とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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093:西海大戦、勃発

 海の上に、見慣れた船が十隻並んでいる。

 本来ならば友軍であるハズのソレが、今はたまらなく恐ろしく、なによりたまらなく鬱陶しく思えた。

 

「クロ……」

「新世界は想定外だけど……まぁ、あり得た事だ」

 

 間違いなく世界に貢献したにも関わらず、その世界に敵と認識された男は、顔色一つ変えずに自分達の船を取り囲もうとしている船団をボケ~っと眺めている。

 

「しっかし……どこなんだここは……」

「クロ、その手に持っているのは……エターナルポース?」

「ああ、海兵に紛れていた連中を樽に詰めて海に叩き落す前に所持品一通り奪ったんだが……まったく、こういう場所もあるんだな」

 

 海賊が手にしている、一見大きな砂時計にも見える大きなコンパスは、本来ならば記録された島に向かってまっすぐ指針を指し示しているハズなのだが、それが大きく振ったわけでもないのに妙にブレ続けている。

 

「多分、ここは島だったんだ。島があったんだけど……無くなってしまっている」

「……ひょっとしてここ、パルミエリ島だった所かしら」

「知ってる島か?」

「数年前だけど、海軍の精鋭部隊が『白ひげ』と戦って……無くなってしまったって言われている島よ」

「……なるほど。ある程度場所は分かっていて、かつ来るものは少ない。公に出来ない暗殺や工作には適した海域ということか」

 

 

―― 海賊『黒猫』に告げる! 人質にした海兵達を解放して大人しく投降せよ! 繰り返す!

 

 

「……っ! 恥知らず!」

「落ち着け、ヒナ。そういう筋書きじゃないとますます海軍が動けないんだ」

 

 完全に無実の罪を着せられようとしているにも関わらず、この海賊はそれすら想定の内だったのか平然としている。

 そして先ほど解放し、今は後ろで整列している海兵達の方をクロは振り返り、

 

「貴官らは、私と共に来てくれるのか?」

「ハッ。我らが受けた命令は、貴殿を西の海のモプチまで護送せよというゼファー特別大将直々の命令であります。そのために障害が発生した場合は、それがなんであろうと排除がために、可能な限り貴殿に助力せよ、とも」

「……ゼファーさん。……あぁ、分かった。ならば、先に言った通り用意を。状況によっては役に立つ」

「ハッ」

 

 この船に同乗していて、サイファーポールの奇襲によって動きを封じられていた海兵は全員、この海賊の指揮下に入る事を二つ返事で了承している。

 当然自分もだ。

 

 本部で防衛戦を経験した兵士達は――特に、西の海からこの海賊を見ていた兵士は、下手な上官よりもこの男に信を置いている。

 

「クロ殿、やはり弾薬の類は積まれていません。積まれていた箱や樽のほとんどは偽装でした」

「問題ない、ワイアード大佐。元より砲を用いた反撃をするつもりはない。全ての兵を操船に。速度こそ出さないが、その分細かい操船を頼む可能性が高い。用意を」

「了解しました」

 

 先日の聖地防衛戦ではアーフェン准将と共に、最後の混戦となった大規模迎撃戦で戦果を挙げた女性大佐は、ゼファー大将肝入りの兵士という事もあって特に顕著だ。

 年下の海賊相手に綺麗な敬礼で応対し、決して下に見ていない。

 

 いや、恐らくゼファーと――海軍本部特別大将と同等に見ているのだ。

 

 多くの海兵を育ててきたゼファーという海兵が、敬意を持って接する海賊。

 黒猫という海賊を、それでも多くの海兵が信頼してしまうのは、その看板があるからというのも少なからずあるだろう。

 

「レーク曹長は引き続き仕込み(・・・)の指揮を。空いた箱や樽がちょうど増えた所だ。正確に急がせろ」

「ハッ」

 

 だから、この敵味方が入り混じった奇怪な状況下でも、信じてしまう。信じてみたくなってしまう。

 

「逃げきれるの?」

「可能だ。敵――すまん、海軍側が誰を編成したかによるけど、元は島だったという特殊な環境が役に立つ。問題は敵の最大戦力がどのレベルか――」

 

 クロが言葉を続けようとした時に、先ほどから降伏勧告を続けているスピーカーにノイズが入る。

 

 

―― あ~~。聞こえているだろぉう? クロ君。

 

 

 ただがなり立てるだけだった男と変わった声は、海兵ならば決して間違えてはいけない声だった。

 

「……?」

「うそ……そんな……」

 

 海軍の象徴ともいえる最高戦力。

 海軍本部大将。

 

 

―― わっしとしても、君とは戦いたくないからねぇ……。大人しく投降してくれないかぁい?

 

 

「大将黄猿!? ……っ、クロ!」

 

 とっさに海賊の服を引っ張る。

 

 だが、この危機的な状況に海賊は、少々不可解な顔こそしているが特に焦ったような表情を見せず、

 

 

 

「……勝った」

 

 

 

 と、小さく呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 勝った。

 

 少なくとも黒猫『海賊団』は。

 

(問題は肝心の俺が死ぬかもしれねぇってことだなハッハッハッ! 一応向こうが生き残れば問題ないように準備は整えてきたとはいえそろそろ本気でシバクぞ神様ボケオラァ!!!!!)

 

 いやまぁ、ボルサリーノがわざわざ出て来たって事は俺を殺すよりも捕まえたい――というより確保したいって事なんだろう。

 

 とりあえず最悪の事態は免れた。

 

(戦力を集中されなくてホンッットによかった! おそらくダズ達にはサカズキさん……下手したらゼファーさんに有力な中将クラスも差し向けられたかもしれんが……聖地やマリンフォードが空に出来ない以上戦術的に一番面倒なクザンは確実に留守番だ! ならばなんとかなる!)

 

 一番恐れたのはどっちかに大将やそれに準ずる特記戦力を集中されることだった。

 

 特に、守る物がある以上戦場が限定される西の海に戦力集中されて、俺が気が付いた時にはダズ達が捕らえられて人質にされる……なんてパターンが考えられる最悪の事態だった。

 

(だからこそ……センゴクさんが大将クラスの戦力を別けたのが解せない。どういう意図だ? 俺を捕まえるにせよ大局からすれば些事。あまり時間を掛けたくないだろうに……)

 

 俺達と全力で戦いたくないってのも分からなくはないが……あの人は情を切り離せる人だ。

 

 そもそも、戦えば兵は死ぬ。

 海兵も海賊も等しく死ぬ。

 

 だからこそ、俺もセンゴクさんも自分の兵士を裏切れない。

 

 そして海軍元帥として政府と和解した以上、少なくとも表向きは政府の意向に従うだろう。

 

 …………。

 

 表向きは。

 

 うん、表向きは。

 

 もし裏になんらかの意図があるとすれば……。

 

(……海軍部隊の編制なんかをしっかり見ないと確信は持てない。だが……)

 

 なんらかの形で頭を押さえられたか、あるいは動くための布石か。

 

(まぁ、とにもかくにもここを切りぬけてからだなぁ……)

 

 あぁ、この空気は――正直懐かしい。

 半年近く――いやもう微妙に半年以上経っているが、あの地区本部海戦以来の本格的な海での戦いだ。

 

「よし、仕掛け(・・・)が出来次第次々に海に放り込んでくれ。偉大なる航路(グランドライン)とはいえ元は島だった海域だ。様子を見る限り予測不能な程荒れているわけではない、進行方向に流れていくハズだ」

「ハッ! 総員、投擲!!」

 

 ワイアード大佐――聖地防衛戦でも、痒い所に手が届くタイプで何かと走り回らせてしまった本部大佐だけど、彼女クラスの指揮官が海兵を統率してくれるならば問題はない。

 

 万が一白兵戦になっても、今のヒナならば下手な相手に負けることはないだろう。

 

(まぁ、乗り込んで来たとしても、相手の海兵にどれだけやる気があるかが未知数ってのがちょっと怖いが)

 

 先にやる気満々なサイファーポール戦力を潰せたのは良かった。

 仮に乗り込んで来た海兵が政府の意向を強く受けた連中でも、正面切ってからならば応対を間違う事はない。

 

「敵が進軍を再開したタイミングで船をこのまま前方に進めてくれ。その後の方向は問わない。とにかく敵包囲を切り抜ける事を最優先に」

「ハッ」

「無理に戦う必要はない。要は海軍艦、並びに兵士の動きを止めればいいだけだ」

 

 

―― お~~い、出来れば返事してほしいんだけどね~ぇ?

 

 

 こっちは明らかに海にナニカ――弾薬や食料と偽装されていた樽やら箱だった物(・・・・)を捨てている。

 

 普通に考えれば逃げるために積み荷を軽くしていると考える所だし、即座に砲撃やらボルサリーノ光線やらが来ていてもおかしくないと思っていたんだけど、その様子もなし。

 

(時間稼ぎは向こうも承知。……今この瞬間で言えばありがたいけど、面倒な事になったかもなチクショウ)

 

「作戦が上手くいけば、一度も敵艦と交戦せずに切り抜けられる。一番にして唯一の問題である大将・黄猿に関しては――」

 

 

 

 

「私が足止めする」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「海軍に動きが出ました」

 

 いち早く全戦力をモプチへと戻し、万が一に備えて艦隊整備を進めていた矢先に、戦力の増強のために物資の集積や近海の測量を指揮していたギルド・テゾーロからの報告が入った。

 

「モグワ近海で続けられていた海賊連合残党に対応するための定期哨戒の数が明らかに激減し、海軍輸送艦に対しての護衛に割り振っています」

「……キャプテンの聖地出航の知らせから連絡が途絶えていたので怪しいとは思っていたが、まさか本当に仕掛けるつもりか? 正式に声明のあったモプチ王族の返還もまだなのだぞ?」

「間違いあるまい。現状の西の海は、主殿がテゾーロと組んだ物資補給や哨戒の計画のおかげで、海賊の被害も少なく暴動の心配もない。そこでこれだけ大規模な用意をするのは理に合わぬ」

 

 嫌な予感こそしていたために、万が一の迎撃用意を進めさせていたダズ・ボーネスは信じられないという顔をしているが、同時に『とうとう来たか……』というため息も吐いている。

 

 クロの代理として海軍と行動を共にしていたハンコックも、似たような表情である。

 

「おそらく、なんらかの声明を出してから――まぁ、降伏勧告のような真似をしてから襲うのだと思うが、どうする。ここで迎え撃つか?」

 

 一方で楽しそうにしているのは、訓練の兵士達に休日を与えた上で、久々に会議に参加しているミホークだ。

 ロビンにベシベシと組んだ足を叩かれながら、椅子に座ったままどこか優雅に紅茶を楽しんでいる。

 

「……かつてのジェルマ戦と同じだ。能力者も多々いるだろう海軍戦力を相手に、島での迎撃戦を展開すれば民間人に多大な被害が出かねない」

 

 副総督としてクロの代わりに意思決定をする立場にあるダズは、海図を一瞥しすぐさま決断する。

 

「敵はモグワの駐留艦隊を主軸に本部戦力も来るだろう。すぐさま海上での迎撃作戦を組み立てる」

 

 ダズが真っ先に目を向けるのは、編成されてから多大な戦果を上げ続けている第一艦隊提督、ボア・ハンコック。

 

「要になるのはハンコック、お前達だ」

「当然じゃな。任せるがよい、副総督殿。姑息な手を打つ者が相手なればこそ、まず出鼻をくじいて機先を制して見せよう」

「頼りにしている。そして、ミホーク。お前は……」

 

 黒猫海賊団のかつての敵であり、総督であるクロを斬ったにも関わらず、黒猫の精鋭に剣を叩き込んでいる男は、珍しく正装をしている。

 ニコ・ロビンの作ったいつもの麦わら帽子ではなく、羽飾りのついた黒い立派な帽子を左手で直し、むくれているロビンの頭を右手で撫でながらニヤリと笑っている。

 

「戦ってくれるか?」

「無論だ。聞くまでもない」

 

 大人しくなったロビンの頭から手を離し、腰に下げた刀を撫でるいつもの仕草に、ダズや親衛隊の面々は内心でホッとしていた。

 客将ではあるが、間違いなくこの海賊団の最大戦力であるからだ。

 

「お前はクロの代理なのだ、ダズ・ボーネス。であるのならば、そのように命じるがいい」

「ホロホロホロホロ! 重荷だと思うんならいつでも代わってやるぞ、ダズ」

 

 ミホークの言葉に、ペローナは軽口を叩くがその言葉に嫌味はなく、他の幹部は小さく頷く。

 新参であるギャルディーノも含めてだ。

 

 ダズはその頼もしい言葉に、分かる人間にしか分からない程度に小さく笑みを浮かべ、

 

「よし、まずは作戦の方針だ。キャプテンの対海軍用の迎撃作戦案を元に細部を詰める」

 

 

 

「キャプテンの口癖でもあるが、海戦において最も重視するのは数、戦力、そして――」

 

 

 

 

「距離だ」

 

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