汚れちまった求道者系リコリス 作:豪州侍
その結果、二人の性癖が交わって狂気が生まれました(意訳:僕、多分三割ぐらいしか悪くないと思う)
汚れてしまった悲しみに小雪が降りかかるというのなら、汚れてしまった初恋には何が降りかかり、何を夢見るのだろう。
ああ、なんてままならないものなのだろうか。
大切な人を永久に損なわれてしまった現実を生きるということは。
*
「んん……、朝かぁ……」
アラームに設定された時間にスマートフォンが鳴って目が覚める。
AM6:00。この時間から私、日高駒の1日が始まる。
「やっぱり早いなぁ。もういないや」
同室の彼女の姿はもうベッドにはない。ただ、ゴミ箱に捨てられた支給品のレーションの包装紙がその痕跡を示すばかりであった。
とはいえ、どこにいるかはわかる。私もまた支給品の惣菜パンを早々と食べて、目星をつけている場所に向かう。まだ消灯時間で廊下は暗いけど問題ない。もう十年はここに住んでいるから道は覚えている。それに耳をすませば聴こえてくる銃声が、場所を教えてくれた。
「あと三発……!」
たどり着いたのは射撃場。
やはり、この場所に彼女はいた。
長い黒髪に理知的ながらも整った顔立ち。古式ゆかしい大和撫子という形容詞がぴったりはまる少女が拳銃を構えている。
井ノ上たきな。
それが、彼女の名前だ。
「おはよう、たき……」
私が声をかけようとした時、たきなは一度発砲する。どうやらかなり集中していたみたいだ。
音は部屋が防音なのと、サイレンサーがついているからかあまり気にならないが、私の存在に気づかれないのは少し寂しい。
聞き慣れた発砲音と共に、ターゲットボードの中心に穴が開く。
目が覚めるほど素晴らしい精密な射撃。殺しの技術に過ぎないとは分かっているのだが、あまりに美しくていつまでも見ていられる。
いや、正確に見ていたいのは、凛々しいたきなの姿か。
私がたきなを惚けた目で見ているうちに、規定の弾数を撃ち終えたたきながこちらに気づいて会釈する。
「おはよう、起きてたんだね。駒」
「ええ、おはよう。たきな」
私はすぐに平素の仮面を貼り付けて何事もなかったかのように返事をする。
この一連の流れが私のいつものルーティーンだった。
*
寮を出てたきなは別れる。
私が未だサードリコリスであるのに対し、たきなはセカンドリコリス。それも敵の撃破スコアは上位の方だから必然的に交わることはない。
「今日も集団で砂粒探しか。萎えるなあ……」
サードリコリスは端的に言って雑兵だ。
戦闘もあることにはあるが、潜伏したテロリストを探し回るなどこういった雑用に使われることも多い。
「まぁまぁ文句は言わないの、これも日本の平和を守るためなんだから、ね?」
共同で行動しているサードリコリスの六角香織が言うが、あまりその実感はない。
リコリスはずっと富士山麓のDA本部で育ち、外界から隔絶されている。孤児だった私たちを育ててくれた対価とはいえ、あまり接点のない外界のために戦うのはいまいち気乗りしなかった。
(定められたレールの上を走るトロッコに載せられたような人生。死んでいるよりはマシだけど、あまり楽しいとは思えない)
任務で外界に出るたびに思う。
自分は戸籍がないから外界には混ざれない。さりとて、他のリコリスのように課せられた責務に殉ずる気にもなれない。
長くいる割には、セカンドリコリスにはまだなれないしなんか私が酷く不良品なような気がしてきた。
(もう考えるのはやんなってきちゃった。……たきなのこと考えよ)
私たちサードリコリスが暢気に探し物をしている一方、たきなはファーストリコリスのフキ先輩と共に他国のスパイのクリーニングに向かっている頃合いだ。
こちらに関しては完全な鉄火場。リコリスの大義である日本の脅威を取り除き、覆い隠す花形だ。
たきなと同じ仕事をしたいという気持ちは度々湧いてくるけど、ここまで仕事の内容に開きがあるとさすがに尻込みする。
たきなの横に立つには確かな実力と地位が必要だ。だが、今の私には悲しいほど足りていなかった。
「まぁいいさ、私は私でしかない。雑草は雑草らしくしぶとく生き残ってやるさ」
気を取り直して、任務に再び意識を向ける。
そして、一階が空きテナントになっているビルのシャッターの隙間に何者かが見えた。
バレないようにゆっくり近づいていく。片手はスマホをいじりながら。すごいことにバレることもなく、悠々と仲間との連絡も取れている。
(まあ、仕方ないよね。今の私は適当なところにたむろしてスマホをいじっている可愛いJKにしか見えないんだから)
リコリスの制服は特に人混みに紛れるには絶大な威力を発揮する。隊員の歳もしっかりJKだ。いちいち疑っていてはキリがないから迷彩としてはかなり考えられている方だと思う。
『こちら、日高。当該テロリストを発見。撃ちますか?』
『えー、こちら香織。熱源探知かけたら四人いるよ、どうする?』
『質問に質問を返さないでくれるかな? まぁいいや。とりあえず中に放火して燻り出すよ。んで回りはリコリスで囲んで消火器と催涙ガスを噴射。逃げるテロリストがいたら容赦なく撃っちゃって』
『見事なまでにマッチポンプだねぇ……。よし、それでいこっか♪』
連絡を終えて作戦に取り掛かる。
まずは火をつけたタバコと着火剤を投げ込み、次に近くにいた三人のリコリスを動員。
正直火の勢いはどうでもいい、ただ消火器と催涙ガスをばら撒く大義名分が欲しかっただけだ。どちらにせよ、中にいる人間の器官に悪影響を与える。
リコリスには殺人ライセンスがあるが別に無理して銃撃戦に持ち込む必要はない、一定以上の技術があるセカンドならまだしも私たちはサード。実力は玉石混交だから、正面切って戦うのはいささか投機的に過ぎる。だからこんな迂遠な手口を選んだ。
『こちら香織。一人撃ったよ〜』
『こちらは岩間である。小官も敵を一人討ち取った』
『こちら日高、南の風見はどうした?』
『はいはい風見だよ〜。こっちは人命救助って名目で中に入ってる。今、二人一酸化炭素中毒で倒れてるかな?』
『了解。ならば風見はその二人を拘束してほしい。私含めて他の三人は周囲の警戒にあたる』
応援が来ないか警戒することしばし、風見が運んできた二人がDAの車両に詰め込まれるのを確認した私は肩の力を抜く。
どうやら、作戦は成功したらしい。消火器をばら撒き過ぎてビルの内装はぐちゃぐちゃだが、リコリスには傷一つもない。
現場の後処理をしてくれるクリーナーの方々には、手間をかけるが今回は完勝だった。
『お手柄だね、駒』
『何を言ってんの、香織。私はただあなた達を顎で使っただけだよ』
『それでも、だよ。ほら、私たちサードリコリスって使い捨てじゃん。だから雑な指示や作戦ばかり。……でも、駒は違う。ちゃんと私たちのことを考えてくれてるからちょっと嬉しいんだ』
香織の言うことは身に沁みて分かる。今まで私たちはどれだけ身近な仲間を看取ってきたのかわからない。
それが、彼女たちの意思や選択の果てなら構わない。けれども、リコリスにはそうなるように誘導している節がある。
自由なき生と死を与えてくる理不尽な存在。それがリコリスを管掌するDAだ。
育ててくれた恩はある。あるけれども、そんな無体な真似をしてくるDAにそこまで義理を立てる価値はあるのか?
私はそう問いかけずにはいられない。
『香織、岩間、風見。私たちは生きようね。もっとちゃんと生きて自分の生まれた意味を探そうよ、自分の手でさ。そっちの方が絶対楽しいじゃん』
だから、私は戦い、生きて、問いかけ続ける。
そう決めたのだ。