結局、野クル部のメンバーが起きてきたのは、11時を過ぎた頃だった。
俺とリンは起きるのが早く、流石にお腹が空いたので、沢田公園の帰りにコンビニに寄って軽く朝食を済ませておいた。
しかし、当然ながら他のメンバーはまだ朝食前。お昼に、俺たちが昼食を食べる中、朝食を食べることになる……。
因みに、
「も~! リンちゃんにブランケット先輩、ずるいよー」
「二人で温泉行ってさっぱりしちゃうんだもん」
「だってみんな寝てて暇だったんだもん」
反論するリン。
「俺はリンの指示に従ってバイク走らせただけだし」
俺は逃げを打つ。
「でも、温泉入るのを提案したのはお兄さんだったろ。逃げないでよ」
「濡れ衣はよせ。俺は何も言ってない」
おっと。逃がしてもらえるほど甘くなかった。
しかし、本当に俺は何も言ってないぞ?
こんな俺たちのやり取りの横で、同じテーブルの凪は窓の外を眺めている。なお、窓の外には堂ヶ島の海が見えている。
因みに、凪の顔はめちゃくちゃにやけている。話を聞いていない振りをして、ちゃんと聞いているようだ。
今俺たちは、堂ヶ島の海が見える食堂で、注文した料理の到着を待っている。それが朝食か昼食かは、さっき話したとおり……。
「お待たせしましたー」
店員が料理を持ってきた。
「だし醤油が掛かってますから、よく混ぜてお召し上がりください」
俺以外の三人の前に置かれたのは『海鮮ぶっかけ丼』。
「こちらは、海鮮丼です」
「どうも」
ぶっかけ丼には卵黄が乗っているので、生卵が苦手な俺は普通の海鮮丼を頼んだ。
因みに、鳥羽先生は刺身定食で、他全員がぶっかけ丼だ。
「「「いただきまーす」」」
各々、言われたとおりに混ぜて……。
「これ美味しい!」
「海鮮卵かけご飯って感じやねぇ」
「新鮮なお刺身に出汁醤油……。旨い」
それぞれ皆の感想が漏れる。
かくいう俺の海鮮丼も美味しい。すぐ目の前に海があるから新鮮な魚が手に入るからだろう。鮮度が違えば味も違うんだな……。
先生の刺身定食も美味しいみたいだ。
「海を眺めながら、朝からお刺身……」
「先生、もうお昼やで」
何か突っ込まれてるけど……。
「あきちゃん。今日は堂ヶ島とトンボロに行ったら、キャンプ場直行だよね?」
「おうよ。今日はのんびりまったり行こうぜ」
「しかし、ちっこいのによく食うなぁ、お前」
あかりちゃんはところてんを食べている。
「おいひいぉ」
食事を注文すれば、誰でも食べ放題の奴だ。セルフサービスなので、さっきから何度か取りに行っている。
たぶん4杯目……。
「そんなに食べたら、トンボロ食べれんくなるんやない?」
「別腹やし大丈夫やで」
姉からの忠告に笑って返す妹。その笑みに隠された秘密があるのを姉は知る由もない……。
「ありがとうございました~!」
食堂を出て道路を渡ればそこは堂ヶ島公園だ。
天窓洞などを巡り、いよいよ目指すは……。
「それじゃあ、トンボロに向かうか!」
「せやなぁ」
「いよいよだね!」
「楽しみやなぁ」
そう。トンボロだ。
「それで大垣さん。ここからトンボロってどうやって行くんですか?」
「そっすね。えっと、この先600mのところに入口があるんですが、トンボロの近くには駐車場が無いっぽいっす」
先生の問に大垣さんが答える。
「じゃあ、車はここに停めて歩いて行きましょうか」
「そうですね」
「いやいやいや。待ってね?」
「駐車場ありますよ。さっき通ったじゃないですか!」
さっき大垣さんが言ったトンボロの入口の前。昨日の夜と今日の昼に通り過ぎている。つまり、既に一往復通っている。
首を傾げる一同。いや、ね? 後ろに乗っていた人はともかく、運転していた鳥羽先生とリン、助手席にいた大垣さんまで見落としているとは。ちゃんと前だけでなく回りも見て運転しようね?
「でもまあ。散策がてら歩くのも悪くないでしょう」
決まったんだから今更だ。
「だな」
国道の歩道を歩いて行く。
「おばあちゃん、ここからずっと坂道だけど大丈夫?」
「なにを~! まだまだ若いもんには負けんズラ!」
斉藤さんと大垣さんによるプチコント。
「あ、昨日の温泉だ」
昨日寄った温泉の前を通る。
「良かったですよね、ここ」
「夕日も見られて良い露天風呂でしたね」
「先生がビール飲んじゃった時はどうなるかと思いましたが……」
「先輩のお陰やな」
「純兄無駄に顔が広いからね」
「無駄言うな」
「でも、お陰で助かりました」
話ながら歩いて行くと、駐車場が現れる。道路の脇にある、縦列駐車のスペースだ。
「やっぱり駐車場あるじゃん」
「ホントですね」
「口コミには書いてなかったんだけどなぁ」
「まぁ、口コミサイトなんて所詮そんなものさ」
ふと、先生と目が合う。
「先生」
「なんでしょう?」
「縦列駐車、出来ますか?」
苦手な人は多いと聞く。
水谷先輩も相当苦戦したそうだ。でも、卒業試験? には縦列駐車は無かったらしい……。*1
「自分の車なら……何とかいけます。普段縦列駐車なんてやりませんから」
そんな感じか……。
ふと、海の方を見ると目的地のトンボロが見えている。だいぶ潮が引いてきている。
その向こうに見えているのが三四郎島だろう。見る角度によって島の数が3つや4つに変わることが由来らしい。
少々分かりづらいルートだが、脇道にそれて少し急な坂道を降りて行くと目的地に到着。
こんな細い道の先にも駐車場がある。バイク用かと思えば普通に乗用車が止まっている。
「見る角度によって島の数が3つや4つに変わる事から三四郎島と呼ばれており、干潮時には海岸から島へ歩いて渡ることが出来ます」
犬山さんによる解説。因みに、ここまでは本当。もとい正しい説明だ。
「朝早くに地元の料理人が船で島へ食材を持って渡り、干潮時だけ屋台を開きます。1日に2時間しか食べることの出来ない幻の西伊豆B級グルメ。これが『三四郎島のとんぼろ』です」
これは嘘。つまり、ホラだ。
「今食べに行くで待っとってな~! トンボロー」
「楽しみやなぁ」
海に向かってそう叫ぶあかりちゃんと、隣で法螺吹きの目をしている犬山さん。
因みに、法螺吹きの目について知ったのは最近だ。無意識に、必ずこの目になってしまうらしい。CCSの山崎みたいなものか。*2
『『『あかりちゃん、思いっきり信じてるけど、どうすんのこれ?』』』
声に出さずとも、こんなことを思いながらあかりちゃんを見つめる各々。
心配ご無用……。
「段々潮が引いてきたんじゃない?」
恵那ちゃんがスマホで撮った写真と海を見比べる。
「そろそろ渡れるんやない? あきちゃん!」
「そうだな、行くか!」
あかりちゃんと大垣さんは行く気満々。
「でも、真ん中とかまだ道できてないぞ?」
「けど、ぼちぼち渡り始めとるなぁ」
リンの言うとおり、まだ未完成ではあるが、待っていた人々は渡り始めている。
「みんな『トンボロ』目指して渡り始めとるんや! 急がんと食べ損ねてまうで」
「じゃあ行くぞ~!」
行く気満々の二人が真っ先に走り出す。
「もう。しょうがないなぁ……」
「因みに。この時期は潮の引きが小さいから、完全に道が出来る訳じゃないからね。途中で靴脱ぐ覚悟で行ってね」
俺からの一言。
トンボロは自然現象であり、潮の満ち引きに左右されるため、毎日、それも決まった時間に現れる訳ではない。悪天候なら尚更。
「そ、そうなんですね……」
「じゃあ私たちもそろそろ……」
そう言い、残ったメンバーも歩き出す。が、
「あれ? 先生と先輩、トンボロ渡らないんですか?」
俺もそうだが、隣に座る鳥羽先生まで動く気配がない。
「私はここで見てますから、行ってきてください」
「俺もここで見てるよ。気を付けて」
「分かりました」
「行って来ます」
「う~ん」
隣に座る先生は、伸びをしたり肩を回している。ずっと一人で運転しているから、流石に疲れたのだろう。
「先生、肩揉みましょうか?」
「えっ? じゃあ、お願いします」
先生の背に回り、肩揉み開始。お、お客さん凝ってますねぇ。
海の方に視線を向ければ、観光客に紛れトンボロを歩いて行く野クル部+αの姿が。
おっと、
「もう良いですよ」
先生にそう言われ、止める。
「代わりますね」
俺がベンチに腰掛けると、入れ替わるように先生が後ろに回った。
「あ。じゃあ、お願いします」
断るのも失礼だろう。そう思って、お願いする。
「そういえば。先生の妹さんって、普段はどんなお仕事をされているんですか?」
折角なので、今まで疑問に思っていたことを聞いてみる。
「涼子ですか? あの子は富士吉田市で居酒屋をやっているんですよ」
居酒屋かぁ……。道理で。
「なるほど。だから職業が『自営業』なんですね」
「えっ? 滝野くん、ご存知なんですね」
「まぁ」
妹さんは何度も
一人で利用される際はデイキャンプも多いとは思っていたけど、夜からが忙しい居酒屋なら納得だ。
「それなら先生も妹さんのお店、行かれるんですか?」
「あ……。実は涼子は経営の方が主でして、店頭に立つことは稀なんですね。急病とかで欠員が生じた場合に、代わりに出るとか、そういった場合にしか……」
あれ?
思っていたより規模が大きい感じ?
「まだお若いのに凄いですね……」
「恥ずかしながら……。私より涼子の方がしっかりしてるんですよね……。っと、如何でしたか?」
先生が肩揉みを止めた。
「ありがとうございます。凝りが解れましたよ」
先生が隣へ戻る。
しかしまあ。先生の言うとおり、妹さんはしっかりしてる感じはある。
野クル部の伊豆キャン計画を知り、俺が鳥羽先生の生徒だと知っているから、『お目付け役、頼んで良いかな?』って、先生がキャンプ中に飲み過ぎないよう監視を頼んできた。
「先生はトンボロ見たことがありますか?」
「いいえ。初めてですよ」
そう言いながら、スマホを構えて写真を撮った。
「一時間で海から道が現れて、一時間後にはまた海へ消える」
「自然の不思議ですね」
先生と共に、戻ってきたメンバーを出迎える。
因みに。
犬山姉妹の様子はどうだったか、というと、犬山さんは名前の如く顔が青くなっており、あかりちゃんはいつも以上にニコニコ顔でした。
鳥羽先生の妹さんの職業は、中の人 がとあるアニメで『おでん屋台』をやっているキャラを演じていたことに因みます。
先生の妹さんの車、富士山ナンバーですが分類番号から山梨県在住であることが確認できるため、こういう設定にさせて貰いました。