ。
「クロ、マリージョアや世界貴族に関しての資料というか、文献というか……とにかく出来るだけ持ってきたわ」
「あぁ、ありがとう」
「といってもこの船に積んでるものなんてたかが知れてるし、そもそも大した事は書かれてないわよ? 娯楽室に置いている本の中から漁ってきたものだから、ちょっとした紹介程度の事しか書かれていないし」
「いや、それが大事なんだ」
これまでずっと軍事と開発に全振りしてて、必要そうな情報以外の収集が少しおろそかになっていたし。
「書かれていることから分かる事もあるし、書かれていないことから読み取れることもある」
船にいる間、自分の監視役という名目で四六時中引っ付いているため、なんだか小間使いのような扱いをしてしまっているヒナ嬢が持ってきた本の山を受け取り、テーブルの上に置く。
海軍の船だからもっと内装も無骨かと思ったけど、今座っている椅子といい悪くない。
意外とそういう所にも金かけるのね。
「まぁ、あと十日ちょっとで読み取れることなんてたかが知れているが、やらないよりはマシだ」
「ええ……そうね、もう船に乗ってそれなりに経ってたわね。今更だけど、不便はない?」
「ああ、飯も美味い。スパニエル一等兵の味付けはウチのに似ていて好きだな。ベッドも程よく硬いし」
いやホント。最悪水だけの生活覚悟してたら食事はかなりしっかりしているし、なんならワインももらえるし助かる。
寝床も牢屋どころか個室もらったし。
だが監視役とはいえヒナ嬢を付けるな。
一海賊に大将がわざわざ出るのが非効率なのは分かるが、なぜそこでヒナ嬢なんだ……。
海賊の世話役に年頃の女の子を付けるんじゃない。
そもそも、手錠をかけると思って船に乗る時に黄猿に手を差し出したら断られるし、武装解除も『猫の手』置いてきて、いつもの鉄板入りの靴を普通の革靴にしただけだし……。
これ大丈夫なんだろうな? いや、大丈夫か。CP9の連中も同じ船に乗ってるんだし。
「ねぇ、クロ」
「ん?」
お前も気安く肩に手をかけて手元をのぞき込むな。だいたいお前が持ってきた普通の新聞だろうが。
というか、もっとこう……この状況に疑問を持たんのか。
……いや、思えばモグワで再会してからコイツずっと側にいたな。
「大将青雉も言ってたけど、貴方がここまでする必要はあるの?」
「……明確に、世界政府に対しての工作を働いている何者かがいる」
多分、陰険チンピラドピンク腐れサングラス……だと思う。
「何者か?」
「あぁ、政府を倒す……かどうかはともかく、混乱を欲している奴らだ」
ただし、奴だけじゃない。
今回の西の海の騒動には、海兵奴隷の時にあったような隙がない。
一つの失敗で全て崩れるような危うさがない。
(誰かがブレーンとして付いたか? ドフラミンゴの海賊団でそういうのが出来そうなやつって誰がいたか……)
あのベトベト野郎が本気出したとか……。
それか、俺の知らない奴か?
「確かに世界政府は俺の考えと相容れない敵だが、こうも混乱すれば民衆への被害が大きくなる。被害は貧困を呼び、貧困は飢えへと悪化し、飢えは民衆を暴徒に変える」
現に、西の海はすでに宝目当てなんかじゃない、略奪のための海賊があちこちで大量発生している。
開発方面はともかく、肝はハンコックの第一艦隊がどれだけモプチ近海の治安を維持できるかだなぁ……。
短期間で驚くほど頼もしくなったハンコックに加えてアミスもいるから大丈夫だとは思うが。
以前から考えていた部隊運用も、ハンコックとアミスが指揮するなら出来るだろうし。
他の海域? 必要ならば戦力は貸すけど、ここまで来たらクザンの手腕に期待しよう。
「そうして賊が増えれば、更に民衆への被害が出る」
「それが貴方の言う……何者かの狙い?」
「多分。その先にも狙いはあるんだろうが……」
海賊連合事件で略奪じゃなく焼き討ちを指示した辺りから、まずは混乱を優先させたのは間違いない。
その先に何を狙っているかを特定するには、ちょっと情報が足りん。
「生産力が下がれば、国民を養うのもそうだが天上金を払う余裕がなくなる」
「……それを避けるために、加盟国が他の国を攻める?」
「それもあるが、それでも天上金が大きく減る事は避けられない。なら、天竜人から不満が出るんじゃないかな?」
天竜人という言葉に、ヒナが分かりやすく嫌そうな顔をする。
それはもう嫌っっっそうな顔だ。
「……我慢が出来るとは思えないわね」
「ああ。俺もそう思う」
なぜ下々の者の事情で自分達の生活が切り詰められるのか。残ってる国からもっと搾り取れ……なんて言い出しかねん。
…………。
いかん。ちょっと思いついただけの空想だったんだが、本当に言い出しそうで頭が痛い。
「その時にどう動くか、どんな命令を出すか想像がつかん。場合によっては、それこそ革命が多発しかねん」
それ自体は、俺からすれば別に悪い事じゃないと正直思う。思うんだが……。
「その場合、非加盟国の価値が良くも悪くも上がりすぎる。もうぶっちゃけるが、静かに生産力を上げて、まずは西の海から飢えを駆逐したい我々としては不都合なんだ」
正確には、加盟国内の貧困を減らす一因に『黒猫』の勢力圏が大きく絡んでいるという状況を作りたいんだが……。
…………。
ヒナ嬢、その顔なに?
「クロ」
「ああ」
「貴方、もう海賊やめなさい」
「無茶言うな」
おもっくそ指名手配されとるじゃろがい。
ロビンの事もあるし、正式な団員じゃないとはいえ海兵狩りをやってたらしいミホークの事もある。
それに、生存のために立ち回った結果だから自業自得とはいえ、求められている役割というのが出来たからなぁ。
「貴方が海賊なの疑問よ? ヒナ疑問」
「仕方ないだろう。天竜人が馬鹿やった時にそれをやんわり抑え、止まらなければ蹴り飛ばすのが俺という男に求められた役目だ」
そんなん、海賊以外の何者でもないだろうさ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「物資そのものはともかく、こちらの最大の弱点はやはり、金銭面です」
もはや名実ともに『黒猫』最大の拠点であるモプチの港町。
元々は『黒猫』が物資の積み下ろしに使うだけに即席で作った名も無き港町だったのが、今では『シャムロック』と立派な名前がついた、規模こそ小さいが洒落た街へと変わっていた。
そしてその港町は、これまで率いていた総督が不在ということで独特の緊張感に満ちていた。
「そうだな。キャプテンが生産体制を整えてきたおかげで、急に飢えたり暖を取れなくなることはない。しいて言うなら建築資材になる木材が足りんが」
「そちらは市民に任せましょう。植樹伐採や加工を市民に任せれば、ちょうどいい雇用になるし産業になります」
そのほとんどが一般市民にも開放されている街の中で唯一、『黒猫』の団員か、あるいは同盟関係にあるマフィアだけが入れるサロンでは、黒猫海賊団の副総督と、内務を任されている男が話し合っていた。
「幸い、ここに自生している木は中々に質がいいです」
「? わかるのか?」
「ステラの解放資金のため働いていた時に少し。建築や造船といった金を稼げる仕事と木材は切っても切れませんので」
「なるほど」
同じ黒いスーツに身を包んだ子供と大人。
商人見習いとその身元を預かる商人にしか見えないだろう二人は、海賊らしからぬ真面目な表情で多くの資料を読み返しながら、組織の未来を話し合っていた。
「しかしそうか。それを販売できるようになればいいのだが……」
「はい。今後を考えると、キャプテンの考え通り、我々独自の販路が必要です」
いつもならばマフィアの人間も多く入り浸り、酒や食事を楽しむ者が多いのだが今日は数えるほどしか来ていない。
頭目であるカポネ・ベッジが多くの部下を引き連れ『黒猫』の他の戦力と共に、前回の会議で議題に上がっていた島の制圧に動いているためだ。
「ですが、新規で売買をするにしても、まず我々には信頼がありません」
「む?」
少し怪訝そうな顔をする少年に男は、
「この西の海の海軍に対しては、我々は絶大な知名度と信頼度がありますが……逆に民衆に対してはあまり知られていません。直接支配している地域での信頼は勝ち得ているのですが……」
「悪名ならすぐに広がるが、そういう名声は逆に広がりにくいか」
「はい」
対海賊連合の作戦中は、可能な限り海軍を立てて行動していた弊害がここで起こっていた。
「一応、噂としては流れているようで、全く知名度がないわけではないのですが……」
男――テゾーロという、クロに内政面を任されている男は、内心で今の状況を『信頼を得るための試練』と捉えていた。
そのために、ある意味で目の前の少年副総督よりも必死だった。
「飾らずに言いますが、胡散臭い話だと思われているのでしょう」
「と、言うと?」
「略奪を好まない海賊……というのは、珍しくこそありますがいないわけではありません。ですが、海軍と連携を取る海賊となると……」
「……まぁ、普通は信じられんか」
少しだけ不愉快な気配を漏らしていたダズは、納得と共にそれを引っ込め、深いため息を吐く。
「確かに。俺自身、今の状況は色んな意味で奇跡が重なった結果だと思っている」
「ええ、そしてその奇跡の中身を民衆は知らないのです。この大海賊時代に悲観した誰かが作った、
「……太い販路を作るには、そろそろ他の民衆へとアピールが必要か」
「はい」
「……となると、海賊狩りが妥当か」
海賊連合は中枢こそ叩き潰したが、今度は本当の意味での海賊が跋扈し始めている。
自衛も含めて、海賊を叩き潰す機会はいくらでもある。
「はい。ですが同時に強く、民衆に『黒猫』という海賊団がどういう存在かを知ってもらう必要があります」
「策はある、と」
「はい。まずは、商会の輸送船護衛依頼を受けようかと」
「商会の?」
テゾーロは、あかぎれや細かい傷跡だらけでゴツゴツした両手をテーブルの上で組む。
まったく飾り気のないその手の、左手薬指にだけ無骨な指輪が嵌められている。
「偶然ツテがありまして。……まずはそれを利用し、『黒猫』の戦力と、信義を重視する存在だという事を知ってもらいます」
「ちなみに、商船は何を運ぶつもりだ?」
「さすがに禁制品を護っては意味がないので事前にこちらも親衛隊の方々とチェックする予定ですが、主に食料と材木を始めとする建材です」
「……復興のための資材か」
「はい、今回の一件でまだ国としての体裁を保っている加盟国は、あわてて食料や物資をかき集めています」
ダズ・ボーネスは小さく眉を寄せる。『黒猫』という海賊団の特徴は、戦闘経験の濃さもそうだが、同時にそれ以外の政治関連の経験の濃さにもある。
「加盟国は、後ろ暗い手を使ってでも多く食料や資材を手に入れようとするだろうな」
「はい。それこそ、国軍を海賊や山賊と偽装して他国の輸送船を襲わせる可能性もあります」
「……モグワを思い出す」
結果として高品質の大砲や船、武器を大量に手に入れる事になった、ジェルマ戦の前哨戦を思い出して、再びダズは溜息を吐く。
「つまり需要は十分にあるということだな。護衛戦力はどれくらい必要だ?」
「親衛隊の方が指揮する船でしたら、二隻もあれば十分だと思います。まずは少数から始めますので」
(……万が一がある。編成も含めてキカかトロイに任せるか)
親衛隊の中で個人としての戦力はもちろん、アミスに次いで海戦指揮に長けている二人のどちらかにしようとアテを付ける副総督。
その分かりにくい表情から、編成が決まったと読んだテゾーロは話を続ける。
「現在、鹵獲した船の改造も終わり、志願してきた兵士の訓練も最低限は終わりそうだと先ほどハックさんから聞きました。船仕事も一通り教えているとも、出発する前のトーヤさんから」
「……わざわざこっちに来ると言っていたのはそれか」
「はい、そうすれば島の防衛や海軍との連携以外の仕事が増やせます」
「数は」
「訓練が終わったのが80名。一隻に20名ずつとして、まずは四隻分」
「……新兵ばかりというわけにはいかんから再編成こそ手間だが、悪くないな」
「はい。数を増やしながら信頼を積み重ねれば、より高額での護衛依頼も手配できるようになります」
「ふむ」
街を預かる事になり、王族の身の周りを整えながら開発を進めなければならないダズとしては、物資もそうだが、いざという時にそれらと交換できる金は喉から手が出るほど欲しかった。
「だが、護衛という物は危険だからこそ価値が出る。このままキャプテンの方針に沿えばその価値は下がるのでは?」
「はい、なので護衛から、それとセットで商売の方向性を変える必要があります。副総督――」
「――保険業……というのはどうでしょうか」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ロビンさん、ミホークさん。村の制圧、完了しました」
「この村を支配していた山賊勢力は目につく範囲では全員討ち取りました。今は村民の手当を行っております」
「ご苦労だったなトーヤ、クリス。さて……どうする、ロビン」
旧キャネット国。
それなりに大きな島にあった王国は、ある時期に起こった災害と海賊被害が不運にも重なり、今では見る影もなくなり、山賊が暴力で支配する貧しい島となってしまった。
「……キャプテンさんが用意した地図の通りだけど、実際見ると……」
その島に、多くの食料を持った三本爪の黒猫の旗を掲げた海賊船がたどり着いたのは、まさに山賊による略奪のまっ最中だった。
海賊らしからぬ美女の多いその船を、馬鹿なカモがネギを背負ってきたとばかりに襲った山賊たちは、その美女たちに一瞬で討ち取られた。
海賊側にとって、彼らの襲撃は自分達の戦力のアピールの場となったのだ。
「どうだ?」
「うん。この島、山が険しいのもそうなんだけど、その向こう側が湿地帯になってるの。すっごく広い」
「なるほど、地図にも書かれていたが……。田畑にするのは難しそうだな」
その海賊達を指揮している鷹のように鋭い眼を持つ男は、なぜか凧揚げをしている美しい女性海賊の側でしゃがんで両目をつぶっている少女と話していた。
「ただ、山の手前には広い平地が多いみたい。緑も多いから水もあるだろうし……うん、川もいくつかある」
「そちらは耕せそうか」
「多分。だけど、ミホークが直接見た方が確実だと思う。得意でしょう?」
「そうだな。……クリス」
「ハッ」
略奪に慣れ過ぎていたのだろう痩せこけた村人たちは、驚くほどに海賊達に従順だった。
彼らからすれば、支配者が変わった程度の物でしかない。
ただ、明らかに山賊に比べて紳士的に接してくる海賊に対して、少し安堵しているようだった。
「この村の制圧には誰が?」
「トーヤを中心に四番艦の兵士達が、村の防衛戦力も兼ねて付く予定です」
「お前は?」
「今は特に。強いて言うなら、総督より任務時以外でのロビンの護衛を任せられています」
「ふむ……」
そんな村人にとって、誰が媚を売るべき頭なのかというのは、とても大事な事だった。
どう見ても指揮役に見えるのは、一番立派そうな刀を振るう男だ。
「ミホーク、私も一緒に行くよ」
「む」
「そうすれば、仕事に慣れてるクリスさんも一緒に行けるでしょう?」
「ああ、助かる」
だが、一番大事にされているのは黒い髪の少女だった。
帯刀している美女の誰かが必ず少女の側に付き、常に周囲を警戒している。
「とりあえず川に近くて広い所がいいよね?」
「そうだな。水場が近いと開発しやすい」
片目をつぶったままの少女が広げた地図に次々と何かを書き込み、その地図の一部を指で差して剣士は口を開く。
「ロビン、この地点から一番近い海岸線までの傾斜はどうだ? このルートだ」
「……上から見る限り、なだらかに見えるよ。海の方は一部が崖になってるけど、なだらかな浜辺になってる所もある。うん、ここはいいと思う」
「よし。ミアキス、兵士たちにこの地点まで物資を運ばせろ」
「はーい。でも、先ほどの山賊があれで全戦力だとは思えないので、念のために兵力ちょっと借りていいですか?」
「それなら、今回編成した部隊の人たちが――」
集団は、酒を飲んで騒ぐばかりの山賊と違いやけに統率が取れていた。
皆揃って同じ黒いスーツに身を包み、キビキビと動くその集団を見て、村人たちはこっそり思っていた。
―― ……なんであの人だけツナギ服なんだろう。
「ところでロビン、お前のいう湿地帯というのはあの山を越えてすぐなんだな?」
「え? うん、そうだよ。多分、山から流れた水が行き場を失くして――」
「俺とレイリーなら山の一角を斬り落として……うむ、埋められるな。よし――」
「駄目」
「……開墾可能地が増えるかもしれんぞ?」
「駄目。ちょっとミホーク刀構えないで――ダメ! ダーメ!! レイリーもこっち来ちゃ駄目!」