「無理だって!」
「そこをなんとか~!」
ある日の放課後。
教室で、他人の目も
その主は、一人の女の子と男の子。後者は俺だ。
どうしてこうなったか、というと……。
新学期に入ってすぐ、俺のクラスでは席替えが行われた。
担任教師の気まぐれで、前回は期末試験の成績順で後ろから順に配置されたが、今回はその順でくじ引きだった。
かくして俺は窓際最前列という一番良い席を手に入れた訳だけど、そこはファンヒーターのすぐ後ろなので、この時期は休み時間や放課後に溜まり場となってしまう。
離席するタイミングを見誤れば、机に腰掛ける輩が現れるほどだ。
今日も、例のごとく放課の合図と共に、数人が俺の席の前へやって来て、お喋りタイム。
俺はこれから部活だから、気にせずに荷物をまとめる。
「あ~!」
しかし、その中の一人が俺の顔を見るなり、なにかを思い出したように声を上げる。
彼女は……
肌は白いけれどアウトドア系らしく、キャンプもよく行くらしい。
だから、入学当初のこの学校にはアウトドア系の部活動が登山部しかなく、帰宅部を選択した。野クル部の存在は設立当初(野外活動サークルだった頃)から知っているものの、
接点は多くないが、同じクラスの仲間として、顔を見れば一言二言話すことはある。
そんな彼女が俺を見て声を上げた。一体何故?
「
「何?」
嫌な予感しかしない。
「バイト、しない?」
……。
…………?
「バイトって、アルバイト……仕事のこと?」
「うん」
「待ってくれ。どうしてそういう話になったのか、順を追って説明して欲しいんだが?」
何故、俺がバイトしなければならんのだ?
「私、帰宅部だけど図書委員やってるのは知ってるよね?」
「ああ」
「だから、私の代わりに働いて欲しいんだよ」
「待て待て待て! 俺の求めている説明には事足りないんだが。それに、俺には無理だぞ」
「でも、お姉ちゃんから頼まれてるんだよ~。バイトの子が蒸発して、人手が足りないって」
えっと? 図書委員の仕事を代わって欲しい訳ではなく、姉がバイトを探しているから代わりに働いて欲しい。ということか。
「揖斐川のお姉さんって、
「身延のカリブーだよ」
あー。あの店か。
……つまり、揖斐川さんの妹なのか! こいつ。
「事情は分かった。だがな、俺も吹奏楽サークルと野クル部掛け持ちしてるし、場合によっては家の手伝いもあるからな。これ以上仕事増えたら、わりと真面目に死ぬ」
「え~。大丈夫だと思うけどなぁ」
「大丈夫じゃないよ。だから、図書委員の代わりは他の人に頼んでくれ。そして、揖斐川が働け」
「私、キャンプ知識皆無だから無理だよ」
「嘘つけ。キャンプが趣味だって言ってたじゃないか。それに、うちのキャンプ場利用したこともあっただろうが!」
転校初日、俺の自己紹介(家がキャンプ場)を聞いて、キャンプ場ということに喰い付いてきた唯一人のクラスメイトだ。まあ、進級と共にクラス替えがあったから、教室の顔ぶれはその時とは異なるが……。
「『利用者』と『運営側』に求められる知識は天地の差だよ? 私にあるのは利用者の知識だけ」
「無いよりかマシだろ」
「良いじゃん。働いてよ~」
「無理だって!」
「そこをなんとか~!」
大きな声で言い争っていることに気付き、ふと回りを見渡すと、注がれているのは、冷たい視線だったり、驚きの表情だったり、様々だった。
冷たい視線の理由は『こんなところで騒ぐな』だろう。驚きの理由は『この二人はこんな仲だったっけ?』辺りか……。
「他の奴に聞いてみたのか?」
そう言いつつ、再び回りを見渡す。幸いなことに野次馬が何人も居るのだ。
あ、露骨に目逸らしやがったのも数人。
「といっても、『キャンプ場関係者』か『キャンプ用品店バイト経験者』が、滝野くん以外に易々見付かるとでも?」
う……。ご尤もな意見に反論できない。
「『未経験者歓迎』って訳ではないのか。突発的な話らしいし……」
「そうだよ」
ここはいっそのこと、野クル部のメンバーに……。駄目なんだ。
「そう言ってもなぁ……。あ……」
「あ?」
ふと、視線を教室の外へずらして固まる。
「あれ。あんなところに君の可愛い後輩が」
呑気な事を言う揖斐川。
ほれ。今の言葉を入室許可と思ったのか、
「先輩! 遅いと思ったらこんなところに居たんですね!」
満面の笑みでそう言いながら歩いてくる。
恐らく、というか絶対。見た目は笑っていても内心怒っている。
「仕方無いだろ。揖斐川に捕まったんだから」
「こんなところで
「「そんな関係じゃないから!」」
「お、声が重なりましたたね」
そこ、感心するところと違う。
「揖斐川先輩、話は聞きました。私に提案があります」
可児が出した提案とは、
『リンと可児のクラスの図書委員に、可能な限り図書当番を代わってもらう』ことにより、『揖斐川先輩自身が、カリブーでバイトをする』ことだ。
代わってもらうだけで大丈夫なのか聞いたら、可児のクラスの子は、既に本人に話してあるのか否か分からないが、『本が大好きだから、見返りは何も要らない』らしい。リンの方は、散々渋った様子だったが、『滝野先輩とのツーリングで手打ちにしますよ』ということだった。俺を巻き込みやがったよこいつら。
「というわけで、宜しく~♪」
「はいよ」
話が
これ以上何か言って『なら、働け』と言われるのが怖く、黙って載せることにした。えっ? 文字がって? 本人には聞こえないだろうから、気にしない。
バイクに乗れるのが楽しみなのか、ノリノリの揖斐川を連れて昇降口を出る。
\ドウシタ?/
駐輪場に到着。今日はビーノだ。
柱に回しているチェーンを外す。
「はいよ」
「ありがとう」
自分のヘルメットを被りながら、予備のヘルメットを揖斐川に渡す。サイズは……問題無さそうだ。
スタンドを上げ、駐輪場から引っ張り出し、校門へと向かう。
「滝野くん、このバイクとは長いの?」
……付き合いのことだろうか。
「ああ。俺が免許取ってからずっとこれだよ」
「へぇ~。相棒、って感じだね」
「まあな。冬休みには浜松までこれで行ってきたよ」
「頑張るねぇ。でも、こういうバイクって30キロで走らなきゃ駄目なんでしょう?」
お? 勘違いしていらっしゃる。
「いや、この規格なら大丈夫だよ。ナンバープレート見てみ」
「市川三郷町……桃色?」
「そう。市区町村名のナンバーで白色のやつは、今揖斐川が言った通り、30キロ制限なんだけど、黄色やピンクのナンバーのなら、それは関係ない。普通の大きなバイクや自動車と同じように走れるんだよ」
「そうなんだ。知らなかった」
「さ。校門出たから乗るよ。先乗るから待って」
校門を出たので一旦停まる。
俺が先に跨がり、エンジンを始動。
「乗って。手は腰に回すか、シートの脇を持ってくれれば良いから」
「了解。こう?」
揖斐川が後ろに乗り、シートの脇をつかんだのを確認。
「動くよ」
「了解」
ゆっくり発進させる。