土曜日にあんな出来事があったけど、普通に月曜日は学校がある。
金曜日と土曜日は部活に来たから、二日振りの学校だ。と言っても、たった二日じゃあ何も変わっていない。
ちらっと噂話で、一年生のクラスに転校生が来たって話を聞いたけど、俺たち二年生には関係ない話だ。
転校生は最初の数日間、注目の的となる。俺もそうだったが、それは宿命といえるだろう。その間が大変だ。
興味本意で偵察に行った人もいるらしいが、転校生の大変さを知っている俺は、誘われても断った。普段通り過ごすだけ。
普通に授業があり、当たり前のように放課後が訪れる。
朝、職員室で
いや、まだ終わっていない。油断は禁物……。
「失礼します……」
放課後、職員室へ。
部活のためだ。確か、今日は音楽室が使える日。だから、鍵を借りるために来た。
「
入るなり、名前を呼ばれた。えっと、誰だ?
「大町先生、どうされました?」
俺を呼んだのは大町先生だった。
「音楽室の鍵だろ? さっき
「本当ですか? ありがとうございます」
先に行ったらしい。なら、もうこの部屋に用はない。
「失礼しました」
職員室を出る。
音楽室へ向けて階段を上って行くと、楽器の音色が聞こえてきた。
練習熱心だな。
音楽室に着き、扉を開くと音が止まる。
「あ、滝野先輩。お疲れ様です」
「お疲れ。可児は早いな」
可児 ミク。一つ下の後輩。だから、
この吹奏楽サークルの部員。楽器はユーフォ*1。
「まだ来て10分位ですよ」
「と言っても、一昨日もその前も同じくらい早かったじゃないか。練習熱心なのは良いことだぞ」
俺が練習開始時刻に合わせているので、俺より早いということは、つまりそういうことだ。
「ありがとうございます!」
再び楽器の音色が流れ出す。
褒めれば素直に喜んでくれる。チョロい、と言えばそれまでだけど、褒め甲斐がある。
「ところで先輩」
俺も練習を始めよう、と思い楽器をケースから取り出したところで、可児から声が掛かった。
「なんだ?」
「今朝、テレビで天気予報を見たらですね」
天気予報か。
俺の場合、通学距離が長い分朝も早く、朝テレビを見る余裕はない。
前日の夜に見て、翌日の天気を確認している。雨予報なら、レインコートが必要だから。
「明日の昼から雨になってるんです」
「えっ? 明後日の夜って聞いてたのに?」
「早まったみたいですよ」
こういう事はよくある。天気はすぐ変わるからな。
「つまり、晴れなのは今日だけです」
火曜日から金曜日まで雨予報……。
「そうか」
「だから先輩。ね? チャンスですよ」
「分かった。分かったから、言いたいことを言いなさい」
「言わなくても分かってるでしょう?」
ごもっとも。
今、彼女が言いたいことは、『外を走ろう』だ。
吹奏楽は、肺活量が全て。そう言っても過言ではない(打楽器を除く)。
「なら、さっさと着替えて外行くぞ……って、下穿いてたのかよ」
あまりジロジロ見ると失礼だと思って下を見ていなかったけれど、スカートから覗いている足は赤色の体操着だった。
体操着に着替え、楽器持参でグランドに出る。
「さてと。軽く準備体操したら走るぞ」
「先輩。あれ、何ですかね?」
あれとは?
可児の視線の先では、制服を着た女の子三人が、何か話ながら端の方からグランドを見渡している。……ように見える。
体操服に着替えていないということは、部活中の運動部ではないな。
ん……? あのピンク……まさか……。
三人の内の一人、ピンク色の髪の人に、何となく見覚えがある。
走っていってそれとなく確認するか。そのためにも、先に可児を走らせよう。
「何だろうな? さ、走るぞ」
「はい。明日の体育持久走なので、グランド10周してきます」
えっ? 待て待て。
「おいこら! ダッシュして楽器吹くんじゃないんか!」
「後で良いですよねー?」
全く。勝手な奴だ。
えっと。お、走っていく必要ない。こっちの方に歩いてきていた。
って、やっぱりだ!
一昨日
この学校の生徒だったのか。
世の中狭い。何処で誰に見られているか分からないから、悪いことできないねぇ。いや、別に悪いことしないけどさ?
ん? もしかすると、噂になっている転校生って、彼女か?
しばらくすると、三人組はどこかへ消えていた。
ピンクの髪の子が何となく落胆した感じだったが、何しに来たんだろう?
……そういえば、両隣にいた二人って、確か野外活動サークルの人じゃないか。
大町先生から『お前同様、サークル立ち上げた奴がいてね』って聞いてたから、少し気にしていたのだが。
あの二人、昨日は焚き火をしていたって、朝大町先生が言ってたな……。
グランドの落ち葉を集めて燃やしたらしいから、今はグランドが綺麗だ。
落胆していたのは、それが関係しているのかもしれない。
「先輩~! 先輩も走りましょうよ!」
「分かった。今行くから!」
可児が呼んでいる。今日はひたすら走るか……。
「先輩、水分補給してますか?」
可児に声掛けられ立ち止まる。
そういえば、水分取ってない。
「冬だからって油断してると熱中症で倒れますよ~!」
そう言う可児は、楽器の横に置いてあった水筒で、なにかを飲んでいる。
……元々そのつもりだったのか。全く。
「分かった。お前はそれ飲んだら走ってろよ」
そう言い、俺は校舎へ歩き出す。
「先輩何処行くんですか?」
「水分補給」
あいにく、水筒は音楽室の鞄の中だ。
そこまで行くのは遠いから、中庭にあるウォータークーラーへ向かう。
「何だ? あれ」
中庭まで来ると、テントが張られていた。
テント、と言っても、学校の備品であるパイプテント(屋根)ではなく、キャンプ用のテントだ。
その横には、体操着に着替えたさっきの三人と、斉藤さんが立っている。
「斉藤さんありがとなー。助かったわ」
「どういたしまして」
何かあったらしい。
まあ、関わると面倒かもしれないし、さっさと水分補給を……。
「でも、あんな事よー知っとったね? テント持っとるの?」
「あ、違う違う。あそこの子に聞いたのよ」
冷たい水は旨い。今なら運動部の奴らの気持ちが分かる。
まあ、そもそも吹奏楽部を文化部に括るのは間違ってる気がするし……、
「あーっ!」
なんだいきなり?
大きな声に驚き、その方を見ると、叫んだのはピンクの髪の子だった。
「おお! しまりんじゃん!」
しまりん? 志摩さんの事か。
「志摩は名字、名前はリンだよ」
「リンちゃん!」
そう言い、ピンクの子が走り出す。
「同じ学校だったんだ!」
うん。俺も同じこと思った。
って、何処に向かって走ってるの?
「こないだはありが……!」
言い終える前に、窓ガラスに激突。ゆっくり崩れ落ちる。
窓の向こう側は……図書室か。
カウンターに志摩さんの姿がある。なるほどね。
「あ、先輩遅かったです! 何処で油売ってたんですか?」
グランドへ戻ると、可児が非難の声を上げる。
「売るもん持ってねぇよ。それよりお前、走るのはどうした?」
可児は楽器を持って立っている。
「走るの飽きたんで」
そう言って吹き始める。
♪~
新世界よりか。なら俺も。
楽器を手に取り、構え、吹く。
♪~
可児が吹く新世界より に追い掛ける形で吹いた。
「先輩、いつ聞いても演奏上手いですよね」
「そういうお前だって。残念ながら、ここには比べる相手がいないけど、俺の知るユーフォ奏者の中では、二番目に上手い」
一番目は、言うまでもなくあすか先輩だが。
まあ、名前を出したところで可児は知らないだろう。
「えっ? 誰ですか?」
「言ったところで知らんだろ。京都に居たときの先輩だよ。桁外れ、というか、
「なんですかそれ。教えてくださいって」
背が高くて、美人で、メガネが特徴的で……。
なんか、複雑な事情を抱えているような雰囲気があったけど、元気にしてるだろうか。
「ところで、先輩」
聞いても無駄だと思ったのだろう。話を変えるようだ。
「先輩この曲ご存じなんですね」
「そりゃあ、有名だからな。むしろ、知ってて当然」
そう答えると、可児は首を傾げる。
「そうですか? 遠き山に日は落ちてって曲ですよ」
は?
「いやいやいや。新世界よりだろ? ドヴォルザークの。アメリカに渡った彼が、故郷へのメッセージとして作ったとか」
「ドボルザーク? 誰ですか?」
あれ。可児と話が噛み合わない。
「まあ、良いです。後でググりますから……。さてと、また走りましょうか」
「はあ……。オッケー」
手にしていた楽器を置き、再び校庭を走り出す。
後で調べた可児
ドヴォルザーク作曲の新世界よりの第二楽章ラルゴを基に、弟子が作った曲に家路という曲があり、それに様々な日本語の詩が付けられている。その一つが遠き山に日は落ちてらしい。