砂の娘 山の娘   作:西風 そら

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残り雪・Ⅳ

 

   

 

「貴女が人形と目を合わせてしまったのは仕方がないわ。フウヤが注意しておかなかったのが悪いンだもの。目を見るだけで魔法の効果が自分に移っちゃうなんて、普通知らないわよ」

 

 カーリは人形を懐に抱いて、黙って背中を丸めた。

 まるでそのまま消え入ってしまいたいかのように。

 

「そ、そんなに落ち込む事ないわよ。普通の感情じゃない。私、フウヤにも、誰にも言わな……」

 

「普通なものか!」

 

 いきなり叫んで顔を上げた娘に、それまで流暢に喋っていたシータも黙らされた。

 

「あんな、自分勝手で、醜い……醜い、醜い。あんな醜い心のわらわが、何で真っ白なフウヤの側に居られよう……」

 

 声はだんだんにしぼんで、カーリはまた背中を丸めてうずくまってしまった。

 

(ホントにお姫様ね)

 シータはそっとカーリの背中に手を置いた。

「嫉妬とかした事ないの?。誰でも当たり前に持っている感情なのに。どうしてそんなに怖がるの?」

 

 カーリはまたダンマリになってしまったが、今度は黒髪の娘は、急いて言葉で畳み掛けず、静かに待ってあげた。

 

「……清宮で育った……」

「うん……」

 

「生まれた時から決まった相手がいた。でも、清宮を出た時には、そのヒトはもう妻を娶っていて」

「……そう」

「わらわには価値が無くなった。誰もわらわを必要にしてくれなくなった。でも、周囲のヒトが優しくしてくれた。嬉しかった。天から差し伸べられる手みたいだった。

 だからわらわも真似をして、天のヒトの手みたいに、綺麗な心で他者を思いやって生きようと思った。そしたら、こんなわらわでも、皆に受け入れて貰えた」

「うん」

 

「だからずっとそんな風に生きたかったのに。フウヤの事だと綺麗な心になれない、抑えられない。こんなに醜い心ばかりになったら、また居場所を失くしてしまう」

「……」

「やっぱり、どうしても、わらわは醜いのだ。清宮で何かを欠いて育ってしまったのだ」

 

(ホントに、そうだわ……)

 シータは心でそっとつぶやいた。

 

 飴色の肌の娘を映した人形は、本当に些細なワガママを喋っただけだった。

《フウヤに、綺麗な女性を見て欲しくない》

《楽しくお喋りなんかしないで欲しい》

 そんな、他愛もない、石ころみたいな、ヤキモチ。

 

 自分の中の小さな独占欲にすらこんなにおののいてしまうなんて。

 まったくこの修道女は、どれ程のモノを欠いて生きて来たのだろう?

 

「それで、思わず人形を谷に投げちゃったのね」

「うん……」

 カーリはまた、恥じ入りながら俯(うつむ)いた。

「怖くて恥ずかしくて、夢中で。でもシータに、大切なお姉ちゃん人形だったって聞いて。ね、フウヤのお姉ちゃんはどこにいるんだ? 人形を元に戻して返さなきゃ」

 

「うーん、でも、フウヤには、人形は私が壊したって言っちゃった!」

 シータはシレッと言って、紫の布包みを取り出して、中身の薪の木端(こっぱ)をバラバラと落とした。

 

「ええっ!」

「いつまでもこんな幻影と同居していちゃ駄目。遠くのお姉ちゃんより、近くの彼女を大切にすべきだわ」

「で、でも……」

「いいんだってば」

 

 シータはカーリから人形を取り上げ、布に包んで、側の胡桃の木に登ってウロに隠した。

 

「どうしても必要な事態が起きたら、ここに取りに来ればいいのよ。そうでなければ、こんな人形は無い方がいい。本心なんて、ヒトにだって自分にだって見せるモノじゃないわ」

「シータ……」

「着いて来て」

 

 シータは、谷の急な踏み跡を登り始めた。

 知っている者でないと分からない、微かな道だ。

 所々慣れない娘を引っ張り上げながら、ようよう登り着くと、フウヤの家の真下だった。

 夜の山の斜面に捜索の松明が点々と見える。

 

「いらっしゃいな」

 黒髪の娘はスタスタと、暗い留守宅に踏み入った。

 昼間は無かった小さなベッドが窓辺におかれている。

 

「ふふふん」

 

 すべてのカンテラを灯し終わったシータが、背中を向けて背伸びして、やにわに、壁に張られた地図を引っぺがした。

 

「シ、シータ!?」

 

 慌てるカーリを尻目に、黒髪の女性は壁一杯の地図を次々引き剥がして行く。

 

「まったく、こんなので隠して、しらじらしいったら!」

 

 呆気に取られたカーリだが、地図が剥がされるにつれて、そのレモン色の瞳は一杯に見開かれた。

 

 漆喰の壁一杯に描かれていたのは、砂漠の青空を背景に、伸びやかに踊る舞姫。

 まだ幼さの残る少女時代のカーリから、上に重なるにつれて女性らしい身体つきになり、何人も、何人も。

 

「・・!!」

 

「己の才能に行き詰まって苦悩する駆け出し彫刻家の前に、ある日豆菓子を持った天使が降って来て……って、そんなフワッフワな物語を、酔っ払いのリフレインみたいに何回も何回も聞かされたわ。その天使さんを何で今、私が励ましてあげなきゃならないの? 本当に馬鹿馬鹿しいったら!」

 

 ただただ立ち尽くすカーリに、シータは鼻から息を吐きながら、隅の木箱を目で指した。

「そっちの巻き紙もみんな貴女の絵。一つ一つ開いて見る? 別にいいわよね」

「……」

 

「納得した? ここは貴女が来る前から『貴女の家』だったのよ。じゃあ、地図を元通りに張るのを手伝って頂戴」

「えっ?」

「ヒトの心なんてそうそう覗き見するモノじゃないわ。……そうでしょ?」

 

 作業はカーリに任せて、シータは外に出て、谷に向かって指笛を吹いた。

 

 ピィ――ー・・ピッピッピッ・・ 

 

『無事見つかった』の合図。

 谷に散っていた松明が、安堵の様子で登り始めた。

 

 地図を張り終わったカーリの手を引いて、二人窓辺で並んでそれを見つめる。

 

「三峰の女達はね、こうやって、山を駆ける男達を心配しながら、待つの」

「そう……」

 

「ねえ、カーリ、貴女、居場所を失くすのが怖い、って言っていたじゃない。居場所を貰うんじゃなくて、これから貴女がフウヤの居場所を作るのよ」

「ん、……うん!」

「こんなクサイ言い方しか出来なくてゴメン、だけど」

「ううん、シータ、ありがとう、シータ」

 

 

 

   ***

 

 

 桑畑の入り口まで歩いた所で、集落の入り口からフウヤが駆けて来た。

 カーリが今まで見た事ない位速い……っていうか、足を引き摺るフウヤが全力で走るのなんて初めて見た。

 

「うああ――! カーリィ!」

 斜めにまろびながら抱き付きタックル。

「どこ行ってたんだよ! あああ、めっちゃビビった!」

 

「ごめん、フウヤ」

 一所懸命受け止めながらカーリは謝った。

 

「谷に見えた残雪に触ってみたかったんですって」

 シータが手のひらでパタパタと頬を扇ぎながら、ゆっくり歩いて来た。

「急斜面で前にも後ろにも進めなくなってベソかいていたの。まったく、砂漠のお姫様は人騒がせだわ」

 

 黒髪の娘はウインクして立ち去り、カーリは捜索してくれたヤンと若い衆に、丁寧に詫びた。

 

 

 青い月の桑畑を、フウヤと肩を並べて歩く。

 カーリは本当の事を話すか、迷っていた。

 シータは言わなくてもいいって言ってくれたけれど、嘘は重ねねばならないし、いつかほころびる。

 

「人形……」

 

 フウヤの方から切り出されて、カーリはビクッと身構えた。

 

「話してなくてごめんな。お姉ちゃんに会えた?」

「あ、うん、ちょっとだけ」

「よかった。カーリに、僕を育ててくれたお姉ちゃんに会って貰いたかったから。だからあの人形は、もう役目を終えたんだ」

 

「…………」

 本物のお姉ちゃんには会わなくてもいいの?

 そういう質問はしなかった。

 フウヤが今話さないんなら、聞かない。

 今すぐ全部は知らなくていい。

 今すぐに全部を知って貰わなくてもいい。

 

 青白い月は山陵近くに移動し、光をレモン色に変えている。

 

「ほい」

 フウヤが歩きながら何か手渡してくれた。

 青い小さい花房(はなぶさ)。

 

「エンゴサク。登って来る時、雪渓の中に見付けた。雪の下にはこんなのが一杯眠ってる。これからカーリに、次々見せてあげられるよ」

 

 カーリは、両手の間の清々とした青い色をじっと見つめた。

 灰色の雪の下に、こんなに鮮やかな色が眠っているなんて!

 

 自分は今まで、表面の白い色を見ていただけなんだ。

 きっとこれから、その下にある様々な色を見る事になる。

 それが二人で生きるって事なんだ。

 

 見上げた月の下、二人の歩く道は、柔らかいレモン色に照されていた。

 

 

 

 

 ~残り雪・了~

 

 

 




挿し絵:壁画
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挿し絵:エンゴサク
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挿し絵:四コマ
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