月曜日の朝。
いつも通り登校する。
音楽室の鍵は可児が持っていっているだろうから、直接音楽室へ向かう。
ノックして許可を……、
「あれ?」
返事がない。
「開かない……」
扉も施錠されている。
まだ来てなかったか。珍しい。
寝坊でもしたのだろうか?
いやでも、あいつに限ってそれはない。よく『明日雪が降るんじゃないか?』みたいことを言うが、割と真面目に可児の場合はそれがある。
「先輩! 遅くなりました~!」
そんなことを考えていると、可児の声が聞こえてきた。振り向くと、鍵を掲げながら走ってくる。
「走ったらダメだろ?」
「先輩! 定演の日程、決まりましたよ」
おっと、廊下を走ったことを窘めようと思ったが、それどころではない。
「いつ?」
「3月7日の6限目です。強制参加ではありませんが、水曜日の午後ですし一応授業時間なので、在校生全生徒が出席する形になります。まあ、卒業式後なので、三年生は自主参加って形です」
マジかよ!
そんな大人数の前で演奏するとか想定外。
まあ、まだ日にちはあるからその間に対策することは可能だ。
とりあえず、二人では人数が足りない。
そんな時、ふと頭に浮かんできたのは
「いっそのこと、凪に声掛けてみるかな……」
「凪さん? ああ、
以前、聞かれた拍子に名前だけは可児に教えてあるので、誰か分かったようだ。
まあ、こういう真面目な話をしている時に『誰よ、その女!』みたいなことをこいつは言わない。その辺礼儀を弁えている。
「とりあえず、音楽室入りましょう?」
「おっと。そうだな……」
部屋の前で立ち話をしていたんだ。
可児に鍵を開けてもらい、入室。
早速、ラインを開き、凪へメッセージを送る。
純一:凪。ちょっといい?
あ。これだと相手側が確認して折り返さないと用件が分からないじゃないか……。
あ。既読ついた。
凪:純兄どうしたの?
返信早……。
純一:3月7日に吹奏楽サークルで、定演ひらくんだけど
純一:全校生徒の前で演奏するらしい。
凪:凄いね。頑張れ。
純一:他人事みたいに言うんだな
凪:他人事でしょ?
純一:ひどいなぁ。
凪:間違ってるとでも?
純一:いいえ。間違ってませんよ。今は。
凪:今は? 用件は何?
純一:本題。
純一:うちの吹奏楽サークルには、俺含め二人しか部員がいない。
凪:純兄頑張れ
純一:だから、凪の力を借りようと思って
凪:なるほど
凪:私に演奏しろと?
純一:話が早くて助かる
純一:お願いします
凪:嫌
純一:即答かよ!
凪:だって。その為だけに私が山梨へ行くの?
凪:遠いんだけど?
凪:何か特典ないの?
純一:リンに会えるよ
凪:何日だっけ?
凪:3月7日?
凪:行きます! 是非とも行かせていただきます!
純一:お願いします
純一:交通手段とかは、また別途連絡するから
凪:了解
凪:あ、純兄。これ、一応他校へ行くことになるから、顧問教師の了承もらった方が良いと思う
凪:出たらまた連絡するから
純一:了解。よろしく。
なんというか……。思うところもあったが、凪に来てもらえるようで良かった。
リンに会えると知った途端、態度が急変したのには驚いたが。
「凪大丈夫そうだって」
「おお! それは良かったです。一人だけでも増えるのなら頼もしいですからね」
可児にそう伝えると嬉しそうに飛び跳ねる。
しかしこいつのことだ、何か悪巧みしてる可能性もあるが。
「ただ、学校間の交流行事ということになるから、学校の許可を得る必要があるらしい」
「なるほど……。じゃあ、ちょっと聞いてきますね」
そう言うなり、音楽室を飛び出して行く。
「えっ? ちょっと、
この問い掛けに返事はなかった。
許可が必要なのは先方のことなんだけど、此方も必要だと思ったのだろう。
「お待たせしました!」
一人演奏しながら待っていたら、10分もせずに戻ってきた。
「教頭先生の許可取れました! なので、凪さんが参加するの、本栖高校としては大丈夫です」
やはり、学校の許可取りに行ってきたのか……。
「サンキュー。あとは向こうの回答待ちだな」
「はい。楽しみですね~!」
まだ確定してないんだけどな……。まあ、こんな様子の可児を見たらこれ以上何も言えない。
「それじゃあ。吹奏楽強豪校の吹部に負けないよう、練習始めるか」
「承知しました~」
ある日の放課後。
野クル部は、大垣さんの発案と鳥羽先生の提案で、3月頭に伊豆へキャンプに行くことになったらしい。
その打ち合わせのため、いつも通り(?)、野クル部+恵那ちゃんとリン、そして俺が放課後のグラウンドに集まっている。
因みに、日取りが3月頭と今から一ヶ月以上先になったのは、キャンプ続きで間隔を開けた方が良いという鳥羽先生の判断による。
期末試験もあるからね。
「一泊目は下田の浜辺で、二泊目は駿河湾と富士山が見える山の上で。あとは一日目二日目に回りたい場所を話し合って決めるという形でどうでしょうか」
「「「異議な~し!」」」
鳥羽先生の案に、全員が賛成した。
「せや。先生、」
犬山さんがなにかを思い出したようで、手を挙げる。
「うちの妹もキャンプ来たい言うてるんですけど、連れてってもええですか?」
「あかりちゃんですか?」
犬山 あかり……。俺に『お兄ちゃん、あおいちゃんの何なん?』という爆弾発言をした人物だ……。
聞いた感じだと、どうやら伊豆シャボテン公園にある『カピバラ露天風呂(温泉)』を見に行きたいらしい。
寝袋を持っていないことを指摘したら、布団を沢山重ねて寝ると言った模様。子どもは風の子 というが、風邪ひくと思う……。
「親御さんが許可してくださるようでしたら、一緒でも構いませんよ。寝袋は私の方で用意します」
それなら大丈夫だろう。
「ホンマですか!」
しかし、彼女とはバイクに乗せる約束をしてるしなぁ……。今回のキャンプで機会あるかも。
「チビイヌ子も来るってなると8人かぁ。大所帯だなぁ」
大垣さんがそう言って、何かを思い出したのか、首を傾げる。
「あれ? 先生の車、軽だから全員乗れなくないか?」
それな。
確かに、あの車では無理だ。
「じゃあ、残りの二人はリンのバイクに?」
「雑技団かよ」
恵那ちゃんのひらめき発言は、速攻リンの突っ込みを喰らう。
『先輩のバイクにサイドカー付けて』とかなら、納得せざるを得ないが。
いや。実際 やれ と言われても断るけど。
「じゃあ、先輩のバイクにサイドカー付けて、サイドカーと先輩の後ろに乗れば、二人乗れるね」
って、本当にそう言いやがった!
「それは可能だな」
いやいや、リン納得しないでよ。
「大丈夫ですよ。妹にミニバンを借りる予定ですから」
「「「なんだー」」」
まあ、普通にそうだろう。
とはいえ、あの車の存在を知ってるのは、この中では極一部の人だけだったから、あの心配は仕方のないことだろう。
雑技団やサイドカーは余計だったが。
「先生、私は原付で行っても良いですか?」
犬山さんの件が片付くと、今度はリンが手を挙げた。
リンはビーノで行きたいらしい。
「えっ? 7人乗りですから、全員乗れますよ」
「それは分かってるんです。ただ、お正月に原付で伊豆へ行く計画を立てていたんですけれど、行けなくて……。自分で走ってみたいんです」
そういえば。今になって気付いたが、リンはお正月伊豆へ行く予定って言ってたんだ。なのに、年越しは磐田に居た。
何か理由があって計画変更したのだろう。そうなればリベンジしたいという気持ちも分かる。
「原付で、ですか……。身延からだと大変だと思いますけど……」
先生の言うことも分かる。しかし、心配無用だろう。何たってビーノで浜松へ行ったんだから。
「先生、リンなら大丈夫だと思いますよ。伊那や浜松まで原付で行ったことがありますから」
お。恵那ちゃん分かってらっしゃる。
俺も同意見なので、腕を組み頷く。
「どのみち、滝野先輩は原付ですよね?」
おっと! 油断していたら俺に振られた。
「あ~。一応、トリシティの予定。あれなら高速も走れるし、前二輪で安定してるから、長距離には向いてるんだよね」
「トリシティ。あ、あたしが前に乗せてもらった奴っすね」
「そうだよ。今日もそれで来てる」
「……あれ? あれって代車だったんじゃ?」
「大垣さん。訳あってあのバイクも俺のになったんだよ。今はビーノとトリシティの二台持ってる」
「バイクが二台……」
あ。これ下手したら大垣さん鼻血コース。フルーツ公園での店員をも巻き込んだプチ騒動が思い出される……。
って、隣の犬山さんティッシュ用意してるし! 何処から取り出したの、そのBOXティッシュ。
「なら、普通二輪じゃないっすか」
セーフ? ティッシュ用なし。
あれ、犬山さんさっき持ってたBOXティッシュがない。何処にしまったのだろう……。取り出した場所が謎なら、しまう場所も謎なのか。
「……分かりました。伊豆までは遠いですから、気を付けて走ってくださいね」
先生から許可(?)が出た。
「しかし8人か。もはや小団体だな……」
鉄道会社によって異なるが、8人を越えれば団体運賃になるところもある。
まあ、博物館や美術館などの施設は10人以上がほとんどだから、今回のキャンプでは俺達が団体割引を受けることはないだろう。
あれ? 伊豆キャンって、定演の直前だ。
帰宅した翌々日じゃないか……。