【完結】本栖高校吹奏楽サークル   作:小林司

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サブタイトル変更しました。

旧題 まさかの出会い。今晩のお宿は……?



 ツーリング一日目 中編

 

月から一時間強走ってきた。*1

 

山道を進み、所々圏外になって互いの声が聞こえなくなるハプニングもあったが、順調に進んでいる。

 

看板がなかったので気付かなかったが、いつの間にか県境を越えて愛知県に入っていた。*2

 

『お兄さん、ちょっと良いですか?』

 

前を走る綾乃から声が掛かる。前を見ると、右手で前方を指している。

 

「女の人?」

 

指し示す所には、一台バイクが停まっていて、その横で携帯片手に反対の手で頭を押さえている女性がいる。

 

『はい。困ってるみたいですよね? 話し掛けてみますね』

 

そう言い、左ウィンカーを出して減速してゆく。俺もそれに続いた。

 

 

 

バイクから降り、ゴーグルを外した綾乃が、その人の方へ歩いて行く。

 

「お姉さん、どうしたんですか?」

 

そして、声を掛けた。

 

俺もビーノから降りてその人の方へ。

 

「えっ? ああ、ガス欠です」

 

ガス欠か。

 

…………ん? このバイク、スーパーカブだよな? これって、リザーブコックがあって、予備燃料というものがあるのでは……?

 

それとなく、バイクの下の方を覗いてみる。

 

すると、俺の行動に気付いたのか、彼女が口を開く。

 

「フフンッ、予備燃料まで使いきったわ!」

 

開き直ったように言い放った。しかしそれ、自慢気に言うことか?

 

「あ、ごめんなさい。ちょっと言い方が乱暴だったわね。とある漫画の台詞を真似しただけだから……」

 

俺の表情で気付いたのか、慌てるように付け足した。

 

しかし、なんの漫画だろう? 可児(かに)なら詳しいんだけど……。*3

 

「途中で給油しなかったんですね」

 

していたらガス欠しないはず。野暮な質問と分かっているが、それでも聞いてみる。

 

「ええ。スタンド、幾つかあったんだけど、お正月だから何処も休みで……。しかも、ここは携帯が圏外だから……。困ってたんです」

 

なるほどね。

 

確かに。俺たちが走ってきた道中のガソリンスタンドは、ほとんどが休みだった。

 

特に、こういう山中はセルフスタンドが少なく、普段から深夜は営業していない。夜通し走るのもリスクがあるんだよな。

 

それがあるから俺たちは、営業しているスタンドを見付けては小まめに給油してきた。

 

ふと、綾乃を見るとスマホを操作していた。俺と目が合うと、首を横に振る。圏外なんだな……。

 

 

 

まあ、こんな場合ロードサービスを呼ぶか、知人に連絡して燃料を運んでもらうか……辺りが対処法だろう。とはいえ、携帯が圏外のこの場所ではどちらも使えない。

しかし、こんな時のために、俺はあれを持っているんだ。

 

俺は一度ビーノに戻る。

 

「お姉さん、焼け石に水かもしれませんが、これ使いますか?」

 

そして、持ってきたものをお姉さんに見せる。

 

「携行缶?」

 

そう。前、(さき)さんから貰った携行缶だ。

 

「はい。この携行缶に、1リットルだけガソリン入ってますけど。使いますか?」

 

そう言って差し出すと、お姉さんは嬉しいというか戸惑いというか、良く分からない表情を見せる。

 

「貰って良いんですか?」

 

迷っているのか。受け取りにくそう。

 

「まあ、何と言いますか。困ったときはお互い様ですし……。声掛けた以上、なにもしない、っていうのは、同じバイク乗りとしてどうなのかなぁ……と思いますから」

 

ここまで言ったら顔色が変わった。

 

「じゃあ……いただきます」

 

俺の手から携行缶を受け取った。

 

「どうにかなりそうですか?」

 

「まあ、最悪電波が届くところまで行ければ、ロードサービス呼べますから」

 

そして、カブに給油し……。

 

「おお」

 

エンジンが掛かった。

 

そうなれば長居は無用。無駄にアイドリングしたら勿体無い。すぐに次の行動へ移るべきだ。

 

 

 

 

 

綾乃とアイコンタクト。

 

「それじゃあ、俺たちはこれで」

 

返して貰った缶を手に、ビーノへ戻ろうとすると……、

 

「あ、お兄さん。せめて名前だけでも……」

 

お姉さんに呼び止められる。

 

「いえ。さっきも言った通り、困ったときはお互い様ですから……」

 

「あの。私は、可児 流花(ルカ)といいます」

 

ちょっと強引だなぁ……。まあ、名前聞いておくだけなら別に問題ないだろう……。

 

ん? 待て。可児と言ったか?

 

可児……。

 

もう一度、お姉さんの顔を良く見てみる。

 

あまり見つめたら失礼だろうと思い、さっきはじっくり見ていないからだ。

 

「可児……ミクさんのお知り合いですか?」

 

なんとなく、顔が可児に似ている。……気がする。

 

「ミクは私の妹ですが?」

 

俺の問いに対し、お姉さんはそう言って俺の顔を見てくる。

 

「あ。ひょっとして、滝野(たきの)先輩? トランペットの」

 

「その通りです! ということは、可児のお姉さんですか!」

 

「ええ。姉の流花(るか)です!」

 

マジか。

 

本当に世の中狭いんだな。

 

 

 

 

 

 

 

俺の住んでいるところから離れたこの地で、偶然の出会いがあったものの、お互い余裕がないのですぐに別れることになった。

 

しかし、こんなところで出会うなんて。

 

可児からは、愛知県の大学に通う姉がいる、という話だけ聞いていたから、どんな人か知らなかった。彼女もバイク乗りだったとは……。

 

『今の人、お兄さんの知り合いだったんですね』

 

前を走っている綾乃から、ヘッドセット越しの声が届く。

 

「ああ、後輩のお姉さんだった」

 

『しかし、災難でしたね。圏外だったの、あの近辺だけだったなんて』

 

そう、俺たちのこれも圏外では使えないのだが、さっきお姉さんが停まっていた辺りだけが圏外で、今は普通に使えている。

 

というか、停まる直前でも使えていた……。

 

「災難だなぁ……」

 

俺が前にパンクしたときは、もっと回りを見ればすぐにバイク用品店に気付けたけれど、携帯の電波はどれだけ見たって目には見えない。

 

『お兄さん、どの辺りまで行きますか?』

 

「任せるよ。俺はついていくだけだから」

 

『じゃあ、岐阜県目指しますか? こっからなら、恵那市辺りは近いですよ?』

 

「別に良いけど、ガス欠には気を付けろよ?」

 

『分かってますって!』

 

距離感ガバガバの彼女に何を言っても無駄だろう。

 

せめて、事故無く安全に行って帰れるように……。

 

 

 

 

 

鳳来寺山パークウェイを抜け、県道を北上して行く。

 

この辺りは前に一度走ったことがある。見覚えのある景色だと、遠方でも何となく安心するなぁ……。

 

途中、給油や休憩を挟みながら、道の駅『どんぐりの里いなぶ』に到着。

 

【挿絵表示】

 

豊田市まで来てしまった……。といっても、『車の町トヨタ』というべき場所からはかなり離れている。

 

「お兄さん、ここ温泉があるんですね」

 

隣接して温泉が営業しているらしい。……道の駅に因んだのか、そのまま『どんぐりの湯』だ。

 

【挿絵表示】

 

「入っていきましょう。寒い日は温泉に限ります」

 

タオル類は持ってきている。

 

「温泉入るのは構わんけど、そろそろ今日の宿考えないとまずいぞ」

 

タオルはあっても、テントなどの道具は無い。

 

元々日帰りの予定ではなかったらしいが、宿泊場所はどうするつもりなんだろう?

 

テント無しにはキャンプ場には泊まれない。ホテル・旅館を確保しているのか……。

 

「そういえばそうですね」

 

軽いな……。

 

つまり、確保してない訳か。

 

「あては?」

 

「ありません」

 

「おいこら!」

 

あてぐらいあっても良いだろう……。

 

「温泉の休憩スペースで時間一杯寝て、夜通し走るってのも手ですよ」

 

「真面目に言ってるのか、それ?」

 

「半分冗談です」

 

つまり、半分本気か。

 

「分かったよ。ちょっと待って」

 

溜め息をつきつつ、スマホを取り出す。

 

電話帳を繰る。えっと…………あった。

 

 

 

 

 

数回コールの後、

 

『はい、新城です』

 

出た。

 

「突然の連絡ごめんなさい。滝野です」

 

『あら、純一くんね。マミです。急にどうしたの?』

 

「今、電話大丈夫ですか?」

 

『ええ』

 

「急で申し訳ないんですが、今晩泊めていただくことは可能でしょうか? 二人なんですが……」

 

『本当に急ね』

 

笑われてしまった。

 

「急で不躾なお願いしてしまい申し訳なくありません……」

 

『良いのよ。今日、お義父さんいないけど、分かってるわよね?』

 

「はい。リンから聞いています」

 

今頃山梨に着いているだろう。

 

『寝る場所を提供するだけになってしまうけど、大丈夫かしら?』

 

「もちろん、それで充分です」

 

『分かったわ。二人ね』

 

「あ、ありがとうございます!」

 

近くに立つ綾乃へグッドサイン。

 

『ところで、今どの辺りに居るの?』

 

「豊田市稲武町の道の駅です。今から温泉に入ろうかと思ってます」

 

『ああ、どんぐりの湯ね。良い温泉よ。ゆっくりしてからいらっしゃい。近くまで来たら一報頂戴』

 

「ありがとうございます! よろしくお願いします」

 

電話を切る。

 

 

 

 

 

「何処に電話したんですか? ホテルとかと話している感じでは無かったですけど」

 

「リンのお祖父さんの家」

 

「ああ、新城さんのところですね」

 

あれ? 綾乃と新城さんって面識有ったっけ?

 

……スマホを渡した時に会っているな。

 

「といっても、本人は居ないんだけどさ」

 

「今頃山梨ですか? 良いなぁ、あたしも一度は山梨行ってみたいなぁ……」

 

遠いけどな! って、山梨からここまで来ている俺が言っても説得力ゼロだよな。

 

……あれ。このやり取り、さっきも何処かでやらなかったか?

 

「さ。宿が決まったんだし、温泉入るぞ。中で食事できるみたいだから、入浴して飯食って……。新城さんのところは素泊まりだからな」

 

「了解です」

 

 

 

*1
前話参照。決して空に浮かぶあの『月』ではない。

*2
カントリーサインは設置されているが、木の陰になっているのと、カーブの途中にあるため、注意して見てなければ見落としそうな位置にある。筆者も見落としている。

*3
スーパーカブ(コミックス)6巻144頁参照。礼子の台詞

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