「すまない、もう一度言ってもらっていいか? いや、そっちを疑っているんじゃない、あまりにもあんまりな事なんで聞き間違えたと思っている」
北の海、スパイダーマイルズ。
静かに勢力を拡大しているドンキホーテ海賊団のアジトの中で、一味の長であるドンキホーテ・ドフラミンゴは、珍しく虚を突かれた顔をしている。
その後ろで話を聞いている一味の顧問役のブエナ・フェスタもだ。
『ああ、いいぜ。俺も自分の目で見ている物を何度も疑っている所だ』
電伝虫の向こう側にいるのは、金獅子のシキ。
ブエナ・フェスタのツテで協力関係を築けた大海賊。
『――海軍が黒猫を攻撃していやがる』
だが、電伝虫からは大海賊らしからぬ困惑に満ちた声がしている。
側で聞いているブエナ・フェスタも、珍しく間抜けな顔をして口をポカンと開けている。
『今こっちの一番遠くが見える望遠鏡でギリギリ視認できる位置で確認しているが、クロと黄猿が戦ってやがる。あぁ、……無論、相当な高所からだ。バレるとは思わねぇし、バレた所で追いつけるだろう黄猿が結構ボロボロだからどうこうなる状況とも思えねぇが……』
「べっへへへへへへへ! 裏切られちゃったねぇ裏切られちゃったねぇ『黒猫』! どーするドフィ? どーするドフィ!?」
古参の幹部であるトレーボルの笑い声も気にせず、ドンキホーテ・ドフラミンゴは唖然とした表情から、徐々に眉にしわを寄せ始める。
「フェスタ、思い当たる節はあるか?」
「いや。むしろ俺がアンタに聞こうと思ってたぜ、ミスタ」
モジャっとしたアフロを掻きむしり、飲んでいた酒のグラスをテーブルに置いてブエナ・フェスタは地図を睨む。
北の海の物ではない。
これから一騒動が起こるハズだった西の海の物だ。
「こっちが仕入れた情報だと、政府はクロの要請で奴隷から解放したモプチの王族共を利用して『黒猫』の勢力圏を世界政府加盟国に認定、外堀を固めて『黒猫』の勢力を政府側に引きずり込んでいく計画だったハズだ」
「断れば政府の敵のレッテルに民衆まで巻き込む、受け入れれば鎖が付く。そういう筋書きだった……。ああ、話を聞いた時にはなるほどと思った。海賊が罪を免除されて一国の王なんざ前例がないが、悪くない筋書きだと感心したもんだ」
乱雑に並べられた料理を適当に口に運び、数回咀嚼してから飲み込み、ドフラミンゴはモプチを始めとする、分かっている範囲の黒猫の勢力圏を赤い丸で囲った地図を同じように睨む。
「にも関わらず排除に動いただと? しかも、聖地で防衛戦に参加した直後で? 普通ならあり得ねぇ。理由があるとすりゃ……ミスタ、アンタの
「ありえなくもない。心当たりもあるにはある……ある……が……それならもっと早くに排除に動いたハズ……だな……」
ドンキホーテ・ドフラミンゴ。
ドンキホーテ海賊団の頭にして、その血筋はまごうごと無き
「見張りを付けておいた連中はどうだ?」
「予想通り各地に散らばっている。このままいけば計画通りになると思うが……どうする?」
一際体付きがゴツく、それでいてそれに見合わない甲高い声を放つ男の問いかけに、ドフラミンゴとフェスタは顔を見合わせる。
そして、手にしていた電伝虫の受話器を再度握りしめ、
「金獅子、計画に変更はない。厄介事に巻き込まれないウチに一度身を隠したほうがいい」
『……若造、荒れると思うか?』
「想定よりも、という意味ならイエスだ」
『ジハハハハ! ソイツはいい! 最高の幕開けになるな!!』
金獅子の笑いに、ようやくドフラミンゴも小さく笑う。
「さて、黒猫は上手く政府と一定の関係を作りたかったようだがそれに失敗。しかも差し向けられたのは本部大将戦力。本気で黒猫が邪魔になったんだろうが……」
「戦力を分散させたのは政府の手落ちだ。切り抜けるだけの隙は十分ある。フッフッフ……」
「なぁ、また超えてみせるんだろう?」
「お前なら――」
「……お前なら……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「よし、もうすぐ敵艦だ! 移乗攻撃用意!!」
黒猫という海賊が他の海賊とどれだけモノが違うかを、ゼファーは思い知らされていた。
突撃を開始した途端に、素早く動き出した二個分艦隊による砲撃、進路阻害による牽制を受けて、付いてきていた本部軍艦三隻はずいぶんと遅れてしまっている。
確かに三艦とも政府の余計な人員が乗っていたが、指揮を執るのはゼファーが直々に鍛え上げた精鋭。
にも拘わらず妨害を受けて進路を曲げてしまった所に、敵分艦隊指揮官の腕の良さと、それを支える兵力の質と士気の高さをゼファーは見た。
(……っ、キカとトロイか。そうか。……そうだな、性格は正反対だが、どちらも優秀な生徒だった。地区での働きを見てから、問題なければ本部への配属を進言するつもりだったが……それが……それが……っ)
追従していた艦に任せて横をすり抜けた際に、敵海賊船の様子を窺うのは海兵として当然だった。
一隻でも沈めて勝利を確実なものとするために、攻撃をするのも。
覇気を纏わせた拳による
覇気を纏った指向性を持つ衝撃波と言えるそれを、同じく覇気を纏わせた斬撃によって相殺した敵精鋭。
海軍内部でもどれだけの兵士が出来るか分からない芸当を、三人一組とはいえやってのけた事は驚愕に値するのと同時に、誇らしいような悲しいような……そして虚しいような感情がゼファーの胸中にじわりじわりと広がるのだった。
本来ならば、海軍において多大な戦力になるはずの者達だった。
いや、自分があれだけの兵士に鍛えられただろうか。
なぜ、海賊とはいえ肩を並べて戦えただろう未来がこんなにも遠くなってしまったのか、と。
「敵精鋭の動きを牽制する! 砲撃用――」
もっとも警戒すべき敵である親衛隊の動きをある程度抑えるための砲撃を命令しようとした瞬間、轟音が甲板に響く。
逃げ回る海賊を追いかけながら砲撃を浴びせるために前方に付けられている大砲三門が、斬り飛ばされていた。
同時に、左右双方に設けられた大砲も全てだ。
「…………そちらから来るか」
「想定外の戦いのおかげで、こちらの懐事情が厳しくなりそうなのでな。船を必要以上に壊されては困る」
気が付けば、少年が立っていた。
気が付けば、その周囲を懐かしい顔が固めていた。
真面目ではあったが向上心があるとは言えなかった者、純粋に不真面目だった者、やる気はあるが感性の差異から教えるのに苦労した者もいれば、戦うことに向いていないと判断した者も。
それが皆、戦士となってこの海軍艦の上に立っている。
―― 敵として。
「投降してくれ、『鋼刃』。我らは君達を政府に引き渡すつもりはない。なんとか、海軍内部で保護したいと思っている」
「それが本当に可能ならば、そもこのような事態に陥っていないのではないか?」
本来ならばまだ幼さが見えていいハズの年頃の海賊から、手痛い言葉が出る。
なんとか言葉を重ねようと口を開くが――
「なんにせよ、我らが投降するなどあり得ん」
「頭が不在の間に、勝手に諦める手足などあるはずもない」
一人一人が本部の将校に――下手すれば中将の上澄みレベルに到達しつつある精鋭達が武器に手をやる。
「親衛隊総員、抜刀」
「総員、戦闘用意!!」
「征くぞ」
「かかれぃっ!!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「死ねい、海賊!!」
全てを燃やし尽くすマグマが膨れ上がり、海賊の少女目掛けて爆ぜる。
飲み込まれたが最後、一瞬で燃やし尽くされるだろうその一撃は、何もなくなった空を焼くだけで終わる。
「遅い! 親衛隊どころか妾の兵でも避けられるわ!」
一方、海賊少女――ボア・ハンコックは空を駆けていた。
仮に飛んできたマグマの一撃を回避しても、周囲への被害を最小限に抑えられるという判断だ。
ハンコックは指先を唇に触れさせ、口付けを投げるような仕草を行う。
すると口元から、まるで風船のような、だが明らかに能力の物である薄紅色の光を帯びた
「! 能力か!」
「スレイブ・アロー!!」
巨大なハートの形を取ったソレを弓として、そして矢として発射する。
赤犬は反射的に自身の能力を用いてそれを撃ち落とそうとマグマ化し、肥大した腕を盾にする。
「!?」
そして被弾した腕は、瞬く間に石化する。
「うむ、やはりこちらの方が戦いやすい」
元々黒猫に入ったばかりの頃は弓兵として戦っていたハンコックは、作り出した弓を構えたまま赤犬の前に立ちふさがる。
「とはいえ――やはり、簡単には終わってくれぬか」
片腕を石化した。
これが通常の相手ならば勝利の確約とまではいかずとも、戦闘での大きなアドバンテージとなるだろう。
だが相手は大将赤犬。
「当然じゃあ。海賊ごときに、海軍大将が易々と膝を突くわけにゃいかんからのぅ」
すなわち、マグマグの実を食べたマグマ人間。
その身体を構成するモノは、高温で溶けて液状化した
(能力の関係で言えば、妾とは少々相性が悪い……か)
石化した部分が徐々に赤く輝き、そして少し前と同じように鈍い音と共に泡を立て始める。
「我らも同じよ。囚われた海兵を解放し、警告した上に尻ぬぐいに手を貸したにも関わらず休戦協定を――民を守るための協定を反故にするような
「デカイ口を叩くな、海賊がぁぁっ!!」
マグマが沸き立つ。
怒りの、だが誰に向けた怒りかもはや分からぬ一撃がハンコックを呑み込まんと膨れ上がり、赤い濁流となって海賊に襲い掛かり――
―― ドンッッ!!!!!
「…………っ!?」
受け止められた。
能力を用いた訳ではない。弓もいつのまにか消えており、マグマの奔流も石化した様子はない。
「フ、ふふ……」
その奔流を受け止めているのは、ボア・ハンコック本人。
彼女の蹴りによって、マグマの奔流が止められていた。
いかに覇気を纏おうとも、マグマと化した身体に触れる事は出来ても熱を消せるわけではない。
「ふふふふふふ」
ならばとっくに、その足は取り返しがつかないレベルの火傷か、最悪燃え尽きていてもおかしくないのに平然としている。
その口から零れる笑いは徐々に大きくなる。
「ようやく、ようやく追いついたぞ! 主殿!!」
「馬鹿な、貴様……っ」
マグマの奔流は、少女の細い足で受け止められている。
「ふふはははははははははっっ!!!!!」
触れれば全てを焼き尽くすマグマの一撃は、覇気を纏った足に触れることなく、そこで堰き止められていた。
「見たか! 見たかミホークめ! 仮にも主殿に最初の艦隊提督に任じられたのじゃ、いつまでも客将の貴様にデカい顔はさせぬ!! 主殿の右腕はダズ、
―― ほう、言うではないかハンコック。
赤犬は自分の一撃を完全に防いで見せた海賊を今度こそ焼き尽くそうと、左腕を再度マグマに変えている時に水音を耳にした。
先ほどの放水程の勢いはなく、だがよりするどい指向性を持つ水流。
そこには、大きな木の板をサーフボードのように使い、どこからか放たれた海水流に乗る剣士がいた。
サカズキにとっては最も忌々しい一人。多くの海兵が犠牲となった
「貴様かぁぁぁぁっ!!!」
『海兵狩り』と呼ばれる男――ジュラキュール・ミホークがそこにいた。
海水や板ごと燃やし尽くそうと再び放たれる赤犬のマグマの奔流を、ミホークは慌てずに濡れた木の板を蹴り飛ばし盾にし、その勢いで方向を転換してハンコックの横に降り立ち、刀を抜く。
「海兵狩りに
「……海賊姫とな?」
「クロが政府の敵にされた以上、その配下である俺達も危険視されるのは当然だ。……どうやら、お前も異名が付いたらしい。この一戦が終わる頃には手配書が出るぞ」
「ほう? 政府が妾をいくらと見積もったか楽しみよ」
「そがいな事を気にする必要はない。貴様らはここで燃え死ぬんじゃからのう!!」
木の板と同時に海水も蒸発し、薄い霧が狭い範囲に立ち込める。
それを消し飛ばすかのように再び放たれるマグマの一撃。
片手のソレではない、これまでの攻撃の倍の質量を持った攻撃。
「ええい、またしても……っ! 能力者というのは始末に負えぬ!!」
「お前も能力者ではないか」
襲い掛かるマグマを前に、今度はミホークが前に出る。
不敵に笑う『海兵狩り』が刀を振るうと、膨大な量のマグマの流れが真っ二つに分断され、更に細切れにされて甲板に落ちて焦げ付かせる。
「……ぬっ」
足場が消えぬか気にしていたミホークは、一瞬目の前の存在に気付くのが遅れる。
真っ二つにしたマグマの向こう側から、さらなる奔流が雪崩れ込んでいた。
体のほとんどをマグマ化して距離を詰め、握りしめた拳を構えている赤犬が。
「くたばれぃ!!」
必殺の拳。
能力を用いて直接殴るという、ただそれだけの必殺の一撃。
刀を振るうには近すぎるその距離での一撃に、ミホークは刀を握りしめる手を緩め、
「ハンコック。お前がクロに追いついたように……」
離した左手を突き出し、その一撃を受け止めて見せた。
「俺も追いついたぞ。奴に……っ」
「貴様――――っ!!!!!!!」
拳ではなく、指一本。
人差し指一本だけに凝縮させた覇気が――クロがかつてミホークの刀を弾き、砕きかけた
まるで毬やボールのように吹き飛ばされ、甲板に叩きつけられる赤犬の姿を、同乗している海兵達が信じられない物を見る目で唖然としている。
「で、次の練兵では……なんと?」
「ぐ、ぐぎぎぎぎぎぎ……っ!」
「……っ、えぇい九蛇の戦士に二言はない! 必ず貴様に敗北の辛酸を嘗めさせてくれるわ!!!」
「ハッハハハハハハ!!」
後の三大将は現状、覚醒までには至っていないため原作時よりもやや低めの強さと設定しております。
そして皆! コミックス最新の108巻は3月4日(月)に発売決定だ!
三月から私は遠慮しなくて良くなるんだな!!!?