とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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096:ウエスト・ブルー海戦―②

「センゴク!!!!!!!!」

 

 マリンフォード。

 全ての海兵達を束ねる海軍本部のある島にして、総本山の名前そのものでもある。

 

 現在、動かせる本部最高戦力全てを費やした対黒猫海賊団戦の結末の一報を待っていた元帥センゴクの執務室を、蹴り破るように開けて中に飛び込む男がいた。

 

「黒猫に……っ、あの海賊に対する奇襲作戦が命じられたというのは真か!!?」

 

 海兵の頂点に立つセンゴクに対して、海兵であれば決して許されない行為である。

 だが、彼を止める者はいなかった。

 

「……事実です。キムリック・ピンシャー卿」

「馬鹿な!!! 上は何を考えておる!!」

 

 なぜなら、その少し老けて見える男は海兵ではなく、政府の上級役人の一人であるからだ。

 

「作戦を中止しろ、センゴク! このままでは、あの海賊が正真正銘世界政府の敵となってしまう! そうなっては不味いのだ!!」

「政府の命令を覆すわけには参りません。……この命令に思う所は確かにあります。ですが、先日の交渉により我らは合意を――」

「思うところ!? 合意だと!? そうではない! 貴様は事態の一側面しか分かっておらん!!」

 

 海兵として多くの死地を潜り抜け、叩きあげて来たセンゴクは、物静かな様子を崩さないままでも覇気に満ちている。生半可な覚悟の者が前に立てば、それだけで気圧される圧がにじみ出ているにも関わらず、その役人は物ともしない。

 

 その役人もまた、謀略と暗殺に満ちた政争を潜り抜けて来た男だからだ。

 

「センゴク、お前は海兵としてクロを見てきたのだろうが、私は政府役人としてあの男を見た! その危険性も熟知している! あの男を敵に回してはいかんのだ! ましてや奴の手足にして身内に等しい海賊団を潰すなぞ、自ら利益を捨てて危機を招いているに等しい!!」

「……危険だからこそ、政府は彼らの排除に動いたのでしょう」

「それが悪手だと言っている! あの男は、今こそ枷がかかっている状態なのだ!!!」

 

 キムリック・ピンシャーという男は、実の所海軍本部の中で静かに名を知られるようになってきた男であった。

 表向き存在しない事になっているCP9長官のスパンダインと違い、名を出して問題ない人間の中で、もっとも『黒猫』の信頼が厚い役人というのは、特に海軍本部の将官からすれば興味の対象に他ならなかった。

 

 あの『黒猫』が信頼するほど仕事をこなす役人だという見方もあれば、政府の人間の癖に海賊を頼る役人の風上にも置けない人間だと見る者もいる。

 

 だが共通しているのは、『黒猫』という海賊を理解している一人であるという認識だ。

 

「戦う者としての奴は知らん! それはお前達海兵の方がよほど知っているだろう! だが、それ以外の事を私はよく知っている!」

 

 だからこそ、この男の言葉は徐々に無視できないものとなっていた。

 CP9のスパンダインや大将クザンと同様に、あの男と組むことで成果を挙げた人間であるという事は、政府にとって無視できない海賊の一人である『黒猫』の手口を良く知る者であるのだから。

 

「いいかセンゴク、あの男の本質は海賊でも戦士でもない! 修行していたという商人でもない! 奴の実体(なかみ)は――官僚なのだ!! それも特級の!!」

 

 その男が必死の形相で食って掛かるのを見て、取り巻きの海兵達は嫌な予感がしてならなかった。

 

「手足となる部下や下部組織を用いて情報を集め、課題を把握し、現場の実態と擦り合わせながら上位者の意向を現実に実行可能かつ最大の利を得る形にして実現させる事に関してこそ、奴は桁外れの才を持つ!」

 

 センゴクを始めその場にいる海兵達の脳裏によぎるのは、かの聖地において自分達と政府の折衝と聖地復興を同時にこなしていた少年の真面目な仕事ぶりだ。

 

 歳頃からすれば、海賊であることはともかく本来自分達海兵が導かねばならない少年は、見事なまでに状況を整理し、人員を配置し、事態を解決へと導いた。

 

「だから! 事実上の王となって全ての判断を自分で下さなくてはならない現状こそ、あの男の人格も合わせて程よい枷となっている! 奴が賊どころか、有益な存在である事は他ならぬお前が一番分かっているだろう!!」

「……では、ピンシャー卿。貴方が恐れる事態とは……」

「決まっている! 今回の件でもしも作戦が下手に成功した上でクロ達が生き延びた後に、政府への復讐心を持って他勢力に流れ着くことだ!」

 

 奴隷にされそうになりながらも政府への憎悪は視えず、それどころか世界の秩序がために戦わんとするあの海賊と、復讐という言葉は一瞬結びつかなかった。

 

(いや……こうも手酷い裏切りを行ってしまった以上、そうなっても無理はない。それは……それは覚悟の上ではないか)

 

 センゴクの脳裏に、クロと行動を共にしているだろう兵士達の姿がよぎる。

 クロの人柄上無事な可能性が高いと踏んでいるが、万が一の時には斬り捨てる覚悟で送り出した兵士達の姿を。

 

 一方ピンシャー卿は、何を悠長なと言わんばかりに強く机を叩き、ますます語気を強める。

 

「完膚なきまでに潰せるならともかく、奴が立ち上げ育て上げた組織がそんな脆いわけがあるまい! これで万が一ヤツらが復讐心を持って反政府勢力に……それこそロックスの残党共のような海賊の下にクロやその部下が付いて見ろ! 奴がその才覚を全力で振るい出せば、その勢力は誰にも止められなくなる!! 誰にもだ!!!」

 

 皮肉なことに今も台風の目となっている西の海のとある島、ゴッドバレーで起こった事件にて討ち取った世界最悪の海賊、ロックス。

 そのロックスの下にいた恐るべき海賊達は、そのほとんどが偉大なる航路(グランドライン)後半――新世界にて無視できない勢力を築いている。

 

 

――今、まさに『黒猫』が孤立している海域でだ。

 

 

「あの海賊を真の政府の敵にしてはならん! 奴の弱点はギリギリまで敵にも味方にも犠牲を出さずに終わらせようとする甘さだ! その甘さすら武器に出来る男が頂点で実権を握っているからこそ、ああも『黒猫』は有益な存在なのだ!!」

 

 かつてその海賊にそうしたように、ピンシャー卿はセンゴクという海兵の肩を掴んで食ってかかる。

 だが、海賊相手にそうする時は大抵涙と鼻水でクシャクシャになっていたのが、今は鬼気迫る表情で海軍元帥に向き合っている。

 

「頼むセンゴク! 今から私と共に、五老星に直訴してくれ!!」

「しかし――」

「センゴク! お前が抱えているのは海兵の暮らしだけか!? 海軍兵士だけを守る事がお前の仕事か!? 違うであろう!!」

 

 今が正念場だと、この役人は理解しているからである。

 

「今まさに! 市民にとって最大の脅威が産まれるか否かの瀬戸際なのだ!」

 

 もし、犠牲など気にも留めない暴力の権化のような存在がクロを手に入れ上位者となり、クロがその運営に手を貸すような事態になれば、流れる血は今行われている海賊戦のような比ではなくなると確信しているからだ。

 

「この勢いからして止めることは出来ぬやもしれん。だが、それでも多少は水を掛けられるかもしれん! センゴク! 我らが存在するのは世界政府のための! 延いては市民のためだ! そのために我らは命をかける義務がある!」

 

 海軍元帥と環境部門事務次官の二人で直訴すれば、あるいは事態が好転するかもしれない。

 

「頼むセンゴク、私と共に死んでくれ! ここで手を打たねば――」

 

 そう考えていたピンシャー卿の言葉が、ふいに止まる。

 

「……? ピンシャー卿?」

 

 不審に思ったセンゴクが声をかけるが動きがない。

 つい先日、クロを政府に引き留めようと泣きついた結果、引きつけを起こして倒れたのを思い出して静かにその肩に手を触れる。

 

 それと同時だった。

 軽くピンシャー卿が咳き込むのと同時に、その口から血が滴ったのは。

 

「っ! ピンシャー卿!!」

 

 そして突然その場に崩れ落ちそうになるピンシャー卿を、とっさにセンゴクは支える。

 

「お……のれ……っ……盛られたか…………何がそこまで、あの海賊を…………五老星……っ」

「ピンシャー卿、どうか喋らないで……誰か! 誰か医師を呼んでくれ!!」

 

 周囲では突然の事態に呆気に取られていた兵士達が、医師を呼び、医務室の用意をさせるために慌てて走り出している。

 

 

「センゴク……頼む……作戦を……」

 

 

 今にも消え入りそうな声を聴き、思わずセンゴクは自分の机を見る。

 机の上には書類が積まれている。

 クロが去った後に決まりつつある、海軍と政府との新たな協定――新たな秩序(・・)の草案である。

 

 気が付けば自分のコートを、右手で掴んでいた。

 皺が残る事も忘れて、力強く握りしめ――そして周囲でピンシャー卿を救うために動き回っている海兵達を見る。

 

「…………っ」

 

 強く、強く歯を食いしばる。

 奥歯が割れかねない勢いで歯を食いしばり――

 

「~~~~~~~~~っ!!!!!!!!」

 

 そのまま強く目をつぶり、空を仰ぐ。

 天井で遮られている、見えない空を。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「はあっ!!」

 

 三本爪の猫が刺繍された黒いスーツに刀。

 黒猫海賊団の主力であるのと同時に、その在り方の象徴とも言われる精鋭――親衛隊。

 その一人であり、ミホーク達に代わる次鋒として敵陣に斬り込む赤毛のショートヘアの女性――アメリアは、時間を置いたために多少立て直した敵陣を、それでも全く苦にせずに切り崩していく。

 

 能力者――おそらくゴリラかそれに準ずる猿系の動物系(ゾオン)が、パワーに優れた人獣系に変身して殴りかかる。

 ――が、拳を振るった先にはすでに彼女はいなかった。

 

 それどころか、振るったはずの拳も無くなっていた。腕ごとだ。

 

「……正規兵か政府の補充戦力かはともかく……ここで能力者を何人か削れたのは大きかったわね」

 

 抜き足。

 本来ならば『黒猫海賊団』の総督であるクロの異名でもあったその技は、今では『黒猫海賊団』そのものの象徴となっている。

 

 音もなく、風もなく、気が付いたら能力者の背後にアメリアが立っている。

 同時に、それだけで強力な力を持つ悪魔の実の能力者は、斬り裂かれた背中から血を噴き出して甲板に倒れ込む。

 

 その側にいた海兵達も斬り飛ばされ、瞬く間に血の海に沈む。

 

「アメリア、前に出過ぎだ。それでは君が孤立しかねない」

「総督並みに『抜き足』の上手いミズキやアナタと組んでるんだし、早々孤立はないでしょ? バレリア」

「万が一というものはいつだって起こり得る。ここで我々が倒れれば士気に影響が出るぞ」

「その万が一を起こしそうなやつを削りたかったんだから許してよ……」

 

 黒猫の兵士は、その編成も独特の物がある。

 一般兵士ならば五人一組で一隊が編成され、親衛隊は三人一組が基本とされる。

 

 今回、アメリアと組んでいる二人の女性兵士は、互いの背後を守りながら先行していた一人(アメリア)に追いつき、再び三人での陣を組んで海兵達を牽制する。

 

 数は圧倒的に海兵達が有利である。

 海兵達は新品のサーベルや最新のライフルで装備を固め、中には能力者も編成されている。

 

 にも拘わらず、白兵戦に於いては一方的に叩きのめされていた。

 一見細身の女性三人を相手に、かすり傷一つ付ける事が出来ていなかった。

 

 ライフルを構えた瞬間腕を斬られ、剣で斬りかかっても歯が立たず、能力を用いた意表を突く攻撃をしたものは喉か背中を斬り裂かれ、息絶えている。

 

「……来る」

「っ、散開!」

 

 無言で二人の背後を固め周囲を警戒していた、黒髪の親衛隊のつぶやきを耳にした途端に、指揮役となっているバレリアという長い赤毛の女性兵士が叫ぶ。

 

 その瞬間、音を一切立てずに三人の姿が掻き消える。

 それと同時に、一瞬前まで彼女達が立っていた場所に火柱が立ち上がる。

 通常の海戦ではまず出てこないだろう火柱を回避した三人は、離れた所で油断なく刀を構え、火柱――一見火柱に見える海兵(・・)を見据える。

 

 

「……懐かしい顔じゃのぅ。お前と敵として向き合うとは」

 

 

 大将赤犬。

 もはや戦いは避けられぬ、先日まで肩を並べていた海軍勢力の最高戦力の一人。

 

 そして親衛隊の面々にとっては、かつての上官であった人物である。

 

「……経緯はどうあれ、我らは海賊。こうして刃を向け合う事は覚悟しております」

 

 バレリアが前に出て、一礼する。

 元新兵や新米兵が多い親衛隊の中で、今でいうヒナ伍長と同じような幹部候補生扱いだったバレリアは、中将時代のサカズキと面識があった。

 

 あるいは不意打ちがあるやもと残る二人は警戒したままだが、大将赤犬は特に動きを見せない。

 

 周囲の海兵達は、赤犬と親衛隊の覇気に押されて身動き一つ取れない。

 

「ですが、なぜこうも急な動きを? それも、モプチ王族の方々まで巻き込んで」

「……わしから言える事は何もない。海兵として、海賊のお前らを潰すだけじゃあ」

 

 親衛隊の三人は、その言葉に海軍側でも想定していなかった命令が上から来たことを察した。

 

 バレリアを除く二人は、直接話をするのはこうして敵として出会ってから初めてだ。

 だが、それでも聞いている噂通りの海兵だったのならば、海賊を相手に言葉を詰まらせることなんて決してなかったハズだと。

 

「大人しく死ねい! その方が幸せじゃあ!!」

 

 その右腕が膨れ上がる。

 神速を持つキャプテン・クロや大剣豪のミホーク、魚人空手の師範代のハックに今では冥王レイリーも交ざった、一歩間違えば死にかねない訓練を切り抜けてきた親衛隊とはいえ、直撃すれば即死は免れない一撃。

 

 だが――

 

 

―― 者ども、構えよ!

 

 

 三人の後方から、少女の叫び声が聞こえる。

 その瞬間に親衛隊たちの姿が掻き消え、

 

 

「目標、大将赤犬!!」

 

 

 いつの間にか近づいていた海賊船の上にホースを構えた兵士達が、そしてその指揮を執る少女がいた。

 

 

「放水、開始!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

―― ジュワアアアアアアアアアァァァァァッ!!!!!!!

 

 

(全く、主殿め……海水をそのまま()として扱うなどよく思いつくものじゃ。機材の維持が面倒という事以外は確かに便利ではあるのう)

 

 敵海軍艦の上で、それこそ消火作業中かと見間違うばかりの真っ白な煙が沸き立っている。

 正確には、凄い勢いで蒸発していく海水だ。

 

 蒸発する音と水蒸気の靄に紛れて所々なにかが爆ぜるような音が響く中、後退した親衛隊は警戒しながら、その中心にいる赤犬の元に駆け寄らんとする海兵達を排除している。

 

(ジェルマとの戦いで、武器ではなく食料保存庫のような普通の物を喜んで接収している主殿を変わり者だと思うておったが、それらが全て戦の武器へと変わるとは流石というかなんというか……いや、変わり者であるのは間違いないか)

 

「……水蒸気がちょうどよい目くらましになるか。よい、ついでに他の海兵も濡らしてバレリア達を援護してやれ。濡れて体が冷えるだけでも動きを鈍らせられよう。それと他の艦に攻撃の合図を、赤犬を引きつけている間に他の艦を襲い、敵を更に削る」

 

 ハンコックの言葉を聞いた兵士――ハンコックが直々に弓を教えたウチの一人が、笛のような音が鳴る矢をつがえて後方へと撃ち放つ。

 

 独特の甲高いその音が聞こえたのか、旗艦に追従していた他の海賊船が舵を切り、次の標的へと向かう。

 

 敵海兵は赤犬の初撃で全て片が付くと思っていたのか立ち上がりが遅く、そこにミホーク隊によって一隻分の戦力が容易く潰されたと知り浮足立っている。

 

「提督、本艦のみで大将赤犬を抑えられますか?」

 

 いつも補佐をしてくれる二人の妹やギャルディーノは別命がある。

 そのため今回急遽補佐を担当している親衛隊の言葉に、ハンコックは小さくため息を吐き、

 

「無駄に攻め手を多くして、マグマの能力で一斉に沈められたら元も子もない。我らは勝利を必要としているが、同時に大怪我をすることも状況が許さぬ。だから主殿の用意した中でも奇策中の奇策である放水戦術までも持ち出したのじゃ」

 

 この戦いの肝は、黒猫との交戦に肯定的な勢力――それと、可能ならば後々厄介な主力も削りながら士気をくじき、撤退させることにある。

 

 しかし、発動すればほとんどの兵力を無力化できるメロメロの能力をハンコックが使用を控えているのは、この一戦で海兵達に黒猫『兵士』の精強さを思い知らせる必要があると見ているからであった。

 

(主殿と連絡が取れぬという事は、西の海ではなく他の海――おそらくは偉大なる航路(グランドライン)のどちらかに流されているのじゃろう。この戦を終わらせ次第、迎えに行かねばならぬが……それにはどうしても兵を割かねばならぬ)

 

 西の海――モプチは黒猫の最重要拠点にして、計画通り進めば将来新世界からの経路の要所になる予定の場所だ。

 当然、そう簡単に捨てるわけにはいかず、それを守るには抑止力となる兵力が必要になる。

 無論、ここで一気に多くを削るという事も考えたが、より海軍を本気にさせる可能性を考えた結果、犠牲者を多く増やす戦術は得策ではないという結論になった。

 

「……ふむ、マグマが冷えれば多少は固まると言うのならば、海水は尚更有効。親衛隊で押さえれば後はゼファーなる者のみ。残る海兵とこちらの兵士の白兵戦になると思ったのじゃが……さすがに甘い考えであったか」

 

 それゆえに、海軍本部戦力を兵士を用いた戦術を主軸に撃退できれば、仮に戦力を別けたとしても侮られる事のない武威を得られるとハンコックは考えていた。

 可能な限り集団で動き、兵士達に戦いを経験させているミホークも同じ考えだった。

 

 だが、戦いとは思い通りにはいかないものだ。

 一際大きな爆発が起こり、海水が弾け飛ぶ。

 

 あまりに大きな爆発が起こり、発射していた海水がハンコックが控えている旗艦まで水蒸気として飛んで来る。

 能力者にとっては厳しい海水の霧だ。

 

 そのままこちらにかかりそうになる前に、親衛隊の一組が前に出て鞘から刀を走らせる。

 空ごと水を斬るにしては鋭すぎる音を辺りの空間に響かせ、視界が晴れる。

 

 

―― ……随分と、舐めた真似をしてくれるのぅ。

 

 

 海水の霧を斬り払い、残った冷気のみがかかるがそれもすぐに吹き飛ぶ。

 その後から、全てを燃やし尽くさんばかりの熱気が来る。

 

 

「それだけ其方を警戒しておるのじゃ。許せとは言わぬ。だが、すまぬ」

 

 ハンコックが、提督の証であるコートを脱いで側の者に渡す。

 

「分かるぞ。其方、戦士であろう? 叶うならば、小細工なしで戦ってみたかったものよ」

 

 ハンコックの言葉に、完全に乾燥した――だが焦げた塩まみれになっている赤犬は、不機嫌そうにフンッと鼻を鳴らす。

 

 ハンコックが体に、覇気を纏わせ始める。

 赤犬の体が、再び赤い泡立ちを見せ始める。

 

 片や海軍本部大将、片や黒猫海賊団第一艦隊提督。

 

 どちらかが落ちた時点で、この海戦の勝敗を決すると言っても過言ではない。

 

「……気にすることはありゃあせん。なんせ――」

 

 ハンコックが海軍艦側に飛び移るタイミングを補佐するために、すでに乗り込んでいた親衛隊たちが赤犬を囲んでいつでも抜刀できるように用意している。

 

 その中で赤犬は、口にしている葉巻に能力で火を付け一服し――そして、

 

 近くの海で爆発が起きた。

 ちょうど交戦が始まったばかりの他の海軍艦がいたあたりで。

 

「小細工はこっちも仕掛けちょるからのう」

「……なるほど、やりおる。いや、クザンと並ぶ者ならば当然か」

 

 

―― 怪我人は出たけど、クリスさん達やミホークが対処したおかげで損害は軽微、今魚人さん達が海に落ちた人たちを回収してるよ!

 

 

 一瞬焦ったハンコックだが、観測していたロビンからの能力を用いた耳元からのささやきにより、勝敗を決するほどの損害は出ていないと確信し、どうにか気持ちを落ち着かせる。

 

 

「自らの船を砲弾として、こちらの船を足止めしおったな?」

「あの男がいたならば気付いちょったかもしれんのう、小娘」

「……かもしれぬな」

 

 見聞色の覇気を用いて周囲の気配を探る。

 相当の火薬を積み込んでいたのだろう海軍艦――おそらく二隻は粉々にはじけ飛んでいた。

 だがその破片は大きく、そして鋭く海に浮かんでおり、追撃を掛けるためのこちらの艦隊は思うような航行が難しくなった。

 

 それに負傷者の救助もある。

 

「見事に我らを分断(・・)しおったか」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「目標、『黒猫』旗艦! このまま征くぞ!」

 

 空にし、足止めのために爆破した船の兵を乗せた軍艦の甲板、その先頭に立つ特別大将ゼファーは声を張り上げ、兵を鼓舞する。

 

(海賊『黒猫』の狙いは、海軍戦力の殲滅ではなく、削り倒した上でのあくまで撃退である……っ)

 

 最初の海水を用いた迎撃を見て、ゼファーはそう判断した。

 

(海軍との全面戦争をするにも今しばらく時が欲しい。であれば、兵士達の復讐心をむやみに煽りかねない殲滅戦は避けると読んでいたが……それを可能にするほどの練度と策があるのはさすがに読めなんだ……っ!)

 

 敵兵を殺すのではなく、戦意を殺す。

 口で言うのは容易いが、それを指揮するのも実行するのも難しい事を、黒猫の艦隊はやってのけた。

 

 能力者を当てるのではなく、兵士を用いた通常の兵装で大将赤犬の必殺と言っていい能力砲撃の無力化。

 その後の対応は、元海兵という事が知れ渡っている親衛隊に任せ、船への被害をゼロに抑えた。

 

 特に政府から戦力の補充にと送り込まれた半端な六式使い達は、仕事は特にないと思っていたのか動揺している。

 三本爪の黒猫に蛇が描き足された一隊、第一艦隊の手に依って、特に補充兵が集中していた船の戦力があっさり壊滅させられたのをその目で確認してからは尚更である。

 

(世界政府め……っ、どこまでも余計な事しかせんっ!!)

 

 本来ならば、恐らく『黒猫』の手に落ちているだろうモグワを押さえるためにと用意した西の海の精鋭9隻による別動隊も動きがない。

 

 モグワは『黒猫』の重要拠点であるモプチに近い。用意されていただろう迎撃艦隊との交戦が長引いているのだろう。

 もし勝利していたら、とっくにこちらに向かい『黒猫』を挟撃しているハズだと、ゼファーは顔をしかめる。

 

「敵砲撃は気にするな! 本来の砲火力よりもかなり薄い! それにあの中型艦ではモグワの長距離砲は船体への負担が大きい!」

 

 モグワで生産されていた砲の性能を、ゼファーは熟知していた。

 仮に水平に撃てばその反動が大きく、船体への負担が重くかかる。

 

「そして敵旗艦は碌に動けん! 船体の各所に垂らされている注水ホースに、あれだけ長い時間、あの勢いの水流を発射できた所を見るにかなりの量の海水を船上のタンクに汲み上げ圧縮していると見た! 船体の重さは相当な物! 機動性ではこちらに利がある!!」

 

 

「指揮官『鋼刃』を押さえて、この戦いを終わらせる!」

 

 

 

「かかれ! 海兵諸君!!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

―― 敵艦隊、まっすぐこちらに! 指揮官、大将ゼファーを確認!!

 

 

―― 冷却が間に合わず砲身に負担、弾道が不安定に! 補正が難しいです!! あぁ、ちくしょう!!

 

 

―― 冷却は海水でもいい! 敵は想定より練度が低い、砲が焼け付こうが圧を加え続けろ!!

 

 

 

 

 こちらへ向かってくる船を止めようと大砲による応戦の轟音が響く中、旗艦にて少年海賊は目をつぶっている。

 

「ホロホロホロホロホロ! やっぱりそう簡単に終わらせてくれねぇか!」

 

 日傘を差した少女は、周囲に漂わせているゴーストの量を一気に倍増させて迎撃態勢を整え、ホロホロと笑っている。

 

「迷いなく一直線。こっちの船が重いってのがバレてるぞ、ダズ。砲火力を減らしてる事もな」

「ダズさん、どうする?」

 

 第一艦隊の様子を確認、報告してから不安そうにしている黒髪の少女がダズに問い掛けると、『鋼刃』は静かに目を開く。

 

「トロイとキカの分艦隊に迎撃命令、向かって来る残存艦隊の牽制と攪乱を。ただし、大将ゼファーの乗艦する船は無視してよい」

 

 その言葉に黒髪の少女は力強く頷き、自らの能力を用いて周囲を固める艦に指示を出す。

 護衛が任務だったために放水装置を積んでおらず、その分火力のある船数隻が帆を張り、前進し始める。

 

「アミス」

「ハッ」

「ロビンとペローナの護衛以外の親衛隊全員を使う。用意はいいな?」

「出来ております」

「よし」

 

 

 

 

「迎え撃つ。出るぞ」




き、切り所が見つからなくて長くなってしまった……

忘れてた、アメリアさんも元ネタはこちらですわ。外見だけですが

https://suikoden.fandom.com/ja/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%A2

…マジで元はどんなキャラだったか

村山吉隆氏のご冥福をお祈り申し上げます

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