「なっ、何これ!?」
「酷いわ!」
「どうしちゃったの、シータ?」
養蚕小屋の前の芝生。お昼休みのお弁当の輪の中で、娘達が口々に絶叫した。
シータが鞄から出したヴェールが、トンでもない有り様になっていたのだ。
美しい編み目の裾に垂れ下がるように、同じ糸とは思えない節だらけ塊がグルリとこびり付いている。
編み目? 編み目なんだろうが……こんな酷いの、見た事ない……
「ヤンの仕業なの。私が留守の間に」
「ヤンが? イタズラにもほどがあるわ!」
「酷い、シータの芸術品を。これ、ほどける?」
娘達は口々に同情の声を上げるが、シータは黙って、一つの言葉を待っていた。
「ほどかないで……」
黄色い非難の声の中、小さい声がやっと届いた。
振り向く皆の視線の先、今日も焦げすぎたパンをかじっていたカーリが、コブだらけの編み目を凝視している。
「嬉しい……」
呆気に取られる皆の間を、カーリは膝で這って、ヴェールの前に来た。
「ヤンもわらわを祝ってくれているんだ。あの武骨な指で……どんなに大変だったろう。ほどかないで欲しい、シータ」
シータは満面の笑みを浮かべた。
「勿論だわ」
「あ、あら、私だってお祝いしたいわよ」
娘の一人がヴェールを手に取った。
「シータの力作を台無しにしたくなかっただけだもの。でも既にここまで台無しになってしまったら、もう構わないわよね。この下に遠慮なく編み足させて貰うわ」
「だったら次は私よ。お祝いしたい気持ちはあるもの」
娘達が口々に言い、たちまち婚礼の日までのローテーションが組まれた。
昼休みが終わって仕事場へ向かう中、シータはヤンの母親にこっそり呼び止められた。
「ごめんなさいねぇ」
また背中で聞き耳を立てていたのだろう。
「あの子、昨日、急にレース編みを教えろって。生まれてこの方そんな事した事ないから、まともに出来る訳ないのに」
「いいえ、あそこまで苦い編み味を出せるヒト、そうそういません」
夕刻……
桑畑の道を歩くカーリの後ろから、白い青年が駆け寄った。
「呼んでたのに、聞こえなかった?」
「ごめん、フウヤ」
「何? 考え事? パンを焦がさないで焼く方法とか?」
「ううん、レース編み。そうだ、フウヤ、レース編み出来る?」
「無理! 僕の繊細な指は、粘土ベラを持つ為にある」
「…………」
「習いたいんなら、シータが一番だよ」
「うん、でも……」
「どしたの?」
「シータの婚礼の時は、わらわもヴェールを編んであげたいと思ったんだ。だからシータに内緒で上達しておきたくて」
「ああ、そうだね、うん、それはいい心掛けだ。んーと……あっ、糸玉夫人って名人がいる!」
「分かった、じゃあ、今晩行くから、紹介して」
「えっ、今晩?」
「何となく、気が急いて」
「そ、そう?」
「思い立ったら吉日っていうだろ」
「…………」
まったく勘がいい。
だから天然天使だってんだ。
フウヤは苦笑いした。
黒髪のシータにも、すぐにヴェールが必要になる。
フウヤの永遠の相棒、ヤン。
彼が旅に出るのを止めた理由も、真面目に部族内での足場を堅め出した理由も、勘の良い者なら概(おおむ)ね気付いている。
知らぬは、かの女性のみ……
その、かの女性の婚礼時のヴェールには、たどたどしい雪の結晶模様の下に、粘土ベラで編んだようなぶっ細工な一段が挟まっているであろう事は、多分おそらく間違いない。
~スカシユリ・了~