2024年2月24日追記
挿絵挿入のため、少し文章を変えました。
中之倉トンネルを出たところにある駐車場にビーノを停める。
目の前には、雲一つない綺麗な富士山が。
……しかし、喉が乾いた。
この辺りにある自販機といえば、
「前にも聞いたかもしれませんが、先輩はバイク好きなんですか?」
「いや、別にそういう訳じゃないよ。俺、前は古関郵便局近くのアパートに住んでて、学校へは自転車で通っていたんだ」
今日走った時、アパートの有った場所を見たら、更地になっていた。
「ただ、老朽化が酷くて閉鎖されてね。で、実家に戻ったんだ」
「実家はどの辺りですか?」
「
そう答えるなり、リンちゃんが驚く。
「四尾連湖……! 結構遠いですよね?」
「うん。一時間は掛かるかな……。今日は流石に居ないか」
「居たら面白いですけどね……」
トイレに差し掛かったところで、
「それで、四尾連湖から本栖高校に通うとなると、自転車では無理だからって、バイクにしたんだ。まあ、流石に道が凍っていたら車で送迎してもらうけどね」
「そうなんですね。じゃあ先輩、武田書店は知ってますよね?」
「うん。前は時々行ってたよ」
アパートの近くだったから、利用していた。
今は遠いけど……。
「私、あそこでバイトしてるんです」
「へぇー。そうなんだ」
ん?
そういえば、学校では図書委員だし、バイト先は本屋。リンちゃんは本が好きなのかな。
「っと、到着」
浩庵キャンプ場の受付に着いた。
ここの自販機、キャンプ場とあって少し高いんだけど、背に腹は変えられぬ……。
「おや?」
自販機の前に立ち、何にしようか迷っていたら、横から声がした。
「君は木明荘の
あ、ここの管理人だ。確か、
「あ、どうも。お世話になってます……」
「今日は?」
「えっと、高校の後輩がバイクに初めて乗るってことで、ここまで走ってきました……」
そう言いつつ、後ろのリンちゃんを見やる。
「ああ。そうでしたか……」
目が合うと会釈していた。
「あ、何か飲みますか? ご馳走しますよ」
「えっ? あ……」
言うが早い。財布を取り出してお金を入れてしまった。
「ありがとうございます。ご馳走になります」
続いてリンちゃんも釦を押す。
「それでは。私はこれで」
そう言い、キャンプサイトの方へ歩いてゆく。
戴いた飲み物を手に、駐車場へ向かって歩く。
「先輩、あの人と知り合いなんですね」
「宮田さんのこと? まあね。俺の家もキャンプ場管理してるからさ。山梨県はキャンプ場が多いから、観光PRとか運営とかで、あちこちで協力しあってる面もあってね。この間も、うちに泊まりに来たお客さんが、ここに忘れ物をしたからって、俺が取りに来たんだよ」
「それで、なでしこを見掛けたと」
「その通り」
駐車場まで戻ると、俺たちのビーノの隣に大型バイクが一台停まっている。さっきまで居なかったけど。
「あれ……? このバイク」
どうやらリンちゃんは、このバイクに心当たりがあるらしい。
「もしかして……あ」
辺りをキョロキョロしていたかと思えば、その視線は富士山の方角で止まった。
駐車場の先。富士山が見える展望スペースに、誰かが立っている。
「あの人知り合い?」
俺はそう尋ねるも、リンちゃんは返事もせずに歩いて行くので、俺も追い掛ける。
「おじいちゃん?」
そう声掛けられた人物がこちらを振り向く。
「おお、リンじゃないか。久し振りだな」
真っ白な髪と真っ白な髭。
すらっと背が高く、渋いお爺さんといった感じの人だ。
この人、リンちゃんのおじいさん?
「うん、久し振り。元気にしてた?」
「もちろん。リンはどうした? 自転車が見当たらないが、ここまで歩いてきたのか?」
さらっと凄いことを。いくらリンちゃんでも、こんなところまで徒歩では来れまい。逆ならまだしも……。
「バイク乗り始めたから、練習兼ねて来たんだ。まあ、原付だけどね」
「ああ、あそこに停まっている奴か。2台停まっているが」
「うん。学校の先輩と一緒に来たんだ」
あ、おじいさんと目が合った。
「彼か」
「うん。同じ学校の滝野先輩」
少し離れたところで二人のやり取りを見ていたけど、近付く。
「初めまして。リンさんの高校の先輩に当たります、滝野
「リンの祖父の
顔と声と仕草。その全てが渋く、緊張してしまう。
「それでどうだったかな? 孫の運転は」
「そうですね。普段から自転車に乗っていたからでしょうか、上手かったと思いますよ」
「だそうだ。リン、良かったじゃないか」
そう言われたリンちゃんは、照れてるのかちょっと赤くなった。
「ところで……」
改まったように、新城さんがこちらを向く。
「滝野くんはどこに住んでいるんだい?」
えっ? 急に何だろう?
「えっと、四尾連湖です。四尾連湖の木明荘……」
「ああ。あそこは何度か利用したな。気前の良い婆さんが管理してたのを覚えてるよ」
あ。祖母のことを知っているのか。
「それ俺の祖母です。実は、その祖母が昨年亡くなって、京都から引っ越してきたんです」
それで、父が経営を引き継いだ。
「そうだったのか。それは残念だったな。しかし、なるほどそういうことか」
納得したみたいだけど、何だろう?
「というのも、滝野くんの言葉、独特なイントネーションがあるから、どこの人なんだろうって気になったものでね」
「そういえば、私も気になってた」
あー。
二人ともそこ、引っ掛かってたのか。
この一年で、すっかり京都弁が抜けて標準語(山梨弁混ざってるかも?)を使うようになったけど、イントネーションで、分かる人には分かるらしい。
「先輩、前はどこの学校に居たんですか?」
リンちゃんにそう尋ねられる。
しかし、校名言ったところで分かるだろうか。
「
「北宇治か」
新城さんが反応した。
「少し前に新聞で名前を見たよ。確か、吹奏楽部が全国大会に出場したとか?」
「よく御存知ですね」
「宇治と言えば、宇治茶に平等院で有名だろ。だから、名前が引っ掛かってね。覚えていたんだよ」
それを聞いていたリンちゃんが、何か言いたげだ。
「じゃあ先輩……」
その先に何が来るか。聞かなくても分かる。
なんたって俺は『トランペットの人』だ。
「うん。ほんの少しだけ、その吹奏楽部に所属していたよ。引っ越すことになったから、居たのは本当に少しだけ」
あの頃は、まさかここまで強くなるなんて思わなかった。
「俺が居たときは、完全にだらけてたよ。先輩の後輩に対する態度も悪かった。あまりにも酷くて、クーデター寸前までいったよ。それを見ることなく、引っ越すから退部したけど」
あのあと起きた事件……騒動は、それを目にしていない俺が語るのは無礼だろう。
一年生の大量退部事件が起きたのだから。
俺もその一人に数えられているらしいが、関係のない話だ。
「あ、ごめんなさい。空気悪くなっちゃいましたね」
重い話をしてしまった……。
「いや、構わんよ。続けなさい」
「聞いた話だと、今年から来た新しい顧問の先生が、物凄い指導で力付けさせて、十数年振りの全国大会出場だって」
『あの顧問何! ムカつくんだけど』『何か、部の空気変わった』『関西出場決定! 全国金賞目指すから』……
送られてきた数々のラインメッセージを思い出す。俺もあの部に居たなら……。
いや、未練はない。
編入先であるこの学校に、吹奏楽部が無くて大会には出れなかったけど、今も楽しいし、楽器が吹ければ良い。なにより、転校前に
「何か、この話してたら演奏したくなってきましたね。少し吹いても良いですか?」
無性に吹きたくなってきた。
「それは良いですけど、先輩楽器持っているんですか?」
リンちゃんから最もらしい質問が出た。
当然だろう。
「あるよ。ちょっと待ってて」
俺はそう言ってビーノの方へ走る。
リアのボックスから楽器ケースを出し、そして、中からトランペットを取り出す。
(残念ながら?)大した輝きは放たぬ楽器を手に、二人のところへ向かう。
この間、二人は何か話していた。
さしずめ俺の話だろう。リンちゃんは俺の
「なるほど。それが君のトランペットか」
新城さんが俺の持つトランペットを見てそう言った。
「変わった色ですね。初めて見ました」
「これはプラスチック製だよ。バイクで持ち運ぶんだと、金属製はちょっと怖いからね」
もし、落としてしまった時には目も当てられない事態になりかねない。
勿論、プラスチック製だから大丈夫! というわけでもないが。
そんなわけで、普段学校で吹いているのは、銀色のペット。学校の備品だ。
それとは別に、持ち運び用に紫色のプラスチック製のこれを持っている。これは父に買ってもらったマイ楽器。
さてと。なんの曲が良いだろう……?
よし。決まった。
♪~
「お見事だ」
「流石です」
一曲、吹き終えると二人から拍手が起こった。
いや、よく見たら回りにいる他の人たちも拍手してくれている。
「あ、ありがとうございます……」
ちょっと恥ずかしい。
「フライデーナイトファンタジーか。中々渋い曲を知ってるじゃないか」
「まあ、トランペットが格好良い曲ですからね」
「おじいちゃん知ってるの?」
「ああ、昔は金曜日といえば、この曲だったよ。色々な映画を見たものさ」
新城さんが懐かしそうに語る。
金曜日。映画。なんの話だろうか?*1
まあ良い。
「先輩の演奏、初めて聞きました。上手いですね」
「まだまだだよ。もっと上手い人は五万と居る」
高音が安定せず、掠れてしまった。また練習だな。
「もう一曲良いですか?」
まだ吹きたい。
「構わんよ。むしろ、わたしももっと聞きたい」
「私もです」
それは嬉しいな。でも、
「この、プラスチック製のトランペットは、連続で何曲も演奏するのには向いてないんですね。残念ながらもう一曲だけです」
では……。
♪~
「これも、また面白い選曲だな」
新城さんの感想。
「これ『海の見える街*2』ですね」
リンちゃんは曲名を知っていた。
「海ではないけど、湖が見えるからね。ちょっと違うかな……?」
「ぜんぜん違いますよ、先輩。演奏は良かったですが、曲のチョイスは如何かと」
う……。辛辣なコメントが。
「おや? 電話だ。ちょっと失礼」
電話が掛かってきたらしく、新城さんが少し離れてゆく。
「先輩はいつからトランペット吹いているんですか?」
リンちゃんから質問が飛んできた。
「さて? 俺も覚えてないんだよ。家にトランペットがあったから、物心ついた時には吹いてた。まあ、あの頃は聞くに耐えない雑音だったけどさ」
今思えば、なんでうちにはペットがあったんだろう?
「すると、かなり長い方ですよね?」
確かに。高校から吹奏楽を始める人も居るから、そういう人と比べたら、長いだろう。
「すまなかった」
電話していた新城さんが戻ってくる。
「今、
「お母さんから?」
「ああ。それで今本栖湖で二人に会ったって話したら、そろそろ昼だし滝野くんも一緒に皆で昼食でもどうか、って」
昼食?
二人の視線が俺に向く。
「えっと。それは有り難い話ですが、急に押し掛けたりしたら迷惑じゃないですか?」
しかし、新城さんはニヤリと笑う。
「もう5人分用意してるらしい。ここからなら20分位だから丁度良い頃合いだろう。もしかして、何か用事でもあるのかい?」
「いいえ。大丈夫ですよ」
「それじゃあ、行こうか」
あ、これ断れないパターン?
リンちゃんを送り届けたら、その辺の山中でもっとペット吹きたいな……って思ってるんだけど。
勿論、道から外れた山の中に入る訳じゃないからね? 人家がない道路沿いの路肩で。ってことだから。
「リンちゃんは、その、嫌じゃないかな? 俺がお邪魔するのは……」
自分の部屋まで入れる訳じゃなくても、同じ学校の先輩ってだけで、別に親しくもない人を、家に上げるのは如何なものだろう?
「別に構いませんよ? むしろ、もっと先輩の話聞きたいです。トランペットのことや、バイクの話も」
あれ? 良いんだ。
「それに、トランペットが吹きたいのなら、家でどうぞ。家、両隣が離れてますから、玄関先で多少音出したって怒られませんよ」
分かったの?
「じゃあ、お邪魔するよ」
既にバイクの方へ歩き始めている新城さんを追い掛ける。
「私が先導するから、リンは続きなさい。滝野くんはリンの後ろを頼めるかい?」
「分かった」
「分かりました」
ヘルメットを被り、エンジン始動。
隣でリンちゃんと新城さんも同じようにスタンバイ。
新城さんのバイクを改めて見ると、やはり大きい。
『これぞ、バイク』という感じだ。俺たちのビーノは『原動機付自転車』だからね。
おお。エンジンの音も大きい。
「準備は良いかい?」
「大丈夫だよ」
「俺もオッケーです」
最初に新城さんが走り出す。
それにリンちゃんが続く。
中之倉トンネルを抜け、行きに登ってきた甲州いろは坂を今度は下ってゆく。
行きは先頭だったが、今度は最後尾を走ってゆく。
リンちゃんのおじいさん、走っている姿も格好いいな……。
将来、俺もあんなバイクに乗ってみたい。
おっと、そんなことよりも先に、進路を決めなければいけないんだけどね……。
とはいっても、今はリンちゃんの初めてのツーリング中だ。『帰るまでが遠足』というように、まだ終わっていない。
最後まで楽しんでもらえるよう、気を付けて走ろう。