再会、相棒、曲決め
ガレージへトリシティを入れ、ビーノに挨拶をして、綾乃のエイプを停める。
そして、先に行ってもらった
「お。やっと帰ってきたぁ?」
ふと、懐かしい声が背中に掛かる。
ゆっくり、後ろの湖畔のテラスの方を振り向く。
「よっ! 元気そうだね」
スラッと高い背に、抜群のプロポーション。赤縁眼鏡と艶やかな黒髪。
服装が見慣れた制服ではないが、それでも見間違うわけがない。
「あ……あすか先輩……」
北宇治高校吹奏楽部で副部長を務めていて、担当のユーフォニアムが桁外れに、
「固まってるねぇ。私が来たことが信じられないのかな?」
「あ。えっと、あすか先輩ですよね?」
「私だよ。え? 何々、私の偽物でも見たことあるの?」
「そこに喰いつかないでください。見たことありませんから……」
田中 あすか先輩だった。
「久し振り、
「元気そうで何よりだよ」
再び背中に掛かる別の声が二つ。
あすか先輩が来たのなら、あの二人が一緒なのは不自然ではない。むしろ、当然だろう。
懐かしい声に泣きそうになるが堪え、ゆっくり後ろを振り向く。
「こちらこそ。お久し振りです。
二人とも、あすか先輩同様制服ではないが、見間違える訳がない。
部長だった小笠原 晴香先輩と、トランペットパートのリーダーだったという中世古 香織先輩だ。
「えっ? 誰ですか、この人達……?」
俺が感動の再会で涙している中、茅の外におかれ状況が分からない綾乃が、俺の背中をつついていた。
プチパニック状態。そりゃあそうだろう。目の前に美人な女性三人が現れ、親しい先輩(俺)が泣き出したら、誰だってそうなる。
「うん? 誰?」
俺が何か言うよりも先に、あすか先輩が綾乃の存在に気付いたのか、俺の目の前まで来て、肩越しに覗き込む。
「ちょ、先輩近いですよ!」
「あれあれ? 今の声……もしかして
しかし、あすか先輩は俺の言うことは気にせず、綾乃に興味津々だ。
「
「ごめんよぉ。お前じゃなくて、黄前。黄色の黄に、前。そう書いて黄前って。部の後輩に黄前ちゃんって子がいてね。その子と君の声がそっくりだからさ。知り合いかなって思ったの」
黄前……。黄前 久美子さんのことだろう。名前は吉川から何度も聞いている。
黄前さんの活躍が無ければ、
陰ながらとんでもない活躍してるんだよなぁ……。その黄前さん。
「えっと……親戚にそんな名前の人はいないと思います……」
あちゃ~。綾乃完全にあすか先輩を怖い人だと思ってるよ。
あすか先輩が覗いている側と反対の俺の腕に抱き付いてきた。しかもかなり力強く。
当たってるんですけどね……。
「あーすーか。その子怖がってるよ」
「そうだよ。黄前さんたちもおどかしておびえさせてたじゃん。新学期早々に」
小笠原先輩と香織先輩が口を揃える。どうやら前科があるようだ。
なんと、あすか先輩 香織先輩 小笠原先輩は、卒業旅行でここへやって来たらしい。
父が予約を受けていたんだけど、当人から当日まで内緒にして欲しいという話があり、俺には今日まで知らされてなかった訳だ。
「どうやってここまで来たんですか?」
駐車場に止まっていた京都ナンバーのレンタカーが思い出される。
「車。レンタカー借りてきたの」
やっぱりあの車?
「レンタカーって。……まさか、京都からここまで?」
「そのまさかだよ」
えっ? やっぱりそうか。
「免許取り立てでも貸してくれる店探してね、三人で交代しながら運転してきたのだよ」
自慢気にそう言うあすか先輩。
小笠原先輩と肩を組み、空いている右手でピースをしている。
「
「宇治東インター*1から高速に入って、私が多賀*2まで運転して晴香に交代」
出発時はあすか先輩の運転か。多賀ということは、名神高速経由だな。
「私がそこから恵那峡*3まで運転したんだけど、香織がダウンしちゃって……」
恵那峡ということは、中央道に入ったな。
…………は? ダウン?
「晴香の運転下手だったからね。仕方ないから私が恵那峡から駒ヶ岳*4まで運転したんだよ」
あすか先輩タフだなぁ……。
「香織がそこから双葉*5まで運転したんだけど……」
ん? 双葉ってことは双葉サービスエリアか。何で?
「その手前で分岐するのを間違えちゃって……」
やっぱり。双葉サービスエリアの手前にある双葉ジャンクションから中部横断道に入って、増穂インターで降りた方がうちには近い。
「私が運転変わって甲府昭和*6で降りて、ナビの指示で来たのだよ」
なるほど。
来たルートは簡単に言えば、名神・中央道経由ってことか。
「レンタカーでここまで……。頑張りましたねぇ。新幹線で新富士まで出て、そこからレンタカーという方法は考えなかったんですか?」
そう言うと、二人で顔を見合わせる。
あーあ、『その手があったか!』って顔してるよ……。
「今からでも遅くないし、帰りはそうしようか?」
「予約と異なっちゃうけど、大丈夫かな?」
おいおい。
「やめておいた方が良いですよ。それだと 乗り捨て ってことになるから手数料取られるだろうし、良い顔されませんから……」
うちはレンタカーじゃないが、似たような事例は幾つか見ている。
『テントサイト予約してたけど、屋外は寒いから山荘に変えれないか』とか……。
「だよね。あすか、香織も私も頑張るから、運転頑張ろう」
「だねぇ」
えっ? 一人足りないって?
香織先輩は凪に捕まってしまった。今は俺たちが座っているところより湖側のテラスにもたれてトランペット談義に夢中だ。あすか先輩が怖いのか、綾乃も一緒。
「ですよね~!」
「そうかなぁ?」
綾乃は会話に加わらず話を聞いているだけだが、二人の賑やかな声が聞こえてくる。話の内容までは分からない。
「滝野、あの三人が気になるんだ~」
茶化すあすか先輩。
「そりゃあね。浜松海浜の吹奏楽部の凪ですから、香織先輩とどんな話をしてるのかな……? って気になりますよ。又従兄妹としても、同じペットとしても」
凪は香織先輩のことを知っていた(全国大会で見た)らしく、最初話し掛けられた時は香織先輩が驚いていた。
で、凪が自分の学校名とペットを担当している話をして、更に驚いた。
「凪は、『近年、府大会止まりだった北宇治が、急に全国大会に進んできたから、何があったか気になってた』らしいですよ」
香織先輩は同じペットとして、小笠原先輩とあすか先輩は部長副部長として知っていた。
「まあ……色々あったのよ。それは滝野も知ってるでしょ?」
「ええ。まぁ……」
吉川から。
ライン電話で一時間近く話したこともあった。
「大変だったよ。胃に穴が開くんじゃないかって……」
だろうな。
ふと、俺は腕時計を確認する。
「まだ11時ですが、先輩方は何でこんな時間から来ているんですか?」
チェックインは13時からなんだけど……。
「滝野くんが旅行に行ってて、今日の午前中に帰ってくるって聞いたから、京都を早めに出たんだよ。あ、もちろん許可は貰ってるからね」
そういうことでしたか……。
「純兄~!」
なんだよ急に。
「純兄! ペットない?」
急に呼んだと思ったらペットって。
「こんなところにあるわけ……」
あ。
「……プラスチックのなら俺の部屋にあるけど」
「マジ? それ貸して!」
え。普通に嫌なんだけど。
「あ、吹くのは私じゃなくて中世古先輩だよ」
俺があかるさまに嫌な顔をしたからだろう。凪が何故か得意そうな顔をしたと思えば、こう言い放った。
「俺ので良ければすぐ用意します」
「手のひらクルクルだねぇ」
「香織相手じゃ誰も逆らえないもんね」
後ろの二人が呟く。そこ、聞こえてますよ?
しかし、だ。
「香織先輩にペット貸すのは構わんけど、凪これからリハあるの忘れてないか?」
昼御飯を食べたら出発する予定なんだけど。
「忘れてないよ。むしろ、その為に中世古先輩にペット貸したいんだよ。私たちがご飯食べてる間に練習したいって」
…………。
……………………?
「お兄さん、オーバーヒートしてない?」
「滝野くん?」
「純兄?」
「滝野?」
「滝野くん大丈夫?」
『中世古先輩にペットを貸す』。リハの話をしたら『その為に』と言った。
……つまり。それはこういうことですかね?
「香織先輩も明後日の定演に出てくれるってことですか?」
「うん。
新城さん? ……あ、凪のことか。
というか、いつの間にそんな話に……と思ったら、先輩の隣で凪がピースサイン。なるほど。
「「「定演?」」」
視線を横に向けると、興味津々で輝いてる瞳と、厄介事は勘弁と言いたげな顔をした二人。こっちにも話してみるか……。
「それじゃあ、先行ってるね!」
「気を付けて。
二人にも話をしたところ、定演への参加を快諾してくれた。俺たちが昼御飯を食べている間にも、先に行って学校で練習するらしい。
あ、もちろん、決まってすぐ学校に電話したら、教頭先生が出て、あっさり許可が取れた。
なので、丁度身延の方へ用事がある海津さんに送ってもらうことになった。
「さてと。それじゃあ昼御飯を頂こうか」
「だね」
「了解~」
「それじゃあ、行ってきます」
「気を付けて」
「頑張ってくださいね~」
「凪、疲れとかは大丈夫だよな?」
『うん。アヤちゃんは流石に無理っぽいけどね』
綾乃もついてくるか聞いたところ、疲れてるから寝てたいって言われたらしい。あすか先輩が怖いだけかもしれないが……。
「まあ、綾乃にはゆっくりしてもらえば良いさ」
『だよね。アヤちゃん意外と体力無いからね』
確かに。
「正月ツーリングの時も、凪のところに泊まった翌日、キャンプ着いた途端その場に座り込んだっけな」
『それ私も聞いた。二日で250㎞も走ったし、そもそもそんなに走ったことがなかったから、疲れがどっと噴き出したんだってさ』
「なるほど……」
『体力付けようと思って、誰かの真似をして、自転車で浜名湖一周を試みたらしいんだけど、バイクの方が楽だって体が覚えちゃってるから、すぐ断念したらしいよ』
誰かって……。俺はそれが誰か分かっているから笑えてくる。
「あはは。追走してくれるコーチがいないとダメだな。それも、原付で」
まあ、桜さんの事だけど……。
『桜さんってそんなに怖い人?』
「あれ? 凪って桜さんと面識あったっけ?」
『無いけど、アヤちゃんから話は聞いたことあるから』
そんな話をしながら30分程走って行くと、目的地である本栖高校に到着。
校門の前でバイクから降り、押しながら駐輪場へ。
「純兄、あの道を毎日バイクで通学してるんだよね?」
「だよ。授業のある日部活の日、雨が降ろうと雪が降ろうと、あの道を毎日な……」
凍結通行止で迂回した時や、突然の雨にレインコートが間に合わず、ずぶ濡れになった日。狸を猪(※子供)と見間違え大慌てで逃げた時……。いろんな事があった。
「大変だね。寮とかに入ろうとは思わないの?」
「いや、元々は下宿にいたよ。ただ、早々に閉鎖されて結局、家からバイク通学に変えた」
「リンの家は? さっき家の前通ったけど、あっちの方が近いよね」
リンの家に
「いやいや。リンとの親戚関係分かったの最近だぞ? それに、リンだって
「それもそうか」
そんな話をしながら校内へと入る。俺は生徒用の昇降口から入るが、凪は来客用の玄関から入った。
「失礼します」
一緒に職員室へと入る。
「滝野くん。待ってましたよ」
「あ、教頭先生」
入れば早速教頭先生から声が掛かる。
「あなたが新城 凪さんですね?」
「はい。浜松海浜高校の新城 凪と申します。よろしくお願いします」
一礼。
先生が机から何かを取り、凪へと差し出した。
「こちら、許可証です。名札より腕章の方が良いと思いまして」
「そうですね。お気遣い感謝します」
凪ってこんな子なんだ……。
「荷物、こちらに置いても宜しいでしょうか?」
「どうぞ」
近くにある何も置かれていない机を示し、許可を取ってから凪は持っている鞄を置く。
そして、着ている上着を脱いだ。
お。浜松海浜の制服か。
北宇治はセーラー服だが、浜松海浜は本栖高校と同じでブレザーなんだな。
スカートは……まあ、見えなさそうな丈で安心だ……。
「純兄、何処見てるの?」
「何処も?」
「見えなくて残念だと思ったとか?」
「逆。安心したのさ」
このやり取りを教頭先生は黙って見ていた。いや、うっすら笑みを浮かべている。
「どうしました?」
俺がこう問い掛ければ、教頭先生はフッと笑った。
「新城さんが、思ったより普通の女の子らしく、安心しました」
職員室を出て音楽室へと向かう。その道順を知っているのは俺だけだから、前を歩く。
しかし。
「先輩方、先に来てるんだよね?」
「だよな。にしては静かだな……」
時間的に、可児はもう来ているはず。
あの四人が集まって演奏が始まらないわけがない。何となく嫌な予感がする。
音楽室に着き、扉をノックする。
「どうぞ」
あれ? あすか先輩の声だ。
「失礼します」
ゆっくり扉を開く。
「お。やっと来たねぇ」
音楽室にはあすか先輩しかおらず、先輩がいる場所の近くの机上に紙コップと紅茶のペットボトルが置かれている。
「どういう状況ですか? 他のメンバーは何処へ?」
「ああ、香織と晴香はミクちゃんと一緒に楽器選んでるよ。中々決まらないらしくてねぇ。あ、凪ちゃんも行ったら? まだなんでしょ、明後日のパートナー?」
「えっ。そうですね……」
凪も楽器は持ってきていない。
「隣の部屋だよ」
言われた通り、凪は隣の部屋へと向かう。
そうなれば、音楽室に残ったのは俺とあすか先輩だけ。
「ところで。そのティータイムセットは何ですか?」
「うん? いやぁ、何か私が準備しなきゃいけない気がしてね?」*7
何で? というか、その紅茶とか、何処から取り出したのだろう? 持ってきていないはずだが。
「でもまあ、後が面倒だから、練習終わってからにしようか……」
ごもっとも。音楽室から水道は遠いのだ。
「手土産として、幾つか京都のお菓子持ってきてるから、終わったら食べようね」
「お待たせしました~!」
「ごめんね、待った?」
「お待たせ~!」
「純兄~!」
数分後、隣の部屋に行っていたメンバーが、可児と一緒に入ってきた。
「決まりましたか?」
楽器を即決したあすか先輩とは違い(というより、この学校にユーフォは、可児の使っている奴、一本しかない)、小笠原先輩と香織先輩は明後日の相棒を決めかねていたらしい。かなり時間が掛かっている。
「想像していた以上にペットあったから、迷っちゃったよ」
と、香織先輩。
「一目惚れしちゃったよ。一緒に帰りたいぐらい」
とは、凪。
「バリサクも何本かあるんだね……。使ってない感じなのに、手入れがされてて驚いたよ」
とは、小笠原先輩。
因みに。普段使ってない楽器は、俺と可児が定期的にメンテしている。だから綺麗な状態を保っているはずだ。
「滝野先輩、お帰りなさい」
「ああ、ただいま。土産と土産話は後で良いよな?」
「勿論です! 私はそれよりも早く演奏したいです!」
いつもは奏者二人のサークルに、四人も増えたのだから、そっちの方が勝っているらしい。いつもの可児とキャラが半分くらい違っている。
「それでは、リハーサルの前に、曲の練習をしておきましょうか」
と、可児が切り出したところで、一同黙り込む。
「そういえばさ、曲どうするか決めてなかったよね?」
「それなんだよね……」
問題発生。本番は明後日、一から練習していたら間に合わない。
この六人皆が知っている曲を選びたいんだけど……。
「コンクールの課題曲は? 北宇治は『プロヴァンスの風』だったけど」
「あ。浜松海浜は『秘儀Ⅲ』です。本栖は?」
「えっ? うちはコンクールの練習とかしてませんよ」
「去年は『勇気のトビラ』だけど? 知ってる?」
「知りませんねぇ」
「同じく」
「コンクールの課題曲という方向性を変えた方が良さそうですね」
「なら、今までに滝野先輩が吹いてた曲、何か言ってくださいよ」
「『Wednesday Night』『フライデーナイトファンタジー』『必殺仕事人』『夢の途中』『トランペット吹きの休日』『残酷な天使のテーゼ』『ルパン三世のテーマ』『宝島』『新世界より』『海の見える街』辺り……かな?」
俺の言っていった曲名を聞いて、顔を見合わせたり、首を傾げたり、手を叩いたり……。五人が五人、色々な反応を見せた。
「良いんじゃない? 滝野の言った曲で」
「確かに。コンクールの課題曲みたいなマイナーな曲よりは、皆知ってる方が楽しめると思うよ」
「そうですね」
「決まった感じ?」
「まあ、決定権は純兄にあるんだよ?」
お。
「じゃあ、この曲を順に吹いていきましょう。で、この出来なら大丈夫だと思う曲を明後日演奏するって形で?」
「「「意義な~し」」」
決定。
「それじゃあ、皆さん準備してください」
音楽室での練習、体育館でのリハーサルを終え、鍵を持って職員室に向かう。
海津さんが迎えに来てくれたので、北宇治三人+凪を先に帰し、可児とは昇降口で別れた。
「失礼します」
「どうぞ」
ノックし、許可を得てから扉を開く。
「滝野くん。ご苦労様です」
室内にいるのは教頭先生一人らしい。
「リハーサル、如何でしたか?」
「良い感じです。緊張しますが、無事に終えれると思います」
「そうですか?」
うん? 俺の返答が意外だったらしい。
「滝野くんの口から緊張という言葉が出るとは思いませんでした」
「何言ってるんですか! 去年とは規模が違いますって」
去年の定演は、奏者俺一人に対し、聴衆は
とはいえ、開催時間が放課後だったし、たいした宣伝は行わなかった。『開催実績があれば良い』という話だったからだ。
しかし、今年は訳が違う。授業時間を使っての開催だから、恐らくほとんどの生徒が来るだろう。
そう考えると、奏者が六人に増えたのは心強い。
「教頭先生、あの三人の参加を許可してくださりありがとうございます」
「これぐらいなら大丈夫です。賑やかになるでしょう? しかし、滝野くんの人脈には驚かされます」
えっ?
「と、言いますと?」
「まさか、
「……は? …………えっ!」
進藤 正和。有名なユーフォニアム奏者じゃないか!
吹奏楽をやってる人ならたいてい知っているし、ユーフォを吹いている人は絶対知っている名前。
その進藤さんの娘って、どういうことだ?
あすか先輩、香織先輩、小笠原先輩。この三人の誰かが娘……。否、消去法でいったら一人しかいないだろう。ユーフォ奏者なのは。
「あすか先輩が、進藤さんの娘だと?」
「おや、滝野くんもご存知ですか?」
「いえ。今教頭先生が言ったのが初耳です。先生はご存知……なんですよね」
「ええ。進藤 正和とは古くからの友人でして。産まれて間もない頃の彼女に会ったことがあります。尤も、彼女はその事を覚えていませんがね」
そう言って苦笑い。
しかし妙だな。進藤 正和の娘なら、何故田中姓なんだろう? 待て。確か、あすか先輩はお母さんとの二人暮らしと聞いたことが……。
そう考えると、先輩が
「田中姓は母親の……」
「知ってるんですか?」
「まさか。今教頭先生から聞いた話から察しただけです」
今聞いた話と、俺が知っていた情報を合わせた結果、出たのが今の答え。
「なるほど……。滝野くんはやはり凄いですね。その察しの良さ、良いと思います」
「そんなことないですよ」
「謙遜しなくても良いのに……。第三者である私の口から言うのは失礼でしょうから、多くは語りません。奥さんと揉めて離婚し、あすかさんの親権は奥さんが手にして、京都で暮らしていると聞いていました」
なるほど。
「正和は離婚後、半ば押し付ける形で彼女にユーフォニアムをプレゼントしたそうです」
あの白銀の輝きのユーフォはそういうことか。
「正和は今年、コンクールの審査員を務めていたのですが、そこで彼女のユーフォとその演奏を聞き、思わず涙したそうです」
そんなことが……。
吉川が言っていた『あすか先輩を連れ戻すぞ大作戦』の裏に、それが隠れていたのだろうか。
「おっと、話しすぎましたね。今日はお疲れでしょう。早く帰ってゆっくりした方が良いでしょう」
教頭先生が時計を見上げる。
「そうですね。では、失礼します」
「はい。今度、伊豆の土産話期待してますよ」
そういえば、今日伊豆キャンから帰ってきたんだった。帰ってきてからが色々ありすぎて、すっかり忘れていた。
はい。というわけで、ユーフォ側の人物にも登場してもらいました。
あすか先輩 香織先輩 晴香先輩の三人なら、三人揃って卒業旅行というのも普通にありそうな話なので、山梨へ行ってもらいました。
教頭先生が、あすか先輩のお父さん(実父)と知り合いというのは、完全に私のオリジナルです。教頭先生もあすか先輩のお父さんも、年齢は分かりませんが、知り合いでも変ではないだろう? という風に考えました。
この先も、ユーフォ側の設定は 私のオリジナル です。