【完結】本栖高校吹奏楽サークル   作:小林司

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 伊豆キャン 三日目①~純一、凪、綾乃の帰り道~

 

みんなが起きてきて、達磨山(だるまやま)へ登るメンバー(車組+リン)が先生の車へ、俺と(なぎ)、綾乃はそれぞれのバイクへ向かう。

 

「アヤちゃん。わざわざ来てくれてありがとね」

 

「良いって。浜松来ることあったら連絡しろよ」

 

「うん。必ず行くね!」

 

「あまり遅いと此方(こっち)から行くからな~」

 

別れの挨拶……という感じではないか。その挨拶を終えて、各務原(かがみはら)さんが車へ乗る。

 

「では、気を付けて帰ってくださいね」

 

「分かりました。みんなも。飯田さんに宜しく」

 

運転席の窓から俺たちにそう言う鳥羽先生に返答しつつ、他のメンバーにも声を掛ける。

 

「「「はーい」」」

 

車組は達磨山へ向けて出発。

 

『それでは、此方も出発しますか』

 

「了解。凪は大丈夫?」

 

『うん。トイレも済ませたから大丈夫。忘れ物もないよ』

 

「まあ、もし何か忘れても、車組は帰る前にここに戻ってくるから、回収してもらえるけど」

 

そう。リンのビーノはキャンプ場で預かってもらえることになっている。

 

だから、リンも車に乗って伊東へ行く。

 

『じゃあ出発しますね』

 

「はーい」

 

綾乃を前に、帰路へと向かう。

 

 

 

 

 

 

今回は、新東名高速道路はもちろん、修善寺道路や伊豆中央道(自動車専用道路)は通れないので、下道を走る。

 

最初、綾乃は戸田(へた)から海岸沿いを行くルートを提案したが、あまり時間に余裕は無いので、最短ルートを選んだ。

 

『凪は今回の伊豆キャンどうだった?』

 

『面白かったよ! 飯田さん……? に、お会いできないのは残念だけど、昨日一昨日とご飯も美味しかったし』

 

『良いねぇ。一昨日の夕食はどうだった? あ、内容は知ってるから、味とかの感想をね』

 

『ホクホクのじゃがいもに、金目*1……。最高だったよ』

 

『だよねぇ。あたしも食べたかったなぁ……』

 

『堂ヶ島の温泉も良かったし、千人風呂もね……。あ! アヤちゃんの悪戯さえ無ければね!』

 

『あれは本当にごめんって!』

 

俺は綾乃の進む通りに走っている。つまり、道の確認は不要。

 

だから、三人でインカムを繋いでいても、会話は綾乃と凪の間で交わされているもののみ。だから、俺は二人の会話を黙って聞いている。

 

せっかく、友だち同士(同性、同級生)で話しているのに、俺が割り込むのもどうかと思って、運転に集中している。

 

 

 

 

修善寺から国道414号線に入って北上して行く。

 

『そういえばさ、アヤちゃん一度傷だらけで私のところ来たことあったよね?』

 

ん?

 

『ああ、あの時はねぇ。飛び出してきた猫を避けたら派手に転けたんだよねぇ……』

 

『そうなんだ。あの時は聞いても、大丈夫だよって誤魔化されたから、気になってたんだよ』

 

転倒……。前に山県(やまがた)さんがボロボロになって帰ってきたことがあったっけ。

 

ビーノ運転してて、野性動物を避けて転倒したっていってた。着ていたライダースーツはボロボロでも本人は擦り傷だけだったから良かったものの……。

 

普段、木の枝を擦っただけでも文句を言うビーノが、あの時は何も言わなかったのだから、相手が悪かったんだろう。

 

「気を付けないとな。綾乃が怪我したら大変だからな」

 

『はーい。というか、お兄さん話聞いていたんですね』

 

「そりゃあね。聞こえてくるよ」

 

『寝てると思ってました』

 

「んな訳あるか! 俺が眠ったら凪共々あの世行きだぞ」

 

『そうだよアヤちゃん。誰も寝れないんだよ』

 

『あ、誰も寝てはならぬって曲無かったっけ?』

 

「うん。あるよ」

 

 

 

 

トンネルを抜ければ目の前に海が。となればこの橋の下が狩野川(かのがわ)放水路だろう。狩野川は昔から水害が多く、その対策として作られたものだ。

 

海沿いの国道を北上し続け、途中で脇道にそれた。この方角って……。

 

「綾乃、どこか行くのか?」

 

『流石お兄さん、気付きましたか』

 

『ああ。三保松原ね』

 

『イエ~ス』

 

富士山と共に世界遺産に登録された三保の松原のことだ。

 

『綺麗だね』

 

『うん。来て良かったよ~』

 

松原沿いの道路を西へ走る。海岸線のはずだが、松の木が並んでいて海はおろか堤防も見えない。防災林としての役割もあるので、潮風を防いでくれている。

 

そんな景色もいつしか消え、街中へと入った。

 

 

 

 

 

 

『あ、駅がある。つまりトイレもあるよね!』

 

進行方向右手に駅がある。吉原駅と書かれている。確か、東海道線の他に、私鉄が発着している駅のはずだ。

 

『ちょっと止まりますよ』

 

駅のロータリー……というか、簡素なスペースに綾乃のバイクが滑り込む。

 

エンジンを止め、ヘルメットを脱ぐなり走り出した。

 

「あれ? トイレ橋の向こう側だぁ~!」

 

そんな綾乃を見送りながら、俺たちも降車しエンジンを切った。

 

 

 

 

「純兄、あれが岳南電車かな?」

 

「うん? だろうな。大動脈東海道線に相応しくない、2両編成の電車ってことは」

 

「大動脈? そっか。だよね」

 

東海道線といえば、東京から神戸を結ぶ鉄道路線。新幹線の開通で長距離の特急列車は消えたが、各地を結ぶ地域輸送を担っている。

 

それに、旅客列車が減少しても、貨物列車がひっきりなしに走っている訳だ。

 

「これ乗れば京都行けるんだよね」

 

駅に停車中の列車を眺め、凪がそう口にする。

 

「行けるけど、今から乗っても着くのは夕方だぞ。新幹線の方が早い」

 

あ、でもそれに乗って吉川は俺を訪ねて来たんだよな……。遠路遙々(えんろはるばる)

 

 

 

 

おっと、電話が鳴っている。

 

「はい。滝野です」

 

バイクのスマホホルダーに付けたまま、電話に出た。

 

『えっ? 誰?』

 

誰って……。あ!

 

これ、綾乃のスマホだった!

 

えっと、相手は……店長?

 

「もしかして、綾乃のバイト先の店長さんですか?」

 

『そうだけど……君は誰?』

 

「滝野です。お正月に綾乃を迎えに行ったとき、一度お会いしましたよね?」

 

『……ああ! 君かあ!』

 

「店長、私です、新城(しんしろ) 凪です!」

 

いつの間にか、隣には凪が。

 

『凪ちゃんもか。君ら一緒にいるんだ? それじゃあ、今何処?』

 

「富士市の吉原駅です」

 

『ほお~。遠いところに行ったんだね。で、アヤちゃんは近くに居るの?』

 

「アヤちゃん、今お手洗いに行っちゃってて、近くに居ないんです。どんな用事ですか?」

 

『えっ! あ~。えっとね……』

 

店長どうしたんだろう? 自分から電話しておきながら、すっとんきょうな声なんか出して。

 

俺たちが出ること、想定外だったとか?

 

『えっとね。シフトのことで電話したんだよ。今夜入ってるからね。それがたった今変更になってね。組み直したんだけど、もう一回組み直すから、ちょっと待っててね』

 

うん? これ、もしかして綾乃が俺たちと一緒に居ることを知って、それで組み直してるのか?

 

だとしたら、悪いことをしたかもしれないなぁ……。

 

『えっと、それでね。急な変更で悪いんだけど、今日明日は休みにして、その分月末に振り替える感じになるから、宜しくって』

 

「今日明日なしで、その分月末に……ですね」

 

『そう。宜しく』

 

「分かりました、そう伝えますね。綾乃にお土産持たせますから」

 

『えっ? 要らないよ。そんなお金あるんなら、自分たちのために使いなよ』

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

『それじゃあ、道中気を付けてね』

 

電話が切れた。

 

 

 

 

 

電話が切れて数分後。

 

「お待たせしましたぁ~」

 

綾乃が戻ってきた。

 

「遅かったね。今()()だった?」

 

「違うよ。トイレめっちゃ遠くてさぁ。行きに走ったから、帰りは歩いてきたの」

 

なるほど。

 

「アヤちゃんがトイレ行ってる間に、アヤちゃんのスマホに電話あったよ」

 

「マジ?」

 

「それを純兄が自分のだと早とちりして出ちゃったの」

 

「マジ……?」

 

あちゃ……。最初の マジ は驚きだったのに、次のは呆れだったよ……。しかも、向ける相手が凪から俺に変わった……。

 

「誰からだった?」

 

「店長さん」

 

「店長から? 何だって?」

 

しかし、電話の相手が誰か分かると『何やってんだ』という感じから、『何で店長から?』という風に変わる。綾乃にとっても店長から電話が来るのは想定外らしい。

 

「今日明日休みだって」

 

「嘘……。それじゃあ、あたし三日も休みじゃん」

 

嬉しそうだけど、何処か複雑な表情を浮かべる。

 

「あと、その分は月末に振り替えるってさ」

 

「そうですか。なるほどです」

 

お。単に嬉しそうな表情だけになった。

 

働くことは大変だけど、働かなければお金はもらえない。たぶん、その機会が減ることを心配したのだろう。

 

「じゃあ、あたし帰るの止めます」

 

「「えっ?」」

 

「折角なので、このまま山梨行きます!」

 

凪と顔を見合わす。

 

「帰りどうするんだよ? 山梨からだと、ここから帰るより遠いぞ」

 

「何とかなりますよ。それに、お兄さんがそれを言いますか?」

 

ま、まあな……。

 

「家への連絡は大丈夫なの?」

 

「この後する~。凪とお兄さんが一緒だって言えば問題ないって」

 

そう言いながら急に俺の腕に抱きついてきた。

 

地味に説得力あるよな、その言葉。

 

「泊まるところは……。これは俺の心配することじゃないな……」

 

こう言いながら、腕の綾乃を剥がす。

 

泊まる場所。それを提供するのが俺たちの仕事だ。

 

「その通り。ちゃんと泊めてくださいね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

予定が変わり、三人(二台)のまま山梨方面へ向けて走る。

 

ここからだと、国道139号線を北上して朝霧高原・本栖湖を経由した方が早いんだけど、国道の西富士道路と富士宮道路は自動車専用道なので俺たちは走れない。だから、国道に並行する県道414号線に向かう。

 

ここまでの道中で土産話も底をつき、互いに会話の無いまま進んで行く。

 

もちろん、休憩や給油のために止まる場合は、早めに言って急ブレーキの無いように走っている。

 

 

 

 

おお。まかいの牧場だ。クリキャンでお世話になったYMCAもそろそろだろう。

 

進行方向右手には富士山が見えている。時々綾乃のヘルメットが動いているから、富士山を眺めているのだろう。

 

「綾乃、この先の道の駅寄るか?」

 

『そうですね。了解です』

 

「朝霧高原って名前だよ」

 

『は~い』

 

おお。懐かしのガソリンスタンドだ。俺と桜さんが初めて会った場所。

 

各務原(かがみはら)さんが俺のことを ブランケット先輩 と呼ぶ理由にもなった本栖湖で貸したブランケットを、桜さんの車の助手席に見付け、つい声に出てしまい、それがきっかけで今に至る……。

 

思い出の地、といえるだろう。

 

 

 

 

 

朝霧高原の道の駅で休憩して、更に北上を続ける。

 

そして、

 

【挿絵表示】

 

『県境通過~! 初、山梨県上陸&静岡県脱出!』

 

綾乃がインカム経由で叫ぶ。

 

『私も初山梨県~!』

 

凪が続いた。

 

「綾乃にしてみれば、あんだけ長い間走ってたのに、ずっと静岡県から出てないもんな」

 

それだけ静岡県が広いのだ。

 

『それなんですよ! 今は考えたくないけど、どのみち浜松に帰らなきゃ、って思うとあの道程がね……。ものすっごくだるいんだよー!』

 

心中お察しします……。

 

『さてと。それでは、ここから先の道案内はお兄さんに託します』

 

だるま山からずっと綾乃を前にして走っていたけれど、ここで並びを変えるらしい。綾乃のバイクが左に寄って減速したので追い抜いた。

 

さてと。(実は今までもそうだったが、)この先の道を知っているのは俺だけだ。

 

 

 

 

 

県境を越えれば、今まで上り坂だった道が下り坂に転じる。そして左に見えてくるのが……。

 

「綾乃、凪。左に見えるのが本栖湖だよ」

 

『お~。これがあの本栖湖ですか』

 

『千円札の絵になってるやつね』

 

綾乃と凪の歓声。しかし流石に疲れが見える。これ、午後からのリハ大丈夫だろうか?

 

本栖湖北側を通る国道を走り、身延町へと入る。

 

【挿絵表示】

 

そして、トンネル手前の駐車場へと入る。

 

ここは富士山の撮影スポットの一つだ。千円札の絵は実際のところもう少し山の上から見たものだが、ここからの風景だと思っている人が、少なからず居るらしい。

 

「凪、何やってんの?」

 

「千円札と記念撮影。アヤちゃんもやらないの?」

 

「えっ。あたしは遠慮しておくわ……」

 

凪はバイクを降りるなり、財布とスマホを手に撮影へ行った。そして千円と並べて撮る。綾乃は呆れているが、お構い無し。

 

流石又従姉妹。やることは同じらしい……。*2

 

 

 

 

トイレ休憩も終え、出発。ここからだと一時間位だから、これが最後の休憩になるだろう。

 

中ノ倉トンネルを抜ける。

 

「二人とも、この先ずっとカーブが続くから、気を付けて」

 

『了解』

 

『オッケー』

 

 

 

 

国道から県道へ入り、いつものルートを走って行く。

 

『あ! 何か書いてある!』

 

綾乃が農機具庫(?)に気付く。

 

【挿絵表示】

 

『こういうのって、何か良いよね』

 

 

 

 

 

県道409号線の終点に到着。即ち、四尾連湖(しびれこ)木明荘の入口だ。

 

「インカムの通話、切るよ」

 

二人にそう声を掛け、家へ電話を掛ける。

 

『純一くん?』

 

「ああ、山県さん。帰ってきました」

 

『お疲れ様です。出る車はないから、入ってきていいですよ』

 

「ありがとうございます」

 

確認の電話を終える。

 

「動くよ」

 

「了解」

 

インカムを切ってしまっているので、凪に直接声を掛け、綾乃には手で合図を送り、発進。

 

数分走れば我が家が見えてくる。

 

 

 

 

「到着!」

 

綾乃にも聞こえるように、大きめの声でそう告げる。

 

「純兄ありがとね」

 

凪が降りる。

 

「凪は先行ってて。綾乃、バイクはこっちに持ってきて」

 

「はーい」

 

バイクを押しながらガレージへ向かう。

 

\ヨウ!/

 

ビーノだ。

 

たった三日見てないだけなのに、ひどく懐かしく感じてしまう。

 

「ただいま……」

 

でも、ビーノを見たら、帰ってきたことを実感できたし、疲れも吹き飛びそうだ。

 

\オカエリ!/

 

「ただいま……」

 

もう一度、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余談だが、ビーノに声を掛けた様を綾乃に見られ、茶化された……。

 

 

*1
金目鯛の干物 のこと

*2
『クリキャンへ出発』にて、凪の又従姉妹に当たる さやか が、五千円札との記念撮影を行っている。

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