とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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074:かつての『夢』

 マリージョア。

 世界の中心であり、四年に一度開かれるレヴェリー以外では天竜人以外はまず入れないその聖地には、数十名の海兵が一隻の船を待っていた。

 

 正確には、船に乗って来る人間をだ。

 船着き場からまっすぐ通っている大きな道を守るように、海兵達が整列して、人影が現れるのと同時に敬礼で出迎える。

 

 現れたのは大将黄猿。

 突然の大将抜擢にも関わらず、すでに多くの戦果を挙げている次世代の海軍を率いる一人である。

 

 大半の海兵が彼に対して敬礼しているのに対して、半数にこそ満たないが決して少なくない海兵は、その後ろに続く人間に向かって注目していた。

 

 聖地という、海兵でもおいそれと入れない場所に迎えられた、恐らく歴史上初めての海賊(・・)

 

 黒猫海賊団総督、『抜き足』のクロ。

 彼に注目する者のほとんどは好奇心からだ。

 だがその中に、確かに『海賊』に対して敬意を持つ者もいたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大将が通り過ぎたんだから、敬礼止めていいだろうに……落ち着かん」

「いいからキリキリ歩きなさいよ、クロ」

「大体テメェ、向こうでテメェん所の兵隊に敬礼させていただろうが」

「いえ、ミスター・スパンダイン……自分の部下にやられるのと海兵にやられるのではプレッシャーが違いますよ。それもこんな大勢に同時にされるなんて……」

「五老星に啖呵切っといて何言ってやがるクソガキ」

「あっちの方がよっぽど心臓に悪かったじゃない。……なによ、その納得いかないって顔は」

「周りの海兵共が見てんだからキチッとやってろ。で、クロ。いいんだな?」

「あっ、はい。実際の会談が行われるのは明後日からですが――」

 

 

 

「その前に、五老星の所に挨拶に行かせていただけると幸いです」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「というわけで、クロは先に五老星の方々へ顔を見せに行きました」

「うむ。奴の部屋の用意と確認も済んでおる。迎えの者も行かせているので問題ないだろう」

 

 ヒナという少女海兵は、スパンダインと呼ばれるイケすかない男と共に五老星の待つパンゲア城内の権力の間へと向かったクロを見送り――正確には、ついていこうとした所でクロからやんわりと断られたために、少しむくれているのだが――元帥であるセンゴク達海軍に割り当てられた部屋へと報告に戻っていた。

 

「海軍が出迎えたのに、先に五老星に会いに行くなんて……」

「いや、それでいい」

 

 就任してまだそれほど時間は経っていないというのに、暴走しかねない状況にある海軍を統率してみせる元帥センゴクは、ヒナの報告に微笑んで言葉を返す。

 

「こちらは少数とはいえ兵士を連れて、向こうに圧をかけているのだ。ここでクロが真っ先にこっちに来て海軍寄りの姿勢を見せれば、政府は海軍との会談ではなく我々と『黒猫』の……そうだな、一種の連合との政争になると考えるだろう」

 

 普段いる上級将官達のほとんどはここにはいない。

 余りに大勢でマリージョアに詰め寄れば、余計な摩擦が増えるとセンゴクが判断したためだ。

 

「クロがそうやって政治的なバランスを意識してくれるのならば、こちらとしてもやりやすい。……なにせ、こっちはすでに予想外の――」

「ぶわっははははは! 聞いていた通り頭が切れるか! 顔を見るのがますます楽しみになったのう」

「――っ、だから! なぜお前が来ておるんだガープ!!」

 

 だがしかし、それでも政府が脅威と思うような人員もいないわけではなかった。

 海軍側としても不本意ではあったが。

 

「まぁ、そう怒るなセンゴク。煎餅でも食べるか?」

「やかましいわ!!!」

「悪いね、センゴク。気が付いたら乗り込んでいてね」

 

 元帥センゴクの横に控えている大参謀のつるは、深いため息を吐いている。

 

「にしても、本当になんで来たんだい? 最近じゃアンタも、英雄とはいえ立場が不味いだろう。息子さんに国家転覆罪の疑いが掛けられそうとか」

「なぁに、どうにかなるもんじゃろうて。今はそれよりも、こっちの方が気になってな」

「……クロかい?」

「ま、それもあるがのう」

 

 差し出した菓子箱から、一枚煎餅を乱暴につかみ取って食べだしたセンゴクを見て満足げに笑う海軍の英雄、ガープは続いて一枚取って豪快にかじり、

 

「話したことこそないが、クザンの話を聞く限り『抜き足』は大した海賊じゃて。政府が推し進めている七武海制度を牽制し、その代わりのパワーバランスを担う勢力として割り込んでおる」

「……状況に助けられている所もあるけど……そうだね。政府が七武海に求めていた以上の成果を出している。それも政府を絡ませずに。……クザンが先行してしまった時はどうしたものかと思ったけど、あの一件の始末をつけるためという点においては、悪くない。まだ全く人員が揃っていない政府の王下七武海に対して、あの子は海軍にとっての七武海になりつつある。……影響力はまだ西の海だけとはいえ……」

「おおやけに認める事はできん。できんが……うむ」

 

 海軍元帥であるセンゴクにとって、『黒猫』の動きは良くも悪くも頭痛の種であるのは間違いなかった。

 略奪をするのであれば排除すればいいだけの話だが、現状は逆に『黒猫』の動きがなければ被害が増える――どころか各国の復興支援もままならない所に来ていた。

 

 黒猫がその艦隊戦力を以て拠点を確保したうえで、より多くの海賊を生み出しかねない非加盟国の管理者となることで西の海の均衡は保たれている。

 それは直接目にしたヒナや、現地の将兵から上げられる報告書から十分に伝わっていた。

 

 突如として各地で沸き上がった革命の機運が、比較的とはいえ西の海では下火な事からも間違いなかった。

 

「地区本部での問答を知らない海兵達からは、未だに七武海の就任要請の嘆願書が相も変わらず送られ続けておる。……よほど西の海の将兵にとって、クロの働きは眩しく映ったようだ。兵士どころか、将官からも延々繰り返しな」

「そりゃそうだろうさ。……こんなのが来るようじゃね」

 

 つるが珍しく嫌そうな顔を向けるのは、一枚の命令書――つまりは世界政府からの通達の一つだった。

 

「恒例の宴というのは分かるが、こんな時に食料を集めて聖地まで持ってこいとはのう」

 

 今はどこも食料がカツカツである。

 大規模な海賊被害にあった西の海はもちろん、他の海でも蓄えが大量にある国は限られる。

 そしてそれらは大体がまず加盟国である。

 無論、食料の提供を要請することになるだろうが、求められる量は到底足りる物ではない。

 

 増え続ける海賊の被害に加えて革命という名の反乱による収量の減少。

 地域によっては作物の病害や気候による不作もあり、どの海のどの地域でも、少しでも蓄えを残したいと思うのは当然の理である。

 

 であるのならば、加盟していない国から徴収(・・)するしかない。

 

「もう命令は下したのかい? センゴク」

「……モモンガ准将に任せてある。彼ならば見極めを間違う事はないだろう」

 

 任せられた仕事を堅実にこなしていくタイプという、実にセンゴク好みの海兵である。

 

「嫌な仕事を任せるんなら、ちゃんとご褒美を用意しておくんだよ」

「うむ。本人から希望を聞くつもりだ。昇給もな。……それで、ガープ」

「む?」

「改めて聞くが、なぜ来た。クロの顔を見るためだけではなかろう」

 

 もしそうなら、本部に叩き返してやると言外に込めるが、当のガープは小指で耳をほじりながら

 

「むぅ、そうじゃな。……そうじゃなぁ」

「……理由はあるんだな? そうだな?!」

「わからん」

「なにぃ!?」

 

 思わずセンゴクのこめかみに血管が浮き上がり拳に力が入るが、それでもガープはぼんやりとしたまま、

 

「ただ……」

「ただ!?」

「……なんとなくじゃが……」

 

 

 

「――嫌な予感がしてのぅ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「まさか、あの地区本部での通話からこれほど早く、こうして直接顔を見る事になるとはな」

「……恐れながら、私も同じ気持ちであります」

 

 いかにも私偉いんですオーラが出まくっている五人のお偉いさんを前にすると、やはり気圧されそうになるな。

 

「改めて、こちらの勝手な提案を受けてくださりありがとうございます。宣誓通り、海賊『抜き足』、武装を解除して出頭致しました」

 

「最初は冗談かと思ったが、存外悪くない提案だった」

「ここにいる間のお前の身の安全は、我々が保障する」

「だが、自分が海賊である事は忘れるな。いいな?」

 

「ハッ」

 

 でも、そのセリフは一介の海賊風情にまで敬礼崩さない海軍に言った方がいいって。

 いやマジで。

 

 なんかウチの兵士が向けるのと変わらない目でこっち見てるの何人か――何人かっていうか何割かいたぞ。

 アレ大丈夫か?

 いざという時は俺不在での対海軍戦マニュアルを、最優先攻略目標とか状況ごとの防衛優先地域なんかについてそれぞれ10パターンずつ作って幹部と共有している身なんで……すっごく罪悪感がヤバくて胃が逝きそうなんだが……。

 

(……ホント、なんで俺の人生こんなことになったんだ)

 

 難易度調整を……頼むから難易度調整を当ててクレメンス。

 

「心に留めておきます。明後日からの会談では、どうかお手柔らかに」

 

 とりあえず、政府もおろそかにするつもりはないという意思表示はこれくらいでいいだろう。

 本当なら手土産の一つくらい持ってくるべきだったかもしれんが、今の勢力で用意できるのなんてちょっとした食料や木材くらいで、印象に左右するような品なんてないしなぁ。

 

「では、自分はこれより海軍への挨拶に――」

「待て、クロ」

 

 ……。

 

 もう早くここから抜け出してセンゴクさんトコのヤギに癒されたかったんだけど何さ!?

 

「一つ聞いておきたい。貴様は、何を望んでいた?」

「…………」

 

 過去形?

 つまり、今の状況――海賊になる前か?

 

「お前のことは調べた。お前が使っていた部屋の蔵書やメモも全てな」

 

 あぁ……。

 俺が商人見習いだった頃の人生設計のための走り書きとか集めた本とかを回収したのか。

 

「……その前にお聞きしますが、商会の方々は?」

 

 東の海にいたころの逃亡生活では情報収集なんざ碌にできなかったし、色々怖くて調べる事はしていなかった。

 わざわざ聖地を挟んだ西の海まで逃げたのは、あそこが東の海からもっとも遠い海だったからかもしれない。

 

「全員無事だ。ガープに感謝しておくのだな」

「……中将が?」

「ジャルマック聖による商会員の処刑を止めたのは、近くにいたために騒ぎを聞きつけ立ち寄ったガープの介入があったからだ」

 

 マジか。正直、俺が逃げたことで全員殺されていてもおかしくないと思っていたが……。

 もしこっちに来ていたら、中将にはすぐに頭を下げよう。

 

 まぁ、こんな微妙なバランスの時に大戦力になる海軍の英雄は本部待機だろうけど。

 部屋に着いたら紙とペンをもらって手紙でも書こうかな。

 

「話を戻す。お前が優秀な商人だった事は調べがついている。見習いとしてもだ」

「見習いの身であったにも関わらず王族の覚えも良く、上手く二か国に有益な販路を作り出したと」

「商品の開発にも真面目に力を入れていたため、職人集団とも太い人脈を築いていたらしいな」

 

 うぼあぁ……。

 貴様らアレか。会談の前に人の黒歴史を暴き立ててまずは精神攻撃から始めようってか。

 ホント勘弁してくれ。

 

 あの頃は商人としてある程度いい稼ぎが確約されていたから、色々夢を見てたんだってば……。

 

「残されていたお前の走り書きから見ても、お前には明確な計画があったのは違いあるまい。それはなんだったのだ?」

 

 原作知識から推測できる危機を回避しながらそれなりにいい暮らしをしようとしていたこっっっっっ恥ずかしい計画を最高権力者たちの目の前で話せって何その精神的公開処刑!?

 

「幼い頃から考えていた、どうしようもない妄想話に過ぎないのですが――」

「構わん、話せ」

 

 クソぁっ!

 お前ら、ホント最悪だな!

 万が一世界政府と戦争になるパターンになった時は覚えておけよお前ら!!?

 

「では、お耳汚しになりますが」

 

 ぐぬぬぬぬぬ!

 えぇい、まぁ仕方ない!

 

「私が親無しの浮浪児から商人見習いとなった頃には、すでに時世は大海賊時代へと入っておりました」

 

 

「海軍の庇護下にあるには加盟国民である事は必須であり、かつ海軍から見ても重要である栄えた島にいる事が肝心」

 

 

「ですが……そのような島でしたら天竜人が来島される可能性がある。恐れながら、私にとって当時から天竜人は可能な限り避けるべきものだと判断しておりました」

 

 

「ならばと私が考えたのは、天竜人の方々が興味を持つような華やかな島ではなく、だが海軍にとっては極めて大事な意味を持つ、私自身の拠点を持つ事」

 

 

 

「東の海において海軍の補給といくらかの娯楽提供を確約できる、軍事的交易港の開発とその発展。それが私の夢でした」

 

 

 

 ぐおおおおおおお。

 恥ずかしい、死ぬほど恥ずかしい。

 

 黒歴史ノートの公開とかこんなトンデモ辱めとかある!?

 

 …………。

 

 ほう。とか、ふむ。じゃねーんだよお前ら!!

 

 ちくしょう滅べ世界政府!!

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「おお、無事に面談は終わったか」

「随分時間がかかったじゃねーか、クロ」

 

 世界政府へのヘイトを高めながら部屋を出ると、ここまで案内してくれたスパンダインと、見たことがない海兵が待っていた。

 

 かなりガタイが良い、紫の髪を海兵らしく短く刈り込んだ男だ。

 これまで見てきた兵士の中でも上位に入る筋肉質な男だが、眼鏡をかけているせいか知的に見える海兵だ。

 

「君とは一度会って話をしてみたかった」

 

 男はすっと手を差し伸べて――

 

「俺はゼファー。階級は特別大将だ」

 

 ゼファー……。

 クザンが言ってた先生!

 

 あのすんごい長い手紙をくれた人か!

 

「はい、覚えております。以前、手紙にて挨拶をさせていただきましたね」

「うむ。……君には俺の教え子達が大変世話になった」

 

 そういうとゼファー特別大将は深々と頭を下げる。

 止めてくれ! 政府の要地で海兵が海賊に頭下げると不味い――

 

「これから先は、ヒナ二等兵と共に君の世話役を受け持つ。なにかあったら遠慮なく言ってほしい。可能な限り応えよう」

 

 大物を海賊の世話役に付けるな!!

 誰だこの配置を指揮したのは!!?

 

 




次回ミホーク、クロコダイル戦
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