宝玉の花嫁   作:流々毎々

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二作目。


上・開拓村のアレン

疲れたな。

 

 己が住む田舎の故郷の村から、都会の街であるリゼンフォーラを目指して道を歩く若者ーアレンは、そう弱音を漏らす。

 アレンの故郷の村は、貧相と言う訳ではないがかといって其れ程余裕のある場所でもない。都会からは遠く、娯楽と言えば半年に一回くる旅の商人からの生活品の交換と、年に一度の感謝祭くらいなものである。

 運良く飢饉には直面していないが、もしそれがやって来たなら容易く廃村となってしまうだろう。それくらいには、余裕がない何処にでもある開拓村の一つだ。

 

 アレンは、そんな村の改善策の一環として都会の街に出稼ぎとして選ばれた若者だ。この策が上手く行くかはどうかとして、当初アレンは村長にその旨を伝えられた時、使命感に満ちていた。元服(この国では、15歳から大人扱いをされる)を終えたばかりだったため、人一倍責任感を持ち合わせていたのだ。

 しかし、そんな若者特有の青い正義感は今、潰えようとしていた。別段何か特別な事情があった訳ではない。夜間の間に、何度か獣と遭遇したもののアレンは獣の相手には慣れていたため、大きな怪我もなくやり過ごす事が出来ていた。稀に返り討ちにし毛皮という臨時収入を得ていたくらいだ。

 追い剥ぎといった輩にも、運がいい事にいまだ出くわしていない。

 

 では、何がアレンのやる気をごりごりと削っているのか。答えは単純で、とても遠いのだ。己の故郷の村と、今目指している都会のリゼンフォーラは。

 早馬の足で7日程で、普通の馬の脚ならもう少し掛かる。

 つまり、人の足ならもっと掛かるのだ。

 アレンも、村から出て一月弱。まさか、ここまで時間がかかり、また、ただ歩き続けると言う行為がこんなにも苦痛だとは思いもしなかった。途中、何度か道を間違えてしまったのでは?と邪推してしまうこともあったが、悲しいこと(と言えるかは謎だが)に村からリゼンフォーラまではほぼ一直線の道程である。

 余程の方向音痴でもなければ間違えようにない。

 

 途中、馬車などが通り掛かれば相乗りなどできたかもしれないが田舎道のせいか、ついぞ一台も見かけることがなかった。村長からも、歩いて行くには遠く辛いだろうと忠告をされていた。こんなことなら、意地を張らずに村長の言葉に甘えて、次の行商人が来るのを待ってリゼンフォーラまで乗せてもらえば良かった。

 しかし、どれだけ過去のことを後悔しようと今のアレンの現状にそれが反映される事はない。

 

 許されるなら、今すぐにでも何もかも放り出して村へと帰りたい。

 アレンはそのような考えを、ここ最近一日中頭のなかで思っていた。だが、アレンの歩みは止まる事は無かった。ずっしりと感じる懐の重み。アレンにとっては、もはやお守りとさえ感じるようになったソレ。村全体で、何年もかけてこの出稼ぎの軍資金として貯金したお金である。その額、およそ金貨一枚分のヘソクリだ。

 このお金があれば、行商人から村全体の生活品を買い付けて尚、あまりが出る。片田舎の生活事情からすればまさに大金だ。

 

 アレンは、自分の足が村の方に向きそうになるたびにこのお金の入った袋の重みを確認し、誘惑を断ち切り歩を進めて来た。

 しかし、それもそろそろ限界が近い。

 

 人の往来がある為、最低限道の程をなしているが、アレンの進む道は整備など一切されていない。凹凸の目立つ道筋とは、例え平面であっても歩き辛く予想以上に体力を奪われる。真上の空からは、太陽が悠然と顔を出しており容赦無くアレンの身体を照らしていた。

 かと言って、雨の一つでも降れば足止めされる事は必須である。

 

 終いには、前を見て歩く気力もないのか視線を下に向けて歩き続ける。そのアレンの姿はまるで疲れ切った老人のようでさえあった。

 

 それでも今のアレンにできる事は、太陽が出ている昼間の内にひたすらリゼンフォーラにむけて歩き続けるけとだけであった。

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ーーー

 

 今日も変わらず歩き続けていたアレンは、ふと人の気配を感じ俯き地面を見ていた目線を上げる。馬車だ、馬車が見える。それも一台や二台ではなく沢山も。それに応じてか、人の姿もあちこちに現れるようになった。

 

 皆、いくつものあるわかれ道から顔を出し合流地点の大きな中央道へ向けて進み続けている。アレンは、鈍くなった頭の思考で黙って見つめていたが、次第に彼らが自分と同じくリゼンフォーラに向かっている最中である事に思い至る。

 

「やった…」

 

 思わず、喜びの声が上がる。その声は、とても小さくまた疲れからかガラガラの声であったが、確かに喜悦が含まれていた。

 これだけ、多くの人々が行き来しているということは目的である町は近い証拠だ。

 日々、足が止まりそうになるたびに後もう1日、後もう一歩だけと言い聞かせて来た過去の自分の行いは無駄ではなかったんだと、泣きそうになってしまった。

 

(嫌、駄目だ。油断してはならない)

 

 アレンは、つい気が抜けて座り込みそうになる自分の体に喝を入れる。何故なら、近くに着いただけでアレンは未だにリゼンフォーラに到着したわけではないからだ。ここまで人が多いのなら、無いとは思うが例えば追い剥ぎにでも会えばこれまでの道程が全て無駄になる。

 リゼンフォーラを見るその瞬間まで、決して気を緩めてはいけない。アレンは、そう自分に言い聞かせて再び歩き始めるのであった。

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 あれから、約数時間。アレンは黙々と大きな中央道の端側を歩き続けていた。この道は人の行き来が多いお陰か、ある程度道が整備されていて今までに比べると格段に歩きやすい。

 アレンが道の端側を歩いているのは、馬車などの通行の妨げにならないようにするためだが、加えてこの馬車がある地点を境に列を成し始めたからだ。アレンはおそらく、街へ入るための順番待ちではないかと予想していた。

 

 村へと訪れる行商人も、街に入るには時間がかかり下手をすると丸一日経っても中に入れないこともある、と愚痴をこぼしていた。

 故に、アレンは目的地であるリゼンフォーラが目と鼻の先にまで迫って来ていると確信していた。

 

「荷馬車は右に寄って大門から通れぇー!徒歩で少人数の者は左に寄って、小門で検問だー!!間違えるなよ、あと、割り込みなんて真似もするなー」

 

 アレンは、少し遠くから聞こえて来た声に従い左側により人の列が出来ている一番後ろに並ぶ。荷馬車の方とは違い、こちら側はするすると検問が進み、一時間程でアレンの番がやって来た。

 

「次の者、名前とリゼンフォーラに来た目的を言え!」

「アレン…です。リゼンフォーラには出稼ぎに来ました」

「アレン?名前だけということは、かなり遠くからきたのか」

「あ、はい。村は馬の脚で、半月程の場所にあります」

「馬で半月か…。本当に遠くから来たのだな。それくらいの場所だと、開拓目的の村か」

「はい、そうです」

 

 アレンは、慣れない丁寧な言葉(都会では、この方がウケが良いと行商人が言っていた)での受け答えに四苦八苦しながら、二人組の検問の兵士の質問を消化していく。

 兵士側も、アレンが珍しくかなり距離のある村から来たと知って少し驚いていた。

 

「目的は出稼ぎらしいが、時期外れだな?」

「えっと、村自体にあまり余裕がある方ではなくて…。少しでも早く、仕事に就いて稼ぎたいと思いまして」

「そうか。立派な志しだな」

 

 兵士は言葉でこそアレンを褒めてはいるが、内心では溜息を吐きたい気持ちだった。別に出稼ぎ自体は悪くない。むしろ良くある理由だ。だが、時期が悪い。

 大体の場所で言える事だが、町や村が活発になり仕事が忙しくなるのは春の作物の回収から夏にかけてである。この時期ならば、どこも人手不足で五体満足の健康体ならいくらでも歓迎される。

 

 しかし、今の時期はちょうど忙しさが緩和され街全体がゆったりと休み始める季節なのだ。つまり何の信用も特別な仕事の技能も持たない余所者が、仕事に就くのは容易なことではない。

 兵士は、それを知っているが故にアレンに同情し溜息を吐き掛けたのだ。

 今後、リゼンフォーラには入ったとしてこの若者がちゃんとした仕事に就けるかは分からない。とは言え、遠い村から来たものに事実を伝え根をへし折ることはしたくない。結局のところ兵士は、同情心を仕舞い込み詰問を再開するしかなかった。

 

「それで、一応聴いておくが身分を証明できるものはあるか」

「一応、村長から紹介状を貰ってます」

「ほう。確認するから見せてくれ」

 

 アレンは、懐からよれた皮紙を取り出す。この国の言語学は、一般的に普及している方ではないので都会なら兎も角、村などでは村長と言った代表者くらいしか文字を読み書き出来ない場所も少なくない。その為、出稼ぎに来た多くは村からリゼンフォーラに訪れた際、身分を保証するために代表者が一筆嗜めると言った手段を良く利用していた。

 

 しかし、この方法での身分の保証にも限度がある。この国には、名無しと名有りの二種類の村が存在している。アレンは名無しの村出身だ。

 この二つには、明確な違いがあり信用度が高いのは前者の名有りの村の方だ。何故なら名有りの村は、開拓を成功させ、ある程度生活を安定させている国にとって税収が見込める優良な村として認識されているからだ。そう言った村は、自分たちの住む場所に名前を付けることが許させる。

 正確には、国に申請しそれを認めて貰う必要があるが、そこまで行けば晴れて名有りの村となる。

 

 家名がない者は、この時の村の名前を家名代わりに使うものも珍しくない。また、名有りになれば村に色々とトラブルが起こった際、国にから対処してもらいやすくなる。

 名無しの開拓村でのメリットは、税収がほとんどないことであるが逆に言えば国からはそこは開拓場所であって、面倒を見なければならない村ではないという扱いを受けてしまう。

 

 つまり、名有りの村とは現地の住民にとって一種のステータスとなり得るのだ。

 

 この点を踏まえると、アレンが村長に用意して貰った身分を保証する紹介状の効力も微妙なものとなる。なにせ、いつ何かしらのトラブルで廃村となってもおかしくもない名無しの村の紹介状なのだから。

 

「うむ。確認した。特に不備はない」

「ありがとうございます」

「とは言え、開拓村の紹介状では就職にあまり有利には働かん。それを過信しないように」

「はい…」

「まあ、何だ。無いよりはずっとマシではあるぞ」

 

 兵士は、紹介状を返す時アレンが顔を伏せたのを落ち込んでしまったのだと思い慰めの声をかける。

 

「さて、色々と確認したが、お前に問題は特にないので検問は終わりにする」

「最後に通行料だけ払って貰うぞ」

「え?」

「通常の通行料金は銅貨十枚だが、お前は身分を保証されているので銅貨五枚で良い。さっそく、紹介状が役に立ったな!」

 

 アレンは、兵士が明るく告げた言葉に冷や汗をかき始める。

 

「あの、その。街に入るのにお金が掛かるんですか?」

「勿論だ。この場所の維持費などもタダではないからな」

「勘違いしないように言っておくが、リゼンフォーラの住民でない限り全員に通行料の支払いを求めている。余所者だからと、意地悪しているのではないからな?」

「そ、そうですか…」

 

 アレンは、焦る。お金自体はある。村長に持たせて貰った、虎の子の金貨一枚分のお金が。しかし、このお金はアレンとって道中、何度も心が挫けそうになった時に支えてくれたお守り同前のお金である。

 どうにもそのお金を取り出すのは、銅貨五枚と言え躊躇われた。まさしく、本末転倒な話である。

 

「…もしかして、通貨を持ち合わせていないのか?」

「いや、あの」

「では、ここは通せない!…、と言いたいところだがお前のような奴は珍しくない」

「田舎の村などでは、物々交換が主流であるしな。なので、通貨の代わりに銅貨五枚分の価値のあるものを徴収して通すこともできる」

「本当ですか!?」

 

 兵士は、まごつくアレンの姿を通行に払うお金を持ち合わせていないのだと勘違いし代案を出してくれた。アレンとしても、ヘソクリ分のお金を使わずに済むのなら万々歳である。

 

 しかし、今の自分にお金に代わるものを持ち合わせていたであろうか?

 そう疑問を抱くが、余り待たせるのは不味いと感じ急いで手荷物を確認する。

 

「あの、毛皮なら有るんですけど」

「状態を見たい。出してくれるか?」

 

 アレンは、リゼンフォーラに行く道中で仕留めた獣で加工した毛皮を取り出し兵士に手渡す。

 この毛皮は、リゼンフォーラで直ぐに職に就けなかった時の為の保険だったので多少惜しく感じながらも背に腹は変えられない、と未練を断ち切る。

 

(それに、毛皮はもう一枚あるし)

 

 アレンは、心の中でそう思いながら兵士の反応を伺う。

 

「毛並み自体は余り良くないが、なめしなどの後処理がしっかりしてあるな」

「これなら問題あるまい。この毛皮は、銅貨五枚分の価値が有ると判断する。通って良し!」

 

 そう言いつつ、兵士は心の中でぼったくりだなと独りでに愚痴る。確かにこの毛皮は、毛並み自体ありきたりのものだがきちんと加工してある。しっかりとした店に持って行けば、銀貨三枚は堅いだろう。

 

 それが、たったの銅貨五枚への暴落である。兵士も態度の悪い業突く張りな相手であれば、ざまぁ見ろと思っていただろう。しかし、アレンは遠い田舎から出てきたばかりの世間知らずの若者でる。

 流石に、兵士も良心が痛んだがこればかりは仕方がないと自分に言い聞かせた。

 

「ありがとうございます」

「ああ、街の中では問題を起こさないようにな」

「それから、リゼンフォーラから出る時は通行料は発生しないが再度、入ろうとすれば料金が必要になる。通貨を事前に用意しておくように」

「はい、分かりました」

 

 こうしてアレンはようやく長い間、思い焦がれていたリゼンフォーラに入る事が出来たのであった。

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ーーー

 

「…」

「どうした、そんな考え込んで」

 

 アレンが、無事検問を終えて街の中へと続く小門を潜り抜けけるのを見送った兵士が、もう一人の相方に声をかける。

 

「いや、通してしまった今言う事じゃないんだが、さっきの坊主、長旅にしては荷物が少なかったなと」

「本当に今更だな。別段そこまでおかしな事でもあるまい。田舎から出てきたばかりの若造だぞ?」

「だが水袋さえ見当たらなかったぞ」

「それは、おそらく道中で飲みきった際、荷物になるから捨てちまったんだろ。旅慣れしてない奴は、後先考えないからな」

「そうか…」

「そうだよ、考えすぎだ。それも良くある事だろ?ほれ、そろそろあの坊主も小門の中の道を通り切ったろ。検問を続けるぞ」

「ああ、分かった」

 

 検問の際、余りに人を短時間の間に通すと中の通路で詰まる場合がある。

 故に、次の検問を始める前に意図的に少しだけ間を空けるのだ。兵士達にとっては、一息付ける瞬間でもある。

 次第に彼らは検問を再開し、たった今沸いたアレンへの疑問などすぐに頭の中から消えてしまうのであった。

 




上・中・下の三部構成を予定してます。
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