汚れちまった求道者系リコリス   作:豪州侍

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第4話 double assassins booking

 

 とんでもない任務をやらされてしまったと、今でも思う。

 相手は最近になって新しい総理大臣に追従することでようやく入閣した文科大臣。経歴を調べたところ、特別華々しい政治的な実績を上げているわけではない。

 つまりは、保身や裏の危ない手口でそこまで成り上がったということになる。私は相手の得意とする部分で上回り、出し抜かなくてはならなかった。

 

『司令、これやるとなったらだいぶバックアップがいるんですけど、大丈夫です?』

 

『考えるより先に言ってみろ。何が必要か分からないと話にならん』

 

『わかりました。なら伝えますね』

 

 私が伝えたのは、香織たちいつものメンツの動員とリコリスが常備しない特殊な装備品。そして文科大臣への伝手になりうる窓口。できれば、芸能事務所など女の子がいても違和感を持たれないような存在がいい。

 

『用意できないわけではないが、時間はかかるぞ。それでもいいな?』

 

 出来るんだ、と思わず呟いてしまう。

 

『できるなら、それでいいです』

 

『ならば、何日か待て。その間、待機を怠らないように』

 

 そこで通信を切る。

 その後、一週間ぐらい遊んでいたところ、また司令から連絡が来た。

 

『例の文科大臣と繋がりがある芸能事務所をこちら側に取り込んだ。お前はそこに所属する売り出し中のアイドルとして奴に近づけ』

 

『へー、それはすごいですね。ん? ……アイドル?』

 

 DAのお手並の鮮やかさに感心していた私だが、聞き逃せない一言があった。

 

『ああ、アイドルだ。言い間違えではないぞ。お前は手の掛かる暴れ馬だが、見た目だけはいいからな。馬子にも衣装ってやつだ』

 

 無線だから口にする司令の表情は想像に任せるしかない。けど、絶対鼻で笑いながら言ってるに違いない。思い浮かべるとちょっとイラッときた。

 

『奴に取り入るための演技は六角から教えてもらえ。あいつは間諜のカリキュラムで対男性の籠絡術を履修している。お前に役立つかは知らんが、念のため聞いておくといい』

 

『わかりましたよ。で、私は何をすれば?』

 

 苛立ちまぎれに返事をすると、司令は多分ニヒルな笑みを浮かべて言った。

 

『三日後に澁谷でオーディションだ。選考を通過することは決まっているが、パフォーマンスは多少は見れたものにしないといけないな。課題曲とダンスの振り付けはメールのファイルに添付しておく。恥をかきたくないのなら、練習をすることだな』

 

 最後の辺りは完全に笑いをこらえながら司令は連絡を切った。

 まあ、確かにアイドルが役目に適任だしぃ? 私のちょっと雑な性格からしたららしくはないけどさ、ここまで言われるのはちょっと癪だよね? 

 ……よし、決めた。

 こうなったらもう徹底的にやってやる。司令にアホヅラさせるぐらいに完璧にアイドルを演じてやろうじゃないか。

 これはもはや任務ではない。私の女子力を賭けた戦いになりつつあった。

 

 *

 

 怒りに震えた私はオーディションまでの三日間は近くのスタジオやカラオケに篭って練習に明け暮れた。割と苦じゃなかったのは、私のプライドがかかっているのと案外私自身が歌うことが好きだったからかもしれない。

 香織からも籠絡術を教授してもらった。身体で覚えろとばかりに香織に籠絡されまくったせいか、ちょっと百合もいいかもしれないと思う今日この頃。

 ん? オーディション? 

 なんか内訳教えてもらったら、素でトップ通過したらしいよ。

 それを司令に伝えたら、めっちゃ咳ごんでた。

 私を散々煽りに煽った報いだ、ざまあみやがれ。

 

「さて、問題なのは今の状況だよね……」

 

「花ちゃん、あたしは悲しいよ。何が悲しくて君のような才能の塊をあのキモデブに差し出さなくてはならないんだ……!」

 

 ひとりごちる私と目の前で悔しげに拳を握り締めるプロデューサー。

 花ちゃんとは私の芸名だ。比嘉花。由来は完全に彼岸花……つまりはリコリスである。うむ、我ながら安直だと思う。

 ともあれ、いよいよこの時が来てしまったのだ。

 明日、社長と取引先の会食に私は参加することになっている。その列席者の中に奴の名が、文科大臣の名があった。

 

「あいつに食われたアイドルはブレイクするけど、心を病んですぐにやめてしまう。会社の弱みをあいつに握られてるとはいえ、プロデューサーにとってこんな悔しいことはない。今度こそは、と思っていたのに……!」

 

 私のプロデューサーはなんというか正義の人だった。裏を知らないとはいえ、真摯に私に向き合ってくれた。もし、私がリコリスでなければこの人と一緒にアイドルとして頑張ってもいいな、と思うほどには。

 

「悔やまないでください、根津プロデューサー。その程度では私は負けませんから。これでも私、結構苦労してるので」

 

 そう言い切って私は会食の席に向かう。

 場所は高級ホテルの中のレストランで、テーブルの上には美味しそうな料理が並んでいる。

 

「お久しぶりですな。大岡議員……いや、今は大岡文科大臣ですか。いやはや、ご出世されましたな」

 

「いえいえ、そちらこそご健勝で何よりです」

 

 禿げ上がった社長と油ぎった文科大臣が握手を交わす。絵面だけでもプンプンと臭ってきそうな感じだ。うへえ、性的以前に衛生的に無理だよぉ……。

 

「ところで、そちらの女の子は?」

 

「ウチの大型新人の比嘉花です。素質はあるので、早いうちに顔を繋がせておいた方が良いかと思いまして。花くん、挨拶を」

 

「はい、お初にお目にかかります。比嘉花と申します。何卒よろしくお願いします」

 

 促されたので、やや気弱そうな演技をしながら挨拶する。これは香織から教わったテクニックだ。自分を弱く見せることでちょろそうだと認識させておけば、案外楽にこちらの思うように動いてくれるらしい。

 

「はは、可愛らしいねぇ」

 

 にこやかに文科大臣は笑うが、私には分かる。今、明らかにこいつの瞳に情欲がチラリと顔を出していた。視線の向かう先を追って見れば、まずドレスで晒された胸元、次にスリットからのぞく太ももに向かっていた。

 

(うわあ、やっぱりキモいなぁ……)

 

 内心で辟易しながらも、そう邪険にするわけにもいかない。当たり障りなく会食に付き合っていると、ついにメインディッシュ(意味深)の時間が訪れる。

 

 *

 

 二人で仕事の話をしよう。

 そう言われて連れ出されたのは、ホテルの近くに建つマンションの一室だった。

 文科大臣は私を寝室に連れ込むと、いきなりダブルベッドへ押し倒してくる。

 お酒臭さと油ぎった加齢臭が私の鼻を刺す。顔を顰めている間に文科大臣は手際よく着ていたドレスを剥ぎ取っていた。

 

「はぁ……! はぁ……!」

 

「仕事の話をするんじゃなかったんですかッ……!?」

 

 胸をかき抱くように腕で隠し、キッと文科大臣を睨みつけてみる。ただ、もう文科大臣は完全に発情していて、息を荒げていた。

 

「仕事の話だよ、花ちゃん。アイドルはエンターテイナーだ。人を楽しませなくてはならないんだよ? だから、僕を楽しませて見せてよ。そうじゃないと、仕事を決められない」

 

 もっともらしい理屈を並べながら、文科大臣は私の胸を揉もうとする。普通のアイドルならここで泣きながら枕営業をすることになったはずだ。

 だが、残念。私はリコリスだ。

 私は冷静に伸ばされた腕を掴み、背負い投げの要領で体勢を入れ替えて馬なりになる。その後は太ももの内側に力を入れて文科大臣をホールド。

 不意を突かれた文科大臣が身じろぎするが、それを力づくで押さえつけて万力の様に締め上げる。空いた手はネクタイを掴み、いつでもお前を絞め殺せるぞと脅しをかけておく。

 

「う、う、嘘だ! こんな華奢な身体のどこにそんな力がある……ッ」

 

「私たちがそういう風に作られてるとだけ。もうここまで来たら逃さないよ? 死にたくなければ、質問に答えてね」

 

「……噂には聞いたことがある……。リコリス、日本の裏で犯罪を未然に防ぐ猟犬、それがお前たちのことか……」

 

 項垂れる文科大臣に可愛らしく小首を傾げながら質問する。すると、文科大臣は面白いように声を上ずらせながら答えてくれた。やっぱり可愛いって正義だよね。

 まあ、それはともかくどうやらこいつはこの前の銃取引事件にも一枚噛んでいたらしい。銃商人の密入国の手助けとか取引場所の提供とかだ。

 

「それで、取引した千丁の銃はどこにやったの?」

 

「浜川崎の蔵島倉庫。私の名義で借りている倉庫にある筈だ」

 

 ついに決定的な情報が出た。すかさず録音を伏せている香織に伝えておく。他も探ったが、取引相手などは文科大臣にも分からないらしい。

 

「これで、僕が知ってることは全て話した筈だ……。もういいだろう」

 

「じゃあ、最後に聞くよ。今日みたいに嫌がる女の子を何人乱暴した?」

 

 その質問に文科大臣は答えられなかった。

 わかってたことではある。けれど、やるせなさを感じざるを得ない。

 衝動に任せてネクタイを締める。次第に「やめてくれ」と喚いていた文科大臣は徐々に静かになっていき、ついに事切れた。

 

『こちら日高。対象を殺害した』

 

『こちら香織。情報は保管してあるよ。……司令への連絡もわたしがしといた方がいい?』

 

『そうだね、ありがとう。私はちょっと疲れたよ』

 

 連絡を切り、服を着て座り込む私。

 ……どうにも感情的になりすぎた。やっぱり私は無理やり行動を強いてくる人種を受け付けられないらしい。

 冷静なうちに情報を抜き出しておいてよかった。そうじゃなければ、私もたきなと同じように左遷されていたかもしれない。

 

 *

 

 深夜三時。

 いよいよ男は標的が居るマンションにたどり着く。

 大岡忠洋。

 現文科大臣として有名だが、裏の人間にとっては銃取引を支援するフィクサーとしての方が有名か。裏切るときは裏切り、自らの栄達に役立てる。そんな食わせ物でもある。

 儲けるだけ儲けて、リスクは背負わねえ。なんともバランスの悪い野郎だと思っていたが……。

 

「これが、帳尻合わせってやつか。よく出来てんなあ、おい」

 

 男の前にはすでに絞首死体になっていた大岡。

 どうやら自分たちは別の組織に先を越されたらしい、と男は大笑いしながらも理解した。

 そして、翌日。

 朝のニュースに『文科大臣が心臓発作で死亡』と映し出された時、男は目を見開いた。

 

「嘘だろ、おい」

 

 自分の目で見た大岡の死体には確実に絞殺した後の鬱血があった。だというのに、世間では病死と公表されている。

 つまりは、何らかの意思が働いたということだ。

 

「キナ臭え。これじゃあ、バランスが仕方悪くて仕方ねえ。……誰か整える奴がいないといけねえよなあ?」

 

 この時、男は……真島は、平和な日本の嘘に気づいた。

 

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