砂の娘 山の娘   作:西風 そら

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リピッツァの朝・Ⅱ

  

 

 

 

 朝霧の砂漠で馬を並べて揺られながら、カーリはそんな風に自分の心を整理整頓していた。

 フウヤは黙って馬を進めている。

 

「あ?」

 

 前方にまた影が現れた。

 今度はヒトも馬もハッキリしている。

 

「まったく、お前らは!」

 黒衣の馬に濃い飴色の肌の、漆黒のハトゥン。

「誰が反対する訳でなし、何で黙って行く?」

 

 ハトゥンは苦い顔をして、義妹(いもうと)が残して行った羊皮紙の手紙をプラプラと振った。

 

「だって、習わしがあるんだもの。砂の民の娘に求婚するには、父親に殴られに行かなきゃならないんでしょ? 義父(とう)サマ、ぜったいフウヤを目も当てられないべっこべこにする」

 カーリは罰悪そうに、上目で義兄を見た。

 

「正確には決闘だ。ホンットお前はモノを知らないな。まぁその飄録玉(ひょーろくだま)が、親父殿とマトモにやり合えるとは思えないから、結果的には同じだが」

 

 ハトゥンは真っ黒な瞳でギョロリと飄録玉を睨んだ。

 当の飄録玉は、どこ吹く風な表情で、二人のやり取りを聞いている。

 

「義兄(あに)サマ、わらわはフウヤと行きたい。行ってもいいでしょ?」

「俺がお前のやりたい事を妨げた時があったか? ただ、こいつに文句がある。俺様の可愛い可愛いイモウトを黙って拐って行こうとしたんだ。それなりの覚悟があるんだろうな? このフーテン野郎」

 

「義兄サマ、フーテンじゃない、フウヤだ」

「お前は黙ってろ」

 

「僕と決闘するっていうの?」

 フウヤは冷静に言った。

 

「話が早いじゃないか。親父殿が黙殺していても、義兄として俺が素通りさせん」

「見るからに実力に差があるってのに、鼠をいたぶる猫のつもり?」

「うるさいな、じゃあお前は得物を持て。剣でも粘土ベラでも」

 

 ハトゥンは先に下馬してせっかちに構えた。

 

 フウヤはゆっくり馬から降り、そして泣く子も黙る漆黒のハトゥンに対して、驚きの台詞を発した。

 

「後悔するよ・・!」

 

 言うが早いか、懐に隠し持っていた拳大の丸い袋を、ハトゥンに向かって投げ付けた。              

 

「!!??」

 

 咄嗟に手で払おうとしたハトゥンの目前でそれは破裂し、湿った砂が飛び散った。

 ただの砂じゃあない。強烈な臭い。

「ぐあぁぁ!!」

 

「ずらかれ!」

 

 フウヤは栃栗毛に飛び乗り、リピッツァの尻を叩いてカーリと共に駆け出した。

 

「あ、待ちやがれ! うう、ぐぐぐ」

 

 追い掛けたいハトゥンは、強烈な目の痛みにうずくまるしかなかった。

 手探りで馬にたどり着いて、鞍の水筒で目を洗い、やっと生き返った時には、霧の中に影ひとつなかった。

 

「あんのやろぉおお~~!」

 

 

 

「フウヤ、フウヤ、あれは何? 義兄サマのあんな悲鳴、初めて聞いた」

 

 相当な距離まで逃げて、フウヤは駆けるのをやめた。

 

「ああ、あれ、砂漠イタチのおしっこを混ぜた砂。それを羊の腸にパンパンに詰めといた」

「イタチの・おしっ・・・」

「目に来るぜぇ、あと、臭いも一週間は取れない。ま、道具を使っていいって言ったのは向こうだ」

 

 フウヤは罪のない顔で愉しそうに笑った。

 

 

 ***

 

 

 目を真っ赤にした息子の前で、総領殿も腹を抱えて大笑いしていた。

 

「親父殿、笑いゴトじゃない。あのフーテン野郎、絶対許さん」

「いやいやいや、お前にベソをかかせた男なんぞ初めてじゃないか? 我が娘の相手としては申し分ない」

「隙を突かれたんだ」

「隙を見せたお前が悪い」

「……」

 

 総領は大きな身体を揺すって、窓から霧の砂原を見た。

 ――成る程な・・

 

 

 白い青年はフーテン野郎でもない。

 夕べ遅くにちゃんと挨拶に来た。

 

「カーリは野蛮な習わしだって言っていたけれど、僕はそうでもないと思う。モエギを見ていたら、親がどれだけの物を子供に分かち与えるか分かったから。だから、その子供を委ねる儀式みたいな物なんでしょ?」

 

 そう言って上衣をはだけて、生っ白い腹をさらした。

「内緒にしておきたいから、顔はやめてくれる?」

 

「喰えんガキだわい」                                          

 総領はそう言って指をポキポキ鳴らし、細いみぞおちに軽く(砂の民基準)拳をぶち込んだ。

 白い青年は羽根枕みたいに宙に浮き、床に落ちて暫く地獄の悶絶をしていた。

 

「吐くなよ、床が汚れる」

「うう……ふぁい……」

「三峰という土地は寒いのだろう?」

「うう……今頃は、まだ、雪が残って……うぐぅ……」

「あの娘に風邪をひかせたら、もう一度今のをお見舞いするぞ」

「し、承知……」

 

 ハトゥンにも内緒にと言って、青年は腹を押さえながら立ち去った。

 照れ臭いからというのは嘘だろう。

 本当はこれを狙っていたのだな。

 

 まあ、連れ合いを失って死んだように沈んでいた我が息子が、大声を出して地団太(じだんだ)を踏むのも久し振りで、この屋敷に活気が戻ったような気がしないでもない。

 

「まったく喰えんガキだわい」

 霧の流れる地平を見やった総領の頬には、また笑みが込み上げていた。

 

 

 

 

 

「・・幾ら何でも酷過ぎやしないか?」

 

 フウヤと馬を並べて歩きながら、カーリは多少の抗議を述べた。

 

「ふん、ハトゥンにはそれだけの目に遭う理由がある」

「何、それ? 義兄サマ、フウヤに何かしたのか?」

「カーリの許嫁(いいなずけ)だったろ」

「あれは……」

「カーリが生まれてからの十何年か、カーリの人生はあいつのモノだった。それだけで僕にとっては大罪人なの」

「そんな一方的な。義兄サマは何も知らなかったのに」

 

 彼女は心底呆れた顔でフウヤを見た。

 

「これ即ち、ヤキモチという」

「はあ?」

「これで気が済んだ。ああ、さっぱりしたぁ!」

 白い青年は、また白い歯を見せて笑った。

 

 霧は流れて去り、空に真っ白な筋雲が、これから向かう地平に向けて伸びていた。

 あれも神サマの描いた色なのかもしれない。

 

 

 

   ~リピッツァの朝・了~

 

 

 

 

 

 




挿し絵:リピッツァの朝
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