【完結】本栖高校吹奏楽サークル   作:小林司

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 忘れ物

 

新城(しんしろ)さんの家に到着。

 

設楽(したら)町の中にある至って普通の一軒家だ。

 

リンちゃん曰く『一年中キャンプしている変わった人』だから、テントや掘っ建て小屋で暮らしていると想像しても、不思議と違和感無かった。

 

また、それ故に広い土地を持つ豪邸に住んでいる気もしてたから。

 

至って普通の一軒家だった……。

 

「あら?」

 

新城さんが開けるよりも先に、玄関の戸が開く。

 

「あ。お義父さん、帰ってきたの?」

 

「すまんな、出掛けるつもりだったが、予定が変わったんだ。ラインした筈だが」

 

「そうなの? ごめん、見てない」

 

丸メガネをかけた女性。背は俺より少し低いぐらい。年齢は……親の世代だろうか。

 

ところで、この人は?

 

俺の頭に『?』が浮かんでいるのが見えたのか、新城さんがこちらを向く。

 

滝野(たきの)くん。彼女は私の息子の嫁だ」

 

「新城 マミです。えっと……あなたは?」

 

「あ、俺は滝野 純一(じゅんいち)といいます。よろしくお願いします……」

 

「こちらこそよろしくね」

 

マミさんか。

 

互いに名乗って名前は分かったけど、彼女は俺が何者かを知らない。

 

頭に疑問符を浮かべながら、新城さんの方を見る。……混同するな。ここは(はじめ)さんと呼ばせてもらおう。

 

(さき)の娘の高校の先輩だ。まあ、私のツーリング仲間でもある」

 

肇さんがマミさんに俺の説明をした。まあ、その通りだな……。

 

「そっか。じゃあ、リンちゃんのツーリング仲間でもあるの?」

 

お。リンちゃんがバイク乗ってるの、知っているんだ。

 

「ああ。リンが初めて乗った日は、一緒に走ってくれたんだ。そうだったな?」

 

あ、振られた。

 

「は、はい。一緒に本栖湖(もとすこ)まで……。上手くてビックリしました。昨日も一人伊那(いな)までキャンプに行ったみたいです……」

 

おっと。緊張して余計なことを言ったかも。

 

「なるほどね。やっぱりお義父さんの孫ね。義姉さんもだけど」

 

気にする必要ないみたいだ。

 

「咲の娘だからな。それより、こんなところで立ち話もあれだろう。上がってもらいなさい」

 

「そうね。純一くんだっけ? コーヒーで良いかしら? すぐ用意するわ」

 

おっと?

 

 

 

食卓に通される。

 

「適当に座って」

 

「はい……」

 

椅子に座ろうと思ったところ、電話の脇にある写真立てが目に入った。

 

バイクを背に、三人で撮ったものだ。誰だろう……?

 

「その写真が気になるのか?」

 

「えっ?」

 

肇さんが気付く。

 

「私と咲と(わたる)だ。リンが産まれる前だから20年位前だな」

 

問わず語りで教えてくれた。

 

「そうなんですね。咲さんからは乗ってた話は聞いたことがあるんですけど、渉さんも乗っていたんですね」

 

「知っているのか。昔は三人で出掛けることもあったんだよ」

 

「そうだったわね。ああ、確かHDDに写真入ってるわね。あとで持ってくるわ。どのみち、お義父さんが帰ってくるとは思わなかったから、夕食の買い物がまだなの。ちょっと出掛けてくるからその間にでも、ゆっくり見れば良いわ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新城さんの家に一晩お世話になった。

 

マミさんは朝早くから仕事ということで、俺たちの朝食を用意して出掛けていた。

 

本当なら俺と肇さんはいないはずだったから、わざわざ作ってくれたって訳だ。有り難い。

 

朝食を頂いたあとは、出掛ける準備をする。

 

肇さんは元々、前に俺が渡した『むかわキャンプ場の割引券』を使うために出掛けたところだったらしい。

 

その為、山梨まで一緒にツーリングしてくれることになった。

 

高速に乗るまでは先を走ってくれるということで、一緒に家を出る。

 

 

 

あれ? 電話が鳴っている。誰だろう……?

 

周囲の安全を確認し、バイクを路側帯に停める。

 

スマホを取り出す。……アドレス帳に登録の無い固定電話だ。

 

「はい。滝野です」

 

とりあえず電話に出た。

 

『あ、お兄さん。一昨日振りです』

 

は? 誰?

 

待て。俺をお兄さんと呼び、一昨日会っている人……。一人しか居ない。

 

綾乃(あやの)。どうしたの?」

 

『おお。よくあたしからの電話だって分かりましたね』

 

「分かるよ。で、何か用でも?」

 

ふと、前方を見ると、少し先で新城さんも停まっていた。

 

『実は、あたしの携帯電話が昨日から行方不明でして。お兄さんのバイクに乗せてもらう前は有ったんですが、昨日の昼ぐらいには見当たらなくて……』

 

「ちょっと待ってて」

 

綾乃に貸したヘルメットを戻した時、もしかすると……。あった。

 

「あったよ。貸したヘルメットの下に隠れてた」

 

『良かった~。ところでお兄さん。いま、どの辺りに居るんですか? もう山梨帰っちゃいましたよね?』

 

そう思うのも無理はない。

 

一昨日の時点で既に帰るつもりでいたんだから……。

 

「えっとね。今は、設楽町の山の中だよ……。詳しい場所は分からないけど」

 

新城さんの家を出て10分も走っていない。まだ設楽町から出ていないはずだ。

 

どのみち、町外へ出ていても、場所を伝えるのなら充分だろう。

 

『し、設楽町って、愛知県の?』

 

こう答えると、困ったような声だった電話口の口調が、驚いた感じに変わる。

 

『何でそんなところに? お兄さん山梨帰るんじゃなかったの?』

 

当然の反応だな。

 

「まあ、話せば少し長くなる理由があってね……」

 

帰る途中に知り合いの家族に会い、一晩泊めてもらった帰り。という風に説明。

 

「……という訳。どうする? 家まで持っていこうか?」

 

場所は覚えている。山梨へ帰ることを考えれば、行こうと思って行けない距離ではない。

 

『それは有り難い話ですけれど、お兄さんだけ移動距離長くなっちゃいますよね? 今から何処か中間辺りで待ち合わせにしませんか?』

 

「ああ。それは俺も助かるよ。でも、どの辺りが良いかな……?」

 

回りを見渡す。生憎(あいにく)地名が分かるものが見当たらない。電柱の表示……を見たら、余計に分からなくなる。

 

『そうですね……。あ、場所や地名言ったところで、お兄さん見当付きませんよね? 今いる場所すら良く分かってないんだから』

 

その通りだ。

 

「お困りかな?」

 

声が聞こえて振り向くと、長電話で気になったのか、新城さんが俺の側まで来ていた。

 

「綾乃、ちょっと待って」

 

綾乃に断りを入れ、電話口を離す。

 

「新城さん。実は……」

 

今度は新城さんに軽く事情を説明。

 

「なるほど。そういうことなら、私が電話を代わろう」

 

彼なら俺よりこの辺りのことに詳しいはずだ。

 

「助かります。お願いします」

 

電話を渡した。

 

「もしもし。突然すまない、私は滝野くんの知人の新城という者だ。事情は彼から聞いたよ。どの辺りが良いか、って話だな」

 

電話を代わった新城さんが話を進めている。

 

「君もバイクに乗っているという話だが、どの辺りまでなら来れるのかな? ……そうか。なら、伊平(いだいら)郵便局で待ち合わせにしよう。いなさインターチェンジが近いから、私たちとしては有り難い。浜松市内だから、君でも大丈夫だろう?」

 

郵便局?

 

「場所は分かるかな。……じゃあ、そうしよう。何か困ったら公衆電話から連絡してくれ。こちらから君に連絡を……。そうか。それならその方が良いな。よし分かった」

 

新城さんが自分の携帯を取り出して、なにかを打ち込んでいた。

 

「それでは後程。気を付けて」

 

話が(まと)まったらしい。

 

「浜松いなさインター近くにある郵便局で待ち合わせることになったよ。そこならインターが近いから、帰りも楽だろう」

 

「分かりました。では、そこまて案内お願いします」

 

「うむ」

 

 

 

 

俺と新城さんは、バイクで山の中を走ってゆく。先を走る新城さんを俺が追いかける形だ。

 

昼でも薄暗い道を進み、峠の頂上にある少し気味悪いトンネルを抜ける。

 

すると、目の前が開け、眼前に棚田が広がった。

 

凄い。綺麗だ……。ここは一体?

 

あ、看板が立っている。

 

『四谷の千枚田』か。

 

こんな山奥でも人の営みがあるんだな……。

 

 

棚田を抜け、久し振りに見る信号機のある交差点を左折。

 

広くなった道路を走ってゆく。

 

広くなった分(?)、交通量も増えた。さっきまで、対向車が全く来ない道を走っていた分、何となく安心する。

 

えっと、三河……海老? こんな山の中で海老か。まあ、地名なんだろうけど、面白い。

 

海老の名の付く集落を抜け、再び山の中へ入って所々に点在する集落を縫うように走る。

 

交差点を曲がって国道に入る。

 

暫く走った先の道の駅に新城さんが入った。

 

 

 

 

『道の駅鳳来三河三石(ほうらいみかわさんごく)

 

ここで一旦休憩だ。

 

「ここまで来れば、待ち合わせの郵便局まで15分くらいだ。休憩までの間が開いてしまったが、身体の方は大丈夫かな?」

 

ん? どれどれ……。

 

お尻が少し痛いだけかな。

 

「大丈夫です。少しは長距離に慣れたみたいです」

 

「なら良い。だからといって油断は禁物だぞ」

 

「はい」

 

 

 

道の駅を出発。

 

国道257号線を東へ走る。

 

トンネルを抜けると、『静岡県浜松市北区』浜松市に戻ってきた。

 

『浜松いなさ北インターチェンジ』の案内を通り過ぎ、新東名の下を通り抜けると、今度は『浜松いなさインターチェンジ』だ。

 

似たような名前のインターが多い……。間違えたりしないんだろうか……?

 

なんて考えながら走ってゆくと、新城さんが手で合図を出した。

 

右手に郵便局が見えている。目的地の伊平郵便局だろう。

 

脇の歩道に誰か立っている。

 

「お~い!」

 

綾乃だ。俺たちに気付いたのか、手を振っている。

 

 

駐車場に入り、バイクを停める。

 

バイクから降りると、綾乃が駆け寄ってきた。

 

「お待たせ。待った?」

 

「いや、あたしも今来たとこです」

 

なら良かった。鞄から綾乃のスマホを取り出し、差し出す。

 

「はい。忘れ物」

 

「ありがとうございます」

 

そう言ってスマホを受け取ると、ズボンのポケットへ仕舞い、俺が下ろそうとした手を両手で掴んだ。

 

「えっ?」

 

急なことに驚いてしまう。

 

なぜ、今俺は手首を捕まれているのか……?

 

震えているのか。

 

「どうしたの、急に」

 

「足ガクです。初めてこんな遠いところまで、エイプで一人で来たから……」

 

なるほど。震えているのは、手ではなく足だ。

 

良く見れば、顔色も少し悪い気がする。

 

「怖かった?」

 

「いや、怖いって訳じゃないです。全く知らない土地ではないですから」

 

まあ、浜松市内だし(その浜松市がかなり大きいが、それは別の話……)。

 

綾乃の家から30分位のところだ。

 

「ただ、今まで遠いところに行ったことがないので、なにかあったらって不安だったんです」

 

「まあ、俺も初めは怖かったよ。一昨日だって、初めて高速走ったからね。初心にかえって何とか……? 正にそんな感じだったかな」

 

「流石お兄さん。経験値が違うなぁ……」

 

「そりゃあ、俺の方が一つ歳上だからな」

 

「ですよね……」

 

そういえば、いつの間にか新城さんの姿が見えなくなった。バイクはあるから遠くには行っていない筈だが。

 

 

 

「あたし、なでしこが遠くに引っ越しちゃって、不安だったんです。なでしこのことだから、大丈夫だとは思ってたんですけど」

 

コミュお化け。いつの間にか、誰とでも仲良くなってるのが各務原(かがみはら)さんだ。一昨日、そう言っていたのは、他ならぬ綾乃。

 

「だから、時々様子を見に行けたらな……って。16歳になってたから、バイクの免許を取って、お祖父ちゃんの伝で、エイプ貰って……」

 

バイクの方へ視線を向けた。俺も追う。

 

どういう経緯があるか不明だが、腰痛で引退したというお祖父さんから貰ったバイクらしい。

 

「でも、一人でだと不安で。結局、家と学校かバイト先の往復しか、したことないんですよね……」

 

「なるほど。でも、もう大丈夫じゃないか?」

 

「えっ?」

 

俺の言葉に、はっとした顔でこちらを向く。

 

「何だかんだ言ってここまで来れたんだし、少しずつ長距離に慣れていけば良いさ。それで、大丈夫だと思ったら、山梨へ行けば良い」

 

「そう……かなぁ?」

 

「そうだよ。正直、今回の俺は悪い見本だな。借り物のバイクだけど、少し乗り慣れたからって、いきなり高速に乗って浜松だよ? 舐めてたよ」

 

思ったようなスピードは出なかったし、めちゃめちゃ煽られたし。あげくのはてにパンクだ。

 

「今思えばあの時の綾乃は救世主だったね……」

 

「あたしがですか~?」

 

お。顔色が良くなった。

 

「パンクで困ってたところを助けてくれたんだから」

 

「えへへ……。お兄さんの救世主かぁ……。そうだ!」

 

ん? 何か思い付いたらしい。

 

「連絡先、交換しましょう! 折角、同じバイク乗りとしても仲良くなったんだし、もし山梨に行くことになったら連絡取りたいし」

 

「それ、各務原さんで良くない?」

 

「後のはねー。でも、仲良くなったバイク乗りは、お兄さんだよ?」

 

まあ、確かに。

 

「オッケー。好きにしなさい」

 

そう言い、鞄から俺のスマホを取り出し、差し出す。

 

ロック? なにそれ? 電源釦押して、画面スライドすれば終わりじゃないの?

 

画面ロックだとかパスコードがどうとか言っていたけど、なんのことだろう?

 

「……はい。ありがとうございます」

 

差し出されたスマホを受け取り、戻す。

 

「お二人さん。コーヒーでも如何(いかが)かな?」

 

ふと、声がして二人して振り向く。

 

「新城さん。どこ行っていたんですか?」

 

姿が見えなかった新城さんがこちらへ歩いてくる。

 

「なに。年寄りは話の邪魔かと思ってね。近くに自販機があったから、買いに行ってたんだ」

 

言葉の通り、手には缶が。

 

「土岐さんはこれで良いかな?」

 

「えっ。あ、おしるこ……!」

 

「何となくそんな気がしてね。好み、合ってるかな?」

 

「はい!」

 

新城さん……。なんか凄い。

 

この人、昔は医者だったって昨日聞いたけど、病院勤務だったわけではないらしいし、どんな仕事をしていたんだろう……? 

 

 

 

 

折角コーヒー(おしるこ)をもらったんだし、飲みながら話でも、と思ったが、綾乃はスマホの件でバイトの出勤を送らせてもらっているらしく、これからバイトに行かなけれはならない。

 

「じゃあ、あたしはこれで失礼します。新城さん、おしるこありがとうございます」

 

「ああ。アルバイト頑張りなさい」

 

バイクの維持管理には、当然お金が掛かる。その為には働かなければならない。キャンプも(しか)り。

 

学生の本分は勉強だけど、バイトもしないとバイクに乗れないし、キャンプもできない。

 

「あ、そうだ。お兄さんこれ、なでしこへのお土産です」

 

バイクに乗ろうとしたところで、なにかを思い出したらしい。

 

綾乃がそう言いながらリュックから取り出したのは、春華堂のビニール袋。あれってもしや……。

 

「うなぎパイ?」

 

受け取って開くと、中身は予想通りのものだった。しかし、俺が買ったものとは何か違う。

 

「それ、ナッツ入りのうなぎパイです。なでしこの好物なので……」

 

そんな話もしたっけ。

 

「ありがとう。戴くよ」

 

綾乃がヘルメットを被り、バイクに跨がる。エンジン始動。

 

「一昨日言ったように、お兄さんの分は先に確保してくださいねー。でないと全部食べられちゃうから……」

 

だろうね……。

 

「それじゃあ。また会いましょう!」

 

そう言って綾乃はバイクを発進させた。

 

「こちらこそ。気を付けて!」

 

「それはあたしの台詞ですよ~!」

 

手を振り見送る。

 

綾乃の姿はあっという間にカーブの先へと消えていった。

 

 

 

「それじゃあ、私たちも出発しよう。先は長いがゆっくり行けば大丈夫だ」

 

「はい」

 

トライアンフとトリシティ。それぞれのバイクに跨がり、発進。

 

今度は俺が前を走る。

 

行きと同じように、休憩しながら走っていけば大丈夫だろう。

 

まだまだ先は長いが、安全運転で行こう。

 

 

 

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