三峰では花嫁のヴェールは皆で編むのですが・・
スカシユリ・Ⅰ
「まぁったく、貴方がドン臭いのは分かっているから、誰も責めやしないわよ。お昼返上でやったって大して変わんないンだから、休む時は休みなさい。ほら、行くわよ!」
相変わらず口の悪い黒髪のシータが連射弓の如くまくし立て、飴色の肌の娘は糸取り車から引っぺがされた。
養蚕小屋の入り口では、彼女の毒舌なんかには慣れっこの女性陣が、各々のお弁当を抱えてクスクス笑いをしている。
「大丈夫よ、カーリ。まだ始めたばかりだもの、そんなにすぐには上手くならないわよ」
口々に呼んで貰って、カーリは朝慌てて焼いた焦げパンを抱えて、皆の中へ駆けた。
三峰に来た時谷に残っていた雪はすっかり消え、山は春の若緑に変わっている。
フウヤは部族の職人に戻り、カーリはシータに勧められて、養蚕の手伝いを始めた。
蚕の繭から糸を絡めて絹糸を依る作業はとても難しかったし、次に教わる事になっている機織りなんて、目も眩みそうに複雑だ。
砂の民の総領屋敷で甘々な義父に与えられるだけだった細かい模様織りの絹なんて、何処かの特別なヒトが魔法みたいに織りあげているんだろうと思っていた。
それを自分がやる事になるなんて、冗談だとしか思えない。
「わあ! シータ!」
若い娘のグループで昼食を囲む芝の上。
一人の女性の大声で、カーリもそちらを見た。
シータが大きなレース編みを広げて皆に見せている。
百合の花束が真ん中に編み込まれ、その周りに沢山の小花が散らされた、見事な品だ。
「さすがシータね、すごい、この編み目!」
口々の誉め言葉に微笑みを返して、黒髪のシータはカーリに向き直った。
「貴方のよ、婚礼の儀式の時に被るヴェール」
「ええっ!?」
フウヤと生活を始めたカーリだったが、集落は冬明け仕事で忙しく、婚礼の儀は、一段落した春祭りの時に行われる事に決まっていた。
「本当は母親や親族が編む物なんだけれど、貴方の場合はここにいないから、私達で編む事にしたの」
「ホ、ホントに?」
「ええ、本当。さ、真ん中は私の分担だったから、後は裾のモチーフを一段づつ。最初は誰が持って帰る?」
シータにレース編みを差し出され、娘達は顔を見合わせてもじもじした。
「あ、あのね……」
一人が代表するように口を開いた。
「貴方の編み目、あまりに綺麗なのよ。その下を私達が編むと、誰が編んでも変な境目が出来ちゃう。勿体なくて……」
「そういう品物じゃないでしょう?」
「でも……ああ、ね、カーリもそう思うでしょ? シータの編んだ芸術品のヴェールをまといたいわよね?」
「えっと?」
いきなり振られてカーリは戸惑った。
彼女に、娘達がシータの完璧な編み目の下に自分の見劣りのする編み目をさらしたくない気持ちは、読める筈もなかった。
「ね、カーリ!」
「んと、んーと……?」
「分かったわ」
助け船を出すようにシータが軽く言って、レースを畳んで片付けた。
「よし! では頑張りますか」
「出来上がりを見せて貰うの、楽しみにしているわ、シータ」
娘達はホッとして肩を降ろし、すぐに話題は別の事に移った。
カーリは何か引っ掛かる物を感じたが、この集団の空気をイマイチ掴んでいないし、シータが平気そうだったので、大人しく黙っていた。
(それにしても……)
養蚕小屋からのヘトヘトの帰り道、カーリはつい口に出して呟いた。
「シータって本当に凄い」
谷の地霊をやっつけたのだって、三峰の者なら誰でも出来るのかと思っていたら、他の村人達は真っ青になって首を横に振った。
きちんとした巫女として修練を積んだシータだからこそらしい。
狩猟の獲物に祈りを捧げる大切な役割も、長娘だからではなくて、彼女は三峰の正式な巫女なのだ。
かと思うと、医師である祖父に習って、医術の心得もある。
博学な家系で多くの蔵書に親しんで育ち、豊富な知識にみなぎる自信、おまけに山百合のようにスラリと美しく、誰からも好かれて朗らかで。
(自分とは正反対だ……)
カーリは歩きながら肩を竦めた。
(おまけにあのヴェール)
あんな神技のような模様編み、職人が集まる街の大市でだって見た事ない。
何でも出来て、太陽みたいにいつも皆の中心にいるシータ。
自分みたいに、何をやっても下手くそで落ち込んだり、つまらない事で悩んだりとか、しないんだろうな……
***
「ちょっとは手を抜けばよかったのにね」
窓辺でぼぉっとレース編みを眺めていたシータは、いきなり外から話し掛けられて、椅子から一寸ばかり飛び上がった。
「ヤン、子供の頃と違うんだから、気軽に覗かないでくださる?」
呆けていた顔を見られたのを繕うように、黒髪の娘は毅然と立ち上がった。
緋い羽根飾りのヤンは、シータの年上の幼馴染み。
もう狩猟ではリーダー格な筈なのだが、シータの前だと子供っ気が抜けない。
昔から変わらない澄んだ瞳で、窓から身を乗り出してレースを覗き込んだ。
「確かに、その編み目の下に編み足すのは勇気が要る。花嫁のヴェールって一番に皆の目が行くからな」
ヤンの母親も養蚕小屋で働いていて、おかみさん仲間と輪になって、背中で若い娘達のやり取りを聞いていたらしい。
「こんなの、集中して丁寧にやれば、誰にだって出来るのに」
「皆は君と違うんだから」
「どう違うのよ、私だって初めから出来た訳じゃないわ」
「そうだね、でも皆には分からないさ」
ヤンは一呼吸置いてから、背後に持っていたオレンジの花を掲げた。
「じゃじゃん!」
「あっ!」
「尾根の岩場に咲いてた。あそこ、陽当たりがいいから、開いていると思ったんだ」
「スカシユリ、すごいわ、こんなに早く」
「欲しがってたろ」
「ええ、百合の雄しべの付き方が分からなかったの。これを、刺繍で足せば……」
「・・・・」
「何よ?」
ヤンがスカシユリを自分の目の前に当て、花弁の隙間から覗く仕草をしたので、シータは首を傾げた。
「君さ、そんな風に努力している所、ちょっとくらい皆に見せたら? 光の当たる隙間しか見せなくて、軽々こなしているように見えるから、頼られちゃうんだよ」
嬉しそうにしていたシータはたちまちむっつりに戻り、花を受けとると、窓に背を向けてしまった。
「ありがと、ヤン。私、これから編み物に集中したいから、帰ってくださらない?」
「お礼にお茶位ご馳走してよ」
「言った事、分からなかった?」
「編んでりゃいいさ。勝手にやってるから」
ヤンはヒラリと窓を越え、勝手知ったる感じで、棚の茶器を引っ張り出した。
「君、濃いめだったよね」
「もお!」
シータは口を尖らせたが、本気で嫌がる風でもなく、ヤンの好きにさせていた。
小さい頃からこの彼だけが、他の村人と違って、長娘の自分から一歩退かずに、ズケズケ踏み込んで来た。
そういえば、空飛ぶ馬を欲しがったり、しょっちゅう放浪の旅に出たり、ちょっと変わった少年だった。
散々ふわふわしておいて、いつの間にか狩猟のリーダーに収まっているんだから、ちゃっかりした物だわ。放浪癖が抜けたのは、いつ頃だったかしら?
「花嫁のヴェールってさ」
考え事をしながらレースを繰っていたので、ヤンが何か喋っていたのにようやく気付いた。
「えっ? 何?」
「あぁ」
ヤンは慣れた感じで言い直した。
「母さんがさ、花嫁のヴェールって本来は皆の祝福を込める物だから、大勢で編んだ方がいいのにって」
「……」
「娘達で話し合って決めた事だから、古株は口出ししないけれどとか、ブツブツ。僕に言われてもねぇ」
「私に言われても困るわ」
「うん、そうだね」
「ねえ、その話を続けるのなら、帰ってくれない?」
シータが手を止めてヤンを睨んだ。
「ごめん、もう言わない」
ヤンは殊勝に茶をすすり、シータは何だか集中を削がれて、溜め息を吐きながらカップを手に取った。
底も見えない、真っ黒な茶が入っている。
黒髪の娘は相好を崩した。痺れるほど苦い紅茶と燃え立つ香りが大好きなのだ。
この集落で、こんな狭い嗜好を理解してくれるのはヤンだけ。
とりあえずお礼を言おうと、口を開いた所で扉がノックされた。
「シータ、いるか?」
イフルート族長だ。
「なあに? お父さん」
シータは細くだけ扉を開けた。別にやましい事はないが、殿方が窓から出入りしているなんて、彼女の作りたい彼女のイメージと違うのだ。
「親父の所へ行ってくれるか。フウヤが腹痛だと。薬の調合を手伝って貰いたいらしい」
「またあの子……不摂生ばかりしているから」
シータは上着を取ってヤンに目配せした。自分は出掛けるから、窓からそっと帰れ、の合図だ。
ヤンは黙って頷いた。
***
シータが診療所から戻ると、夜半だった。
フウヤの腹痛は大した事はなかったが、仕事場でのカーリの様子についてしつこく聞かれて、遅くなってしまった。
心配性なんだから、子供じゃあるまいし。
でもまぁ彼女、大人しいから心配なんでしょうね。
部屋に入ると、当然ヤンはいなくなっていた。
「??」
違和感を感じた。
小机の上に畳んで置いたレースのヴェール、何だか……??