文字色変更特殊タグ使用箇所有
お待たせしております。今回は『◇』のお話です。職業柄、この話を挟みたかったので……。ちょうど作中がその時期に重なってますからね。
1月も後半に差し掛かったある日の放課後。
「失礼します」
ノックして入室。って、ここは図書室だ。本来ノック不要。音楽室の癖が出た……。
何で図書室なんだろう?
「お。先輩やっと来ましたか~」
犬山さんの声が聞こえ、そちらを向くと、
「トラ先輩お疲れ様ッス」
「先輩やっと来たよ」
「遅いですよ!」
野クル部と+αのメンバーに吹奏楽サークル。つまり、本作フルキャストが勢揃いしていた。
「「「恵方巻?」」」
「せや。2月3日は節分やろ? それで私のバイト先でも恵方巻売るんやけど、予約も受付とるんやな。店長の方針で、アルバイトも含め全従業員が予約することになっとるんよ」
なるほど。
こういうのは、売上でお店の中で順位を決めたりするんだ。それに予約の件数も関係あるんだろう。
しかし、ノルマがあるっていう話はよく聞くけど、バイトも対象にするのか……。
「そういう訳やで、私も予約に協力したいんや。せやけど、うちの家族1本ずつ頼んでも5本にしかならんのや……」
ああ。犬山さんの言いたいことが分かったぞ。
「つまり、俺たちにも予約に協力して欲しいって事やな?」
「はい。その通りです」
なるほど。そういうことか。
あ……! 関西弁が出てた。
「でもさ、イヌ子。あたしとイヌ子は仕事終わりに買って帰るにしても、他のメンバーはどうするんだ? なでしこ、しまりんにトラ先輩は、家から遠いぞ?」
確かに。今年の2月3日は土曜日だ。学校帰りに取りに行く、って話ではない。当日部活の予定がある俺はさておき、他のメンバーはわざわざ取りに行くことになる。
「私は別に良いよ? お姉ちゃんに車出してもらうからね。一度行ってるから場所も知ってるし」
「私も。お父さんに取りに行ってもらうから」
しかし、犬山さんは腕を組んで首を横に振った。
「違うんや。その必要はない。みんなは予約してくれるだけで良いんや」
どう良いんだろう? 黙って家で座ってて、恵方巻が届くとでも?
「なんのために、私が皆を図書室に呼び出したと思っとるんや? わざわざ
うん? どういうこと?
俺や
犬山さんが、俺の顔を見て、にたっと笑う。
怪しい顔だ。何故……?
やって来ました。2018年2月3日土曜日。
本日は節分当日。
少し寒いが天候は快晴。
「あ! お兄さん!」
セルバの駐車場へ入ると、駐輪場でリンが俺を呼ぶ。
「お待たせ」
隣に停めた。
「13時予約って言ってたから、もう少し遅くても良かったね」
「まあ、多少早いくらいなら大丈夫だと思うよ」
スマホの時計を確認。
12:54。もう出来てると思う。
「行こっか」
「はい」
お店の自動ドアを潜る。
一見、雰囲気はいつもと変わらないが、惣菜コーナーの方からは、殺気のような気配。ピリピリした空気が伝わってくる。
恵方巻受渡
そう書かれたPOPのあるカウンターへ。
「これ、お願いします」
幸い? 時間が良いのか受け渡しカウンターは並んでいない。
予約の控えを出す。
「はい……。えっ?」
えっ? カウンターの人に驚かれたんだけど。
「お兄さん、当然です。普通の人は何枚もまとめて予約用紙渡しませんって」
俺が腑に落ちない表情だったからか、隣のリンに指摘された。
言われてみればその通りか……。
8枚まとめて渡せばそんな顔をして当然だな。
「
「
何だかんだ騒がしい。店員が慌ただしく動き回っているのが見て分かる。
ふと、店内を見回すと、後ろに立っている人が目に入った。
「
思わず、懐かしき友の名を口にしてしまう。
普通に考えれば、今ここに居るわけがないのに。
「あ……えっと……?」
その人はリンより少し背の高い女の子だ。
吉川と見間違えてしまったのは、頭に着けた大きなリボンが原因だろう。
中学生……かな?
「ごめん。俺の知り合いに、そんな風に頭にリボン着けてる人がいてね。間違えた」
素直に理由を説明し、謝る。
「あ。そういうことっすか……」
分かってもらえたようだ。
「俺は、滝野
「わ、私は……、中津川 メイっす。今年高校受験で、本栖高校受ける予定で……」
「ああ。じゃあ、俺たちは先輩って訳だ」
隣で他人行儀のリンを巻き込む。
「えっ? お姉さん……も、先輩?」
あ、これ中学生に間違えてた? そんな声色。
「だよ。私は
リンの声は少々不機嫌な感じだ。
「中津川 メイっす」
「お待たせしました!」
リンと中津川さんが互いに自己紹介したところで、俺たちの恵方巻が揃ったようだ。
恵方巻を受け取ったら、リンと俺とで分ける。
実はあの日、犬山さんに呼び出された理由は、『全員に予約してもらう』だけではなく、『リンと俺に配達してもらう』のが目的だった。
俺が南部町方面(各務原家・斉藤家・大垣家・犬山家・木明荘分)を、リンが本栖方面(志摩家・可児家・鳥羽先生宅)を担当する。
「こっちは準備出来たよ」
「了解。俺もオッケーだよ」
荷物を積み、ヘルメット等の着用もし、二人とも準備完了。
「じゃあ、出発しよっか。俺の方が終わったら、リンの家に顔出すから、そこで完了報告しよう」
「分かったよ」
「事故の無いように気を付けて行こう」
「はい!」
エンジン始動。
ゆっくり走り出す。
お。さっきの中津川さんが此方を見ている。
軽く手を振っておく。
国道52号を南へ進路を取る。
最初は一緒に走っているが、すぐに別れる。
リンが向かう本栖方面は国道300号へ入って富山橋を渡るからだ。
前を走るリンが左折し、その際に手を挙げたので、此方もそれに応え手を挙げた。
さてと。まずは
…………。
……マジかよ!
南部橋西詰交差点。その脇に建つ一軒家。
いや、ね? 確かに見覚えのある車が止まっているのを見たことはあるよ。
でもまさか、それが後輩の家だなんて。想定外でした。既に見た表札を何度も確認する。
『各務原』
各務原 なんて珍しい苗字だから、この家で間違いない。家の前何度か通っているのに、全然気付かなかった……。
さてと。気を取り直して。
各務原家の恵方巻が入った袋を取り出し、インターホンを鳴らす。
『はーい』
えっ。男声? 誰だ?
「恵方巻です」
今回の合言葉はこれに決めてある。これで通じるはず。
『は?』
「えっ?」
ヤバい。通じないじゃん!
まさか家を間違えたとか? いやいや、表札に 各務原 とあるのを確認したぞ? それこそ何回見たか忘れるぐらいには。
『ああ! 今行くよ』
あら……。通じた?
少し間があって玄関が開く。
「すまない。なでしこから話は聞いていたんだが、一瞬
そう言いながら顔を出したのは……誰だろう?
「なでしこ達の父、各務原 修一郎です。君が滝野君だね?」
お父さんか……。
「はい。お初にお目にかかります、滝野 純一です。いつも桜さんや なでしこさん にはお世話になってます」
「いやいや、それは此方の台詞だよ。いつも娘たちを助けてくれてる頼りになる先輩だって」
娘たち……先輩……。
俺、桜さんから見れば後輩なんだけどな?
「お義父さん。こう呼んでくれても良いんだよ?」
「いやいやいや! どうしてそうなるんですか!」
話飛躍しすぎ。
「はっはっは~。その通りだよ。いやあ、礼儀正しい子だね」
は……?
「それが例の物だね?」
目線が下に降りる。俺の持つビニール袋を見ているんだろう。
「はい。恵方巻4人分お届けです」
袋を差し出す。
「ありがとう。確かにもらったよ」
今度は視線が横へ向く。
それを追うと、俺のビーノの方を見ていた。
「せっかくだからお茶でも……と思ったんだが、聞くところによると、この後も何軒か回るんだってね」
「あ、はい」
「また今度、時間あるときに遊びに来なさい。何時だって大歓迎だよ」
「あ、ありがとうございます……」
「それじゃあ、頑張って!」
そう言って家へと入って行った。
なんというか、凄い人だったなぁ……。
いきなり『お義父さん』と呼ばせようとするなんて……。言質取ってどちらかと結婚させる気とか? いやいや。有り得ない。
そんなことを考えながら、南部橋で富士川を渡る。
各務原家の次は、斉藤家だ。前に一度行ったことがあるから場所は分かっている。
橋を渡り終えたところの信号を左折。
県道に入り、今度は北上してゆく。
斉藤家の恵方巻を用意し、インターホンを鳴らす。
……返事はない。しかし、家の中から足音が聞こえてきた。
「あ……えっ?」
玄関が開き、出てきたのは。
……誰だろう?
背が高く、眼鏡を掛けた男性だ。
「え、恵方巻です」
その人は何も言わず、代わりに(?)頷いた。
「えっと……恵那さんのお父さんですか?」
そう尋ねると再び頷く。
「これですね。3人分です……」
袋を差し出すと、それを受け取ってくれた。
「よろしくお願いします。では、失礼します……」
恵那ちゃんのお父さんは、俺から袋を受け取ると、家の中へと消えていった。
終始無言だった……。
まあ、原作でもはっきりとした台詞は無いし(※原作16巻時点)、映画版でも大団円の辺りで突如出現し、恵那ちゃんの隣に立っていたから、原作10巻を読んでない人からは、『恵那の彼氏か……!』なんて話が飛び出したぐらいだしなぁ……。
一応、名前は決まってるみたいだけど、ドラマキャストの逆輸入だと思ってる。
恵那ちゃん家を出発。
軽い山越えになる。
右手には工事現場。絶賛建設中の中部横断自動車道の、身延山インターチェンジを作っている。
詳しい仕組みは分からないが、今建設中の区間は、無料で通れる予定らしい。
俺がこっちに引っ越してきた頃は、『来月*1開通』という話だったのが、今の話だと早くてもあと一年掛かるとのこと。
まあ、焦ってやって事故が起きたら更に遅くなるだろうし、安全に工事を進めて欲しいものだ。
身延山インターチェンジ予定地を過ぎ、坂を下ると身延のしょうにん通りに入る。
ここを通過。
そろそろ次の大垣家が見えてくる筈だ。彼女の家はマンションだから分かりやすい。
次は犬山家だ。
えっ? 大垣家はどうだったかって?
まあ、なんと言いますか、大垣さんによく似たお母さんでした……。 特に問題なく渡せたのでその様は割愛します。
波高島駅の近く、富山橋を渡ってまっすぐ来た方が近い場所にある。
リンに任せた方が良かったかもしれないが、彼方が大荷物になってしまうから、俺で良かったのだろう……。
インターホンを鳴らす。
それに応答はないが、すぐに玄関が開く。
「……?」
「あ……、恵方巻です」
出てきたのは妹さんの方だ。まあ、姉の方は仕事中だから留守だし……。
「ああ。聞いとるよ、ちょっと待ってな」
そう言って家へ引っ込む。
「お祖母ちゃん! あおいちゃんの彼氏が恵方巻持ってきたで~」
……。
…………。
「は?」
「はあ~」
大きな溜め息が漏れる。まあ、バイクに乗っているから誰にも聞こえないだろう。
あかりちゃんが『あおいちゃんの彼氏』と言ったが、それを聞いたお祖母さんは、その発言を窘めた。
『彼は、あおいやあかりには勿体無い、立派なお方や。冗談でもそんなこと言ったらあかん。失礼や』だってさ。俺のこと買い被りすぎだと思うんだけど。一度しか会ったこと無いのにね?
「さてと。あとは俺の分だけだから、リンの家に顔出して終わりだな……」
リアのボックスには、うちの分の恵方巻が入った袋だけ残っている。
配達は終わったも同然なので、のんびり走って行く。
国道から外れ、武田書店を過ぎれば、……見えてきた。
「お。お疲れ~!」
玄関先にリンが立っていた。
まだ到着したばかりなのか、ヘルメットとかを着用したままだ。
「お疲れ。終わった?」
「ああ、あとはうちのだけ。そっちもオッケー?」
「うん。酔った先生に絡まれたり、可児さんのところで長話に付き合わされたりしたけど、問題なく」
「はあ……」
先生、休みの日とはいえ、こんな時間から呑んでるのか……。*2
「でも、蕎麦屋の出前みたいで楽しかったよ」
「それは良かった」
「こういうバイトも、機会あったらやってみたいかな」
そういえば、藤本*3は出前やっていたような……?
いやいや。リンは既にバイトしている。この歳で幾つもバイトを掛け持ちして、慌ただしい生活をするのは良くないだろう。
若さを武器に無茶をするのは、健康の前借りだ。大人になって身体を壊すのが見えている。
「あら、先輩いらっしゃい」
咲さんが玄関から顔を出す。
「こんにちは」
「上がってく? お茶入れるわよ?」
息をするようにこんなことを言う。もはや、これが当たり前だと言わんばかりに。
「お気持ちだけ頂戴します。恵方巻が俺たちのだけなら良いんですが、働いている皆の分もあるので……」
そう。俺と父で2本だが、
帰る前に渡してしまわなければならないので、急ぐ程ではなくても、のんびりしている余裕はない。
「そう。じゃあ気を付けて」
「では先輩、また学校で」
「ありがとう。では、失礼します」
ビーノのエンジンを始動させ、発進。
手を振ってくれている二人に、見えなくなる前に手を挙げて応える。
『お電話ありがとうございます。
「あ、
『ああ、純一くん。今入口ですか?』
「はい。大丈夫ですか?」
『どうぞ』
車両の確認をして出発。
すぐにガレージに到着。
\オツカレ/
ビーノを停め、ビニール袋を手に家へ。
テラスに差し掛かったところで、
「お電話ありがとうございます。四尾連湖木明荘です」
丁度、電話が鳴り、その前に座っていた海津さんが出る。
「はい。滝野です……えっ? 恵方巻……」
あ。海津さんと目が合った。
「少々お待ちください」
俺に手招きしている。俺宛ての電話だろうか。
「純一くん、セルバから電話です」
「はい」
何で?
「お電話変わりました。滝野です」
『私セルバ身延店の小林と申します。滝野様に確認したいことがありまして、お電話致しました』
「なんでしょう?」
『実は、お客様の恵方巻の入れ忘れがあるかもしれないので、確認お願い出来ますか?』
入れ忘れ? 注文したのは6本で、中には……。
ちゃんと6本入っているけど……? あれ?
「1本足りませんね……」
この恵方巻。プラスチックのパックに入れて、更に紙の箱に入れてある豪華仕様なんだけど、一つだけ箱の中身が空っぽのがある。
『申し訳ありません。これより当方スタッフがお届けに参ります。えっと、お客様のお宅は戸建てでしょうか?』
「あ。戸建てというか、木明荘キャンプ場なんですよ……」
『ああ! 四尾連湖木明荘様ですね。一度利用させていただいたことがあります。駐車場に着きましたらお電話致しますので、しばらくお待ちください』
「はい。分かりました。では失礼します」
電話を切ると、隣で事の詳細を聞いていた海津さんが苦笑いしている。
「空箱だったんだね……」
「はい。紙の箱だから気付きませんでした。重さで分かれって話ですよね……」
「まあ、私もたぶん気付かなかったと思う。届けてくれるんだって?」
「はい。時間掛かるでしょうから、気長に待ちますよ」
焦っても仕方ない。こうなった以上は待とう。
「あ、海津さん、自分の分持っていってくださいね」
「了解」
間違えて彼女が空箱を持っていかないように、空箱は脇に出しておく。
「ありがとう。それじゃあ、お疲れ様」
「はい。お疲れ様です」
さてと。他の皆さんにも配ってしまおう。
俺のは後から届く……。
余談だが、入れ忘れのお詫び、ということで、予約したのとは違う商品が届いた。
価格が本来の奴の倍はする高級な恵方巻でした……。