そうだった、あの人たち役人じゃなくて全員諜報機関だった。
面白ボクサーや面白麺男雇ってる場合かよ、目を覚ませ世界政府。
「遅れて申し訳ありません、先生。親衛隊隊長アミス、以下4名、到着いたしました」
非加盟国モプチの首都には現在、黒猫海賊団への入団希望者が多く集まっている。
海賊として――いや、兵士として入団を希望する者もあれば、先日テゾーロの提案の下にダズが交付した『開拓員、作業員それぞれ募集』の触れ書きを見て集まった者も大勢いる。
そのモプチ城内の練兵場――主に親衛隊や現在の主力艦隊船員の訓練に使われているやや大きな広場の隅に、黒猫の中でも特に上位に入る剣士たちが集まっていた。
親衛隊隊長のアミス。親衛隊の中で最強の剣士と言われるクリス、それに海戦指揮において多大な戦果を出している男女――トロイとキカ。
その前に、客将でありながら黒猫海賊団の中で最強と言われる男が座っている。
「忙しい中すまん。だが、前々から感じていた事を実行するべきだと思い、お前たちに集まってもらった」
ジュラキュール=ミホーク。
黒猫海賊団屈指の剣士にして、幼い幹部の護衛役に過ぎなかった親衛隊を、世界でも屈指の最精鋭に鍛え上げた剣豪は難しい顔をしている。
「感じていた事、とは?」
「一般兵士の訓練の見直しだ」
開拓のために出向していたキャネット島では常に農作業をしていたのか、モプチに戻ってからも常につなぎと麦わら帽子だった剣豪が、戦闘の時の服に着替えているために緊張感がある。
「お前達はもちろん、親衛隊は極めて練度が高い。アメリアやバレリアといった剣士達はもちろん、キャザリーやアイリのように飛び道具を得意とする者でも剣の修練は欠かしておらぬ。近づけば何もできぬと相手が油断すれば、次の瞬間には斬り伏せられているだろう」
覇気もまた鍛えており、少なくともミホークの攻撃ならば防げる。
防戦に専念すれば、単独でも皆十分に持ちこたえる事はできるだろうまでに練り上げられている。
アミスを中心にまとまっていた、かつてマフィアの隠し倉庫に捕らわれていた二十一名。
親衛隊となった今ではさらにミホークが認めた4名を追加し、各々がクロやミホーク、ダズ、ハンコックと言った『黒猫』の強者を相手に訓練を積み重ねていた。
その実力は、他でもない海軍に認められており、強力な能力を持つ大将青雉ことクザンも「親衛隊が三人揃っていたら、よほどのことがない限り逃げた方がいい」と部下達に語るほどである。
「兵士達もよくやっているとは思う。が、海戦――特に操船や砲戦技術に傾きすぎているために、少々白兵戦に不安を覚える」
「ハンコックちゃ――提督もおっしゃってました。第一艦隊の人員に戦闘経験を積ませる必要があると」
「あれはあれでまた違う脅威だがな。一般兵士でさえ、少し注意を払わねば俺でも気配を掴み切れないとは尋常ではない」
「……先生でもそう感じる事に、少しホッとしました。第一艦隊の兵士には、そういう怖さがありますので」
ハンコックが提督になってから、第一艦隊の兵士はかなり鍛えられているのだが、現在海軍との合同任務が多いその性質上、敵海賊船から物資や民間人を可能な限り無傷で手に入れなければならないという事が多かった。
その結果、第一艦隊は隠形を第一とする作戦を最も得意とする集団になった。
相手に姿を見せずに敵の拠点や船に忍び込み、物資の奪還や敵の殲滅を完遂する艦隊へとなりつつあった。
「もっともその恐ろしさを感じているのは、海軍だろうな」
結果、ハンコック達第一艦隊は、共に行動する海兵達から滅茶苦茶ビビられていた。
全員返り血一つなく、囚われていた民間人に気配も姿も見せずに敵海賊を基本全員皆殺しにしているからだ。
「対して、クロ――今はダズが率いる艦隊は、士気も戦意も高く、練度も悪くはない。だが、繰り返すが船乗りとしての能力に寄っている。特殊な能力者や船同士がかち合う接近戦になった時、少々の不安がある」
「……では、こうして親衛隊の中で剣に長けた者を集めたのは」
「そうだ」
そういってミホークは、少し厚みのある紙の束を取り出す。
過去の親衛隊の訓練などで気になったことや、自分の教えを受けた人間がどういう剣を振るいどういう癖が付きやすいのかを分析してまとめた物である。
「俺の教えを受けて、かつ最前線で戦い続けるお前達で、『黒猫』の骨となる剣の型を作ってみせろ」
平然と告げられた大仕事に、親衛隊屈指の剣の担い手達の表情が引き締まる。
「我々で、ですか」
「唐突な話だな……」
「そうだ。トロイ、キカ。バレリアやアメリアではなく、お前達を呼んだのはそれが理由だ」
剣の腕に関しては、親衛隊の平均よりやや上といった所だろうが、緊急時の艦隊指揮代理や船長として頭角を見せる二人の男女は、ミホークからすれば自分の持っていない"強さ"を持つ二人である。
「アミスもそうだが、特にお前達は船長、あるいは少数艦隊を率いての海戦に長けている。なればこそ、海での戦において兵士にどう動いて欲しいかはお前達の方が実感しているハズだ。そういった物を軸に、他ならぬ『黒猫』の剣を組み立てるべきだ」
現在、黒猫の兵士はほぼ全員ハックの指導の下、魚人空手を学んでいる。
それはそれで強力なのだが、兵士本人の才覚に依る所が極めて大きく、戦力としてはかなりバラツキがある。
そういった白兵戦に適性がない兵士の底上げとして、クロの命令で大砲やガトリングといった重火器、その弾丸の改良、開発研究は始まっているのだが、今は食料に直結する開拓の方にリソースを取られている。
「……底上げが必要という事は、師匠は戦争が近いと?」
ミホークを先生と呼ぶ者が多い中で、師匠と呼ぶ数少ない者の一人であるキカという女性親衛隊が声を上げる。
「分からん。クロならばそこらの見極めは確かなのだろうが……ただ」
普段から、ミホークという剣士は常に刀を二本腰に差している。
一つは宮尾・二式。クロから「いい剣はいい剣士に使われるべきだろう」と言って渡された大業物21工のうちの一本。
そうしてもう一本は、キャネットを制圧して復興作業を進めている中で、元鍛冶師だったという老人に打ち直してもらった名も無き数打ち。
他ならぬクロによって罅を入れられた一刀。
その柄を、ミホークはポンッと軽く叩き、
「あの男の天竜人への勧誘の話が出てから、事態が急速に動いている。このモプチの住民もなにやら浮足立っている様子だ。何があっても不思議ではない」
その何かがあった時に、兵士達を鼓舞して敵陣を斬り拓く役目を与えられている四人は、その言葉にわずかに身を固くする。
「今すぐ効果が出る物ではあるまい、が……用意をしておいて損はない」
「黒猫の、ある意味で象徴とも言えるお前達だからこその剣を編み出せ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
―― 黒猫とか呼ばれているふざけた海賊の気を引いてこい。顔だけはいいお前には適任の仕事だろう?
海賊・金獅子の襲撃の翌日に聖地へ戻ってきた自分達の上司――CP6の長官から言い渡された指令はそれだけだった。
ついにここまで落ちぶれたのかと思った。
当時は意識していなかったが良家に生まれ、何一つとして不自由な事のない生活を送り、東の海で屈指の大学で学友と切磋琢磨し、その果てに世界政府の役人になって……それからは何一つ上手くいかなかった。
付いて行っていた上司が突然失脚し、新たに自分が配属された所では何をしても怒鳴りつけられ、簡単な書類の処理くらいしかやることが無くなっていった。
そうして送り込まれたのは、パンゲア城内になぜか用意された『海賊』の執務室だった。
『あぁ、話は聞いている。復興作業の管理を手伝ってくれる人だね?』
上司は話半分に聞いていたが、単独で大海賊を相手に渡り合い、その後の指揮において海軍や政府の兵士達の敬意を集めた異色の海賊。
柔らかい物腰で握手を求めてきた自分よりも年下の海賊は、皮肉にも政府の役人である自分の上司よりも優しく、紳士的で、なにより有能だった。
―― たかだか海賊のガキの指示を真に受けるなんざ、スパンダインも耄碌し始めたか?
などと上司は言っていたが、おそらく今頃はその考えを改め、顔を青ざめさせているだろうか。
なにせ、天竜人になるかもしれない海賊なのだ。
(……いや、それで顔を青ざめさせるような感性があるわけないか)
それだけ有能で、力のある海賊がやっている事は――
「すまん、クロ。まさか今の状況で、犠牲になった兵士たちの葬儀を開けるとは思わなんだ……」
「いえ、元帥。……出来る事ならば、ご遺体をそれぞれの故郷に運び、ご家族にせめて顔をお見せしてから葬儀を行いたかったのですが……」
「この状況下では出せる船も限られる。当然、傷めずに遺体を運ぶのは難しい。こうして修復と化粧を行ってくれただけでも……」
「ええ……。せめてキチンと弔い、ご遺骨と遺品をご遺族の元に送り届けなければ、ご遺族はもちろん残る兵士達の心にもしこりが残りましょう」
「クロ坊や。五老星や天竜人の説得、本当にありがとう。戦った兵士達も、これで少しは報われるよ」
先日の戦闘で犠牲になった海軍や政府の兵士達の合同葬儀を取り仕切り、海軍元帥や特別大将、中将、そして政府役人達と協力して無事に式典を終えた所である。
あの攻防戦で最大の戦場となった大広場は、破損した石畳を剥がしているために所々がデコボコしているが、それを感じさせない程に立派な式典が行われた。
「彼女が関係各所への説得の手紙の草案を書いてくれたおかげです。政府内部を知っている彼女の手助けがなければ、復興作業中に葬儀を開くことは難しかったでしょう」
「ほう」
(確かに、葬儀などどうでもいいからさっさと元に戻せという天竜人の方々の説得の草案は書きましたが、それを活用できたのは――)
実際に説得や根回しに当たったのが、他ならぬ『黒猫』だからだろう。
この海賊の少年が上司であることには何の不満もない。
正直な話をいえば、これまで出会ってきた人間の中でも、これほどの人間は見たことがない。
パパの程よい威厳にママの優しさ、そして大学で出会った友人たちの柔らかさと温かさに、教授陣の知性を混ぜ合わせて包容力を継ぎ足したような、そんな冗談のような人間だ。
「あぁ、この前坊やが言っていた見どころのある娘かい。名前はなんて言うんだい?」
「あ……っ、はい。ジェネッタと申します」
だが、こうして海軍大参謀のような天上人に気軽に自分を紹介してくるのは本当にやめてもらいたい。
自分は貴方に付いて行くので精一杯なのだ。
「ジェネッタか。式典への助力もそうだが、修復師や弔いの花の手配、誠に痛み入る。心から感謝を」
「いえ、そんな、どうか顔をお上げくださいゼファー特別大将! クロ総督から、気になったことは突き詰める事を厳命されておりましたので……ただ、それだけなのです」
「なるほどねぇ。……坊や、この子は大事にするんだよ」
「はい。私が指名し、側に付けているのです。決して粗末にせぬようにと、肝に銘じております」
嘘は言っていない。
実際、これまでの扱いが信じられないほどに自分は大事にされている。
昨日まで私を道具のように扱っていた同僚や先輩の女性陣から、羨まれていることもなんとなく気付いた。
(ただ、大事に扱われ過ぎて、私がいらぬ嫉妬を買っている気がするのですが……)
「クロ、お前はこれから執務か?」
「はい。といっても、海兵や政府の護衛の方達の火葬――荼毘に付したのを見届けてからですが」
「……全く、お前という男はどこまでも律儀だな」
「緊急事態であった上に途中からとはいえ、私が指揮を執った上での殉職者達です。最後まで付いて行く事は出来ませんが、見送るまでは私の義務でしょう」
「海賊なのにか?」
「海賊である以前に……いえ、海賊と呼ばれるようになったからこそ、人としての矜持はせめて通したいのです。元帥」
海兵も、役人も、この光景を見て何人がこの少年を『海賊』だと思うのだろうか。
不倶戴天の敵でなくてはならない海軍元帥と、大参謀と呼ばれる海軍本部中将とこんなにも穏やかな空気の下で話せるこの少年が海賊だというのならば。
どこまでも人に寄り添わんとするこの男が海賊だというのならば。
―― ただ己の欲のままに権力を振るい、気分で人を害する天竜人の方が、よっぽど賊に見える。
そして少年海賊は、海軍の三人に変わった敬礼――黒猫という海賊団の間で使われる敬礼をして、火葬を全て見届けた後に執務室に戻る。
執務室では、もはや見慣れた海兵少女とCP9の長官という奇妙なコンビが駄弁りながら仕事をしていた。
海兵、政府の裏の顔、そして海賊。
今の状況ならばそれぞれ敵になりかねない二人は、「おかえりなさい」「おお、戻ったか」と気安い様子で海賊を出迎える。
もうすっかり慣れてしまった光景だ。
「火葬を全部見送るなんて、大変だったでしょう?」
「ジェネッタの計算を元にスパさんが人員と物資諸々融通してくれたおかげで、そこまで時間はかからなかったさ。それよりもヒナ、大事な式典に参加させず、その間に雑務を押し付けてしまって悪かったな」
「仕方ねーだろ。役人や護衛役は当然、海兵だって全員が参加できるわけじゃねぇし、この執務室は実質復興作業計画の要地だからな。雑務溜めるわけにもいかねぇし、空っぽにすんのはもっと不味いだろう」
「……海賊の執務室にそこまで期待されてもな」
それこそ、仕方がないと思う。
ひょっとしたら政治的な意図があるのかもしれないが、この執務室には聖地復興という大仕事に欠かせない案件やその調整が任されている。
仕事一つミスすれば復興が長引く、そんな状況だ。
ただのお付きである自分ですら胃が痛くなるようなそれらの仕事を、この海賊はすべて完璧にこなしている。
ミスが出ないわけではない。
というか、時折ミスが起こって当然と言ってもいいくらい一部の情報が制限されていたり、物資が上手く回されない時がある。
(それでもこの人は……ミスのリカバリーが凄く上手い)
ミスや不足が発生してから、その解決への段取りを数分で組み立て、元より太い海軍とのパイプに、CPの一部や個人的に友好関係を築いた政府の役人との繋がりを利用して不足する要素を補う。
そして、実質部下となった女性陣それぞれに素早く指示を出す。
それぞれの特性、個性を把握して、最適な仕事をシンプルに告げる。
下手に言葉で飾る事をしない分、指示は極めてシンプルで分かりやすい。
恐らく、自分の他に送り込まれた女性達の誰もが、この海賊の有能さをその身に分からされているだろう。
こうも気持ちよく使われることなんて、政府の人間になって初めてという人間が多いのではないだろうか。
少なくとも、自分にとっては初めての経験だ。
(昨日も、色々あって実質部下が増えたようなものだし……)
この人の側にいる時間が増えれば増える程、彼が海賊だという事が信じられない。
武力でも暴力でもなく、言動と仕事で人を魅了できる人間なんて政府役人でもどれだけいる事か――
――ドタタタタタタッ
(あっ)
ドアの外から、誰かが駆け寄る音がしてきた。
クロ総督は、恐らく足音だけで誰か分かったのだろう。
苦笑しながらため息を吐いて、ヒナ二等兵――いや、先日の攻防戦で特別昇進した、ヒナ伍長とCP9のスパンダイン長官も似たような顔をしている。
クロ提督が、この執務室を用意されてから多種多様な役人や海兵がこの部屋を訪れる。
それでも、こんなに走ってやって来る人間はそういない。
たまに唐突にやって来ていたガープ中将は用事を思い出したとか言って南の海へと旅立った。
海軍の元帥や中将たちもよく訪れるが、こんなに慌ただしく駆け付ける人間はいない。
いるとすればそれこそ、スパンダイン長官のような――
「馬鹿野郎ぉぉぉぉぉぉっ!! この陳情書を出した海賊はどこのどいつだぁぁぁぁぁぁ!!!!?」
「海賊は私だけですね。環境部門事務次官殿」
なぜか海賊の執務室をよく訪れる、政府の大物達くらいだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「きっさまぁぁ! 医薬品関連の輸送に海賊風情が口を出すんじゃない!!」
まず政府の大物が海賊の執務室に直接来るなよ、って言うのは野暮なんだろうか。
野暮なんだろうなぁ。
五老星が普通に来ちゃったし。
五老星の決定を実行に移す各部門の幹部勢が毎日のように――いや、ようにじゃねぇわ、毎日来るのはどうなのよ。
「無論、私とて決定稿になるとは考えておりません。ですが、未だに負傷兵の手当もままならない現状、多少なりとも医薬品を分けて頂きたかったのです。今後の復興作業でも怪我人が発生する可能性がある以上――」
「馬鹿野郎、医薬品周りってのはデリケートなんだよ! こんな紙きれ数枚であれこれ精査できるわけねぇだろが!!」
まぁ、それでも嫌いじゃない。
特に環境武神政務官付きの事務次官――キムリック・ピンシャー卿は。
「申し訳ありません、私の認識不足でした。ですが、現場で医薬品が不足しているのも事実なのです」
「わかっておる! だが最も被害の大きかった西の海や、戦災だらけでどこから手を付けて良いか分からん北の海を優先せざるを得ん!」
「……加えて、新興海賊の被害が広がっている
「そうだ! ただでさえ各国が食料を始め物資を出し渋る上に、扱いが難しい医薬品はまずしっかり輸送できることが可能な船が極端に少ない! なのに貴様をはじめアチコチから怪我人が出ている病人が出ている早く薬をよこせと! ……どうしたらいい? 私はどうしたらいいのだ!!!? 頼む海賊、私を助けてくれ!!!」
「いえ……その……」
なんかもう……すごく……すごく親近感が湧く人で……どうにも無下に出来ない人だ。
どうしよう、なんか鼻の奥が熱くなってきちゃった。
「加えて薬をどうにか言われた量を集めれば、現地の医者共は状況はさらに悪化している追いつかないさらに寄こせと言う上に、物資管理の重要さを分かっておらん!!」
「……現場の判断で医療物資を移動させ、ですが管理記録がまばらな物で、結果管理する側の次官殿らが現場の実態を見失う……と言ったところでしょうか?」
「分かっているではないか!!! そう!! そうなんだよ!!!」
あの……そんな肩掴まれて泣かれても……。
あと揺すらないで、睡眠時間確保できるようになったとはいえ、まだ万全の体調とはいかないんですから。
特に昨日は遅くまで今後の復興作業の段取り調整と今日の式典の細部修正で忙し……う゛ぉえっ。
「奴らめ! 人命救助を最優先するのはいいとして物資管理の重要さが分かっておらぬ! 治療に間に合わんかもしれんと焦るのは分かるが! その結果ポンポン物資を移動された挙句に後精査で数が合わなければ横流しを疑わざるを得んだろうが!! なのに医師連中めどいつもコイツも政府を悪者扱いしおって!!」
「心中、お察しいたします」
「現場が不透明では五老星や各武神政務官からは手綱をしっかり握れとお叱りを受け、物資や資金の管理に力を入れれば下から『上は現場が分かっていない』とネチネチ言われる……っ」
「ええ。……ええ」
いや、分かる。すごく分かります。
懐かしさすら覚える無限地獄だなぁ。同期の奴ら、何人かそれが切っ掛けで体と心を壊してドロップアウトしていったっけ。
(俺もあの時ドロップアウト出来ていれば……)
スパさんあたりは慣れた物なんだろうけど、ヒナが微妙な顔をしている。
うん、まぁ、政府の中でこういう人間見るのは珍しいだろう。
昨日式典に関して文句を言うために怒鳴り込んできたCP連中とは全然違うだろう?
「現在、医療物資はどこも足りないのでしょうか?」
「この数年で、
いやもう後半なにがなんだかですし、そう言われましても……。
「ハッ、申し訳ございません」
とりあえず頭を下げて謝る事しか出来ねぇ。
でもまぁ、そうか。
あの黒ひげもドラムを襲ってたしなぁ。
理由は描写されてなかったから、ひょっとしたら何か別の狙いがあったのかもしれないけど。
実際、仕入れを担当してくれているベッジも食料品以上に医薬品は足元見られて、西の海でも色々と不足していた。
(いざってときは売り払えば金になる。医薬品は結構美味しいお宝になるか)
ウチはペローナが育ての親の
熱冷ましとか傷薬、火傷薬の類は特に。
(ああ、それにミホークが畑仕事が落ち着いたら酒作りにも挑戦してみたいとか言ってたし、そこから蒸留の実験しながら消毒薬の自作も目指せるか)
本当にミホーク様様だ。
剣豪なのに、アイツもう完全に生産の要になってやがる。
「現状は理解いたしました。ええ……痛いほど理解できます。ですが、聖地復興に加え、これからの海賊の対処のためにも、ここで経験を積んだ海兵を使い潰すのは、政府にとっても大きな損失となります」
「言わんとすることは分かる! だが、しかしだな……っ」
「現在、軍医の管理の下に可能な限り現状を落ち着かせ、私も医師の説明を受けながら現場を視察して状況を確認しています。その中で協議を行い最小、最低限の要請量を算出いたしました」
「ぐ……むぅ……。お前が直接か」
「はい」
渋るのはスゲェわかる。
こういう仕事やってると、前例ってのは諸刃の刃になるからな。慎重にならざるを得ないのはスゲェわかる。
しかも五老星の下ともなれば、常に二重の意味で首を気にしなければならないし、踏み出すのには勇気が要る。
「交戦経験を積んだ海兵を一刻も早く治療し、万全の状態で現場に戻すことは一月、二月の負担になるかもしれませんが、その後の負担を軽減する因子になり得ます」
「……お前の出した書類の数字は間違いないのだな?」
「はっ、念のために部下と共にもう一度現場を確認しております」
ジェネッタも、立場を与えたからかどうにか他の連中をまとめようと頑張っているし、その中で協力的で信頼できる人間も巻き込んでいる。
「……普通ならば精査に最低でも半月はかかる。が、今朝方ドラム王国から返答があり、医療要員も含めて要請に応じるとのことだ。この数字通りの量ならば出せんことはない」
「次官殿……」
「いいか、これが他ならぬお前の要請で、かつ許せる状況だったからだ!!」
「はっ」
「本来はこんなに容易く通るものではない! わかっているな!?」
「はい。この度は大変失礼いたしました。今後、肝に銘じます」
「医療物資に関することが今後あるのならば、資料を持って直接俺の執務室に来るか、それか俺を呼べ! 直通のラインは常に開けさせておく!」
「はっ。数々のご配慮、真にありがとうございます」
まさかこの歳でオッサンのツンデレっぽい台詞を耳にするとは。
……いや、別におかしくは……ない……のか?
駄目だ。前世でオッサンのツンデレとか聞いた記憶がない。
あとジェネッタ、見送る時にそれとなくハンカチ渡して上げて。
涙とか鼻水でちょっと顔ぐちゃぐちゃだから。
「総督、キムリック・ピンシャー卿はお帰りになりました。総督によろしくと」
「ありがとう。ヒナ、センゴクさんに医薬品の補充は目途が付いたって連絡を」
「ええ、わかったわ」
「ジェネッタ、後の予定は?」
「はい。この後午後二時より権力の間にて、五老星の皆様との会談が。その後食事を挟んで現場の視察を」
よしよし、今日は楽だな。
五老星との会談は、例の謝罪声明に関しての打ち合わせ。
いつまで時間がかかるか分からないから念のためにスケジュールは空けておいたが、それでも暗くなるまでには作業員たちの様子の確認は出来るだろう。
「あと二週間から一月ほどで、俺のやるべき事は全部終わらせられそうだが……」
「いや、クロおめぇ……仕事めちゃくちゃ増えてねぇか?」
スパさん、お口にチャック。
「そりゃ、多少は仕方ありませんよ。西の海でもそうでしたが、復興作業なんて細かく調整を繰り返していくものなんですから」
「医療物資の補給要請もか?」
「仕方ありません」
「各海の石工ギルドへの要請と、その報酬の調整もか?」
「仕方ありません」
「今回援助を売り込んできた加盟国の王族一同への感謝の言葉の草案をまとめるのも?」
「……仕方ありません」
「これからの補給物資の調達やら売買やらに関しての、各国の商会やら商工議会やらとの折衝を行ったのもか?」
「…………」
「最近じゃいくつかの部署の補佐連中、全員上司じゃなくお前に指示を聞きに来てるのも――」
「仕方ないって言ってんでしょ!!?」
しょうがないじゃん、多少こっちの手駒増やしたとはいえ、ここにはダズもロビンもテゾーロもベッジもいないんだから!!
ここにダズ達いたら仕事は減らせるしベッジがいれば裏ルートを通じた物資の調達任せられるけどいないんだから仕方ないじゃん!!
ピンシャー卿は仕事する人だけど、中にはこの緊急事態に下に適当な指示だけ投げて後は天竜人のご機嫌伺いばっかやってる無能共がそもそも多すぎる!!
いくつかの小さい部署なんて実質俺が指揮してんだぞ、どうなってんだ!?
「実際、スケジュール的には全く狂っていません」
どうにか全部片づけて回ってるからな。
スパさんの人脈フルで使わせてもらってるおかげだって自覚はあるけど、その分スパさんに相当手柄を上げさせてるからいいでしょ!?
「幸い、これだけの人員を自由に使えるのならば第二次輸送計画の段取りももう少し早く出来るし、なにより現場の職人も含めて、人員の負担をかなり減らせそうです」
…………。
ヒナ、スパさん。
なにそのアイコンタクト。
しかもなんか互いに互いを交互に肘で突き合って。
「クロ総督」
「ん? どうした、ジェネッタ」
「いえ。お二人が言いづらそうですので、私が言わせていただきます」
「そういう所です」
「どういう所?」
次回隔週……のつもりなんですがあるいはすごい遅れるかもしれません。
楽しみにしてくれている方々には大変申し訳ないのですが、少しの間だけ、自分に一次創作の時間を頂きたい