砂の娘 山の娘   作:西風 そら

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ラストです


山紫陽花・Ⅴ

 

 

 

「ねえ、カーリは、心配しなくてもここで幸せになれるわよ。彼女、本当に頑張り屋さんだもの。私も村の皆も応援しているし」

 

「分かってるよ!」

 男の子は大声で叫んだ。

「そんな事分かってる! あんたに言われなくても、俺の方がカーリの事、ずっとずっとよく知っているんだ!」

 喋る程に感情が高ぶって、声が上ずってきた。

 

 次の瞬間、子供の後ろの藪から一人の男性が飛び出して、彼の頭からマントを被せた。

 

「うあっぶぶ!」

「大人しくしろ! この家出小僧!」

 

 マントごと子供を押さえ着ける飴色の肌の男性に、シータは見覚えがあった。

 

「シ、シドさん!?」

「やあ、シータだよね。大きくなったな、見違えたよ。族長はお元気?」

 ヤンやフウヤの友人で、昔何度か訪ねて来た事のある西風のシドは、ジタバタするマントを押さえながら、なつっこく笑った。

 

「はなせ~~」

「大人しくしたら離してやる」

 

 唖然とするシータの前で、男の子は散々もがいた挙句、マントの端から顔を出した。

 

「まったく、総領屋敷は大騒ぎだ。カーリに会いに来たいんだったら、一言相談してくれればいいのに」

「そんな事出来るか! 自分の事は自分の力で出来る!」

「素直じゃないな、アディ」

「アディって呼ぶな! 俺をアディって呼んでいいのはカーリだけだ!」

 

 憎まれ口をききながらも、子供がホッとしているの分かった。

 そう、シドがマントを被せてくれなかったら、情けないベソかき顔を女性に見られてしまっていたのだから。

 

「あの」

 シータがそっと口を挟んだ。

「その子を叱らないでやって下さい。大人達が何気なく話すカーリの心配を、この子はそのまま受け取って、居ても立ってもいられなくなって飛び出してしまったんです、きっと」

 

 男の子は動きを止めて、シータを睨み上げた。

「知ったつもりになるな! ふん!」

 

 真っ白な白目の中に揺れる真っ黒な瞳を、シータはそっと見つめる。

 

 そうして心配を募らせて、遠い道のりをやっと会いに来たのに、カーリは自分の知らない者の名を、楽しそうに呼んでいた。

 悔しくて切なくて、それでつい、八つ当たりの嘘を吐いてしまったのだ。

 シータにはよく分かった。

 何故って、自分がさっき迄そういう気持ちだったから。

 

「シドさんもアディも、集落へおいで下さいな。カーリ、きっと喜びますわ」

 

「だからアディって呼ぶな!」

 男の子はキッと言い返したが、一拍置いて、首を振って俯(うつむ)いた。

「……会わない」

 

「どうして?」

 

 今度はシドが口を挟んだ。

「そうだな、カーリが一生懸命自分の道を歩いているのに、お前が家出して来たなんて聞いたら、後ろから引っ張られるみたいな物だからな」

 

「うるさいな!」

 

「それが分かっているんなら、偉いぞ、って事さ。会うんなら、とっとと一人前になって、総領殿や父上に認められてから会いに来るんだ。その方がカーリ、どれだけ喜ぶか」

 

「言われなくとも!」

 

 

 尾根の方に、藪をかき分ける音と、ヤンの呼び声がした。

 シドは子供の腕を掴んで、谷の下へ向かう。

「じゃ、シータ、僕らの事は皆に内緒で」

 

「え、本当に行ってしまうの? ヤンにくらい会って行けばいいのに」

「ああ、それはいいんだ」

「いいの?」

「今は折角、この子が男らしく我慢しているんだ。ここでサッと去らなきゃ、なし崩しになっちゃうだろ」

 

「それもそうね……あ、じゃあ」

 シータは慌てて、手の中にあったハンカチを男の子に押し付けた。

 

「何だよ?」

 

「この刺繍の花は山紫陽花(やまあじさい)っていうの。三峰の女の子が最初に習う刺繍」

「??」

「カーリが生まれて初めて、自分の紡いだ糸で刺した刺繍よ」

「!!」

「砂漠のカーリの家族に届けてちょうだい」

 

 黙ってハンカチを受け取る子供の手をぐいと握って、シータは刻むように言った。

「私達・仲間・だね!」

「は?」

「カーリを、大・大・大好きな、仲間よ!」

 

 男の子は目を丸くしたが、照れ臭そうに真っ白な歯を見せて笑ってくれた。

 

 ヤンの声が更に近付き、砂漠の民の二人は気配を殺して藪の奥に消える。

 

 そうして、シータは、ヤンに背負われて集落に帰ったのだった。

 

 

 

   ***

 

   

 

 夕風が春霞を流し、若草に色付く峰々を見せる。

 

「シータ、シータ?」

 

 気が付くと、また、レモン色の瞳が覗き込んでいる。

 

「ぼぉっとしてる、大丈夫か?」

「大丈夫よ。私だってぼぉっとするの」

「うん」

「さあ、帰りましょう」

 

 シータは立ち上がって先に立ったが、すぐ振り向いて、手を差し出した。

 

「あは!」

 カーリはパッと顔を輝かせて、その手を握る。

 

 そうして二人は、山紫陽花(やまあじさい)の蕾膨らむ三峰の尾根を、並んでゆっくり歩き出した。

 

 この花は、触れる土によって色を変えるが、どんな場所でだって根をしっかり張って、強く美しい花を咲かせる。

 

 居場所って、頑張って作る物じゃない。

 誰かを好きになったり、好きになって貰ったりして、自然と出来て行く物なのだ。

 

 

 

 

 

 

 ~余話~

 

 

「で、アデルは帰っちゃったの?」

 

 峰の岩上で、ヤンはフウヤに話し掛けた。

 彼の優れた眼は、二つ向こうの尾根を仲良く歩く、二人の女性を映している。

 

「うん、シドと一緒にね」

 

 白毛のフウヤは、彼の一段下で、反対側の斜面で草を食む自分達の馬を見下ろしながら答えた。

 

「会いたかったな、ルウの弟。シドの話だと、ルウに輪をかけたきかん坊らしいけれど。せっかく来たんだから、素直にカーリに会って行けばよかったのに」

 

「意地っ張りが服着て歩いてるみたいなモンだからな、あそこの家系は」

 

 

 一昨日、カーリとシータを捜しに出たフウヤは、藪の手前でシドに行き会った。アデルが家出したから連れ戻しに来たと言う。

 こっそりヤンも交えて話をし、アデルを少しの間好きなようにさせてやってくれと頼んだのは、フウヤだ。

 

「ちょっとだけ気持ちが分かるんだ」

 

 ヤンは目を細めて、白い子供が初めて三峰に来た日を思い出した。

 世話を焼いてくれようとする『お姉ちゃんの結婚相手』から逃げて来た、反骨心一杯な子供。

 あの頃の自分は、この子が何であんなに『早く一人前になる事』にこだわったのか、分からなかった。

 

「モエギに頼まれたんだ。アデルのいい兄貴になってやってくれって」

「ほぉ」

「弟が出来るなんて思ってもみなかった。大切にしなきゃ」

「うん、そうだな」

 

 そういえば白い子供に出逢ったお陰で、自分の人生だって大きく彩られた。

 ヤンは更に目を細める。

 

「もうじき妻帯者なんだよな、あのフウヤがねぇ」

 

「ヒトの事言えるのかよ、自分はどうなんだ?」

「えっ」

「今ならかの女性の心も、大分ヒト恋しくなって、プロポーズしても素直に受けてくれるんじゃないの?」

「お、おいおい! 何で話がそっち方向に行く?」

「その点はアデルに感謝しろよ、さ、帰ろ」

「ちょっと待て、こら」

 

 白い青年はとっとと自分の馬を呼んで駆け出し、追い掛けるヤンの呼び声が、微かに夏色を帯びる三峰の空に谺(こだま)した。

 

 

 

 

 

       ~山紫陽花・了~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




挿し絵:尾根道
【挿絵表示】

挿し絵:山紫陽花
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