砂の娘 山の娘   作:西風 そら

5 / 14
残り雪・Ⅲ

 

 

   

 

「そこ、危ないわよ」

 

 フウヤの自宅の裏手、谷を見下ろす崖の端で、カーリは小さく飛び上がった。

 黒髪のシータが風呂敷包みを抱えて、数歩後ろの柵の向こう側にいる。

 カーリは崖ギリギリに立ち、遥か眼下の川の流れを覗き込んでいた。

 

「なかなかの景色でしょ。でも柵を越えちゃ駄目。そこ、地面の下がえぐれているのよ」

 

 ソバージュ娘は足元を見て身震いし、慌てて柵の所まで戻って来た。

 

「フウヤはベッドを運ぶ荷車を取りに行っているわ。行き違っちゃったわね。あら、それ?」

 

 指差されて、カーリは自分の手の中の紫のしじら布の包みを、今初めて気付いたように凝視した。

 

「フウヤの『お姉ちゃん人形』ね。魔法が掛かっているのよ、びっくりしたでしょう?」

 

「……ぇ……?」

 

「最後に目を合わせたヒトを宿して、鏡に映してそのヒトの心を喋るんですって。遠くに暮らしているお姉ちゃんの姿をいつでも見られる、フウヤの宝物。ま、多少のシスコンは大目にみてあげなさいな」

 

「・・・・」

 

 なるべく軽い感じで話しかけているのに、この飴色の肌の娘はダンマリのままだ。

 シータはそういうのは苦手だった。

 

「ね、貴女、その人形に変な勘繰りをして、そこから投げようとしていたんじゃないの? 駄目よ、そういうの。フウヤに聞いてみれば済む事じゃない。ほら、よこしなさい」

 

 手を伸ばして布包みを引ったくろうとするシータに、カーリは予想外に抵抗をした。

 それで、シータもついムキになった。

 

 

 ***

 

 

「昼間、桑畑の方へ歩いて行くのを見た時、表情が固くて変な感じだったよ。その後シータが、日用品を届けてあげるって貴方の家へ向かったから、最後に会ったのはシータじゃない?」

 

 もう暗くなるというのに、集落の何処にもいない飴色の娘を探すフウヤに、竈場(かまば)のおかみさん達が告げた。

 

 

「ね、君、カーリと何かあったの? 来たばかりなのにいなくなっちゃうなんて、おかしいだろ」

 

 焦った様子のフウヤが、族長宅玄関でシータを問いただす。

 

「彼女、まだ帰らないの?」

 黒髪の娘は困った顔で口ごもる。

「会うことは会ったけれど、ちょっと立ち話しただけだわ」

 

「何を話したの。シータ、君の『ちょっと』は、たまに『ちょっと』じゃないんだよ」

 

「何よ、私の言い方がキツイって言いたいの!?」

 

 シータが声を上げた所に、ヤンが駆け込んで来た。

「今、皆で山を捜す算段をしている。僕達も行こう、フウヤ」

 

「待って!」

 シータが決心したように二人を呼び止め、家の奥から紫の布包みを持って来た。

 

「何でそれがここに?」

 

 突き出されたそれに触れて、フウヤは「ええっ」と悲鳴を上げた。

 布の上から、中の人形がバラバラに砕けているのが分かるのだ。

 

「昼間ね、カーリが外に持ち出していたの」

 シータは眉を寄せて、フウヤを見た。

「多分彼女、自分じゃない女性の人形を貴方が大切にしているのを見て、ムカッとしたんだと思う。で、私に見つかって取り合いになって」

「……」

 

「落ちた所が石の上だったのも、その上によろめいた私のカカトが降りたのも、不幸な偶然だったのよ。ワザとじゃないわ」

「……」

「でも、そもそもは、彼女が持ち出したのが原因でしょ。彼女、私に、人形が貴方の大切なお姉ちゃんだったって聞いて、真っ青になっていたわ。それで貴方に合わせる顔を失くして途方に暮れているんだと思う」

「……」

「ね、そのくらい許してあげなさいね。説明しておかなかった貴方も悪いのよ」

「……」

 

 硬直して無言のフウヤの横で、ヤンはヒヤヒヤした。

 シータや他の村人は、フウヤの故郷の戒律が厳しくて、彼が二度とお姉ちゃんに会えない事を知らない。

 

「……行こう、ヤン」

 恨み言は何も言わずに、フウヤは背を向けた。

 ヤンも一度二度彼女を振り返り、彼を追った。

 

 黒髪の娘は、二人が見えなくなってから大きく息を吐いて、ケープを羽織って桑畑の方へ駆けた。

 

 

 

   ***

 

 ――ヒュ―――イィィ

 

 飴色の肌の娘は、遠くの指笛に顔を上げた。

 

 居なくなった自分を呼んでいるのかもしれない。

 しかし、彼女の足はどんどん谷への道を降りる。

 

 左右に湿った地面の迫る、小さな流れの谷底に行き着いた。

 窪んだ日陰に残った雪が、シンシンと冷気を立ち上げている。

 月明かりに浮かぶ晩春の残雪は、埃やゴミが詰まってちっともきれいじゃない。

 

「これは、神サマの創った色とは違うんだろうな」

 

 遠くから見ると山陵に美しく映える純白も、近寄って見れば案外灰色なんだ。

 カーリは憑き物を落としたいように、両腕で肩を抱いて身震いした。

 

 慣れない足が残雪の空洞を踏み抜く。

 倒れ込んだ雪の上の冷気が、身体の芯まで突き通った。

 

「つ・め・た・い」

 

 砂漠で育ったのに、何でこの言葉を覚えたんだっけ……?

 

 擦りむいた手の中のザラメ雪をぼうっと眺める娘の背後から、ドロリと赤黒い影が忍び寄る。

 

 

 ――!?

 不意に目前に、女性の白い手が差し出された。

 顔を上げるとそこにいたのは、月を背にした黒髪のシータ。

 逆光で表情が見えない。

 驚くカーリに、促すように手首を上下させる。

 

 おずおず差し出した手を、白い指が乱暴に掴んだ。

 えっ!? 凄い力。

 そのままぐいと、白い顔の前まで引き寄せられた。

 

 形のいい唇が斜めに歪んで開く。

「み・に・く・い」

 

 背筋が凍る。

 

「私がフウヤとちょっと仲良くした位でイライラしちゃうなんて。おまけにお人形にまでヤキモチ焼いて。醜い、本当に醜いわ。そんな貴方が、どうして真っ白なフウヤの隣に居られると思ったの?」

 

 カーリは身体中の血が足元に落ちるのを感じて、吐きそうになった。

 

「来るべきじゃなかったのよ。砂漠に、修道院に引っ込んでいるべきだった。貴女みたいな醜い子、皆に迷惑しか掛けないもの。醜い、醜い、ほぉら、こんなに!」

 

 自分の右手を掴み上げる白い手が、飴のようにドロドロと溶け出した。

「ひぃっ!」

 ドロドロが腕を伝わって、蟲が這うように登って来る。

 そして喉元まで来て、口から入り込もうとする。

「い、いやぁ」

 

 

 

 強い指がカーリの肩を掴み、激しく揺さぶった。

 

 ――バシバシ!

 いきなり往復の平手打ち。目の前でピシリと指を揃えるのは、憤りの表情の黒髪のシータ。

 

「!??」

 意識を戻したカーリは仰天した。

 シータが二人居る!?

 今、自分の肩を掴んで平手打ちをしたシータ、その後ろで尻餅を着く、口を歪めたシータ。

 

 前のシータが振り向いて、後ろのシータを蹴り飛ばした。

「このトンチキ地霊(グール)! うちの村の新入りにちょっかい出すんじゃないわよ!」

 

 雷のように罵られて、後ろのシータは頭のてっぺんからみるみる溶けて、赤黒いのっぺらぼうになってしまった。

「消えなさい! 臨(りん)! 兵(びょう)!」

 黒髪の娘が二本指で空を切ると、のっぺらぼうはぺしゃんと崩れて、地べたに吸い込まれて行った。

 

「あ、あぅぅ」

 半泣きで怯えるカーリを、シータは斜面の倒木に誘(いざな)って腰掛けさせた。

 

「谷の地霊よ。ヒトの心の弱っている所につけ込むタチの悪い奴。夜の山はあんなのが一杯湧いて出るから、ほっつき歩くモンじゃないわよ。それにしたって随分とディティールの狂った私だったコト!」

 

 カーリは赤くなって俯いた。

 自分の心の弱っている部分がシータの姿をしていたなんて、罰悪い事この上ない。

 

「ま、いいわよ。似た者同士って事だもの、貴方とフウヤ」

「えっ?」

「フウヤも昔、谷の地霊に襲われた事があって。その時も地霊が化けたのは私! 私、そんなに怖のいかしら?」

「いゃ、そんなコト……」

 

 娘が固い表情をようやく緩めてくれたので、シータも息を吐(つ)いて隣に腰掛けた。

 

「貴方の捜し物はこれでしょう?」

 

 ポケットから出されたモノを見て、カーリは喉から悲鳴を上げた。

 昼間、シータに会う一寸前、自分が崖から投げ捨てた、木彫りの人形!

 

 あの時、シータがカーリから引ったくったのは、丸められた布だけだった。シータが中身を問いただす前に、カーリは桑畑の道を逃げて去ってしまったのだ。

 

「あのね、あの崖、下がえぐれているって言ったでしょ。落としたつもりでも、大概の物はそこに引っ掛かっているのよ」

 言いながらシータは、反対側のポケットから小さな鏡を取り出した。

 

「ダ、ダメェ!」

 カーリは弾かれたように飛び付く。

 させるがままに人形を渡して、シータは済まなさそうに言った。

「ごめんなさいね、もう見てしまったの」

 

「!!」

 飴色の肌の娘は、元の色が分からなくなる程、蒼白になった。

 

 

 

 

 

 

 




挿し絵:シータ
【挿絵表示】
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。