「ジハハハハハッ! 聖地とはいえ、住んでる奴らが欲ボケした連中だと脆ぇなぁ! おい!」
聖地マリージョア。
世界の支配者たる天竜人の住まいは今、大量の船や建造物の残骸や土砂によって瞬く間に埋め立てられていた。
ただ落とすだけではなく、全ての残骸には油が塗りたくられており、それには次々に火矢によって火がつけられ、それが次々に落下して聖地を焼き払っていた。
―― はやく! はやく私を助けるえ!!
―― 奴隷共は調度品を守れ! お前らよりも高かったアマスよ!?
―― 逃げるな! お前らが死んで道を塞いだらどうするんだえ!!
「おうおう、あちらこちらで汚ねぇ欲が吹き出してやがるな」
生半可な攻撃では到底届かぬ高所から次々に巨大な
「さて……食糧庫はあれか」
未だに空を覆い尽くすほどの大小の残骸の中から、大きい船数隻をその能力で自分の近くへと引き寄せる。
「ジハハハハ。さすがは祭り屋、面白れぇ事を考えやがる。あのガキも、お宝目当てのミーハーとは物が違う」
そして海賊は、自分が吸っているまだ火が付いたままの葉巻を船へと投げつけ、火を付ける。
「牽制がてらの火種だ、食らいやがれ!!」
文字通り海賊の手を離れた燃え盛る弾丸が、この聖地の中でかなり重要な施設目掛けて落下する。
落下し――
―― 極・
突如として業火は掻き消え、巨大な船体は一気に砕け散り、破片のほとんどが聖地の外側へと吹き飛ばされる。
「あぁん? 騎士団の連中がもう動きだしたか?」
ならばと更に燃え盛る船を次々に落とそうとした時に、
海賊の勘が働いた。
とっさに自分の眼前――なにもない宙に目掛けて、本来脚があるべきところに取り付けられた刀の一撃を振るう。
何事もなく空を切るだけだったハズの一刀が、甲高い音と共に止められる。
「見つけたぞ、このクソ野郎!」
「サイファー・ポールか? ……いや、その三本爪は……っ」
そこには、夜明けの光を背に黒いスーツを着こなした少年が宙に浮いて、刃を足で防いでいた。
「西の海と言い面倒な事態ばかり引き起こしやがって!」
「そうか、そうかお前が!!」
たとえそれが金属だろうと生半可な物なら容易く両断出来る一撃を、その男は覇気を纏わせた足で難なく受け止めていた。
「ちょうどいい! ここで一番厄介なお前を抑えさせてもらう!」
「ジハハハハ! 運がいい! 一度顔を見てみたかった奴が来てくれるとはなぁ!!」
「金獅子!!」
「黒猫ォッ!!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(くそぁっ! なんとか食糧庫の完全崩壊は免れたけど、それでも被害が出ちまってるか!!)
センゴクさん達も動いているが、天竜人への被害を防ぐので精一杯だ。
よりにもよって火を付けてから落としてくれやがるせいで、天竜人はもちろんボディーガードや奴隷にも被害者が出まくっている。
「あの島を見つけた妙な海賊がいるとは聞いていたが、本当にガキだったとはなぁ!」
「お前が海軍を襲ったおかげで航路が見えた。うかつだったな!」
「構いやしねぇ! どうせアイツらのほとんどは西の海で使い潰す筈だったからな。お前らが捕まえたおかげであいつらも寿命が延びたんじゃねぇか!?」
「クソ野郎が!」
「ジハハハハッ!」
つーかなんなのコイツ!?
両足ぶった切ったってのは聞いていたけど、なんで剣が足になってんの!?
なんで舵輪が頭に突き刺さってんの!?
(というか、さすがは海賊王世代の大海賊! 隙がほとんどねぇ!)
いくつか攻撃のチャンスはある。レイリーに比べてわずかに隙がある。
そこを狙って
最小限の動きで躱しやがる!
というか靴がこれいつもの鉄板仕込んだ奴じゃねぇから感覚が違いすぎる!
「にしてもてめぇ、動きがいいな!」
「格上とばかり毎日戦っていたら自然とこうもなる!」
「悪くねぇ! 悪くねぇぞお前!」
そう言いながら殺す気満々じゃねぇか!
来る!
「
「噛猫!!」
ミホークばりの斬れ味を持った飛ぶ斬撃――そういやヒナが乗っていた船ぶった斬られたとか言ってたな――に、こちらの斬撃をぶつけて相殺する。
その余波を使って更に落下し続けている残骸を出来るだけ聖地の外へと吹き飛ばしているが、いかんせん数が多すぎて被害が拡大するばかりだ。
(天竜人もそうだが、奴隷やボディガードといった普通の人間の避難が終わらないとセンゴクさん達も思うように動けねぇ)
下の方で残骸を吹き飛ばす音が響いているが、あまりに物量が多すぎてそれで精一杯なのだろう。
天竜人への圧をかけすぎないようにと数を制限していたのがマイナスに響いている。
「今のを余裕で凌ぐとは大したガキじゃねえか! どうだ、俺の部下にならねぇか!?」
「すでに一団を率いている身だ、断る!」
「まぁ聞けよ!」
聞けというなら攻撃止めろよ!
? 手を動かした?
―― 能力を用いた攻撃か!
「ちぃっ!」
とっさに『抜き足』で距離を取るのと同時に、俺がいた所に燃え盛る船の残骸が集まり、ぶつかり合って大量の残骸へとなる。
あのままそこにいれば、押しつぶされた上に、運よく隙間に逃れても酸欠でアウトだったろう……いや待て、なんか嫌な
「
ホント技が豊富だなコイツはよぉっ!
さっきのイメージが数秒後の未来なら……あぁ、ちくしょう!
「
粉々になっても燃え続けている大小の残骸が集まり、波打ったかと思うとそれらが数頭の獅子の形となって襲ってくる。
あ、駄目だこれ!?
噛猫の
本気の噛猫一発でかろうじて相殺は出来るけど一点だけだしそれだけだ! 仮に残骸を止めてもそのまま落ちて食糧庫がボッシュートされちまう!
技! こういう時の必殺技はなにかないんですか助けてクレメンス!
あんだけ冥王と鷹の目を相手にしてたんだぞ! ご褒美の一つくらいあってもいいはずなのになんで俺の進む道はどれを選んでも地獄なんだ!?
――『いいかね、クロ君。言うまでもないが君の利点はその人間離れした速力にある』
駄目だ! 360度全方位からの同時斬撃を捌き切る事に集中しすぎて高威力広範囲の技は練習中だった!
――『故に君が考えるべきなのは、その速度を使っていかに他の面を上手く
というか、即座に高威力を出すために練習してたのは武装色の練度上げと冬猫の発動時間の短縮でデカイ範囲に均一に威力出すのはちょっと俺の体じゃ無理じゃありません事!?
――『例えば、そうだな。先ほど見せたのは武器が必要だが、足技ならばこれが再現できるかもしれん』
……じゃあアレをやれってか!? いや何度か実際に撃とうとしたけど、その度に足脱臼して軸足と手だけであの二人の攻撃捌く羽目になるんだよなぁっ!?
(いやもうやるしかない! 能力で操作される技ならば下手に回避するのは悪手! 真正面から打ち破る!!)
自分の中に流れる覇気の流れを、すべて足に集中させる。
右足だけじゃなくて軸足も固めた方が、前の実戦では一番上手くいきそうだった。
――『今から見せるのは、我々の敵の一人の得意技を私なりに模倣してみた物だ。君ならば上手く料理し、自分のモノにできるかもしれん』
あの時は覇気のコントロールに集中してたらミホークの置き斬撃を一つ見落として、危うく右手が斬り飛ばされる所だったけど!
――『そう、これこそ――』
「抜き足……噛猫……っ……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(さすがに死んだかぁ?)
懐から新しい葉巻を取り出しながら、海賊は獅子の形を模した業火の波の背を見送っていた。
(あの小僧が執着する相手らしく見どころはあるが、ついはしゃぎ過ぎちまったな)
今はまともに自分の相手を出来る戦力は、全員地べたで残骸の対処に当たっている。
この高度までたどり着いた上で迷わず交戦を選んだ『黒猫』の判断と力量は認めるが、出会ったタイミングの悪さを海賊はわずかに悔いていた。
「時間をいくらでもかけられる場所なら、お前が俺の部下になるまで遊んでやってもよかったんだがな」
海賊の仕事は、世界政府と海軍に対しての牽制であってそれ以上でもそれ以下でもない。
やる事をやってさっさと帰るだけ。
「さて、今度こそ食糧庫を潰させてもらおうか。砲弾をギッシリ詰めたとびっきりの奴を残しておいて正解だったな」
海賊の目的は牽制。そして、可能ならばと頼まれたのが天竜人の『食料貯蔵庫』の破壊だった。
「ジハハハ……さぁ、今度こそ燃やし尽くして――」
―― 噛猫……っ……!
自分の作りだした獅子の向こう側から、声がした。
苦し紛れや末期のそれではない。
確固たる意志の元に、力を振るう者の声がした。
そして声と共に、空気を伝い波の音が海賊の耳に届く。
全てを包みこむような海のそれではない。
――これこそは……偽りなれど、なお誉れ高き巨人族の槍……っ
肌をビリビリとざわめかせる、王の威圧の音。
(覇王色!?)
――『偽典・威国』っ!!
とっさに海賊は自らの体をより高く浮かせて効果範囲から退避する。
同時に不可視の――だがうっすらと黒く染まった鋭い一撃が、炎に包まれた獅子の一頭に大穴を開ける。
そしてわずかなタイムラグの後に、残る獅子も全てが吹き飛ばされた。
「しま……っ、本命の船が!」
そして炎が消えたとはいえ未だ熱を帯びた破片の全てが、確実に食糧庫を破壊するために用意した砲弾や火薬、油をぎっしり積んでいた船を貫く。
「ちぃっ! あのクソガキめ、やってくれるじゃねぇか!!」
「……見える未来が真っ赤っか? ……あ!? ちょっと待ってそういう――」
次の瞬間、夜明けの聖地上空に巨大な業火の向日葵が咲き誇った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
地獄が、火の海となって燃やし尽くされていた。
(ようやく……ようやく逃げ出せるチャンスが来たというのに……っ)
ここは地獄だ。自分のような魚人も、そして人すらも等しく『玩具』のように使い潰そうとする悪魔が住まう地獄に他ならない。
何が『聖地』だ笑わせる……っ!
(くそ……瓦礫に足を取られたか……っ)
本来の自分の力ならばこの程度どうにでもなった。
魚人の膂力ならこの程度の重量など大したことはなかった。
だが、あの悪魔共はそれを良い事に、過酷な重労働を次々に押し付け、そして体を徹底的に苛め抜いてきた。
遊びと称して手足を撃ち抜かれ、そのまま荷物を運ばせられることもあった。
爆弾の仕掛けられた首輪の恐怖と激痛に耐えながら仕事をこなせば、魚の汚い血で廊下が汚れたと更に撃たれた。
(いかん、火がここまで……)
奴隷数名はすでに事切れている。
主人を置いて逃げようとした罪で全員射殺された。
自分も撃たれたが、この肉体の頑丈さと天竜人がさっさと逃げ出したことに救われた。
救われてしまった。
瓦礫で建物は破壊されているが、その瓦礫が上手く塞いでしまっているのか、煙も濃くなる一方である。
(せめて……)
せめて、楽に死のう。
このまま、眠るように。
そう静かに思い、目を瞑る。
……だが、その時。突然すぐ近くに、
何かが地面に勢いよく叩きつけられる轟音が地鳴りと共に響いた。
―― ゴッホ……っ……あぁクソっ! 見聞色の練りがまだ甘いか!
突然、この聖地ではまず聞かない、嘲りや無邪気な黒い念がまったく混じっていない、素直な若い声が瓦礫の向こう側から聞こえた。
―― ちくしょう、なんとか工作の要になるアイツを押さえねぇと……人の気配?
トントンッと二回、軽く地面を蹴るような音がしたと思えば、次の瞬間、轟音と共に煙の逃げ道を塞いでいた瓦礫や残骸を吹き飛ばした。
「……捕まっていた
「待て、ソイツにはもう火が移っている! 触ると――」
触れれば火傷するだろうソレに、突然現れたスーツ姿の子供は平然と手を伸ばし、見た目からは考えられない力を発揮して瓦礫を容易く持ち上げる。
ジュゥゥ、と手から肉が焼ける音をさせながら瓦礫を支え、平然とした顔で自分に脱出を促す。
「よし。後はその首輪か……。この熱気で誘爆しなくて本当に良かった」
「小僧お前、手は――」
「貴方の方が重傷だろう」
ちくしょうやっぱアイツら全員痛い目を見ねぇと割に合わねぇな。などとスーツの男はボヤきながら、自分をこの地獄に縛り付けていた爆弾の付いた首輪へと手を伸ばし、
「ふんっ」
自分が制止の声を上げる間もなく首輪はぐしゃりと握りつぶされ、まるでボロボロの輪ゴムを千切って外すかのような気安さで
「逃げられるなら逃げてくれ。この混乱だからこそ助けられるが、奴隷全員を救う余裕はない」
目にも見えぬ速さで首輪を投げ捨てていたのだろう。少し離れた所で爆発が起こる。
周囲は未だに火が付いた瓦礫の雨が降っており、あちこちに天竜人やその護衛達が逃げまどっている。
「すまない。私の力不足だ」
「いや……」
少なくとも、この男は手を伸ばした。
この地獄の住人は、誰も手を伸ばしてくれなかった。
それが同じ奴隷であっても。
時には余興として、奴隷が奴隷を殺すこともあった。
笑えと命じられて笑いながら奴隷を殺して、そのまま主人の前に出たら自分を笑ったと惨い殺され方をした者を何人も見てきた。
「……っ、向こうも見逃すわけがないか」
男は所々焦げたスーツのジャケットを脱ぐと、こちらに差し出し、
「逃げ場に困ったら西の海へ。これをもって、同じマークの旗の場所に行けば、魚人や人魚たちが隠れ住んでる場所へ案内してくれるはずだ」
「……お前は」
一体何者なのだ?
そう聞こうとするが、男の目は徐々に炎以外の明かりが差し込みだした空へと注がれている。
「早くいけ、ここもすぐに戦場になる」
「――っ。すまん!」
聞きたいことも、言いたいこともあったが足が勝手に海の音がする方向へと向かっていた。
この地獄から、一刻も早く立ち去りたかった。
少年から渡された三本爪の猫のマークが入ったジャケットを握りしめながら走り、ふと振り返る。
「俺は――俺の名はフィッシャー・タイガーだ! この恩、決して忘れん!!」
シキの技である鉄火巻きは、オリジナルの物です
基本獅子威しは○○巻きであるのがルールのようなので、今回は船の残骸と炎を利用した地巻きということから鉄と火……よし、鉄火巻きで行こうと相成りました
次回、シキの思惑