【完結】本栖高校吹奏楽サークル   作:小林司

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 なでしこの作った鍋

 

喫茶店を出た。もうすぐ17時という時間だが、冬なので日没は早く既に陽は傾いている。

 

「なでしこの件、本当にありがとうね。これ、ブランケット」

 

(さくら)さんからブランケットを受け取る。思っていたより早く帰ってきた。

 

「はい。確かに受け取りました」

 

ブランケットをシート下へ入れる。

 

「どうしました?」

 

桜さんは今の俺の動作を黙って見ていた。

 

というより、バイクを眺めているのか。

 

「ヤマハ・ビーノ。ナンバーがピンクってことは、台湾製の125CCモデルね」

 

やっぱり詳しい。

 

「はい。よく分かりましたね?」

 

「まあね。でも、実物を見たのは初めてよ」

 

やっぱり数は多くないのか。父が(つて)で入手したものだが、この辺りではこれ一台しか見付からなかったらしい。

 

「それじゃあ、私は……あ、あの子ったら……」

 

桜さんは車に乗り込もうとして、何かに気付いたらしく声を上げた。

 

「どうしました?」

 

「なでしこ、肝心なものを車に忘れてるの。届けてあげないと……」

 

忘れ物か。肝心なものって何だろう。財布とか?

 

「あ、俺今から麓キャンプ場行くんで、良ければ渡しましょうか?」

 

「今から? こんな時間にキャンプ場に何をしに行くの?」

 

「渡す書類があるんですよ」

 

「書類って……」

 

「ああ、言ってませんでしたね。俺の家、四尾連湖(しびれこ)のキャンプ場なんです」

 

「そうなんだ……。って、四尾連湖!」

 

かなり驚いている。

 

無理もない。本栖(もとす)高校から四尾連湖までは、このビーノでも一時間位掛かる。

 

県道409号線と414号線がカーブだらけで飛ばせないからだ。

 

「四尾連湖って、あの四尾連湖よね?」

 

「はい」

 

他に何があるというのか。

 

同じ名前の山や湖が幾つかあることもある。しかし、四尾連湖は他に聞いたことがない。

 

「そんな遠いところから本栖高校まで……。大変でしょう」

 

「まあ、慣れですよ。最初の頃は大変でしたけどね。一年も走っていれば慣れます」

 

冬季は積雪・凍結の危険があるものの、それ以外は特に問題ない。

 

「そ……そうなのね……」

 

桜さんは驚きっぱなし。

 

この人、あまり感情が顔に出ないみたいだけど、今は違う。

 

俺まで驚いてしまうぐらいに驚いている。

 

「大変だと思うけど、気を付けてね。あ、これがあの子の忘れ物よ」

 

そう言って、俺に差し出されたものは……。

 

えっ?

 

 

 

 

 

まかいの牧場をあとにし、国道139号線を北上する。

 

麓キャンプ場に到着。

 

急いで管理棟へ向かう。えっと……こっちか。

 

横にビーノを止め、駆け込む。

 

「こんにちは。YMCAからの書類をお持ちしました」

 

「おお! お待ちしてました」

 

受付のお兄さん、待ってましたと言わんばかりの勢いで椅子から立ち上がった。

 

ドンッ。という鈍い音。あれ、膝ぶつけたな……。

 

「イタタ……えっと。お預かりします」

 

あれ、地味に痛いんだよな。顔がそういっている。

 

「はい。こちらです」

 

封筒を差し出すと、受け取って中身を確認している。

 

「……はい。確かに。わざわざありがとうございました」

 

「いいえ。帰り道の途中だったので」

 

寄り道だから、大したことはしていない。

 

それはさておき、俺には大事な用件がもう一つあるのだ。

 

「あ。あと、キャンプサイトでキャンプ中の人に、ちょっと用事があるのですが……」

 

「ん? あなたもキャンプされるんですか?」

 

いやいやいや。なんでそうなる?

 

「そういうわけではありません。ですが、なし崩しに食事とかに付き合わされるかもしれませんけれど……」

 

「なるほど……。本来なら利用料を頂戴(ちょうだい)するところですが、木明荘(きめいそう)の方ですからね。利用料は無しで構いませんよ」

 

マジか。日帰り大人+バイク1,000円 免除か。

 

「ありがとうございます」

 

「あ。もし、宿泊される場合には、私の携帯に一報ください」

 

それは大丈夫だと思う。シュラフ持ってきてないし。

 

「研修棟の部屋、開けますから」

 

そういうことか……。

 

それなら、あまりにも遅くなりそうな場合に、お世話になろうかな。

 

 

 

利用許可証を貰い、俺が管理棟を出ると、管理人は帰り支度をして鍵を閉めると、さっさと帰っていった。

 

本来17時に閉めているのを、俺が来るのを待っていたのだろう。

 

もうすぐ18時。待たせてしまったようだ。少し悪いことをしたかな。

 

 

 

ビーノを押しながら、キャンプサイトを歩いて行く。

 

この時期でも意外とキャンプしている人が多い。流石、有名どころ。泣けてくるねぇ……。

 

さて、どの辺りに居るだろう……。

 

「あ~! シメのご飯、車に忘れたぁ!」

 

ふと、悲鳴のような声が聞こえてきた。

 

「いや、そんなに食えんし」

 

聞き覚えのある声だ。

 

声の聞こえた方を見る。

 

……居た。

 

リンちゃんに、桜さんの妹さんだ。えっと……なでしこちゃん だっけ。

 

「こんばんは」

 

驚かせないよう、そおっと声掛ける。

 

「えっ? あ、滝野(たきの)先輩。こんばんは」

 

リンちゃんが俺に気付いてこちらを見上げる。

 

「どうしてここに?」

 

「まあ、ちょっとね」

 

「えっ? 誰?」

 

状況が分かっていない人物が一人。俺の顔を見るなり、頭に?マークが立った。

 

「リンちゃん、この人は?」

 

当然の疑問だろう。彼女は俺と面識がない。

 

「滝野 純一(じゅんいち)先輩。同じ学校だよ」

 

「本栖高校二年、滝野 純一。よろしく」

 

リンちゃんに紹介してもらったので、簡単な挨拶にしておこう。

 

「よろしくお願いします……えっ!」

 

俺の持っているものに気付いたらしい。

 

各務原(かがみはら)さんだっけ? これをお姉さんから預かってきたよ」

 

そう言って俺が差し出すのは、タッパに詰められたご飯だ。そこそこ重い。

 

「何で先輩が? お姉ちゃんと知り合いですか?」

 

「いや、そういう訳じゃないけど。下で会ったんだよ。ほら、本栖湖で寝てたとき、ブランケット掛かってただろ? あれが俺ので、お姉さんの車にそれがあるのが見えて、声掛けたら、結果的にこれを渡されたんだよ」

 

「えっ! あのブランケット先輩のだったんですか!」

 

頭の?マークが、!マークに変わった。

 

「そうだよ。放置して風邪ひかれたら後味悪いし。あの時、恵那(えな)ちゃんにラインして、それとなく話しておいたんだけどね……」

 

リンちゃんの方を見ると、こっちも!マークが立った。

 

「だからあいつ、あの時あんなことを……」

 

何かあったらしい。謎が解けてどこか納得したような表情になった。

 

「えっ! ブランケットの人が、同じ学校の先輩だったなんて~。嘘でしょ?」

 

そして、こっちには一人プチパニックに陥ってる子が……。頭抱えて騒いでる。

 

「おーい。戻ってこーい」

 

リンちゃんの呼び掛けも虚しく、鍋の吹き零れに気付くまでの数分間、各務原さんはこのままだった。

 

 

 

 

 

「あ。申し遅れました、私は各務原 なでしこです。よろしくお願いします」

 

やっと戻ってきて自己紹介をしてくれた。

 

「こちらこそよろしく」

 

さて。自己紹介も終わったし、預かりものも渡したし。

 

「じゃあ、俺はこれにて失礼」

 

遅くなる前に帰ろう。

 

「えっ? もう行っちゃうんですか?」

 

なんとなく、名残惜しそうな声を上げる各務原さん。

 

「渡すものも渡したし、俺は帰るよ」

 

「でも、先輩利用料払ったんですよね? それ、許可証じゃ?」

 

確かに許可証は持ってる。お金は払ってないけどね。

 

「先輩も一緒にお鍋、どうですか?」

 

そう言いながら、各務原さんが鍋の蓋を開ける。

 

餃子坦々鍋(ぎょうざたんたんなべ)! 辛そうで辛くない、ちょっぴり辛い鍋ですよ。旦那様~」

 

え……。

 

 

 

「あのさ……」

 

結局、お鍋をご馳走になることに。

 

「この間はごめん」

 

三人でコンロを囲みながら、鍋をいただく。

 

しかしまあ、各務原さん凄いなぁ。キャンプ場にカセットコンロと土鍋を持ち込むなんて。

 

「この間は? なんだっけ?」

 

「サークル誘ってくれたのに、何て言うか……、すごい嫌そうな顔したから……」

 

なんか大切な話をし始めた模様。

 

俺は聞き役に徹しよう……。

 

「あー。私もテンション上がってて無理に誘っちゃってごめんなさい」

 

「えっ?」

 

「あの後あおいちゃんに言われたんだよ。リンちゃんはグルキャンよりもソロキャンの方が好きなんじゃないかって」

 

リンちゃんは箸が止まっているが、各務原さんは話ながらも箸が進む。

 

「それはまあ、そうなんだけど」

 

「じゃあ、またやろうよ。まったりお鍋キャンプ」

 

そう言いながら、次々に鍋をよそってゆく。

 

そして食べる。

 

「それで気が向いたらみんなでキャンプしようよ」

 

「…………分かったよ」

 

「そうは言っても、道具とかたくさん揃えなきゃいけないんだけどね……」

 

リンちゃんの視線が鍋に向く。

 

あ、ぎょっとした表情になった。

 

そりゃあ、あれだけの鍋をほとんど一人で食べたんだから当然だろう。

 

餃子の空箱には、50個という表記。食べるんだな……この子。

 

「あ!」

 

各務原さんが突然、大きな声を出す。

 

(しめ)のごはん、入れそびれた……」

 

悲しそうな声。とはいえ、食べたの誰だよ?

 

「むーん」

 

諦めがついたのか、タッパのごはんを脇のカゴへ仕舞った。

 

「ポテチもありますよ?」

 

代わりにポテトチップスを取り出した。まだ食べるんかい……。

 

 

 

「鍋、旨かったな……」

 

一人呟く。

 

二人に何度か引き留められたが、持って帰る書類のこともあるし、帰ることにした。

 

行きに走った国道を今度は北上してゆく。

 

夜の富士山も綺麗なものだ。

 

今日は帰るけど、今度は日の出の富士山も見てみたいな……。と思いながら走る。

 

 

 

今日はなんだか疲れた。

 

明日はゆっくりしたいなぁ……。

 

 





お読みいただき有り難うございます。

ここまでは原作をなぞってきましたが、次話はオリジナルストーリーの予定です。

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