【完結】本栖高校吹奏楽サークル   作:小林司

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 クリキャンへ出発

 

12月23日。

 

学校は冬休みに入り、我が吹奏楽サークル以外に部活を行っている部が居なかったため、校内は静かだった。

 

そんな静かな中での部活を終え、帰宅する。

 

遅延がなければそろそろ着いている頃だろう。

 

県道の終点に着き、電話を掛ける。

 

『はい。四尾連湖(しびれこ)木明荘です』

 

電話からは元気の良い声。この声はさやかだ。

 

「俺だよ。俺」

 

『えっ? お兄ちゃん、どうしたの?』

 

「どうした、じゃないだろ」

 

さやかは俺たちがこっちへ来てから何度か来ている。知らないはずがない。

 

『ああ、帰ってきたんだね。えっと、今出ていく車は無いから入ってきて良いよ』

 

「了解。後で」

 

『はーい』

 

電話を切り、バイクを発進させる。

 

 

 

 

 

ガレージにバイクを入れ、家に向かうと、さやかの姿が。

 

「あ、お兄ちゃん!」

 

俺に気づき、駆け寄ってきた。

 

「久し振り~!」

 

「ってお前、いきなり抱きつくなよ」

 

その勢いのまま、抱き付かれる。

 

急なことで危うく倒れる所だったが、何とか踏ん張った。

 

「だって……ね?」

 

「だって何?」

 

「言わなくても分かるでしょ?」

 

「分かるけど……」

 

元々お兄ちゃんっ子だけど、時々しか会えなくなって重症化してる。

 

「だからって急に抱き付くなよ。怪我したら明日のキャンプどうするんだ?」

 

「それもそっか。ごめん……」

 

やっと離れてくれた。

 

「分かれば宜しい。長旅で疲れてるだろ? 今日はゆっくりすると良いさ」

 

バスに7時間も乗っていたんだから、大変だっただろう。

 

「そうするよ」

 

「うなぎパイ買ってきてあるから、母さんと食べれば良いよ」

 

割れてるけど……。

 

「えっ? 本当に買ってきてくれたの?」

 

驚いている。その旨をラインしておいたんだけど、疑っていたな、この反応は。

 

「お前が買ってこいって言ったんじゃないか。遠路遙々(はるばる)浜松まで買いに行ってきたよ」

 

「ありがとう。大変だったでしょ?」

 

「まあね……」

 

高速では(あお)られるし、向こうでタイヤはパンクするし、散々だった。

 

でも、そのお陰で綾乃(あやの)に会えたんだし、新城(しんしろ)さんとツーリングを楽しめたんだから、良しとしよう。

 

(わざわい)を転じて福となす だっけ? ちょっと意味違うか。

 

「でも、それって浜松に行かなきゃ買えないものなの?」

 

「そういうことは、思っても口にしちゃダメだぞ……」

 

 

 

 

「明日は、何時に行くの?」

 

玄関を入ったところでさやかから声が掛かった。

 

「明日か。集合は14時だから、昼ぐらいに出れば間に合うよ」

 

「昼かあ……」

 

どうしたんだ?

 

納得ずくのような声を上げる。

 

「早く富士山見たいから、少し早めに出ない?」

 

「……俺は構わないけど、父さんが大丈夫か? 送ってもらうわけだし」

 

「それも含めてなんだけど」

 

どういうこと?

 

「バイクで行かない? 後ろに乗りたいんだよね?」

 

バイクで、か。

 

まあ、荷物はそんなに多くないから、バイクで行けないこともないか。

 

降雪予報もないし、道路の凍結の心配もない。

 

「別に良いけど。そのかわり、送迎はいらないって父さんに言っとけよ」

 

「はーい」

 

そう返事をし、さやかは中へと入って行く。

 

あ。バイクで行くのなら、リンちゃんと待ち合わせて一緒に行けるかもしれない。

 

今からだと、という気もするが、とりあえず連絡してみよう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いよいよクリキャン当日となった。

 

天候は快晴、この天気なら富士山も綺麗に見えることだろう。

 

今日は14時に現地集合だ。

 

大垣(おおがき)さんと犬山(いぬやま)さんは、鳥羽(とば)先生と一緒に先生の車で、各務原(かがみはら)さんはお姉さんに、恵那(えな)ちゃんはお父さんに、可児(かに)大町(おおまち)先生にそれぞれ送ってもらい、リンちゃんはバイクで行くことになっている。

 

俺とさやかは一緒にバイクで向かう。

 

最初は二人とも父に車で送ってもらう予定だったが、さやかがバイクの後ろに乗りたいということで変えた。

 

その代わり(?)リンちゃんと一緒に行くことになった。

 

 

 

「それじゃあ、お父さんお母さん、行ってきます!」

 

「気を付けて」

 

「楽しんできてね」

 

さやかが両親にそう告げる。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

「ああ。さやかをよろしくな」

 

「安全運転でね」

 

俺もそう言って家を出る。

 

「それじゃあ、お兄ちゃん。今日はよろしくね」

 

「了解。道が悪いからしっかり掴まってくれよ」

 

さやかがバイクの後ろに乗って、俺と一緒に行くという話をしたとき、二人とも何も言わなかったらしい。

 

まあ、父は二人乗りが可能になってすぐ、練習を兼ねて乗ってもらったし、母もそれを知っているからだろう。

 

後ろに誰かをのせて走るのは、これで五人目だ。全員女の子だけど……。

 

 

 

ガレージからバイクを出し、まずは俺が乗る。

 

「後ろ乗って」

 

「はーい」

 

さやかが乗った。

 

「それじゃあ、シートでも腰回りでも良いから、しっかり掴まって」

 

「はい」

 

「じゃあ、行くぞ」

 

ゆっくり発進させる。

 

クリキャンへ出発だ。

 

 

 

 

通学で走り慣れた道を走ってゆく。

 

この辺りを誰かを乗せて走るのは初めてだから、慎重に運転する。

 

後ろのさやかは何も言わない。話し掛けない方が良いと思っている様子だ。

 

時折後ろを見ると、回りの景色を楽しんでいるような感じだ。

 

京都じゃあ、宇治川ラインの方にでも行かない限り、こんな自然に囲まれた場所はないから新鮮だろう。

 

 

 

 

リンちゃんの家が見えてきた。

 

「リンちゃん~!」

 

玄関前で、ビーノの荷造り中のリンちゃんを発見。声を掛け、その横にバイクを止めた。

 

「あ。滝野(たきの)先輩、おはようございます。……後ろは妹さんですか?」

 

早速、後ろのさやかに気付く。

 

「はい。はじめまして、妹の滝野 さやかです。兄がいつもお世話になってます」

 

さやかがバイクから降りて一礼、そして自己紹介をした。

 

「あ、いえ。お世話になってるのは私の方です。あ、申し遅れました、私は志摩 リン(しまりん)です」

 

リンちゃんも自己紹介をした。

 

お世話にって、大したことはしてないんだけどな……。

 

ん? 背中をつつかれている。さやかか。

 

「どうした?」

 

「お世話になってるって。お兄ちゃん、志摩さんに何したの?」

 

何って……。

 

「時々一緒にツーリングしてるだけだよ」

 

「マジ? お兄ちゃん良い先輩なんだね」

 

「ほっとけ」

 

リンちゃんは今のやり取りを、どこか羨ましげに眺めていた。

 

「先輩、妹さんと仲良いんですね」

 

「まあね。な? さやか」

 

「はい! 仲は良いですよ。久し振りに会えたから、嬉しいですし……」

 

そんな話をしていたら、玄関が開いた。

 

「リン、準備まだ途中でしょ? ああ、先輩。おはよう」

 

(さき)さんが出てきた。どうやら、リンちゃんは準備途中のようだ。

 

「今行く」

 

そう返事をしてリンちゃんは家へと入って行く。

 

残ったのは、咲さんと俺たち二人。

 

「咲さん、おはようございます」

 

「おはよう。今日はリンをよろしくね」

 

「はい。任せてください!」

 

「あら。後ろは妹さんかしら?」

 

咲さんも後ろのさやかに気付く。

 

「兄がいつもお世話になってます。妹の滝野 さやかです」

 

「お世話になってるのは私たちの方よ。リンの母です。よろしくね」

 

親子揃って言うことが同じだ……。

 

本当に大したことはしてないんだけどなぁ……。

 

 

 

五分くらい咲さんと世間話をしていると、リンちゃんの準備が整った。

 

「それじゃあ、出発しますね」

 

「了解。俺は後ろ走るから」

 

「はい」

 

リンちゃんのビーノが先に発進。俺はそれを追い掛ける。

 

「行ってきます~!」

 

さやかが咲さんに手を振る。この数分ですっかり仲良くなった。

 

「気を付けて。楽しんでくるのよ!」

 

 

 

交差点を曲がり、本栖みちへ入る。

 

当然ながら、交通量が増えた。

 

俺は、他の交通の邪魔にならないよう、リンちゃんの後ろをゆっくり走る。

 

「ねえ、お兄ちゃん。さっきよりゆっくりだよね?」

 

今までの道もカーブが多いからそんなに飛ばしていないが、明らかに速度が落ちている。それに気付いたらしく、不思議そうな声が背中に掛かる。

 

「リンちゃんのバイクは原付だから、30キロまでしか出せないんだよ。このバイクは普通二輪だから他の車と同じ速度で走れるけど」

 

「ああ。何か聞いたことある」

 

「そういうこと。このバイクなら高速道路や自動車専用道路も走れるけど、原付はそうはいかないんだよ」

 

「へぇ……。大変なんだね」

 

他人事みたいな言い方だな。まあ、まだ免許を持っていないさやかにしてみれば、他人事だな。

 

「お前がうなぎパイ食べたいって言うから、先週は浜松まで高速走ってきたんだけど、それもこのバイクだから出来たんだぞ」

 

俺のビーノでは不可能。

 

\ソウイウコトヨ!/

 

…………?

 

「それがあの粉々うなぎパイ?」

 

「粉々言うな! 形は残ってただろ……」

 

まあ、割れてたけど。

 

「でも、わざわざ買いに行ってくれたんだね。ありがとう!」

 

「わ! 急に抱きつくな! 危ないだろ」

 

いきなり抱きつかれた。

 

当たってる! 背中に()()が!

 

「信号待ちで止まってるんだから、大丈夫でしょ?」

 

まあ、確かに止まっているが(交互通行の信号待ち)。

 

「…………」

 

「……っ!」

 

前に居るリンちゃんは、こちらの様子をジト目で見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

中ノ倉トンネルを抜ける。

 

「わぁ~!」

 

後ろのさやかから歓声が上がった。

 

それもそうだろう。今日は富士山が綺麗に見えている。雲一つ無い空だ。

 

【挿絵表示】

 

「ちょっと寄ってくか?」

 

「うん!」

 

というより、リンちゃんも止まるつもりだったらしく、右折の合図を出している。

 

交差点を曲がり、その先の駐車場に入る。

 

「富士山だ~!」

 

止まった途端、バイクを降りて走ってゆく。

 

「妹さん、元気ですね」

 

先にバイクを止めていたリンちゃんが俺の横に来た。さやかを眺めそう呟いた。

 

「元気だよ。全く……。まあ、京都からじゃあ富士山は見えないからね。気持ちは分かるよ。こっち来たときの俺も同じだったからさ」

 

「そういうものですか」

 

流石山梨県民。富士山ぐらいでは動じないらしい。ならば……、

 

「リンちゃんが海見たらどんな感想抱く?」

 

「『海だぁ~!』って言いたくなりますね。……あ。そういうことですか」

 

「分かってもらえたようで良かった。つまり、そういうことだよ」

 

 

 

二人でさやかが居る場所まで歩いて行く。

 

「どうだ? 富士山見た感想は」

 

声を掛けると、満面の笑みで振り向く。

 

「こんな近くで見たこと無いから嬉しい!」

 

「それは良かった」

 

「ここ、本栖湖(もとすこ)から見た富士山は、千円札の絵にもなっているんですよ」

 

リンちゃんがそう説明する。

 

ってか、リンちゃんの方が年上なんだから、敬語で話す必要ないと思うけど。

 

「そうなんですか? えっと……」

 

そう言いながら、財布を取り出す。

 

「あ……、千円札無いわ……。そうだ、この裏も富士山だったよね」

 

千円札が無いらしくがっかりしたのも束の間、財布の中から何かを取り出した。

 

「「あ……」」

 

思わず、リンちゃんと声が重なった。

 

「これもここから見た富士山よね?」

 

さやかが出したのは、言うならば『旧五千円札』だ。

 

「本当だ……」

 

「本当ですね……」

 

「でしょ?」

 

三人、お札の富士山と目の前の景色を見比べる。

 

「確かに。今の千円札と同じだな。しかし、良くこんなの持ってたな。話で聞いたことはあるけど、実物を見たのは初めてだぞ」

 

「私もです」

 

「私もだよ。お母さんにお小遣いねだってもらった一万円で、買い物したらお釣りで貰ったの。せっかくだから、お札とツーショットも撮ろうっと」

 

そう言い、スマホを構え写真に収めている。

 

お札との撮影を終えて財布にしまうと、別の構図からも何枚か撮影を続けている。

 

「さやか、この先飽きるほど富士山見えるから、ある程度で切り上げて次行くぞ」

 

「分かった。すぐ行くから先バイクの準備してて」

 

了解。

 

 

 

本栖湖の湖畔を東へ走り、富士河口湖町へ。

 

湖から離れ、国道139号線に入って南下。県境を通過し静岡県へ入る。

 

【挿絵表示】

 

左手には、相変わらず美しい富士山が見えている。

 

後ろのさやかはずっと富士山を見ているようだ。

 

時々後ろを見ると、顔は常に左を向いている。

 

 

 

まだ自転車に乗っていたリンちゃんと鉢会わせた地点を過ぎ、朝霧高原の道の駅を通過。そのまま更に南下して行く。

 

麓キャンプ場の入口を過ぎ、桜さんと出会ったガソリンスタンドを過ぎると、目的地、富士山YMCAグローバルエコビレッジに到着した。

 

およそ1ヶ月半振りに来た。

 

管理棟の前にバイクを止める。

 

「ねえリンちゃん」

 

バイクを降り、ヘルメットを脱いでから一言。

 

「何ですか? 先輩」

 

リンちゃんも同じようにヘルメットを脱ぐ。

 

「集合、14時だよね」

 

「はい」

 

「さやか、今何時だ?」

 

「12時20分だよ」

 

スマホを確認してそう言った。

 

「あまり早いと別料金掛かるんだけどなぁ、ここ」

 

決められた時間より早い時間でのチェックインと、遅い時間でのチェックアウトは、別途料金が必要だ。

 

まあ、言い換えるなら『金さえ払えば時間は自由(※限度あり)』ということ。

 

「そうなんですか?」

 

「うん。あと、サイトへの車両の乗り入れは、荷物搬入時だけ可能で、そのあとはそこの駐車場に止めることになるからね」

 

そう言って駐車場を指差す。

 

そこにはオレンジ色の軽とマイクロバスが一台ずつ止まっている。団体が来ているのだろう。

 

「あの……先輩」

 

リンちゃんが、ちょっとむくれた感じで俺をつついている。

 

「何か……?」

 

「先輩、私ここ来たことありますから知ってます。第一、ここを野クルに勧めたのも私です」

 

あ……。そうだった。

 

前に来たときも手前で会った時に、行ったことあるって言っていた。

 

怒らせてしまったようだ……。

 

「ごめん……」

 

「怒った?」

 

俺が謝ると、さやかが少し煽るように言った。

 

「別に……」

 

それに対するリンちゃんの返答は恐い。

 

声が低いんだけど!

 

「と、とりあえず、俺受付行ってくるから、ここで待ってて」

 

逃げるようにこの場を後にする。しかし、あの二人を置いてきて大丈夫だろうか……。

 

 

 

管理棟入口の自動ドアを潜る。

 

「いらっしゃいませ。あ、先日はどうも」

 

入ってすぐの受付には、前に来たときに対応してくれたのと同じ人が立っている。

 

「こちらこそありがとうございました。えっと、今日は予約をしているんですが……」

 

「はい、存じてますよ。受付も済んでいますから、どうぞご入場ください」

 

「えっ?」

 

受付が済んでるって?

 

既に誰か来ているってことだろう。鳥羽先生かな?

 

「もう来てるんですか?」

 

「ええ。つい先程、二人で来られましたよ」

 

二人というと、大垣さんと犬山さんか?

 

「予約いただいた滝野様でお間違い無いですよね?」

 

「はい」

 

そう。予約したのは大垣さんだが、俺の名前を使うように言ってある。

 

「九名様、明日まで一泊でお名前を記入いただいて、料金も頂戴しましたよ。金額聞いて驚かれましたけど……」

 

ということは、大垣さんで間違いないだろう。

 

通常2,180円/人。しかし、諸々裏技を使って、1,500円/人に抑えた。

 

って、九名?

 

「九人共宿泊ですか? 一人デイキャンプだと思うのですが」

 

「ご予約の際はその様に承りましたが、先程受付の際に全員宿泊に変更になったとお聞きしていますよ」

 

じゃあ可児も泊まりにしたのか。あいつ、シュラフ持ってんのか?

 

「分かりました。じゃあサイトの方に入りますね」

 

「どうぞ。あ、ご存じだと思いますが、キャンプサイトへの車両乗り入れは搬入時に限ります。あと、今日は小さいお子さんの団体が宿泊に来ていますから、十分注意してください」

 

あのマイクロバスの正体はそれか。

 

「分かりました。気を付けますね」

 

そう言って受付を後にする。

 

 





純一 もそうですが、妹の さやか も、原作での設定があまり分からないので、本作ではある程度自由に設定しております。


旧五千円札。私の世代だと触ったことが多々あるものですが、今の20代前半の人たちは恐らく『見たこと無い』って感じなんですかね……?
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