Fate/paradise その小さな身に秘められし大望   作:そらからり

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2話 その身は流されるままに

《フレイ・ロット》

 

「……なんてことだ」

 

 眼前に広がる光景が夢であればどれほど良かったか。

 情報には聞いていた。

 写真や映像もしかと確認していた。

 だが、それらは良く作られたフェイクであると言われればそれまでであるし、このレベルで幻術をかけることが出来る者はいても、構成そのものを変えることなど人の身で出来ることではない。

 

 だが、現実は非情だ。

 そして、凡才である自身にとっても非常な現実となった。

 

「はは……これが南極だって?」

 

 一つの街があった。

 確か現時点での時刻は夜であったはず。

 だが、白夜であったとしてもこれほど明るいだろうか。

 ……いや、この明るさは人工的なものだ。

 趣味の悪い遊園地の蛍光灯のような、眩暈がするようなチカチカとした灯りが目に入る。

 

「……踏み入れるしかないか」

 

 だが、悲観ぶっているわけにもいかない。

 協会はこの街の内部の調査のために私を派遣した。

 

 

 

 

 調査を命令されたのは昨日のことであった。

 そも、私が所属する協会の支部が何故かこの南極であったのだ。

 実際は南極に最も近いアルゼンチンに支部が置かれているのだが、同時にどの陣営も手出しが出来ないのを良いことに監視役を賜っているのだ。

 体のいい厄介払いのようなものだろう。

 普段は何の役にも立たず、有事の際にも役に立たず、しかし切り捨てることが出来ない。

 私の眼の力を無理やりにでも奪い取るか、あるいは使い潰すか。

 それくらいしか彼らにも選択肢は無かったのだ。

 そして、私の選択肢はそれ以下であった。

 

 このまま飼いならされ続ける。

 それが最も合理的な生き方であると理解していた。

 

「ロット君、ロット君。ちょっとこれを見てくれないかな」

「……何でしょうか」

 

 いつもは渋い顔をして液晶画面を睨みつけている支部長がやけににこやかであった。

 あの時点で訝しむべきであった。

 だが、不機嫌であれば厄介な相手も上機嫌であれば何か良いことがあったのだろうと錯覚する。

 ……ああ、そうだ。

 支部長にとっては良いことだったのだろう。

 何故ならば久しぶりの仕事だ。

 神秘が僅かに残るこの地でも、その研究は基本的に行ってはいけない。

 何故ならばこの地は不可侵の条約で結ばれたとあるものが置かれている。

 私如き下っ端ではその全貌を知る由も無いが、それでも何かがあることはこの眼が掴み取っていた。

 

「これなんだけどさ……何だと思う?」

 

 支部長の見せた一枚の画像には街が写っていた。

 一際高い塔が一つ、その他は屋敷のような家がいくつも並んでいる。

 

「……どこかの金持ちが建てた別荘でしょうか」

 

 目を凝らしても小さな家らしきものが見当たらなかった。

 いや、小屋のようなものがあることにはあるが、それは流石に人が住むようなものでは無さそうだ。

 

「別荘か。はは。全然違うよ」

 

 ……違うのかよ。

 言葉を堪えて支部長の次の言葉を待つ。

 

「これ、ここから数千キロ行ったところの写真だよ」

「……ブラジルあたりでしょうか」

「冗談言っちゃいけない」

 

 また支部長は笑う。

 ……少しも冗談では無いのだが。

 

「これは南極の一部を写したものさ」

「……それこそ冗談では」

 

 これが南極?

 あの、極寒の地帯だと?

 

「冗談なんか言わないよ。僕はいつだって真面目さ」

「……では、支部長はこの写真をどのように捉えたのでしょうか」

「そうだね……。南極どころか南国。うん、砂浜も見えるし水質も良さそうだ。まさしく楽園といったところじゃないか」

「……は?」

 

 砂浜?

 水質?

 楽園?

 

 何を見て言っているのだ。

 この写真にそれらしきものは見えない。

 

「……いえ、まさか」

 

 そうか。

 一種の幻惑か。

 とても強い。

 見た者が楽園と捉えるように目に映る仕掛けとなっている。

 

「それでだね。時計塔の方からこの楽園への調査隊が派遣されるらしいんだけど、先遣隊もいた方が良いんじゃないかって話もあるんだ」

 

 嫌な予感がした。

 とても合理的ではない話の予感が。

 

「ロット君、ちょっとこの楽園まで行って来てよ」

「嫌です」

「そこを何とかさ」

「支部長が行ってくださいよ。支部長なら南極だって問題なく活動できるでしょ」

 

 支部長の得意とする魔術は肉体強化の一種である環境への耐性。

 どのような環境下でも生き延びることのできる支部長であるからこそ、この支部の支部長足りえる。

 

「だって僕戦闘能力低いじゃん」

「私だって戦えるわけじゃないですよ」

「大丈夫。先遣隊だから。必要とされるのは戦闘能力じゃなくて調査能力だから」

「数秒前に自分が吐いた言葉くらい思い出してください。やはり支部長が行けばいいじゃないですか」

 

 とはいえ、自身でも分かっていた。

 恐らく支部長は私の眼を当てにしている。

 環境に耐えることが出来ても、調査出来る経験や能力が無ければ罠避けにしかならない。

 だが、私であれば生存率は僅かに上がるだろう。

 

「ボーナスに色付けるからさ。最新式の冷蔵庫欲しいって言ってなかったっけ?」

 

 ……仮に、だ。

 仮に私が行って何をすればこの調査依頼を完遂とするか。

 本隊が到着するまでに何を見つければいいのだろう。

 最悪、街の出入り口付近でうろうろして終わる。

 そうすると本隊の人間に嫌味の一つでも言われるだろう。

 だが、その程度で終わるのであれば。

 ……まあ、その程度で冷蔵庫を買い換えられるならいいか。

 

「……洗濯機もですよ」

「うん?」

「冷蔵庫と洗濯機。この2つを買い替えるだけのボーナスを出してください」

「はっはっは。分かった分かった。何ならテレビだっていいよ」

 

 ……言ったな?

 最新式の一番いい奴にしてやる。

 多分支部長の数か月分の給料になってしまうだろうが言い出したのはあちらだ。

 その時は容赦なく取り立ててやる。

 

 念のため誓約書に書かせる。

 私が無事に任務を終えたのであれば、3つの家電分のボーナスを上乗せするように。

 

「フレイ・ロット。只今より南極に出現した謎の街……通称『楽園』の調査に向かいます」

「うんうん。行ってらっしゃい。ちなみに時計塔からの話だと噂の聖杯戦争が起こるかもしれないって言うから、君もマスターとやらになれるチャンスだよ」

「はぁ?」

 

 ちょっと待て。

 後出しで要らない情報を出すな。

 いや、必要ではあるけれど。

 

「ちょ、合理的に――」

「ほらこれ、君の荷物。あちらまでの船も手配してあるから」

 

 いつの間にか支部長の手には馴染みのあるザックがあった。

 登山用にも使える大きめのもので気に入っていた。

 

「おい、乙女の私物を――」

「じゃあ、行ってらっしゃい」

 

 

 

 

 

 こうして私は支部長に半ば無理やり南極に送り出された。

 支部長お手製の南極下でも活動出来る魔術礼装があるのはありがたい……が、本来であればぬくぬくとお茶を飲んで勤務時間が終わるのを待つはずであった。

 ……思い出したら少しばかり腹が立ってきた。

「良いだろう。全てをこの眼で見通してやる」

 

 私は踏み入れる。

 この楽園のような街へ。

 

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