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県境の
「三日間お疲れ様。楽しかったかな?」
バイクを止めエンジンを切り、ヘルメットを脱いでから綾乃にそう声掛ける。
答えは分かりきっている。でもそう聞いてみた。
「はい! 物凄く楽しかったです! たった三日なのに、一週間ぐらいあったんじゃないか、って感じです。それなのに、あっという間だった感じもします」
あるあるだな。でも、そう思ってもらえたなら良かった。連れて行った甲斐がある。
……あれ? そもそもツーリングって言い出したのは綾乃だよなぁ。俺は連れて行かれる側だった。
でも、楽しかったのは俺も一緒だし、細かいことは気にしない。
「それじゃあ、綾乃の家に顔を出したら俺は山梨に向けて発つよ」
「えっ? もう帰るんですか?」
予想していた通りの反応だった。
「そりゃあね。かれこれ一週間近くこっちにいるんだし、学校が始まる前には帰らないと」
「宿題が溜まっているとか? あたしもヤバいですねぇ……。だとしても、今から帰るんですか? この時間だと大型増えますから、煽られますよ。それに、そのビーノじゃあ高速走れませんから、着くの深夜じゃないですか?」
……確かに。それも分かった上でその予定だったんだけどな。
キャンプ道具を積んでいるので、最悪予約不要のキャンプ場とかで一晩明かすぐらい、難しくないから。
因みに、宿題は片付けてある。冬休みの宿題だが、冬休み前に終わらせておいた。
しかし、今からじゃ帰れないというなら、
「どうしろと?」
「それを聞く必要ありますか?」
おいこら。
「……分かったよ。今晩お世話になって良いですか?」
「勿論」
言うが早い。
早く帰ろうと言わんばかりに、ヘルメットを被る。
「家に電話しなくて良いのか?」
「逆ですよ、お兄さん」
「は?」
「家から言われてるんですよ。今朝、今日帰るって連絡したときに、お兄さんが泊まらずに帰るんだったら、連絡欲しいって言われてるんです」
マジですか……。
「一体俺は何なんだろうね?」
「前に話した通り、あたし一人っ子ですし、お父さんも男の子が欲しかったらしいですから、息子のように思ってるんじゃないですか?」
そういうものなんだろうか?
顔を出さずに帰るつもりはなかったから、綾乃の家へのお土産も買っておいたけど、正解だったなぁ……。
「それじゃあ。数日だったけどお世話になりました」
翌朝。
綾乃の両親は仕事で既に外出していて、昼からバイトがある綾乃だけが家に残っている。
その綾乃に礼を言い、家を出る。
「お兄さん、本当にありがとうございました。メチャクチャ楽しかったです」
元気な声でそう言いながらも、綾乃は何処か眠そうだ。
昨夜はこのツーリングの思い出話で盛り上がり、寝るのが遅くなったんだろう。
お母さんは夜勤だから起きたばかりだったらしく、俺とお父さんが早めに寝たあとも、リビングからは話し声が聞こえていた。
「俺も楽しかったよ。誘ってくれてありがとな」
お正月を休み無しで働く大垣さんたちのために、何処かへお土産を買いに行こうと思っていたけど、浜松、果ては岐阜県の恵那や豊田まで行くことになるとは思ってなかった。
「お兄さん」
「うん?」
「暖かくなったら、あたしも山梨に遊びに行きますよ。お兄さんみたいに頑張って原付で」
「了解。待ってる」
「その時は泊めてくださいね?」
「勿論。山荘にコテージ、テント泊だってあるから」
「安くしてくれますよね?」
「心配するな。綾乃からお金取ろうなんて思ってないから」
冬場は閑古鳥が鳴いているし、それ以外の季節だって、夏休みに学校などの団体予約が入らない限り、基本的にはいつでも空きはある。泊めることは容易い。
あ。もちろん、タダで宿泊させる訳ではないので注意。
「いざとなれば、体で払いますからね」
「だ、か、ら!」
「冗談ですって!」
最後まで綾乃は綾乃だった。
ヘルメットを被り、エンジンを始動。
今回はヘッドセットは着用しない。一緒に走る相手はもう居ないから……。
さてと。気を取り直して出発。
俺の姿が見えなくなるまで手を振り続けている綾乃に、最後に手を上げて答える。
どの道を通るか迷ったが、自専道*1がある山側の国道1号線よりは、行きも通った海沿いの国道150号線ルートが良さそうだ。
道の駅が行きにも寄った彼処*2しか無いが、コンビニやスーパーも利用しながらゆっくり帰ろう……。
そんなわけで、清水区から国道52号線に入って山梨県まで帰ってきた。
ここまで無事に、順調に走ってこれた。
おお。たけのこタワーだ。
油断したらアカンけど、これを見ると帰ってきた感じがする。
トイレ休憩を済ませ、富士川を渡り、左岸へ。
うん?
進行方向前方に、俺が向かっている方向へ走る人を一人、発見。
しかし、後ろから見ただけだが、ランニングやジョギングをする格好とは思えない。
あれ? あの後ろ姿って……。
「恵那ちゃーん!」
警笛を鳴らしつつ、名前を叫ぶ。
「あっ! 先輩……!」
やはり。俺の声に気付いた恵那ちゃんが、立ち止まって振り向く。
しかし、相当息を切らしていて、膝に手をつき息をしている。何をそんなに慌てて……。
バイトに遅刻? いや、今日は6日。郵便局のバイトは長くても終わっている頃のはず。
そもそも、こんなに慌てた恵那ちゃんを見たことがない。
となると……。
「先輩! 乗せてください!」
恵那ちゃんの前に停車すると、顔が青ざめていた。息切れだけではなさそう。加えてこの格好だ。
まさか……! そういうことなのか!
「ちくわ はどっちへ!」
「えっ? あ、北の方向に!」
「乗って!」
ヘルメットを出している余裕はない。
法律違反だが、緊急事態だ。警察に見付かったら大人しく切符切られよう……。
「はい!」
恵那ちゃんが乗り、捕まったことを確認して発進させる。
「何があったの!」
後ろの恵那ちゃんに話し掛ける。
状況は何となく分かったけれど、どうしてそうなったのかは分からない。
「ちくわ 連れて散歩していたんです。そうしたら、大きな音が聞こえて! 驚いて急に引っ張られてリードを離してしまって……」
大きな音。そういえば、さっき聞こえてきたな。恐らく道路工事の発破のものだろう。
それに驚いて ちくわ が逃げ出したのか……。
「そんなに遠くには行ってないよね?」
「恐らく」
走り出して数分後。
「ん?」
対向車がパッシングをしている。
「あれは……?」
よく見ると、ボンネットには『酒の川本』の文字が見える軽ワゴン車だ。
「滝野くん~!」
ハザードランプをつけ、路肩に停車して、窓から手を振っている。副店長じゃないか。
後続車が居ないことを確認し、車線を跨いでワゴン車の前に停まる。
「どうしました?」
「いやぁ。久し振りだなって」
「あ、あのー。今俺急いでいる…………あれ?」
「ちくわ!」
なんと、その軽ワゴン車の中で ちくわ を発見した。
「アン!」
何事もなかったかのように。しかし、当たり前のように。助手席に鎮座している。
「ちくわ!」
恵那ちゃんが後ろから降りて、助手席の窓へと駆け寄る。
「あれ? このチワワ彼女の?」
「はい。発破の音に驚いて逃げ出してしまったらしくて……。
「そうだよ。リード引きずって走ってたこのチワワ見付けて、ほっといたら危ないと思って……。あ、鍵開いてるから……」
そう言われて恵那ちゃんが助手席の扉を開くと、ちくわが勢いよく彼女の胸に飛び込んだ。
「良かった……無事で……」
泣きそう。というか泣いてる?
「あ。助けていただいて、ありがとうございます!」
お礼を言ってなかったことに気付いたのか、はっとした様子でそう述べた。
「無事で何より。今度は逃げられないように気を付けてね」
「はい! 本当にありがとうございました。失礼します」
帰るのか。
「滝野先輩も、ありがとうございました!」
「いや、俺は別に何も……」
保護してくれたのは平谷さんだし、結局俺は何も出来なかった。それどころか、俺がやったのは法律違反だ。
「謙遜しすぎです。先輩のお陰で助かりました。また学校で……」
そう言ってこの場を去ろうとする恵那ちゃん。
彼女の顔、青ざめていたのが嘘のように元通りになっていた。それどころか、少し赤い。
「あ、もし良ければ送っていこうか? この先だよね?」
ふと、平谷さんが言った。
「今日から工事再開のはずだから、また何処かで発破しないとも言えないし、その時に同じようなことになったら大変だしね?」
突然の提案に、戸惑っている恵那ちゃん。まあ、知らない人の車に突然乗らないか? って言われたら誰だってこうなるだろう。
しかし、ちくわのことは俺も心配だ。
「あ。いえ……。乗せていただくことに抵抗があるとかではなく、私の家、すぐそこなんです……」
そう言って恵那ちゃんが指で示す先には一軒家。ここからなら徒歩で数分のところだ。
「あれ?」
「はい」
車で送っていく、という距離ではなかった……。
「でも何か心配だなぁ……。あ! 滝野くんが送ってってあげなよ。バイクはここで僕が見てるからさ」
なるほど。それはいいアイデアだ。しかし。
「平谷さん、大丈夫なんですか? 何処か行く途中なのでは?」
「大丈夫大丈夫! 急いでないから」
良いのか?
恵那ちゃんの方を見る。あ、目が合った。
「そういうことなら。先輩、お願いします」
「アンッ!」
ちくわまで……。
「じゃあ、行ってきます。平谷さん、バイクお願いしますね」
そう言ってバイクを預け、二人、並んで歩き出す。
「……」
「…………」
特に会話は無い。
話そうと思えば幾らでも話題はあるのに。
恵那ちゃんの方を見ると、ちくわを大切に腕で抱き抱えていて、視線は前を見ている。顔は相変わらず少し赤い。
抱かれているちくわは、こちらを見ていた。
うん?
何が言いたげな顔だ。しかし、相手は犬。例えなにかを言ってるとしても、俺には理解できないだろう……。
「着きました」
結局、そのまま家に到着。
「今日は本当にありがとうございました」
俺の方を向き、恵那ちゃんが言う。
「まあ……、ちくわに何もなくて良かった。な?」
俺はそう言いながらちくわを撫でてあげようか。と思って手を伸ばした。
「ウ~! ワン!」
あ、やべ。怒ってる?
「先輩ごめんなさい。ちくわ、どうしたの?」
急に吠え出して恵那ちゃんも驚いている。
「怒らせちゃったかな? それじゃあ、俺はこれで失礼するよ」
「あ、はい。えっと、先輩は浜松からの帰りですよね?」
「うん」
「疲れてると思います。あと少しですが、油断せず、気を付けて帰ってくださいね。また学校で会うためにも……」
「ありがとう。それじゃあ」
戻るために、彼女に背を向けて歩き出す。
「アン! ウ~、ワンワン!」
ちくわの吠える声が聞こえ、顔だけ後ろに向けると、恵那ちゃんに何かを訴えるように吠えていた。何て言っているんだろう?
「ヤツはとんでもないものを盗んでいきましたね。あなたの心を」
「戻りました」
平谷さんの待っているところへ戻ってきた。
「あの子の彼女?」
「えっ? 違いますよ。同じ学校の後輩です」
「可愛い子だったね」
「勘弁してくださいよ。俺の回り、可愛い子しか居ないんですから。妹を含めて」
「羨ましいねぇ。あ、そういえば、大垣さんと
「えっ? はい」
急に二人の名が。何でだろう?
「あの二人、とんでもないことをやってくれたからねぇ……。大変だったよ」
「はい?」
とんでもないことを? 何ですか、怖いんですけど!
「各務原さん、見た目に似合わぬ怪力娘だねぇ。あまりにも
そっちか……。焦った。
「しかも、二人の営業が上手いから。うちに来る予定の無いセルバ帰りのお客様も捕まえるからさ……。本当、大忙しだったよ。まあ、嬉しい悲鳴ってやつさ」
「そ……そうですか」
心臓に悪いんだけどさぁ……。でもまあ、あの二人が揃ったら何か起こる気はしてたけど。
「そうだ。改めまして。今年も宜しくね」
「はい。こちらこそ、宜しくお願いします」
「それじゃあ!」
俺を追い越し発進して行く。
そういえば俺は反対車線に止まっているんだった。
前後を確認し、本来の車線へと戻る。
身延の駅前を通り、下部温泉を抜け、本栖方面へ。
学校の下の
いつも通りなら、そのまま脇へ逸れて下部トンネルへ向かうんだけど、今日はリンの家に寄って新城さんに会わなければならない。
そのまま東へ向けて進む。
「おっと!」
一部、凍結している部分があった。
そうだ、大晦日の降雪でそこそこ積もって凍ったんだった。
まだ残っていたとは……。
この先も気を付けて進まないと……。
リンの家に到着。
インターホンを鳴らすと、応答したのは新城さんだった。
玄関が開く。
「滝野くん。ご苦労だったね。マミから話は聞いているよ」
「滝野先輩、お帰りなさい」
新城さんに続いてリンも出てきた。
お帰りなさい……か。
「新城さん、リン。……ただいま」
「これで全部かな?」
「はい。大丈夫な筈です」
新城さんが荷を解き、それをリンと咲さんが運び込んで行く。
「滝野くん」
二人になったところで新城さんが口を開いた。
「遠戚とはいえ、君は私の親戚なんだ。今回みたいに困ったことがあれば、いつでも頼ってくれて構わないからね」
「はい、分かりました。まあ、本来テントとかの道具はこちらが貸す側なんですけどね……」
なんたってうちはキャンプ場なんだから。
「確かに。また木明荘も利用させてもらうよ」
「待ってます。この件はさておき、今回はテントとシュラフ、貸していただきありがとうございました」
それでは帰る準備をしよう……。
ヘルメットを被る。
「おや? 上がっていかないのかい?」
言われると思ってた。
「お誘いは有り難いですが、かれこれ一週間は家を空けています。いい加減帰りたいですからね。今日のところは遠慮しておきます」
そう答えると、何処か寂しそうな表情になる。
「分かった。それでは気を付けて帰りなさい」
「はい。ありがとうございました」
恐らく、次に尋ねてきても新城さんはこの家には居ないだろう。とはいえ、この人のことだ。何処かで必ず会える。
エンジンを始動し、出発。
完全に走り慣れた道を20分も走れば四尾連湖の入口に到着。
スマホホルダーにはめてあるスマホを操作。
ハンズフリーで家に電話を掛ける。
『はい』
「父さん。帰ってきたよ」
『了解。あ、今一台車が出ていくから、それ待ってから来て。シルバーの軽ね』
「シルバーの軽一台。分かった」
電話を切る。
言われた通りの車を待つ。
うちに来ていたお客様だから、頭を下げて見送る。
さてと。発進させよう。
お。ガレージの前に父と山県さんが立っている。
「純一」「純一くん」
「お帰り」「お帰りなさい」
バイクを止め、降りてヘルメットを外す。
「ただいま帰りました」
何とか年内に更新間に合いました。
次回からは学校での日常に戻ります。……というのはまだ先です。