【完結】本栖高校吹奏楽サークル   作:小林司

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お待たせ致しました。前々回のあとがきで予告していた通り、オリジナルストーリーをお送りします。


2024年8月6日追記

章のタイトルとするために、サブタイトル変更しました。

旧題 リン初めてのツーリング



リン初めてのツーリング
 「今日はリンをお願いね、って」


 

志摩(しま)

 

表札を見る限り、この家で間違いないようだ。

 

しかし、ここがリンちゃん家だとは思わなかった。本栖湖(もとすこ)へ抜けるときの近道だから時々通っていて、家があることは知っていたけど……。

 

 

 

晴れの木曜日、今日は祝日なので学校は休み。絶好のお出掛け日和。

 

そんな中、俺は今、こうして後輩の家の前に立っている。

 

何しに来たかって? 約束していたあの日が来ただけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

インターホンを押す。

 

『はい。どちら様ですか?』

 

すぐに応答があった。女性の声だが、リンちゃんではなさそう。

 

滝野(たきの)と申します。リンさんと約束を……」

 

『ああ、滝野先輩ね。今開けるわ』

 

言い終える前に返事があった。名前だけで、話が繋がったらしい。

 

少し間があって、玄関が開く。

 

出てきたのは一人の女性。なんとなくリンちゃんに似ているので、家族の人だろう。お姉さん?

 

「いらっしゃい。リンから話は聞いているわ。今日はわざわざありがとね」

 

この声はさっき応対してくれた人に違いない。

 

美人だ……。

 

桜さんといいこの人といい、『姉=美人』という構図が出来上がりそう。それに比べてうちの妹は……。おっと、これ以上言うと怒られそうなので止めておこう。

 

「ごめんなさいね。リンったら今まで寝てたのよ。遠足前のなんとやら? でね。今支度してるから、ちょっと待っててね」

 

なるほど。楽しみにしてくれてたのなら有難い。

 

……緊張しているだけかもしれないが。

 

「免許とったら先輩の先導で走る、って約束した日から、ずっと楽しみにしていたみたいよ」

 

前者だった。良かった。

 

しかし、約束した日って、初めて会ったあの日のことだよな? あれから二週間ぐらい過ぎてるけど……。

 

「とりあえず上がって」

 

「わ、分かりました。あの、バイク路駐してるんで、移動しますね」

 

「そうね。玄関前に適当に停めてくれればいいわ」

 

その言葉に従い、ビーノを移動する。

 

「なかなか面白いのに乗ってるわね」

 

「えっ?」

 

声がして振り向くと、既に家に入ったと思っていた志摩さんのお姉さん(?)が、俺のビーノを眺めていた。

 

悪戯を思い付いた子どものような顔だ。何でそんな表情を?

 

「ビーノに乗ってるとは聞いてたけど、中々面白いものに乗ってるわね。ナンバーがピンクってことは、台湾からの輸入車、125CCモデルかしら?」

 

この人もバイクに詳しいようだ。

 

「はい。学校通うのに必要になって、親が(つて)で探してくれた奴です。お陰で普通二輪取る羽目になりましたけどね……」

 

50CC以下なら原付免許で充分。しかも、免許取得も容易で早い。

 

普通二輪は時間が掛かった。

 

「良いじゃない。乗れるバイクが増えて。楽しいわよ」

 

確かに。400CCまで乗れるから、高速道路も走れる。

 

それ故一度、『中部横断道*1、走るか?』と、大きなバイクを前に、言われたことがある。勿論(もちろん)、全力で断ったが。

 

『全通前の今*2がチャンスだぞ』とも言われたけど、怖くて走れない。

 

まあ、あの頃は免許取り立てだったし、今なら走ってみたい気もする。

 

……ん?

 

この人の今の言い方。

 

「あなたもバイクに乗るんですか?」

 

バイクに乗ったことのある人の感想だと思った。

 

「若い頃にね、もう昔の話よ」

 

やっぱり。

 

……。

 

…………えっ? 若い頃?

 

今でも十分若いのに。

 

「今は乗ってないわ……。あ!」

 

急に大きな声。お姉さん(?)を見ると、手で口を覆っている。なにか言い間違えたのか?

 

「どうしました?」

 

「この話。娘には内緒にね……」

 

何か変だ。

 

「娘って……? あなた、リンさんのお姉さんじゃないんですか?」

 

そう尋ねるのと同時に、後ろから扉の開く音が聞こえてきた。

 

「何してるの、お母さん」

 

振り向くと、開いた玄関扉から、リンちゃんが顔を覗かせていた。こちらを冷ややかな視線で見つめている。

 

先輩に向かってその視線はないだろう、と思いつつも、それどころではない。

 

「お母さん?」

 

この一言に、驚きを隠せない。

 

「ええ。リンがいつもお世話になってます。母の(さき)です」

 

マジか……!

 

 

 

 

そのまま食卓に通された。

 

案内された椅子に腰掛ける。

 

テーブルをはさんだ反対側に、咲さんとリンちゃんが座っている。

 

「起きたらお茶の用意をしろって言われてお茶を淹れたのに、一向に家に入ってこないから、気になって見に行ったらあの通り。二人で何話してたのさ?」

 

さっきと変わらない視線が、お母さんと俺に向けられる。

 

「別に……。今日はリンをお願いね、って言ってただけよ」

 

「に、しては長かった気がするけど? 先輩?」

 

リンちゃんの視線が刺さる。『教えて』目がそう言っている。

 

しかし、その隣に座るお母さんの目は、『絶対言うな』と言っている。しかもめっちゃ笑顔で。

 

どうすれば良いんだ……。

 

そうか、話を変えれば良いんだ。

 

「それで、リンちゃんが乗るのはどんなバイクなの?」

 

「ビーノです。本当はお父さんが乗る用に買ってたんだけど、結局ほとんど乗らないまま、私が貰うことになったんです」

 

お。喰い付いた。

 

「少しは乗ったの?」

 

「家の前を少しだけ……」

 

そうなると、初めて乗るのと変わらないな。

 

「リン、私は心配なのよ。こんな状態で今度長野に行くって言うから」

 

「大丈夫だって言ってるでしょ?」

 

「まあ、こんなわけだからね。それで話をしたら、学校でバイクに乗ってる先輩と知り合ったって言うから、滝野先輩にお願いすることにしたのよ」

 

なるほど。それで俺に白羽の矢が立ったわけだ。

 

しかしビーノか。どんな色のだろう……。

 

 

 

「これがリンちゃんのバイクか……」

 

ヤマハ・ビーノ。

 

俺が乗っているのとは違い、最も一般的な50CCモデルだ。

 

パステルブルーというのだろうか、爽やかな水色のカラーリング。

 

「先輩のとあまり変わりませんね」

 

見比べたリンちゃんがそう言った。

 

「全長が少しだけ長い位かな。勿論、エンジンは俺のがデカイよ」

 

ライトの位置など、(わず)かな違いはあるものの、同じビーノだけあって共通部分は多い。

 

リンちゃんが俺のビーノを眺めているので、俺はリンちゃんのビーノを眺めてみる。

 

お。小さな若葉マークが貼ってある。可愛いなぁ。俺も欲しい……。あ、もう免許取って一年間過ぎてるから要らないか。でも、アクセサリーとして貼りたいかな。

 

「この△マークは何ですか?」

 

リンちゃんが、ナンバープレートの下にある△を指して言う。

 

「ああ。これは50CC以上のバイクに付いてる印だよ。ほら、原付と原付二種だと制限速度や二段階右折とか、細かい違いがあるからね。警察が取り締まるときに、誤検挙しないようにって、識別なんだ」

 

フロントは泥除け上部、リアはナンバープレートの下に印がある。

 

「そうなんですね」

 

「うん。だから、無くても違法ではないんだってさ」

 

 

 

あまり長いこと眺めていても、『隣の芝生はなんとやら』で羨ましくなるだけだから、早々に切り上げる。

 

「えっと、とりあえず甲州いろは坂を通って本栖湖まで走ってみる?」

 

自転車でだが、走り慣れている道らしいし、最初はその方が良いだろう。

 

「任せます。私は先輩に付いていけば良いですよね」

 

「うん。ゆっくり走るからついてきて。トラブルは起こらないと思うけど、何かあったらすぐに路肩に停まってね」

 

「わかりました」

 

「じゃあ行こうか」

 

リンちゃんがビーノに跨がり、ヘルメットを被ってセルスイッチを押す。

 

おお、すんなり始動した。まあ、当然か。

 

俺も同じようにセルスイッチを押す。こちらもエンジン始動。

 

「それじゃあ、気を付けて行ってらっしゃい」

 

エンジンの音を聞いてか、咲さんが出てきた。

 

墓穴を掘らないよう、出発直前まで隠れていた模様……。

 

「分かってるって」

 

「それじゃあ、先輩。リンを宜しくね」

 

「はい。行って参ります」

 

しかし、リンちゃんにとっては学校の先輩だけど、咲さんにそう呼ばれるのは何か違和感が……。

 

まあ良い。今は少しでも楽しんでもらえるようにしよう。リンちゃんの初めてのツーリングなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

リンちゃんの家を出発し、少し走った所にある本屋の辺りへ来た。

 

左折ウィンカーを出し、交差点で一時停止。

 

しっかり左右の確認をし、発進。

 

ミラーを見ると、後ろに続いているリンちゃんも、左右確認して発進。

 

うん。見た感じ問題なさそうだ。センスは悪くない。乗っていればそのうち上手くなるだろう。

 

俺も人のことは言えないけれど……。

 

時々ミラーを確認しているけど、多少ふらつくことはあっても、問題なく走れている。

 

交差点を左折し、国道300号線に合流。

 

これが『本栖みち』、この先は所謂(いわゆる)『甲州いろは坂』だ。

 

さっきまでの道と違い、交通量が多い。

 

「あちゃー」

 

早速、リンちゃんが凄い勢いで(あお)られている。

 

左ウィンカーを出し、路側帯に停めると、リンちゃんも続いた。

 

煽っていた車は、追越禁止もなんのその、対向車線に大きくはみ出しながら抜いていき、すぐに視界から消えていった。

 

「大丈夫だった?」

 

ヘルメットのシールドを上げ、大声でリンちゃんに声掛ける。

 

「大丈夫です。最初、運転に集中してて気付きませんでしたけど……。ちょっと恐かったです。めっちゃ煽られますね」

 

良かった。こうは言ってるけど顔色は悪くない。

 

ビーノのエンジン音が大きいので声も大きくしないと聞こえない。リンちゃんもそれを分かって大声で答えてくれた。

 

「原付の最高速度は30㎞だから、乗用車から見れば遅いからね。まあ、気を付けよっか」

 

「はい」

 

後方を確認して発進。

 

しかし、端からみれば喧嘩だな……。

 

 

 

つづら折りの峠道を登って、ちょっと長い中之倉トンネルを抜ける。

 

本栖湖到着だ。

 

目の前に広がる湖に、その向こうに見える富士山。今日は綺麗に見えている。

 

駐車場にビーノを停め、エンジンを切る。そしてヘルメットも脱ぐ。

 

同様にリンちゃんも隣に停まる。

 

「本栖湖着いたよ」

 

「着きましたね。こんなに早く……」

 

確かに。今までの自転車だったら、こんなに早く着かない。しかも、延々登ってきたのに、ほとんど疲れていない。

 

「どうだった? 自転車と比べて」

 

わざとらしい質問を投げてみる。

 

「全然違いますね。ここまであっという間に来れましたし。何と言うか……ハマりそうです」

 

「それは良かった」

 

初めて会ったとき、恵那(えな)ちゃんはあんなことを言っていたけど、これは本当に遠いところへ行ってしまいそうだ……。

 

 

 

 

*1
中部横断自動車道

*2
2021年8月29日に、中央道と新東名を結ぶ区間が全線開通。ゆるキャン△コラボキャンペーンが行われたことは、記憶に新しいだろう……。なお、作中の段階では 双葉JCT~六郷ろくごうICが開通している。

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