前のお話のあとがきで、『次話はオリジナルストーリー』と予告しましたが、ここにはこのお話を挿入します。
『本栖湖で寝ている女の子』に相当する、リン視点のお話になります。
ここは
湖の対岸に富士山が見える湖畔のキャンプ場だ。
残念ながら、富士山には雲が掛かっていてはっきりとは見えない。
いつも通りのソロキャンプ。
テントを設営し、焚き火も起こし、本を読んでいたら、いつの間にか日没を迎えていた。辺りは既に真っ暗だ。
スープを飲みすぎたせいか、トイレに行きたくなってしまった。
ランタン片手にトイレへ向かう。
戻るとき。ふと、気になったことがある。
トイレ横のベンチ→地面で寝ていた女の子の存在だ。
あれは確実に風邪をひくなと思いつつも、どうにも出来ないから、ほったらかしにしていた。
まだ居るか? ……居ない。
さっきまで居た辺りを照らしてみても、姿はなかった。
さすがに帰ったのだろう……。焚き火放置しているし、さっさと戻ろうと思って、来た方へ向き直ると……。
ランタンの明かりが照らしたのは。
桃色のロングヘアーで、
泣きじゃくる、
さっき寝ていた女の子だった。
「ううう……ヒック」
いい加減泣き止んでよ。まるで私が泣かせたみたいじゃん。
そりゃあ、持っていたランタンを放り出し、全力疾走で逃げてしまったけどさ。
まだ泣くのかよ。
事情は少し聞いた。
「つまり、今日山梨に引っ越してきたばかりで」
「うん」
「自転車で富士山を見に来たけど」
「うん」
「疲れて横になったら、寝過ごして……」
「うん」
「気がついたら真っ暗で、そのブランケットが掛けてあった、と」
「うん」
なにやってんだ……。
本栖みちは下りでまっすぐだから自力で帰れるだろうと言ったら、怖くて無理だと言うし、家の人に迎えを頼んだらと言えば、スマホを忘れたって言うし。
スマホとトランプ。どうすれば間違えるんだろう?
仕方ない。
「はい。私のスマホ貸すから、家の番号言って」
あ、固まった。……?
「引っ越したばかりで分かりません!」
そうきたか……。
「自分の番号は?」
「記憶にございません! 自分には電話しないので……」
確かにそうだけど。ねぇ? そうじゃないんだよ。
って、ラインの通知が来ていた。誰だ?
斉藤:なぜでしょう?
斉藤:居たんなら助けてあげてね~♪
志摩:知ってるならお前が助けろ。ここまで来い
斉藤:寒いから無理です
なんであいつ知ってんだ? 知り合い……今日引っ越してきたばかりだって言ってたから、違うだろう。
まあ、助けろと言われた以上、放置はできない。乗りかかった船だし。
「ラーメン食べる? カレーだけど」
「えっ! くれるの?」
「1,500円」
花が咲いたような笑顔が、一瞬で泣き顔と化す。
「じゅ、十五回払いでお願いします……」
そう言いながら差し出してきたのは100円玉。ついでに腹の虫も鳴く。
「ウソだよ」
コッヘルに水を入れ、バーナーの火にかける。
「あっちで沸かさないの?」
その子が焚き火を指差しながら不思議そうに尋ねてきた。
「鍋が
「へえー。何かプロみたいだね!」
何のだよ。
お湯が沸き、ラーメンに注ぐ。
「もう良いかな? へぶしっ……」
いや、まだ30秒ぐらいしか経ってない。
くしゃみ。そりゃ、あんなところで寝てたら風邪ひくよな。
「まあ待て」
そう返事しつつ、火力が落ちている焚き火に薪を追加し、軽く扇ぐ。
「ありがとう! あったまる~」
早速焚き火に当たってる。
最初は焚き火をやるつもりはなかったけど、寒さには勝てず面倒なのを承知で火起こししたのが、こんな形で役に立つとは。思ってもみなかった。ソロでしかキャンプしたことないし。
誰かと一緒にキャンプするのって、こんな感じなのかな……。
さて、3分経過。
「どうぞ」
「ありがとう! カレーめん、カレーめん~」
蓋を剥がし、手を合わせ。
「「いただきます!」」
……。
うまそうに食べるな……。
でも、そんなに勢いよく食べたら舌ヤケドするだろ……。私はゆっくり食べよう。
「ん~! 口の中、ヤケドした!」
ほら。しかし、何故嬉しそうなんだ?
あ。目が合った。
……何考えてるんだろう?
何か失礼なこと思ってそうな予感。
「ねぇ、あなた何処から来たの?」
ふと、その子に聞いてみる。
「あたし? 浜名湖沿いの浜松市から」
それ、引っ越す前の話じゃ?
「山梨に引っ越してきたって言ってなかった?」
だいたい、浜松から自転車で来れるわけがない。
「ああ。えっと、
まじか。そこそこ遠いぞ。
「南部町……よくチャリで来たね」
私には真似できん……、とは言い切れないけど。斉藤にあんなこと言われたし、
「『もとすこのふじさんは千円札の絵にもなってる!』って、お姉ちゃんに聞いて、長い坂上ってきたのに、曇ってて全然見えないんだもん」
確かに。私が来た2時頃も曇ってた。
あ……! でも今は。
「見えない、って。あれが?」
私は湖の方を指差す。
「あれ……?」
その子が振り向き立ち上がる。
眼前には、雲が切れ、月光に照らされる富士山があった。
「見えた、ふじさん……」
『これぞ富士山』と言ったところか……。
写真とろう。
カシャ。
「あ!」
今のシャッター音で、その子がなにか思い出したように声を上げた。
「お姉ちゃんの電話番号覚えてたよ……。エヘヘ」
私のスマホを貸し、お姉さんに連絡を取り、それから一時間もしないうちに、迎えの車がやって来た。
「うちのバカ妹が本当にお世話になりました」
スラッとした体型に、長い髪。黒縁メガネ。
すごい美人……。の、お姉さんが私に深々と頭を下げる。
「あ、いや。別に大したことは……」
「ブランケットまで貸していただいて。ありがとうございます」
「それは私のじゃ無いです」
「……?」
「妹さん、この先のトイレのところで寝ていたんですが、起きた時には掛けてあったみたいです」
その子の方に視線を向ける。
「うう……」
お姉さんは相当心配していたのだろう。電話したときも凄い声だったけど、到着したら真っ先にげんこつを喰らわせていた。
涙目で頭をさすっている。
「携帯電話忘れるなって何度言えばわかるの! あんたが携帯してこそ携帯電話なのよ!」
凄い罵声だ。
しかし、これは妹を心配してのことだろう。
「とっとと乗りなさい。このブタ野郎!」
助手席に文字通り放り込む。
そして、自転車はトランクへ。自身は運転席へ。
「それじゃあおやすみなさい。風邪引かないようにね!」
「おやすみなさい……」
走り出す車を、手を振って見送る。
何か、疲れた。変な奴だったな……。
眠くなってきたし、戻ったら寝よう。
「ちょっと待って!」
歩き出したところで呼び止められた。
振り返ると、さっきの子がビニール袋を手に走ってきた。
「これ、お詫び。お姉ちゃんから」
渡されたビニール袋には、キウイが詰まっている。ラーメンがキウイに化けた?
「それと、これは私の電話番号。お姉ちゃんに聞いたんだ」
小さな紙切れ。
『各務原なでしこ』。かかみはら? かがみがはら?
「私、
かがみはら か。確か岐阜県の……愛知県だっけ?
「カレーめんありがとう。今度はちゃんとキャンプやろうね!」
そう言って車へ戻って行く。
「じゃあね!」
やっぱ変な奴……。
実は、本作を執筆するにあたり、本栖湖へ取材(というのは大袈裟?)に行ってきました。
8月頭のキャンプシーズン真っ只中でしたから、本栖湖の周回道路(県道709号線)は、道幅のわりに交通量が多く、通るのに一苦労でした。
コロナ絡みで入場制限があったのか、浩庵キャンプ場の建屋前は長蛇の列でしたね。
まあ、雲の掛かっていない綺麗な富士山が見れて良かったです。
次話こそ、予告通りのオリジナルストーリーをお送りします。お楽しみいただけると幸いです。