「それじゃあ、行ってきます」
「気を付けて」
週末の土曜日。朝……と言っても、今は10時に近い時間。家を出発する。
今日はビーノだ。
普通に走っていけば一時間半の距離なので、ゆっくり走って行く。
いつも通りの通学ルートを走り、学校の下をトンネルで通過。
富士川左岸を南下して行く。
すぐに見慣れた景色が現れる。身延のしょうにん通りだ。
カリブー身延店や
そこを過ぎれば軽く山越え。そしてのどかな風景が広がる。
恵那ちゃんの家を遠目に、更に進む。
この辺りに住んでいるんだと、甲斐大島駅から電車通学だろうか。
身延線は長距離の路線で、Wikipediaでの情報だと身延駅を境に乗客は入れ替わるらしい。通しで乗る利用者は少なく、そのため長時間停車する電車も多い。
30分ぐらい停車する電車もある。その間待つのも大変だろう。
身延駅との間に峠さえなければ、歩いた方が早い場合もありそうだ……。
右前方に南部橋が見えてきた。そろそろ内船駅だ。
……そういえば、飲み物を持ってきていない。持参するように言われているんだっけ。
そこにコンビニがあるから寄っていこう。
対向車を確認し、反対側のコンビニへ。駐車場にバイクを停め、エンジンを切る。
…………視線を感じるぞ。
何処からだろう? ヘルメットを外すついでに周りを見渡す。
すると店内の柱の陰から、
「え。誰?」
お店の制服を着ているからすぐに気付かなかったが、その正体は恵那ちゃんだった。
「恵那ちゃん、ここでバイトしてるんだ」
「ああ、一昨日からね。前の子が蒸発して困ってたんだよ」
そう言うのは隣に立っている店長だ。まだ新人教育の真っ只中で、一緒にカウンターに立っている。
「家からそんなに遠くないですし、ちょうどバイトを探しているところだったので、求人見て飛び付いちゃいました」
そう言う恵那ちゃんは、いつもより堅い感じがする。
まあ、ピカピカの制服に名札、おまけのように貼られた『研修中』のシールを見れば、そうなるのも納得だ。
「先輩、私がここで働いていることは、当分内緒でお願いしますね」
「スパイみたいで面白いからだって」
「まあ……確かに」
というか、店長面白がってない?
「じゃあ、俺からは誰にも言わないよ」
「それじゃあ、よろしくお願いしますね。所で、先輩はどうしてここへ?」
そういえば、何しに来たか忘れるところだった。
「飲み物を買いにね。ちょっと取ってくる」
そう断って冷蔵ケースへ向かう。
「いらっしゃいませ……」
恵那ちゃんは店長と共に、他のお客さんのレジ打ちをしている。
不慣れゆえ打つのは遅いが、初々しい光景で、お客さんも急かす様子はない。
「ありがとうございました……」
「頑張って!」
お客さんに労われ、少し恥ずかしながらも嬉しそうな恵那ちゃん。
次が俺だ。
「いらっしゃいませ……」
「はい」
お茶とパンを幾つか置く。
それをスキャンしてゆく。
「はい、以上で555円です。……あ、ゾロ目ですね」
「お、本当だ」
別に計算して取った訳じゃないけど、数字が揃った。
「じゃあこれで」
「1,055円お預かりしましたので、500円お返しです」
お釣と商品を受け取る。
「ありがとうございました」
「ありがとう。それじゃあ頑張って」
「はい!」
店を出る。
コンビニを後にし、更に南下する。
そして、富士川沿いを走っていた県道が、川から離れると……。
静岡県
富士宮市
県境だ。
再び川沿いの道路になり、更に南下して行く。
えっと。こっちって言ってたよな……。教えてもらった道を進む。
ってか、道狭っ! これじゃあ林道と変わらないと思うんだけど。これ、こっちで本当に合ってるの?
……ああ、看板がある。間違っていない。
とはいえ、凄い道だよなぁ。
そんなこんなで、
『富士川健康緑地公園』
目的地に到着した。
「お待たせしました。木明荘の滝野です」
「遠路遙々ご苦労様です。私、富士市役所環境課の長谷川と申します」
「私は同じく市役所環境課の早川です。わざわざ来てくれてありがとね」
指定された駐車場にビーノを止めて待ち合わせ場所へ行くと、担当の人が既に来ていた。
作業着を着ている二人。早川さんは男性で、長谷川さんは女性だ。
「何から始めますか?」
「そうだね。まずはゴミ
ゴミ拾い……ん?
「えっと。早川さんでしたっけ? 今のは……」
「寒かったかな?」
今、早川さんは駄洒落を言ったぞ? 本人も自覚アリか。
「滝野くん。この人そういう人だから、ね……」
長谷川さんは苦笑い。
「もしかして、ブランケット先輩ですか?」
ゴミ拾いを始めて10分くらい経っただろうか。
聞き覚えのある声で特徴的な渾名を呼ばれ、振り向く。
この名で俺のことを呼ぶのは一人しかいない。
「各務原さんじゃん。こんなところでどうしたの?」
見慣れた格好の各務原さんが立っていた。大きいリュックを背負って大荷物だ。
キャンプに来たんだろう。ここはキャンプ場だし。
「それは私の台詞です。先輩こそ、こんなところで何してるんですか?」
「キャンプ場整備のお手伝いだよ。ここは管理人の居ない無人のキャンプ場だろう? だから、ゴミが捨てられていたり、ベンチ・椅子やトイレの汚れ・劣化があったり、トイレットペーパー等の消耗品が無くなったり……。定期的にメンテナンスが必要だからね。市役所がそれを担当しててね。俺はそのお手伝いだよ」
そうだ。今日俺が来ている『富士川健康緑地公園』は、今言った通り無人のキャンプ場だ。
市営の無料キャンプ場だから利用者も多い。誰かが定期的に管理しなければ、色々とひどい状況になるのは火を見るより明らかだ。
今日はそのお手伝いに来ている。
「なるほど」
各務原さんはそう言って手を叩いた。納得したようだ。
しかし、そのまま首を傾げる。
「先輩って、
「そうだけど」
間違っていないが、言い方が……。それだと湖の主みたいじゃないか。
「確か、市川三郷町ですよね? 山梨県の」
「そうだよ」
……あ。言いたいことが分かったぞ。
「ここ、静岡県ですよね?」
「うん」
ほら。思った通りだ。
「各務原さん。それは大人の事情って奴だよ。俺らにはどうしようもない話さ」
「あ……。はい」
流石に各務原さんでも察したようだ。
大人の事情……。まだ子どもである俺たちは、それ以上は触れちゃダメなやつ。
因みに、この案件は父が持ってきた奴だ。俺は首を上下か左右に振るだけ。
上下に振った結果、今ここに居るんだけどさ。
「各務原さんは何しに?」
まあ、答えは分かりきっている。理由は先述。
「始めてのソロキャンです!」
自慢気に胸を張る。
着膨れしてて目立たないけど、そこそこ立派なものを持ってるんだよな。彼女……。って、セクハラだぞ。いかん……。
「ソロか。じゃあ一人で来たんだ?」
「はい。今日はお姉ちゃんのお世話にはなってません!」
またも自慢気。
しかしソロキャンか。桜さん、よく許可したなぁ……。
まあ、あの人のことだ。何かしら対策は取っているんだろう。
「リンちゃんに聞いてしっかり準備してきました。それでは、先輩はお仕事頑張ってください!」
「ありがとう」
ゴミ拾い、トイレ清掃。壊れた設備の補修に木の剪定の補助……。
色々とやっていると、時間はあっという間に過ぎていった。
そろそろ日没だ。
「それでは、今日はありがとうございました」
今日の作業。つまり、俺の手伝いはこれで終わり。
「こちらこそ。助かりました」
「若い子に手伝ってもらえると、早くて助かるよ」
「お役に立てたのなら幸いです。何だかんだ楽しかったですし」
「それは良かった」
「今日の報酬は経費を引いて、教えてもらった口座に振り込んでおくから、後で確認してね」
「分かりました。ありがとうございました」
お礼を言ったり業務連絡(?)を行って、解散となる。
さっき言った通り、ここは市営の広くて無人無料キャンプ場。オンシーズンだと混雑するらしい。
しかし、この時期だからから、今日の利用者は各務原さんと家族連れ一組の二組だけだ。
炊飯棟以外での火気使用が禁止なので、一帯はとても静か。
陽も沈み、暗くなった場内を歩いていくと、その炊飯棟で、小さな灯りが揺れている。
「各務原さん。何してるの?」
灯りの正体は、この間買ったガスランプだった。
焚き火台に何かを乗せている。焚き火のようで、焚き火ではない何か。
しかも、各務原さんは怪人ブランケットになって、焚き火台の前に座っている。
遠目に見たら不審者じゃないか……。
「あ、ブランケット先輩。まだいたんですね」
俺に気付いたらしい。
「もう帰るところだよ。さっきは色々とありがとね」
「いえ。私も楽しかったですよ」
各務原さんは、剪定した枝を運ぶのを手伝ってくれたんだ。
浜名湖ぐるぐるで鍛えたからか、体力あるし力持ちなんだよね、この子。市役所の人も驚いてたぐらい。
「これは『野菜のまるごとホイル焼き』です」
なるほど。よく見ると、炭火と一緒にホイルに包まれた物が台の上に置かれている。中身が野菜らしい。
「私一人だから失敗しても大丈夫ですし、上手くいけば今度みんなに振る舞えますから」
「そっか……。じゃあ、頑張ってね」
そう言ってこの場を去ろうとすると……。
「あれ? 帰るんですか?」
「帰るよ。あまり遅くなると大変だから。ここからじゃ家遠いし」
富士川沿いに北上するだけとはいえ、それなりに距離がある。しかも、今日はビーノだから高速道路が使えない。
……といっても、使える高速道路*1はまだ開通してないんだけどね。
「……泊まっていきませんか? 私のテントに」
…………。平然ととんでもないこと言うなぁ、この子。
まあ、同じテントに寝る のは、前にもやったことがあるから初めてではないけれど。
「いやいや。シュラフ無いから無理だよ」
山中湖ほどではないとはいえ、装備なしにこの寒さは無理だ。先日のあの騒動からまだ日は浅い。同じような過ちをしていては、三人に示しがつかん。
「残念ですね……。又今度ですよ?」
今度て……。
「じゃあ。おやすみ」
「おやすみなさい」
少し渋る各務原さんのもとを去る。
ん? 彼女を遠巻きに眺めている子どもが二人。もう一組のキャンパーだろう。
お。各務原さんに手招きされて寄って行く。
『小さい頃、なでしこの家族と一緒に買い物に行ったんですよ。目離した隙になでしこ消えてて、知らない子とあっという間に仲良くなってたんですよ』
前に綾乃から聞いた言葉が浮かんでくる。
各務原さんのことだ、あの子たちともすぐに仲良くなってしまうのだろう。
ビーノが止めてある駐車場へ歩いてゆく。
「ヒィ~ッ!」
そろそろ駐車場に着く、というところで、向かっている方から悲鳴のような声が聞こえてきた。
女性のものだ。野性動物でも出たのだろうか。……この時期に?
それとも、何か怖いことがあったとか……。
「って、リン。何やってるのこんなところで」
走って行くと、怯えて立ち尽くすリンを発見。
「って、桜さんまで!」
よく見ればもう一人いた。
「二人とも。こんな時間にこんな所で何やってるんですか?」
リンにしろ桜さんにしろ。家からは遠い。
今日は何処に行っていたか分からないが、方角が逆だ。
「わ、私はなでしこのことが気になって……。あいつがソロでキャンプするって言い出したの。私にも原因というか、私が焚き付けたようなものですから……」
「それでわざわざ心配して見に来てくれたの」
桜さんがそう言う。彼女がそう言ったってことは、言った本人も同じ理由なのだろう。
「つまり、二人とも各務原さんと連絡が取れなくて気になってた、ってことですね……。圏外なんですよね、ここ」
こう言うと、不思議そうな表情をする。あ、桜さんの表情は読めないから、推測で。リンは見れば分かる。
「「どうしてそれを……?」」
おお……。二人揃って迫られると流石に迫力が……。
「俺、今日ここには仕事で来てるんですよ。だから、遠目でしたが各務原さんが恙無くキャンプ楽しんでいるのを見ていたので、安心してください」
そう説明したら、何となく理解してもらえた感じがする。相変わらず桜さんの表情は読めないから何とも……。
「それでは。あまり遅くなると大変だから、俺はこれにて失礼します」
何か言いたげな二人を尻目に、ビーノの方へ向かう。
\ソッチジャネェヨ/
分かってるって。リンのビーノではない。俺のビーノへ。
帰路につき、15分ほど走っただろうか。
スマホにラインの通知が届いた。
後方を確認し、交通の妨げにならないところへ停車。
えっと……、
なでしこ:今日はありがとうございました
なでしこ:ソロキャン満喫中です!
なでしこ:夜景が綺麗なので送りますね
なでしこ:【画像】
おお。
上まで行けばこれが見られたんだな……。
この文面だと、各務原さんは二人には会っていない感じだな。
まあ、心配になって見に来たんだけど、無事が確認できたなら、ソロに茶々を入れるような真似はしないだろう。
純一:風邪ひかないようにな
なでしこ:安全運転で!
ちょっと表現が分かりにくいかもしれませんが、恵那ちゃんのバイト先のコンビニ。ここの店長と滝野には面識はありません。
ただ、恵那ちゃんが店長に自分の高校の先輩と紹介したため、あんな話をした感じです。
因みに、今話の設定(なでしこがソロキャンしてるキャンプ場に、滝野が仕事として行く)も、山中湖の騒動同様、本作品執筆時点で考えていた設定になります。こちらもずっと温存しておりました。
余談ですが、今話に登場した『富士川健康緑地公園』のモデル地は、現在では 有料のキャンプ場 となっております。炊飯棟以外での火気使用 が解禁されているらしく、焚き火も楽しめるらしいですね。
なお、私は行ったことがないので、拙い表現になってしまっていたら、ごめんなさい。