とある黒猫になった男の後悔日誌   作:rikka

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098:新世界脱出戦―②

 西の海にて、本部の精鋭を交えた海軍艦隊との決戦が決まった。

 檻の中で囚われている男も、その話は聞いていた。

 

 海軍本部のやっかいさを、男は知っている。

 だが同時に、黒猫という一味が懸賞金に見合わぬ強さを持つ上で戦略・戦術の研究や訓練を怠っていない、もう一つの軍組織(・・・)だという事もよく知っている。

 

 ここでもっとも会話をした『海兵狩り』のミホークだけでも、下手すれば本部艦隊とも単体でやり合える戦力なのだ。

 それに加えて、ミホークが直々に鍛えた剣士――正確には覇気使い達の部隊がいて、能力者も揃っている。

 

 どう転んでもおかしくない戦いだ。

 

 むしろ、海域や海流の測定を細かく行い、現地海軍以上に地の利を得ている『黒猫』の方が数段有利ですらあると、その海賊は読んでいた。

 

「……戦いがどう転ぼうと、間違いなく海軍本部はこの戦いで打撃を受ける。更に荒れる事が確定している状況で、政府が自分の兵力に不安を覚えたとなれば――」

 

 もし海軍がここに乗り込んできた時、自分をどう扱うか。

 それに関して考えを巡らせていた時、唐突に『チャリン、チャリン』と軽い金属音が響く。

 

 見張りはいない。親衛隊はもちろん兵士も全員出撃するか、島に残っている者は城下町や城の守備に回っている。

 それともやはり一人は戻ってきたのかと待ち構えていると、目に入ったのは白くて細い腕だった。

 地面や壁から何本もの同じ腕が生えてきて、音の主――牢の鍵束を次々にバトンのようにパスしては消えていき、そしてとうとう目の前にまでたどり着く。

 

 ふと視線を感じ海賊がそちらを向くと、近くの椅子――『海兵狩り』がここで本や手紙を書く時に使っている椅子の背もたれの所に目が()えていた。

 

『待ってて、すぐに鍵を開けるから』

「ニコ・ロビン……」

 

 椅子の背もたれの横に口も生える。

 そして手元に辿り着いた手が鍵束の内の一本を摘まみ、ガチャガチャと一生懸命鍵穴に差そうとしている。

 視点が遠く、鍵穴の近くに目を生やせるほどの場所がないために上手くいかないのだろう。

 ガチャつかせながら、少女の声が続く。

 

『出航用意が整って、私達本隊もすぐに出る。勝つ用意はいっぱいしてきたけど、何があるか分からないからあなたは逃げて。捕まったままだと何もできないでしょ?』

 

 ようやく差せた鍵がガチャンと回され、扉が開く。

 

「……まさか、お前の独断か?」

『ダズさんにも確認は取ったよ。そっちの守りに兵力を割く余裕はないけど、別動隊が上陸する可能性がゼロとは言えない。ミホークが強いっていう程の貴方がそう簡単にやられちゃうとは思わないけど、下手に戦場になりかねないから逃がした方がいいって。その鍵束、他の鍵が貴方の枷の鍵だから後は自分でなんとか外して。南の海岸に水と食料とコンパスと……色々載せた小舟を用意してるから!』

 

 恐らく、本当に忙しい最中なのだろう。言いたいことだけを一方的にまくしたてた途端に、生えていたニコ・ロビンの一部は全て消え去り、鍵束だけがそこに残される。

 

 扉は開いており、遮るものは何もない。

 ある程度の余裕を持たせて作られている海楼石の枷だ。嵌められたままでも歩くことは出来るし手も動かせる。

 

 鍵を拾い上げ、自分の手首と足首、そして首についていた海楼石製のソレを外す。

 

 予想に反してそれなりに自由な日々を送っていたとはいえ虜囚は虜囚。

 やはり筋力の衰えこそ感じて手を握ったり開いたりして確認するが、その掌で小さな砂嵐(・・)を生み出し、無表情のまま小さく頷く。

 

 クロコダイル。

 スナスナの実を食べた()人間。

 

 その能力は自身を砂と化して自在に操り、そして全てに渇きを与える力。

 

 ここで砂嵐を拡大させれば、この小さな牢獄など一瞬で潰せるだろう。

 クロコダイルは、しばらく自分の手の中で発生させた小さな砂嵐を見つめた後、小さく鼻を鳴らしてそれをかき消し――

 

 

 

―― 自身もまた、砂嵐となってその場から掻き消えた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 海賊『黒猫』の討伐、あるいは捕縛。

 クロという海賊の強さを知る者は皆、その指令に顔をしかめた。

 顔をしかめた上に頭を抱える者もいた。

 

 あの時聖地に詰めていた兵士達は皆、クロの指揮の下で戦っているのだ。

 

 

――『東側を担当している部隊は一度後退し銃撃戦に移行してください。近づくと恐らく大怪我します』

 

 

 黒猫の見張り兼連絡役を兼ねていたヒナという少女海兵を介して、海賊が海兵に指示を飛ばし、

 

 

―― ふざけるな、海賊風情が! ここを守るのは我ら海兵の仕事だ! 余計な口を挟むな!

 

 

 それに反発した海兵はそのまま戦いを続け、結果火薬が仕込まれていたゾンビ兵の爆発に巻き込まれ――死亡した。

 部隊の指揮者が死に、乱戦となる。

 

 パンゲア城目掛けて一直線に進むゾンビの軍団とそれと戦う海兵がいて、同時に混乱し逃げまどう海兵もいた。

 

 海賊が用意した火計によってようやく持ち直した状況が、再びどうしようもなくなろうとしている。

 そんな時に、海賊は――

 

 

――『まだ崩れたわけじゃない。……ヒナ、そちらにいる佐官以上の海兵の名前を上の階級から挙げていってくれ。配備されている海兵達の個々の特性は、朧気とはいえある程度把握している』

 

 

 その海賊の声には、焦り一つ無かった。

 声を張り上げ、鼓舞していた将校たちですらあの電伝虫越しの声に圧されていた。

 

 

――『うん、うん……よし。大丈夫です、状況はまだそれほど悪化していない。すぐに立て直せます』

 

 

――『スタッフォード中将、申し訳ありませんが、佐官二名の指揮する部隊と共に東部の戦線維持へ向かっていただきたい。今あそこにいる部隊は、半年前に貴官が定例合同訓練で指揮していた兵が多い。貴官ならば多少立て直しが早まるハズです』

 

 

――『シェット准将はご自身の部隊を率いてパンゲア城正面の弁へ向かって戦線を維持していただきたい。混乱が酷いために銃撃を加え続けるだけで相手は動きが取れなくなります』

 

 

――『リタニー少将は医薬品を兵に持たせてスタッフォード中将の部隊を追い、戦線が安定してから負傷兵の救出、回収を。焦らずに。ここで戦線が乱れれば却って負傷兵が増えます』

 

 

 次々に飛ばされる海賊の指示。

 

 海賊がするなと言った事を強行した海兵はあっさり敗れ、運が良ければなんとか命だけはあったという有様だった。

 海賊がしろと言った事を実行すれば、驚くほどあっさり敵が片付いた。ほぼ無傷でだ。

 

 気が付けば、全ての海兵が――本来指揮を執るべき将校すら、黒猫という海賊に呑まれていた。

 

 あの海賊の指揮ならば勝てる。

 あの海賊の指揮ならば生き残れる。

 

 その暗黙の意識が全ての海兵に広がり、そしてそれは正しかった。

 

 彼を信じた者は生き残って勝利を手にし、信じなかった者や反発した者は敗退するか命を落とした。

 

(だから……だから俺は嫌だったんだ……俺だけじゃねぇ、あの時聖地で生き残った兵隊たちは皆……っ!)

 

 目の前で、大将黄猿が光の剣を振るっている。

 それに蹴り技だけで対抗しているのは海賊クロ。

 

 まさにあの燃え盛る聖地で、自分達兵士の被害を最小に抑えて勝たせて見せた、海軍の中でも見たことがない『軍略』の天才。

 

「本当に……っ! なんで君が海賊なのかねぇ……っ!」

「あの世界最底辺のクズ共に直接言えよ!! なんもかんも全部アイツらのせいじゃねぇか!!」

「全く以てその通りだから困るよね……」

「否定しろよ俺を罵れよここにアンタの部下がいるだろうが士気を下げるな! 兵士達は命懸けて一生懸命頑張ってるのに可哀そうだろ!? アンタみたいに便利な能力もないのに身体張ってんだぞ!!」

「君、どの立場で喋ってるんだい?」

「知るかぁ! もうこっちにそんな余裕はねぇんだよ!! 俺も俺で何喋ってるかよく分かってないんだよ!!」

「…………本当に、ごめんねぇ」

「やめぃっちゅーに!!!!」

 

 やりとりこそふざけているが、すでに一般兵士が入っていける戦いではなかった。

 ピカピカの実の大将には当たらないという判断で先ほどライフルにより一斉射撃が行われたが、放たれた銃弾は黒猫の蹴りにより弾道は逸らされ、不味い位置にいた兵士は当たるハズの無い弾丸によって手足を撃ち抜かれ、甲板に倒れてもがいている。

 

 大将黄猿が距離を取ったのを好機と見てサーベルで斬りかかった中将は、次の瞬間顎を蹴り砕かれて倒れた。

 

 結果誰も手が出せないまま、この甲板上で『黒猫』と『黄猿』の一騎打ちが始まっている。

 

 

(なんでだよ、ちくしょう……)

 

 

 

 

 

(なんでこんな戦いが起こっちまってるんだよ……っ!!)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(ぬわああああああああ読みづらい! 速い! 面倒くさい!)

 

 キンカンギンゴンと鈍い音を響かせながら、黄猿印のライトセーバーを蹴りで受け止めながら――いや正確にはもうそれで一杯一杯になりながら必死に時間を稼いでいる。

 

(馬鹿! 俺の馬鹿! 足場の数が超制限されている上での空中戦だから取れていた有利をなんで自分から手放すかなぁ!!?)

 

 本当にたまたまだった。

 空中ならばピカピカの能力による攻撃は直線的な物になりやすい。

 多分、黄猿の能力的にこれまではそれで全部叩きのめして来たのだろう。

 

 だがそのおかげで、空中戦ではシキに比べて脇の甘さが目立った。

 攻撃の先読みがやりやすかったし、光の速さでの蹴り技にカウンターを当てて、逆に光の速さをそのまま利用したダメージを与えてやった。

 

「むしろボルサリーノさんアンタこっちに来ませんか!? アンタの能力――実じゃなくてアンタ個人の力量を活かせるいいポジション空いてるんですが!?」

「いやぁ、嬉しいお誘いだけどわっしも社畜でねぇ……」

「気持ちは死ぬほど分かるけど義務感に縛られ過ぎると自分を見失いますよ! そうなってからじゃ遅いんです! 勝手に訳わからん責任山のように押し付けられて首くくる事になりますよ!!?」

「耳が痛いなぁ。ちょっとおじさん、泣きそうになっちゃったよ」

 

 問題はその後だ。

 仕切り直すために後方の軍艦――すなわちこの船に後退した黄猿だが、明らかに息を切らしていた。

 カウンターがおそらく相当良い所に入ったのだろう。

 

 それを見た瞬間、俺の思考が一色に塗りつぶされた。

 

 そう――

 

 

―― 隙だらけじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!

 

 

 ボディがガラ空きだった。

 それはもうガラ空きだった。

 蹴ってくださいと言わんばかりだった。

 

 そりゃ全力で最接近するさ。全力で渾身の蹴りをぶち込むさ。

 でもさぁ!

 

(馬鹿! アホ! 俺の間抜け! なんで腹を蹴ったんだよせめて顎ぶち抜いて終わらせろよ!!!)

 

 剣の腕だけならばおそらくクリスと同等か一枚上だ。

 相当強いが、剣筋から癖を抜かす方法が身についていないために予測がしやすい。

 

(問題は時折飛んで来る能力使った蹴りや光線といった牽制だ。剣そのものよりもこっちの方がヤバイ!)

 

 未来がブレたと感じた時に対処しないと間に合わないとかバグレベルの難易度設定されてるクソ音ゲーを命がけでやっているようなものだ。

 

 足場のある場所で真正面から戦うのは不利だと思ってたけどここまでヤバいか!

 

 過去の俺エラい。お前の推測は全部当たってたよ。

 悪いのは反射的に生半可な攻撃して窮地に飛び込んだ俺の馬鹿さ加減ですハイ。

 

(……そうか、これが俺の弱点か)

 

 ミホークとレイリーのWオールレンジ攻撃とかいう頭の悪い死の斬撃網――最近では特に隙を作ってくれなくなったアレを切り抜けるには、素早く最小の動きで斬撃網の薄い所をこじ開ける一撃を入れて回避に入らなければならなかった。

 そのための足技、そのための猫の手、そのための抜き足。

 なにせ振るっているのはどちらも真剣で、しかも覇気で強化されているのだ。

 確実に間合いを読み切らないと首が飛んだ後に細切れになってしまう。バカ。

 

「君は働きすぎたんだよ。だから政府のお歴々が怖がっちゃった」

「その言葉、海軍にも当てはまってしまう事に気付いていますか!?」

「…………」

「仮に海軍が戦い続け、海賊を滅ぼし海を完全に政府のモノとした時に、政府が海軍をどう扱うか予想が付きますか!!?」

「…………厳しい事言うねぇ」

 

 ごめん黄猿、戦いながらだと考え纏まらないから時間稼ぐためにもちょっと毒刺させてもらうね――ぶねぇっ!?

 油断したらすぐにピカピカキックが飛んで来るんだからんもう!!!!

 

「今回の奇襲、そしてこれまでの復興作業における政府の動き! そのどこに為政者としての(ことわり)がある! 治める者としての義はどこへ行った!!」

「……肩書は立派でも、わっしはただの公務員だよぉ? 政治の事はさっぱりさぁ」

「それでも現状は知っているハズだ! 天上金が払えなくなり非加盟国扱いされ、海軍の庇護下から外された途端に海賊に食い荒らされた国が出た事を、大将であるアンタが知らないハズがない!!」

 

 

 …………。

 

 ん、いや……いや?

 

 考えてみるとコレ、滅茶苦茶おかしいな?

 聖地を第一とするにしても、加盟国はいわば自国の領地じゃないか。加盟国王は代官で……。

 

(ある程度締め付けて押さえるのは分かるが、なぜ削り潰す事に躊躇いがない。国力を低下させて自領を減らすことにメリットなんかないだろうに)

 

 見せしめ? いやいや、全体的に厳しい時にこんな見せしめとか……やはり意味がない。

 誰だってない袖は振れないんだ。

 

 いくら目先の事にしか目が行かないのが天竜人とはいえ、五老星もそうだがある程度先を見据えて動く人間は確かにいる。

 なのに――

 

(いやいや違う違う、今考えるのはそっちじゃない)

 

 チラリと確認したがヒナ達は大丈夫だ、もう追手はない。全員座礁した。

 迂回しようと考える奴らはいなかったのか、あるいは下手に迂回出来ない所まで引きずり込んでしまったのかは分からないが、向こうの船はとりあえず大丈夫。

 

(あとは目の前の本部大将をどうにかするだけ!)

 

 最低でも相打ちにならなければならない。

 

 西の海は必ず勝てる。外に打って出るのに必要不可欠な陸軍の編成が準備すら間に合わなかったのが唯一の難点だが、勝てるだけの用意を積み重ねてきている。

 

 そうすればダズ達は本部大将率いる艦隊を打ち破った海賊となり、箔が付く。

 俺が捕らえられて処刑されたとしても、補佐が多くいる今なら問題ない。

 

 一気に規模を拡大し、『緑の狐』とかの遺してきた計画を実行に移すだけの勢力になる事も可能なハズ。

 

 だけど、ここで俺が負けて捕らわれるとその箔に陰りが出来かねん。

 なんとしても大将相手に打ち破――る必要はないが、確かに戦えたという事実が要る。

 

「君は――」

「はい?」

「君なら、変えられるかい?」

「……無理です。自分個人ではどうしようもない」

「だよねぇ」

「変えるには天竜人の意識の変革が必須であり、その切っ掛けになりうるとしたら、彼らの『消費』という文化(・・)になんらかの形で干渉して作り出していくしかない」

 

 だから売買や取引を通じて少しずつ探っていけたらって話が全てオジャンになったわけだ。

 こうなったらもう、刃を交えるしかなくなってしまった。

 

 ギリギリまでなんとか――せめてパイプだけでも維持するつもりはあるが……っ!

 なんでホントにやっちゃったのさ!!

 

「海軍――センゴク元帥と自分が目指している物は同じだと信じています。ですが今は戦うしかない」

 

 

「たとえ、相手が貴方でも」

 

 

 攻防の際に反射的に動くのは間違っていない。

 

 それがなければ単独で黄猿には対抗できない。牽制して動きを止める事には成功しているが、兵士達も油断していい存在ではない。

 

(その反射的な行動に思考が乗っていないのが問題なんだ……っ) 

 

 黄猿相手の攻防では、自分はいわば『定石』しか打てていない。

 桂馬が打たれたからと銀を前に出すようなものだ。銀の他の役割を考慮せずに。

 

「……惜しいねぇ」

「…………」

「本当に惜しい」

 

 思考が一つだからすぐに反射に塗りつぶされる。

 それが問題だと言うのならば――

 

 

 

(そうか……)

 

 

 

 

 

(思考を分割して運用した上で統合すればいいのか)

 

 

 


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