何事もなく検問を終え、リゼンフォーラに入る事が出来たアレンであったがまず最初に目に付いたのは人の数の多さである。アレンは、見渡す限り人だらけの場所など初めて見た。
それもそのはずで、リゼンフォーラは約十万人もの人々が住むとても栄えている街だからだ。
アレンの住む村は、せいぜい百人にも満たない人数しかいない開拓場所だ。村の全員と顔見知りといった生活を送ってきたアレンからすれば、まさに圧倒される光景であった。とは言え、何時迄も入り口付近で尻込みしている訳にもいかない。
アレンはまず、手元に残ってあるもう一枚の毛皮を売り付ける事に決めた。店の住所が分からないので、道行く人々に場所を尋ねながら街の中を進んで行く。
正直、アレンはこの人混みの中を突き進むだけで酔っ払った様な気分を味わっていた。何よりも、故郷の村にはない混雑とした道中がとても煩わしく感じる。さらに不思議な事に、見知らぬ人間が時折こちらの体に手を伸ばし触れようとしてくるのだ。その度にそれをいなし続けるのも疲れを増長させていた。
そしてやっとの思いで辿り着いた店で、毛皮を銀貨一枚で買い取って貰うことが出来、アレンはふぅと一息付く。
とりあえず懐に余裕が出来た。後は仕事先を見付けるだけである。アレンはそう意気込んで、職にありつくため自分を売り込みに行くのであった。
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「はぁ…」
アレンがリゼンフォーラに到着してから、既に数日の時間が流れていた。
職探しの結果は惨敗である。どこに行っても、今は人手が間に合っていると断られてしまうのだ。一つ二つは、色良い返事を貰いかけたがアレンが名無しの開拓村出身と聞いた途端、白紙に戻されるなんて事もあった。
酷いところでは、アレンを世間知らずの田舎者と侮りタダ同然で働かせようとする所もあった。アレンはあくまでも、リゼンフォーラには出稼ぎに来た身分である。働けると言っても、犯罪奴隷の様な雇用形態では困るのだ。
「時期だ、きっと時期が悪いんだ」
アレンは、この散々な結果を時流のせいにして自分を慰めていた。とは言え、村長の忠告も聞かずに出て来たのは己の判断である。季節のせいにするならば、その判断が空回った証だ。
しかしアレンは、努めてその事実には気付かない振りをした。
「もう少し、どうにかなると思ってたんだがなぁ」
そう呟きながらアレンは、ここ数日の間、利用している酒場で食事を摂る。街全体で見ればそれ程質が高い酒場ではないが、良くも悪くも開拓村での生活しか知らないアレンにとって、ここは安くご飯が食べれる良い場所であった。
「おい坊主、さっきからシミったれた顔しているがどうしたよ?」
「え、」
アレンが酒場の食事に手を付けていると、何処からともなく酒の匂いを漂わせた男が声を掛けながらアレンの隣の席に座って来た。
「あの」
「いや、待て。当ててやろう。田舎の故郷から力んで出て来たは良いものの、働き口が見つからない。そうだろ?」
「そ、その通りです」
「いよっしゃあ、ビンゴォ!このチャック様の慧眼も見事なもんだろう!」
「…」
アレンは、ガハハ!と口を大きく開けて笑う男を唖然として見た。いきなり声を掛けて来たと思ったら、アレンの現状を喜劇でも見ているが如く嘲笑われたのだ。アレンは、この男に対して少なくない不快感を覚える。
「おいおい、そんな不機嫌そうな顔をするなよー。せっかくしょげてる坊主を慰めてやる為に話掛けたってのに」
「慰める?馬鹿にしに来たの間違いじゃないですか」
「だから拗ねるなってー」
酔っ払いの相手などまともにするだけ損であるが、アレンはついこのチャックと名乗る男に対してつっけんどんな返事を返してしまう。どうにもこの不真面目なチャックの態度がアレンの癪に触った。
「あー、悪かった。悪かったよ。大人気なかった、坊主の機嫌を損ねた詫びだ。とっておきの儲け話を教えてやるから機嫌直せって」
「儲け話…ですか?」
アレンは、不機嫌だった気分を一瞬忘れチャックの出した話題に耳を傾けてしまう。本当にそんな話が転がっているなら、気に入らない相手だったとしても頭を下げてでも聞きたい。
中々、職に就けないアレンにとってその手の話はまさに急所であった。
まあ、酔っ払いの話を何処まで信用して良いのか疑問ではあるのだが…
「坊主。お前もリゼンフォーラに何日かいたなら、武闘祭の話は耳にしたろ」
「何ですか、それは」
「かーっ、そこからかよ」
チャックはアレンの様子を、呆れながら見つめ説明を続ける。
「武闘祭ってのは、リゼンフォーラを治めるお貴族様が催してる十年に一度の伝統ある行事の事だよ」
「祭り…感謝祭のようなものですか?」
「まあ、祭という点では似てるが一つだけ他とは違う点がある」
そこまで話すとチャックは、手に持っていた酒のコップをぐいっと煽る。ゴクゴクとコップに残っていた酒を飲み干し、おかわり!と叫ぶと続きを話し出す。
「でだ。その違いってのが試合があるとこなんだよ」
「試合。戦うんですか」
「おうともよ!戦士達が己の力と誇りをかけて戦う祭。それが武闘祭さ!すげぇだろ?他じゃちょっとお目にかかれないぜ」
「そう、ですね」
アレンは熱く語るチャックを余所に、あまり話の中身に入って行けなかった。アレンが知ってる祭りといえば、村で年に一度行う感謝祭だけである。一応この感謝祭にも、押し取りと言う催しがある。
押し取りは、相手を地面に引いた線の外側に押し出した方が勝ちなシンプルな勝負方法だ。
これは、怪我もしにくくルール的に遺恨が残り辛いので祭りのイベントとして非常に相性が良い。
その日の男衆は、精魂尽きるまで取っ組み合う。まるで日々の鬱憤を忘れるように。
しかし、この男の入れ込みようをみるに武闘祭の試合は押し取りのような平和的なものではないのだろう。
そのお陰で、アレンはチャックの言う武闘祭がイマイチ具体的に想像しずらかった。
「しっかしお前さん、武闘祭は街の中央で開催されるから東の端側であるここではあまり活発的な動きが見れないとは言え、武闘祭の名前まで知らんとわ。リゼンフォーラまで来て何やってたんだか」
「…仕事先を探してたんですよ」
「おっと、そうだったな。悪い悪い」
チャックは、言葉とは裏腹に悪びれた様子もなく雑に謝る。アレンはそれに、思うところを感じながら結局これの何処が儲け話に繋がるのか気になっていた。
「さっき言ったリゼンフォーラを取りまとめるお貴族様は軍門の家系でな、初代当主様は戦場にて武勲を上げて今の地位を築いたと言われている」
「はあ」
「だからこそ、そのお膝元でやる武闘祭にはかなりの力を注いでいらっしゃる」
「そうなんですか」
「反応が悪いなー、まだ分からないのか?」
いまいち話の流れを掴みきれていないアレンにチャックは、焦れたように続きを話す。
「つまりだこの武闘祭での優勝者には、戦場にて戦果を上げた初代当主様の生き様に則り、現当主から褒美が与えられるんだよ」
「褒美?それってお金がもらえるんですか?」
「それだけじゃねー!武闘祭で優勝したとなれば即ちリゼンフォーラ最強の戦士の証だ。普通じゃあ考えられない程の名誉が手に入る。そうなりゃ、あらゆる場所から引く手数多さ!」
チャックは、そう叫ぶとまた酒を煽り一息付く。アレンにとって(アレンで無くてもだが)貴族とゆう存在は天上人に等しい。そんな高貴な存在から受け賜る褒美など想像もつかない。
もしかすればそれは、村の現状も一発で解決できる代物かもしれない。
そのように考えるアレンに酒を飲み終えたチャックは、さらに話しを続ける。
「とは言え、今言ったのは例年通りの武闘祭での話だ」
「え?」
「おっと、勘違いするなよ?今年の武闘祭がいつもより劣ると言ってるんじゃない。寧ろ逆だ」
「逆?」
「そうだ。何と今年の武闘祭の優勝者にはお貴族様が誇る宝玉を授けると当主自ら宣言したんだ」
「宝玉。そんな凄そうなものを貰えるのですか」
「おうとも。貴族様をして宝玉と言わしめるんだ。想像もつかないだろ?」
「はい」
「もし優勝でもすればその武勇はこのリゼンフォーラで末代まで語られるだろうぜ。そうなれば一生食うには困らんだろうなぁ」
熱く語るチャックを余所にアレンの心情はそこまで晴れることはなかった。確かに、チャックの言う通り勝てさえすればとんでもない儲け話だろう。
しかし、アレンにはこの話に対して喜べない根本的な問題があった。
「ないです」
「ん?どうした」
「戦えないです。と言うか獣ならまだしも、人間との戦い方なんて知りません」
そう、アレンは人と切った張ったの争い事をしたことがないのだ。村にも出るような獣の仕留め方なら心得ているが、おそらく人間同士の闘いはそんなものとは根本的に違うだろう。
だからチャックが盛り上がっているのに対して、アレンはそこまでこの話に入れ込むことが出来なかった。
しかしチャックはそんなアレンの反応は分かっていたのか問題ないと笑う。
「なーに、俺様も坊主が優勝出来るなんて思っちゃいないさ」
じゃあ、何でこの話を持ってきたんだよ思うアレンにチャックは目線で話を聞けと見つめる。
「少しは頭を使って考えて見ろって。いいか、今年の武闘祭は褒賞の事もあって参加する戦士の質がいつもより高いともっぱらの話だ」
「余計ダメじゃないですか」
「結論を急ぐなよ。つまりだ、そんな強い戦士たちに勝ち越せば優勝しなくても人の目に止まるってことだ」
「…だから?」
「今の時代、誰だって強者と繋がりを持ちたいもんだ。護衛・見張り・害獣の討伐、需要は幾らでもある」
確かに、そう言った者たちの目に止まれば向こうから仕事の話にありつけるかもしれない。
「でも、そんなに上手くいきますか?それに繋がりを持ちたいなら優勝者に皆行くと思うんですけど」
「素人の考えだな。いいか坊主、武闘祭の優勝者は貴族様から直接祝われるんだ。そんな相手を間違っても雑に扱う事なんてできない」
「面子を潰すからですか」
「そうだ。つまりそんな存在と関わりたいなら良くも悪くも金がかかる。だが残念ながら全員がそんな大金を持ち合わせている訳じゃない」
アレンは、何と無く話のオチを予想しながら最初の頃と違い真面目な姿勢で耳を傾ける。
「強者がほしい。けど金がない。もしくはケチって使いたくない。そんな奴らが取る方法は何だと思う」
「…それ以外の手頃な相手を求める、ですか?」
「冴えて来たじゃないか。坊主の言う通り、負けからといって試合の敗者は弱い訳じゃない。勝った相手がより強かっただけだ。だから、目ざとい連中はそんなお手頃な奴を抱え込もうとするのさ」
アレンのその言葉に目を見開く。
「優勝しなくとも1・2回勝って強さを証明できればあるいは、」
「仕事にありつく事ができるかもしれない…?」
その結論に達した時、アレンの声は震えていた。この話が事実ならば確かに戦い慣れていないアレンにもチャンスがあるかもしれない。
「多少は運の要素もあるだろうが坊主は体格が良い。武闘祭には記念で参加するのもいるから、もしそいつらと当たれば勝てる可能性はあると思うぜ」
「本当にそう思いますか、記念と言っても戦う心得はきっと持ち合わせているでしょう?」
「そうだとしても、こんな所で就くことができるかも分からない仕事を探すよりチャンスがあると思うぞ」
な?確かに儲け話だったろ、そう言ってチャックはこの話を締め括る。これを聴き終わったアレンの心境は穏やかでいられなかった。
何日もかけていた失敗続きの仕事探しの後に聞かされたのもあって、この事がとてつもないチャンスのように感じたのだ。
今のアレンは冷静な心を欠いていた。
「ん、どうした。いきなり立ち上がって」
「今の話をよく考えて見ます」
「おお、そうか。なら気を付けろよ。武闘祭の開始は3日後だ。明後日の昼までに中央街にある試合場で参加表明を伝えなきゃ、試合に出る事すら叶わないからな」
「分かりました」
「それともう一つ助言だ。そのクソ丁寧な言葉使いもやめとけ。身分も無いのに試合の場でそんな口調だと舐められるぜ。戦うなら漢らしい言葉を使うんだな」
「そうなんで、…そうなのか。れ、礼を言う?」
良いってことよ!と声を上げたチャックは、アレンが酒場を出て行く後ろ姿を気持ち良く見送るのであった。
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「さっきのはどう言うつもりだったんだ?」
「んあ?なんだよマスター」
アレンが出て行った後、チャックはまだ一人で酒盛りをしていた。そんなチャックに酒場の店主が声をかけて来たのだ。
「田舎の若造に随分と吹っかけた話をしてただろ。趣味が良いとは言えんぞ」
「おいおいマスター!誤解だぜ。俺はリゼンフォーラに来て途方に暮れていた坊主を元気付けただけだよ」
「ものは言いようだな」
チャックは大げな身振り手振りで店主の言葉に反応する。しかし、その顔はいやらくニヤニヤと笑っていた。
そんなやり取りをするチャック達に他の酒場の客も話に混ざって来る。
「なんだ、チャック。まーた世間知らずの田舎もんにホラ話を吹き込んだのかよ!」
「人聞きの悪いこと言うなって。それに、俺は事実しか喋ってないぞ」
「抜かしやがるぜ、ホラ吹きチャックさんよ」
ゲラゲラと笑いながらこちらを揶揄ってくる他の酔っ払いの言葉に肩をすくめつつ、チャックは巫山戯ながら弁明を続ける。
「だーかーらー、嘘は付いていません~」
「だが、本当の事も言ってないだろう。リゼンフォーラ周辺のあらゆる強者が集まる武闘祭。特に今年は褒賞の所為で出場戦士の質が連年の比じゃない。間違いなくあんな若造が勝てる場じゃない」
「そーそ。何がチャンスが有るかもだよ。ひっどい奴だぜ」
万年酒場で酔っ払い管を巻き、見かけない余所者がいれば積極的に絡みに行くチャック。
又の名を騙りのチャックと酒場内では言われていた。
「皆んなしてなんて言い草だよ。俺は落ち込んでいる坊主に親切心で助言したってのに」
「嘘つけよ」
「仮にお前らの言う事が本当だとして、俺は率先してあの坊主に都会の厳しさってやつを教えてやったんだよ。坊主のために進んで憎まれ役を買って出る俺、なんて良いやつなんだー!」
「ハハハ!酒じゃなくて自分に酔ってらぁ」
チャックは田舎から出てリゼンフォーラに来たが上手くいかない余所者に、助言と称したデタラメを吹き込んでさらに挫折する姿を見るのが趣味の性悪であった。
「いつか刺されても知らんぞ」
「物騒なこと言うなよマスター。武闘祭の参加費用は金貨一枚だぜ?田舎から出てきた坊主が持ち合わせてる訳がねぇ。分不相応なことして怪我なんてしやしねぇよ」
チャックは性悪な男ではあったが、一線を越えないだけの常識を持ち合わせていた。だからか今日に至るまで報復などされた事がなく、せいぜい話に乗せた相手から悪態を吐かれる程度ですんでいる。
「それにだ、こんな程度で挫折して故郷にとんぼ返りする奴はハナっからリゼンフォーラで暮らすのに向いてないのさ。むしろより酷い詐欺に会う前に自分の程度が知れるんだから感謝して欲しいよ」
「面の皮が厚いこった」
「でもマスターだって話に割って入ってこないって事はそう思ってる証だろ?」
「酔っ払いの与太話にいちいち介入してたら切りがないだけだ」
気持ちの良い話ではないが、チャックの言い分にも一理ある。
実際に、これで折れるような奴はコネでもなければリゼンフォーラで暮らしていくのは難しいだろう。下手に火傷を負う前に退散するのが本人のためだ。
だからと言ってチャックのやり方を認める訳ではないが…。
止める理由もまた無い。他者の悪意を見抜けぬ者に降って湧いたチャンスを掴む事は出来ないのだから。
(こんな事、ここに限らずともどこにでもある話だ)
店主はそのように自分の考えをまとめ、自分が持ち合わせている良心と折り合いを付けた。
やがて店を閉める頃には、チャックと若者のやり取りの事も忘れ眠りに付くのであった。