砂の娘 山の娘   作:西風 そら

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山紫陽花・Ⅱ

 

   

 

 

 

 朝……刺すような光…………

 下の集落で駱駝の声がする。

 そうだ、今日は菜の行商人が来る日。

 蜜柑があるといいな、モエギは蜜柑を見ると笑うんだ。

 …………モエギ? モエギは何処へ行ったんだろう?

 …………ああ、モエギはもういないんだった…………

 

 

 光が柔らかくなる。

 そうだ、ここは砂漠じゃなくて、フウヤと来た、三峰の山。

 

 ベッドに身を起こすカーリの身は鉛のようだった。

 フウヤはもう身支度をしている。

 

「カーリが寝坊なんて珍しいな」

「ご、ごめん」

 砂漠の夢なんて、ここへ来てから見なかったのに。

 

「いいよ、カーリのお弁当も作っといたから。糸紡ぎ、頑張ってね」

「う、うん……」

 養蚕小屋でシータに会うのが心重かった。

 

「おはよう!」

 

 心重いとか思う暇なしに、黒髪の娘が戸口に現れた。

 

「わああ! ちょっとは新婚を気遣え!」

 

 フウヤの抗議はお構いなしに、シータはずかずかとカーリの前に進んで、山菜カゴを突き出した。

 

「カーリ、今日も私と山に行きましょう! 昨日は中途半端だったから、今日は残りの山菜を教えるわ!」

 

「はぅあ?」

 カーリはタジタジになりながら、助けを求めるようにフウヤを見た。

 のんびり屋のフウヤも、目を見開いて壁に張り付いている。

 

「いいわよね、フウヤ」

「う、うん……」

 元々自分が頼んだ事だから、フウヤには阻止する理由が無い。

 

「行くわよ!」

 

 寝起きの働かない頭のまま、カーリはシータに引っ立てられて山に向かった。

 

 

 ***

 

 

「カーリ!」

「は、はいぃ」

「これは昨日教えたわよね」

 

 二人は前日と同じ山陵にいた。

 

「えーと、えーと」

「これは食べられる、こっちの根元の色が違うのは食べられないって」

「……うん」

「覚えた? エライわね、イイコイイコ」

「??」

 

 カーリは引きつって硬直した。

 シータは『イイコイイコ』なんて言って頭を撫でて来る人物では無かった筈。

 しかも口調が棒読みで怖い。

 

「よし、次は、あっちの峰へ行くわよ!」

「ええっ?」

「大丈夫、頑張ればこんなのすぐに覚えられるわよ」

「……」

 

 カーリは記憶力が悪い訳ではない。

 ただ早さとプレッシャーに弱いのだ。

 更に、妙にハイテンションなシータの圧が、彼女のパニックに拍車をかけていた。

 怖い、帰りたい……

 

「シ、シータ」

「なあに?」

「昨日の事怒ってる? だとしたら本当にごめ……」

「違うったら! そういうのやめてって言ったでしょ!」

 いきなり語気を荒げられて、カーリはぺしゃんと黙るしかなかった。

 

 お昼を食べる余裕もなく夕刻になり、シータが先に立って、今まで行った事のない谷に降りた。

 

「フウヤがまだ谷には行っちゃダメだって……」

「いつまでもそういう訳には行かないでしょう」

「うん、だけど……」

 

「貴女、三峰の女になりたいのでしょう? それともいずれ砂漠に帰るから、おざなりでいいと思っているの?」

「えっ?」

 

 カーリは顔を上げた。

 シータはハッとした表情で口を結んでいる。

 

「?? シータ、分からない、何を言っているの?」

 

 黒髪の娘は向かい合ったまま、何度も唾を呑み込んでいる。

 

「シータ、わらわは自分で決めてフウヤに着いて来たんだ。砂漠に帰りたいなんて思う筈ないよ」

 

「ううん、そうじゃなくて」

「??」

「フウヤがもし、砂漠に住むって言ったら……貴女、その方が嬉しい?」

「!?」

 

 カーリは目を見開いて口をポカンと開けた。

 シータが何でそんな事を言うのか分からないが、二人の間に何だかとてつもない『ズレ』があるのは分かった。

 

「シータ、それは考えられない。フウヤは三峰を愛しているもの」

「だから貴方は『仕方なく』三峰に来たの?」

「……」

 それは……そうだけれど……

 自分は一生懸命ここに馴染もうとしている。

 それではいけないのか?

 

 

 ――ヒュ―――イィ

 

 狩りの指笛だ。二人は顔を上げた。

 

「……ヤンだわ」

「うん、狩りが早く終わったって知らせだな」

 

 カーリは救われた気持ちになった。

 少なくともこの場からは逃れられる。

 

「行かなくてはね」

 シータも話の続きは諦めて、谷の道を登りかけた。

 ・・!? が、数歩歩いた所で足をもつれさせてうずくまってしまった。

 

「どうしたの?」

 駆け寄ったカーリは、はっと息を呑んだ。

 黒髪のこめかみに脂汗がにじんで頬が土気色なのだ。

「シータ!?」

 

 覗き込んだ顔はいつもの完璧さからは程遠く、瞼を固く閉じて荒い息をしている。

 いつの間にこんなに具合を悪くしたんだろう。

 

(そういえば今日は怖くて、シータの顔をまともに見ていなかった……)

 カーリは一瞬、三峰に来た日の事を思い出した。

 

「地霊になんか憑かれていないわよ」

 先回りして、シータが弱く呟いた。

「ちょっと目眩がするだけ。少し休めば治まるわ」

 

「シータ、もしかして、昨日もこうなったのか?」

「……」

「病気だよ! 医者に診せなきゃ」

 

 言いながら言葉が止まった。三峰の優秀な医師は目の前にいる。

 その戸惑った顔を見て、黒髪の下の表情がちょっと緩んだ。

 

「心配しなくていいの、ただの貧血だから。寝不足の時はよく起こすのよ。少し休めば直ぐに楽になるわ。皆には言わないでね」

「寝不足……」

 

 そうだ、シータは、養蚕の仕事から帰っても、家でずっと機織りをしている。

 他所の部族との交流に彼女の見事な模様織が必要なんだ、ってフウヤに聞いた。

 

(そんな大切な仕事があるのに、自分の為に時間を裂いたから、徹夜で織物をする羽目になってたんだ)

 

「シータ、ごめ……」

 言い掛けて、カーリは口を結んだ。

 謝ったって、シータに何の助けにもならない。

 シータは謝って欲しいんじゃない……

 

「さあ、もう大丈夫よ。狩りの男達を待たせちゃいけない」

 

 立ち上がったシータだが、少し歩いてまた屈み込んだ。

 瞼が青黒くなり、全然大丈夫じゃなさそうだ。

 

「横に、取り敢えず横になって」

 カーリは自分の上着を地面に敷いて、シータを支えて横たえた。

 ハンカチを水筒の水で湿らせて額に当てるが、玉汗が後から後から浮き出てくる。

 それなのに手足は冷たくて、ガタガタと震えている。

 こんなに具合が悪いのに、どうしても集落へ帰って仕事をせねばならないのだろうか?

 

 昨日からキュウキュウ張り詰め過ぎたカーリの頭のゼンマイが、この時とうとう弾け飛んだ。

 

「儀式ならわらわがやる!」

 

 言ってしまってから頬が熱くなったけれど、言葉は呑み込まなかった。

 

「祝詞(のりと)は暗唱している。砂漠の神様も山の神様も、親戚みたいなものでしょ!」

 

 カーリの心の中に、嫌われるかもしれないとか、気分を害するかもしれないとかいうのは、吹っ飛んでいた。

 ただシータをここで休ませてあげたかった。

 

「そう……」

 意外や、シータは怒りも驚きしなかった。

「じゃあ、お願いするわ」

 

 拍子抜けする程あっさり託され、カーリはシータの気が変わらぬ内にと、急いで立ち上がった。

 三歩ほど走りかけたが、すぐ振り向いて、やにわに着ている物を上も下も脱いで黒髪の娘に全てかぶせ、自分は下着姿で谷を駆け上がった。

 

 

 

 





挿し絵:ヤンとフウヤ少年時代
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