朝が来た。
目が覚める。と、同時に昨夜のことが一気に思い出される。勿論、男女の関係になったとか、一線を越えたとか、そんなことは一切無い。断じて無い。
第一、同じ部屋で寝てないから有り得ない。
ただ、四人*1で夕食を取り、先に吉川にお風呂に入ってもらってその間に洗濯機を回そうとして、手にした彼女の下着に赤面したり、入浴時に浴槽に浮いていた彼女の髪や浴室に残る匂いに
「吉川?」
そろそろ起こそう、と思い彼女の居る部屋の戸をノックし、声を掛ける。
「吉川? 開けるぞ?」
返事がないので断りを入れて開ける。
「あれ?」
部屋には居なかった。
寝る時間が早かったから、目が覚めるのも早かったのだろうか。
布団が綺麗に畳まれているから、トイレとかではなさそうだ。
外行ったか? 寒いと思うんだけどな……。
紅茶を淹れ、持って外へ出る。
「あ……」
外のテラスに居た。
「吉川、ここに居たのか。おはよう」
「おはよー。私探してた?」
「いや、そういう訳じゃないけど。朝だから起こしに行ったら居なかったからさ」
「昨日、早く寝たでしょう? 目が覚めちゃって」
やっぱりそうか。
「紅茶、淹れたけど飲むか?」
「ありがと。頂くわ」
吉川に紅茶を渡し、俺は自分の飲み物を手に、彼女が座る椅子の向かい側に座った。
「あんたのはコーヒー?」
「ああ。吉川、紅茶の方が良かっただろ?」
「そうだけど。よく覚えてるわね」
「忘れるわけ無いだろ。何年一緒だったと思って」
今までこの事を話題にしたことはないし、知っている人も少ないが、俺と吉川は、小中高約10年間一緒だった。
学校以外での関わりは皆無だし、親しい仲ではなかったが、それだけ一緒にいれば、自ずと色々な情報が入ってくる。これもその一つだ。
「そうだったわね……。あんたは昔からトランペット」
「そして、吉川は中学入ってからトランペットだっけな」
「そうね」
小学校には部活が無いので、学校が終われば俺は音楽教室へ。吉川が何をしていたかは知らない。
「私、中学入ってから楽器をやってみたいって思って吹部入ったんだけどね。トランペットを選んだのも『なんとなくカッコいい』という理由だったんだけど、その中にはあんたが関係していたのかもね」
「そうか? 俺、お前にペット吹いてる話したこと無いけど。確か」
「直接しなくたって、あんだけ同じクラスなら、嫌でも情報入ってくるわよ」
俺と同じ理由だった。
「なのに、あんたは中学じゃ吹部入らないんだもん。何で! って思ったわ」
「マジで……」
冷や汗が垂れる。
本来、中学校では部活動への所属が絶対だったが、俺はあの頃音楽教室の方に夢中で、学校から特例での部活免除を貰っていた。
もちろん、それ故周りからは色々な事を言われていたし、良い顔はされなかった。だからこそ、上手くなろうと人一倍努力したつもりだ。
「だから、同じ高校に入ったときは、無理矢理吹部に入れさせたのよ」
コーヒーを啜る。吉川も同じように紅茶を啜った。
「私が吹部辞めなかった理由。香織先輩だけじゃなく、あんたの存在も有ったかもね……」
沈黙が訪れる。
さっきまで言葉を交わしていたのが嘘のように……。
ふと、吉川の方を見れば、何処か真剣な表情で湖を眺めている。
しかし、その真剣さの中に、それ以外の何かが含まれているような感じがしてきた。
吉川の事だ。色々抱え込んでいるのだろう。そしてこれからも……。
「吉川」
「ん?」
名前を呼び、こちらを向いた彼女のおでこに、少し身を乗り出してデコビンを喰らわす。
「……」
一瞬、何が起きたか理解できなかったのだろう。そんな感じの表情で固まり、少し遅れて顔が真っ赤になる。
「ちょっと! いきなり何すんのよ!」
「怒ったのか?」
「当たり前じゃない!」
顔を真っ赤にして椅子から立ち上がり、もう一発に警戒してか幾分後ろに下がった。
念のため言っておくと、傷や痕が残ってしまった場合に責任がとれないので、かなり優しく弾いたのだが……。
デコビンの痛さよりも、されたことに対する衝撃が大きいのだろう。
「昨日も言っただろ? 無理するなって」
「無理なんかしてないわよ!」
「嘘
実は、あの10年間はずっと同じクラスだったのだ。
「それは……」
「部長の大変さは俺には分からないけど、」
一応、俺も吹奏楽サークルの部長だが、吹奏楽部とは規模が違う。
「もっと周りを頼れ。何だかんだ言ってこれだけ長い間一緒に居たんだ。お前が駄目になる姿だけは絶対に見たくない」
「滝野……」
「お前一人が駄目になってそれで終わるなら、止めるつもりはない。残される吹部のメンバーが、みたいな綺麗事を言うつもりはないから。ただ、単に俺は嫌なんだよ。そんな姿は見たくない」
吉川が椅子に戻る。
まだ顔は少し赤いが、さっきまでとは違う理由でだろう。
「…………分かったわ。約束する」
「何を?」
「私一人で抱え込むことはしない」
「……指切りするか?」
「そうね。嘘吐いたら……何が良いのかしら?」
「吹奏楽引退させる。二度とトランペットを吹かせん」
「乱暴ね……まあいいわ」
「約束しろよ?」
「約束するわ」
俺が伸ばした右手小指に、吉川の小指が絡まる。そして離れた。
昨日と同様に、バイクで吉川を
駅前でバイクを止め、吉川を降ろす。
「ありがとね」
「こちらこそ。わざわざ会いに来てくれて」
あの後、朝食に呼ばれるまでの間、互いに近況報告や思い出話で相当盛り上がった。
それこそ 時が経つのも忘れる という言葉通りに。
「気を付けて帰れよ。約束守ってもらうためにも」
そして訪れた別れの時。
「分かってるわ。あんたこそ、気を付けなさいよ。この距離毎日通ってるんでしょ? それで」
「ああ。事故には気を付けてるよ」
そんな風に話していると、電車が入ってきた。
「じゃあ行くわ」
「元気で」
「あんたもね」
俺に背を向け、電車へと向かって行く。
その姿が見えなくなるまで見送る。
俺が今立っている場所からは、駅舎が邪魔で電車は見えない。
しかし、見える場所まで行って彼女の姿を見たら、別れが惜しくなりそうだから、電車が発車するまで待った。
そして、電車の音が遠ざかり、周辺は川のせせらぎや国道を通る車の音を除けば静かだ。
「さてと。俺も頑張りますかね~」
誰に言うでもなく、静かに呟いた。
長いようで短かった冬休みは今日で終わり。
明日から新学期が始まる…………。
数日後、変わった吉川の姿に気付いたのか、中川から『アンタ一体何したの!』ってラインのビデオ通話で問いただされた。『デコピンして指切りした』と返したら、怪訝な顔をされた。
前話の ここ にてお話しした通り、本作はアニメ二期相当分にて完結の予定です。
映画ゆるキャン△に相当するお話 を執筆しない理由は大きく2つです。
①滝野の立ち位置上の都合
②他作品との兼ね合い
①リンがキャンプ場作りの総合リーダーに任命された理由は『キャンプ歴が一番長い』『キャンプといえはリンちゃん』というものでした。
しかし、ここに滝野が加わると『実家がキャンプ場』という理由により、彼がどんな職業に就いていても、リーダーに選ばない理由が無くなります。
故に、リンの立場が怪しくなってしまうのです。
②『君へ捧げる物語~北宇治高校文芸同好会へようこそ~』という作品を、映画ゆるキャン△公開前に執筆していました。この作品の作中は2027年の設定であり、本編完結後の番外編にて、リンと綾乃を登場させる予定で執筆していたところ、なんの偶然か、映画ゆるキャン△の時間軸と被ってしまいました。
『君へ捧げる物語』の89話~(※サブタイトルの○○話ではない)をお読みいただければ分かる通り、リン・綾乃・滝野が映画版の時間軸において共演しています。
故に、私にとってはそれが『映画版』といえるんですね。
そんな訳で、本作で直接映画版まで執筆する予定はありません。
ただ、完結より先にアニメ三期が始まるので、それ次第では『二期で完結』が嘘になってしまう可能性はあります。
実際、私は大井川流域のゆるキャン△聖地を巡礼済みなので……。挿絵に使えそうな写真がたくさんあります(笑)。
〈3月26日追記〉
以前、一部の方への感想返信や、第1話において、『滝野は中学校で吹奏楽部に所属していた』という設定があったという話をしています。
しかし、それでは本話の内容に矛盾が生じるため、
『滝野は中学校では、吹奏楽部に所属していない』ことに統一させていただきます。