リンちゃん曰く『一年中キャンプしている変わった人』だから、テントや掘っ建て小屋で暮らしていると想像しても、不思議と違和感無かった。
また、それ故に広い土地を持つ豪邸に住んでいる気もしてたから。
至って普通の一軒家だった……。
「あら?」
新城さんが開けるよりも先に、玄関の戸が開く。
「あ。お義父さん、帰ってきたの?」
「すまんな、出掛けるつもりだったが、予定が変わったんだ。ラインした筈だが」
「そうなの? ごめん、見てない」
丸メガネをかけた女性。背は俺より少し低いぐらい。年齢は……親の世代だろうか。
ところで、この人は?
俺の頭に『?』が浮かんでいるのが見えたのか、新城さんがこちらを向く。
「
「新城 マミです。えっと……あなたは?」
「あ、俺は滝野
「こちらこそよろしくね」
マミさんか。
互いに名乗って名前は分かったけど、彼女は俺が何者かを知らない。
頭に疑問符を浮かべながら、新城さんの方を見る。……混同するな。ここは
「
肇さんがマミさんに俺の説明をした。まあ、その通りだな……。
「そっか。じゃあ、リンちゃんのツーリング仲間でもあるの?」
お。リンちゃんがバイク乗ってるの、知っているんだ。
「ああ。リンが初めて乗った日は、一緒に走ってくれたんだ。そうだったな?」
あ、振られた。
「は、はい。一緒に
おっと。緊張して余計なことを言ったかも。
「なるほどね。やっぱりお義父さんの孫ね。義姉さんもだけど」
気にする必要ないみたいだ。
「咲の娘だからな。それより、こんなところで立ち話もあれだろう。上がってもらいなさい」
「そうね。純一くんだっけ? コーヒーで良いかしら? すぐ用意するわ」
おっと?
食卓に通される。
「適当に座って」
「はい……」
椅子に座ろうと思ったところ、電話の脇にある写真立てが目に入った。
バイクを背に、三人で撮ったものだ。誰だろう……?
「その写真が気になるのか?」
「えっ?」
肇さんが気付く。
「私と咲と
問わず語りで教えてくれた。
「そうなんですね。咲さんからは乗ってた話は聞いたことがあるんですけど、渉さんも乗っていたんですね」
「知っているのか。昔は三人で出掛けることもあったんだよ」
「そうだったわね。ああ、確かHDDに写真入ってるわね。あとで持ってくるわ。どのみち、お義父さんが帰ってくるとは思わなかったから、夕食の買い物がまだなの。ちょっと出掛けてくるからその間にでも、ゆっくり見れば良いわ」
「あ、ありがとうございます……」
新城さんの家に一晩お世話になった。
マミさんは朝早くから仕事ということで、俺たちの朝食を用意して出掛けていた。
本当なら俺と肇さんはいないはずだったから、わざわざ作ってくれたって訳だ。有り難い。
朝食を頂いたあとは、出掛ける準備をする。
肇さんは元々、前に俺が渡した『むかわキャンプ場の割引券』を使うために出掛けたところだったらしい。
その為、山梨まで一緒にツーリングしてくれることになった。
高速に乗るまでは先を走ってくれるということで、一緒に家を出る。
あれ? 電話が鳴っている。誰だろう……?
周囲の安全を確認し、バイクを路側帯に停める。
スマホを取り出す。……アドレス帳に登録の無い固定電話だ。
「はい。滝野です」
とりあえず電話に出た。
『あ、お兄さん。一昨日振りです』
は? 誰?
待て。俺をお兄さんと呼び、一昨日会っている人……。一人しか居ない。
「
『おお。よくあたしからの電話だって分かりましたね』
「分かるよ。で、何か用でも?」
ふと、前方を見ると、少し先で新城さんも停まっていた。
『実は、あたしの携帯電話が昨日から行方不明でして。お兄さんのバイクに乗せてもらう前は有ったんですが、昨日の昼ぐらいには見当たらなくて……』
「ちょっと待ってて」
綾乃に貸したヘルメットを戻した時、もしかすると……。あった。
「あったよ。貸したヘルメットの下に隠れてた」
『良かった~。ところでお兄さん。いま、どの辺りに居るんですか? もう山梨帰っちゃいましたよね?』
そう思うのも無理はない。
一昨日の時点で既に帰るつもりでいたんだから……。
「えっとね。今は、設楽町の山の中だよ……。詳しい場所は分からないけど」
新城さんの家を出て10分も走っていない。まだ設楽町から出ていないはずだ。
どのみち、町外へ出ていても、場所を伝えるのなら充分だろう。
『し、設楽町って、愛知県の?』
こう答えると、困ったような声だった電話口の口調が、驚いた感じに変わる。
『何でそんなところに? お兄さん山梨帰るんじゃなかったの?』
当然の反応だな。
「まあ、話せば少し長くなる理由があってね……」
帰る途中に知り合いの家族に会い、一晩泊めてもらった帰り。という風に説明。
「……という訳。どうする? 家まで持っていこうか?」
場所は覚えている。山梨へ帰ることを考えれば、行こうと思って行けない距離ではない。
『それは有り難い話ですけれど、お兄さんだけ移動距離長くなっちゃいますよね? 今から何処か中間辺りで待ち合わせにしませんか?』
「ああ。それは俺も助かるよ。でも、どの辺りが良いかな……?」
回りを見渡す。
『そうですね……。あ、場所や地名言ったところで、お兄さん見当付きませんよね? 今いる場所すら良く分かってないんだから』
その通りだ。
「お困りかな?」
声が聞こえて振り向くと、長電話で気になったのか、新城さんが俺の側まで来ていた。
「綾乃、ちょっと待って」
綾乃に断りを入れ、電話口を離す。
「新城さん。実は……」
今度は新城さんに軽く事情を説明。
「なるほど。そういうことなら、私が電話を代わろう」
彼なら俺よりこの辺りのことに詳しいはずだ。
「助かります。お願いします」
電話を渡した。
「もしもし。突然すまない、私は滝野くんの知人の新城という者だ。事情は彼から聞いたよ。どの辺りが良いか、って話だな」
電話を代わった新城さんが話を進めている。
「君もバイクに乗っているという話だが、どの辺りまでなら来れるのかな? ……そうか。なら、
郵便局?
「場所は分かるかな。……じゃあ、そうしよう。何か困ったら公衆電話から連絡してくれ。こちらから君に連絡を……。そうか。それならその方が良いな。よし分かった」
新城さんが自分の携帯を取り出して、なにかを打ち込んでいた。
「それでは後程。気を付けて」
話が
「浜松いなさインター近くにある郵便局で待ち合わせることになったよ。そこならインターが近いから、帰りも楽だろう」
「分かりました。では、そこまて案内お願いします」
「うむ」
俺と新城さんは、バイクで山の中を走ってゆく。先を走る新城さんを俺が追いかける形だ。
昼でも薄暗い道を進み、峠の頂上にある少し気味悪いトンネルを抜ける。
すると、目の前が開け、眼前に棚田が広がった。
凄い。綺麗だ……。ここは一体?
あ、看板が立っている。
『四谷の千枚田』か。
こんな山奥でも人の営みがあるんだな……。
棚田を抜け、久し振りに見る信号機のある交差点を左折。
広くなった道路を走ってゆく。
広くなった分(?)、交通量も増えた。さっきまで、対向車が全く来ない道を走っていた分、何となく安心する。
えっと、三河……海老? こんな山の中で海老か。まあ、地名なんだろうけど、面白い。
海老の名の付く集落を抜け、再び山の中へ入って所々に点在する集落を縫うように走る。
交差点を曲がって国道に入る。
暫く走った先の道の駅に新城さんが入った。
『道の駅
ここで一旦休憩だ。
「ここまで来れば、待ち合わせの郵便局まで15分くらいだ。休憩までの間が開いてしまったが、身体の方は大丈夫かな?」
ん? どれどれ……。
お尻が少し痛いだけかな。
「大丈夫です。少しは長距離に慣れたみたいです」
「なら良い。だからといって油断は禁物だぞ」
「はい」
道の駅を出発。
国道257号線を東へ走る。
トンネルを抜けると、『静岡県浜松市北区』浜松市に戻ってきた。
『浜松いなさ北インターチェンジ』の案内を通り過ぎ、新東名の下を通り抜けると、今度は『浜松いなさインターチェンジ』だ。
似たような名前のインターが多い……。間違えたりしないんだろうか……?
なんて考えながら走ってゆくと、新城さんが手で合図を出した。
右手に郵便局が見えている。目的地の伊平郵便局だろう。
脇の歩道に誰か立っている。
「お~い!」
綾乃だ。俺たちに気付いたのか、手を振っている。
駐車場に入り、バイクを停める。
バイクから降りると、綾乃が駆け寄ってきた。
「お待たせ。待った?」
「いや、あたしも今来たとこです」
なら良かった。鞄から綾乃のスマホを取り出し、差し出す。
「はい。忘れ物」
「ありがとうございます」
そう言ってスマホを受け取ると、ズボンのポケットへ仕舞い、俺が下ろそうとした手を両手で掴んだ。
「えっ?」
急なことに驚いてしまう。
なぜ、今俺は手首を捕まれているのか……?
震えているのか。
「どうしたの、急に」
「足ガクです。初めてこんな遠いところまで、エイプで一人で来たから……」
なるほど。震えているのは、手ではなく足だ。
良く見れば、顔色も少し悪い気がする。
「怖かった?」
「いや、怖いって訳じゃないです。全く知らない土地ではないですから」
まあ、浜松市内だし(その浜松市がかなり大きいが、それは別の話……)。
綾乃の家から30分位のところだ。
「ただ、今まで遠いところに行ったことがないので、なにかあったらって不安だったんです」
「まあ、俺も初めは怖かったよ。一昨日だって、初めて高速走ったからね。初心にかえって何とか……? 正にそんな感じだったかな」
「流石お兄さん。経験値が違うなぁ……」
「そりゃあ、俺の方が一つ歳上だからな」
「ですよね……」
そういえば、いつの間にか新城さんの姿が見えなくなった。バイクはあるから遠くには行っていない筈だが。
「あたし、なでしこが遠くに引っ越しちゃって、不安だったんです。なでしこのことだから、大丈夫だとは思ってたんですけど」
コミュお化け。いつの間にか、誰とでも仲良くなってるのが
「だから、時々様子を見に行けたらな……って。16歳になってたから、バイクの免許を取って、お祖父ちゃんの伝で、エイプ貰って……」
バイクの方へ視線を向けた。俺も追う。
どういう経緯があるか不明だが、腰痛で引退したというお祖父さんから貰ったバイクらしい。
「でも、一人でだと不安で。結局、家と学校かバイト先の往復しか、したことないんですよね……」
「なるほど。でも、もう大丈夫じゃないか?」
「えっ?」
俺の言葉に、はっとした顔でこちらを向く。
「何だかんだ言ってここまで来れたんだし、少しずつ長距離に慣れていけば良いさ。それで、大丈夫だと思ったら、山梨へ行けば良い」
「そう……かなぁ?」
「そうだよ。正直、今回の俺は悪い見本だな。借り物のバイクだけど、少し乗り慣れたからって、いきなり高速に乗って浜松だよ? 舐めてたよ」
思ったようなスピードは出なかったし、めちゃめちゃ煽られたし。あげくのはてにパンクだ。
「今思えばあの時の綾乃は救世主だったね……」
「あたしがですか~?」
お。顔色が良くなった。
「パンクで困ってたところを助けてくれたんだから」
「えへへ……。お兄さんの救世主かぁ……。そうだ!」
ん? 何か思い付いたらしい。
「連絡先、交換しましょう! 折角、同じバイク乗りとしても仲良くなったんだし、もし山梨に行くことになったら連絡取りたいし」
「それ、各務原さんで良くない?」
「後のはねー。でも、仲良くなったバイク乗りは、お兄さんだよ?」
まあ、確かに。
「オッケー。好きにしなさい」
そう言い、鞄から俺のスマホを取り出し、差し出す。
ロック? なにそれ? 電源釦押して、画面スライドすれば終わりじゃないの?
画面ロックだとかパスコードがどうとか言っていたけど、なんのことだろう?
「……はい。ありがとうございます」
差し出されたスマホを受け取り、戻す。
「お二人さん。コーヒーでも
ふと、声がして二人して振り向く。
「新城さん。どこ行っていたんですか?」
姿が見えなかった新城さんがこちらへ歩いてくる。
「なに。年寄りは話の邪魔かと思ってね。近くに自販機があったから、買いに行ってたんだ」
言葉の通り、手には缶が。
「土岐さんはこれで良いかな?」
「えっ。あ、おしるこ……!」
「何となくそんな気がしてね。好み、合ってるかな?」
「はい!」
新城さん……。なんか凄い。
この人、昔は医者だったって昨日聞いたけど、病院勤務だったわけではないらしいし、どんな仕事をしていたんだろう……?
折角コーヒー(おしるこ)をもらったんだし、飲みながら話でも、と思ったが、綾乃はスマホの件でバイトの出勤を送らせてもらっているらしく、これからバイトに行かなけれはならない。
「じゃあ、あたしはこれで失礼します。新城さん、おしるこありがとうございます」
「ああ。アルバイト頑張りなさい」
バイクの維持管理には、当然お金が掛かる。その為には働かなければならない。キャンプも
学生の本分は勉強だけど、バイトもしないとバイクに乗れないし、キャンプもできない。
「あ、そうだ。お兄さんこれ、なでしこへのお土産です」
バイクに乗ろうとしたところで、なにかを思い出したらしい。
綾乃がそう言いながらリュックから取り出したのは、春華堂のビニール袋。あれってもしや……。
「うなぎパイ?」
受け取って開くと、中身は予想通りのものだった。しかし、俺が買ったものとは何か違う。
「それ、ナッツ入りのうなぎパイです。なでしこの好物なので……」
そんな話もしたっけ。
「ありがとう。戴くよ」
綾乃がヘルメットを被り、バイクに跨がる。エンジン始動。
「一昨日言ったように、お兄さんの分は先に確保してくださいねー。でないと全部食べられちゃうから……」
だろうね……。
「それじゃあ。また会いましょう!」
そう言って綾乃はバイクを発進させた。
「こちらこそ。気を付けて!」
「それはあたしの台詞ですよ~!」
手を振り見送る。
綾乃の姿はあっという間にカーブの先へと消えていった。
「それじゃあ、私たちも出発しよう。先は長いがゆっくり行けば大丈夫だ」
「はい」
トライアンフとトリシティ。それぞれのバイクに跨がり、発進。
今度は俺が前を走る。
行きと同じように、休憩しながら走っていけば大丈夫だろう。
まだまだ先は長いが、安全運転で行こう。