職員室を出て、昇降口から校舎の外へ。
駐輪場でビーノを回収し、校門を出て乗車。
さてと。帰ろう。
\マカセトケ!/
走り出して数分後。
うん? 電話か。
後方を確認し、一旦停止。
「はい。
電話に出る。
『滝野くん、海津です』
何だろう?
『今どの辺りですか?』
「えっと。下部
『中世古さんが音楽室にスマホを忘れてきたみたいなんですよ』
なるほど、スマホをか。
つまり、俺が引き返して取りに行けば良いんだろう。
『彼女を
「えっ?」
降ろしたって。事後報告ですか……。
『そんなわけで、お願いしますね』
「えっ。はい、分かりました」
電話を切り、発進。
下部隧道からの坂道を下り、左折。
「滝野く~ん!」
少し走ると久那土郵便局が見えてくる。夕方で既に陽が傾いているが、辺り一帯は静かなので、バイクの音だけで俺が来たことに気付いた様子。
「ごめんね。迷惑かけちゃって」
先輩の前に停車すると、先輩は俺に向かって手を合わせる。
「構いませんよ。香織先輩の頼みを断る奴なんていませんって」
「そう?」
先輩、そこで可愛く首傾げないでください。皆が惚れますから。
しかし、車から持ってきたのか、ヘルメットを被って立っている。これが無ければ通りすがりのライダーとかに片っ端からナンパされることだろう。
まあ、通るバイクなんて僅かだけどさ……。
「とりあえず、乗ってください」
「良いの?」
「大丈夫です。これでも免許取ってから、一年以上経ってるんで。先輩、バイクに乗った経験は?」
「小さい頃に一回だけ」
なんだと……。
「叔母さんに乗せてもらったことがあるけど……」
ノーカンだな。まあ良い。
「分かりました。とりあえず乗ってください」
乗ったままの俺の後ろに香織先輩が跨がった。
俺の腰に手を回す。
「あまり遅くなると教頭先生が帰ってしまい入れなくなりますから、急ぎましょう」
「うん」
「止まって欲しい場合は、何でも構いませんから、背中を三回叩いてください」
「オッケー」
「じゃあ、動きますよ」
ゆっくりバイクを走らせる。
学校に戻って無事にスマホを回収し、再び帰路へつく。
いざという時のために積んであったインカムを繋いで、先輩と会話できる状態を作った。
『ごめんね。帰りが遅くなっちゃって』
「構いませんよ。さっきも言いましたが、先輩の頼みを断る奴なんていませんから」
『そう?』
「しかしまあ、海津さんもおっちょこちょいですよね?」
『何で?』
「わざわざ香織先輩を降ろさなくても、俺に回収依頼をするだけで良かったのに……」
あの時点で俺が引き返していれば、数分の差ではあれど、早く帰れただろう。
『普通はそうだよね』
「はい?」
普通は、って。知っててわざと?
『滝野くんと話がしたかったから』
「えっと、それは二人きりでする話ですか……?」
『いや。別に二人になる必要はなかったんだけど、さっきのリハーサルといい、これから帰った後といい。時間取れないでしょう?』
そういうことですか……。
先輩方が予約したのは 手ぶらキャンププラン だった。テント・シュラフ等の道具がレンタルで、まさに身一つでもキャンプが楽しめる奴だ。
本来、テント等の設営は利用者が自らする決まりだが、俺がお世話になった先輩方であり、リハーサルで設営の暇がないということで、こちら側が代わりに準備している。
だから戻ったら、先輩三人と俺たち(
「それで? 俺と話したかったこと……」
そう言いかけた言葉が止まる。
俺のバイクを追い越した車が、その先に停車したからだ。
「何で?」
『えっ? 何だろう?』
香織先輩の不安そうな声。煽られるような運転してないんだけど。
うん? あの車……。
「先輩、安心してください。知り合いです」
「滝野先輩~!」
助手席の扉が開き、よく知る女の子が飛び出してきた。
「
ここにいて、桜さんの車に乗っているということは、もう伊豆キャンから帰ってきたということだろう。
「お姉ちゃんに本栖湖まで連れていってもらうんです。リンちゃんから連絡が無いので……」
「リンから?」
「はい。修善寺で別れたんですけど、私が一番最初に家に着いたじゃないですか? そのあと、他のみんなからは帰宅の連絡が来たんですが、リンちゃんからは何の連絡もなくて……」
スマホを見せられる。ラインだ。色々メッセージを送っているが、既読は付いていない。
ただ単に運転しているだけだろう。心配するほどのこととは思えないが、リンも前科があるから人のことは言えまい。
「あれ? 後ろの人は?」
各務原さんが後ろの香織先輩に気付く。
「中世古 香織です」
「俺が京都でお世話になった先輩だよ」
「そうなんですね! 各務原 なでしこと言います。滝野先輩にはいつも助けられてます」
そう、二人が自己紹介をした辺りで、車のクラクションが響く。桜さんが催促しているらしい。
「それじゃあ、おやすみなさい!」
各務原さんが車へと戻って行く。
「おやすみなさい」
「気を付けて」
俺たちも声を掛け、出発。
『今の、滝野くんの後輩とその子のお姉さんなんだね』
走り出してすぐ、香織先輩が切り出す。
「はい。吹奏楽サークルと別で所属してる部の後輩です」
『かなり親しい感じだけど、付き合ってたりするの?』
茶化すような言い方。先輩も本気でそう思っている感じではなさそうだ。
「まさか。妹みたいなものですよ」
『さやかちゃんがいるのに?』
「先輩、さやかと面識ありましたっけ?」
『あるよ。高校見学の時に、滝野
さやからしい。
まあ、俺が香織先輩から忘れられる訳がないのは、俺自身に原因がある訳なんだけど……。
『さやかちゃん、北宇治受けるんだっけ?』
「らしいです。今年全国大会に進んだことが大きいと思いますよ」
まあ、さやかの場合だと大阪東照や立華に行っても勉強の方が危ういだろう……。
『さやかちゃんの進学を機に、みんなでこっちに来るとか、そういう話は無かったの?』
「無かった訳ではありません。ただ、こっちに来たらコンクールには出られませんから……」
ソロコンという選択肢があるにはあるが、下手をすると己の実力不足を思い知ることとなり挫折してしまう。
『それなのに、こっちに来て一人でトランペット続けてる滝野くんは凄いよ……』
「全国出場の北宇治も凄いと思いますよ。本当なら応援行きたかったんですけど……」
チケットの倍率がアホみたいに高く、入手出来なかった。*3
『来年があるよ? あ、もう今年か……』
「言いますねぇ、先輩」
全国大会に出場できる保障はどこにもない。まあ、三出*4が廃止されたから 絶対出場できない ということもないんだけど、これは関係ないなぁ。
『大丈夫だよ。優子ちゃんが部長だし。……あ!』
「どうしました?」
『優子ちゃんで思い出した』
吉川?
『何で滝野くんは北宇治で吹奏楽部に入ったの? 中学は帰宅部だったって聞いてるけど』
ギクリ……。
「よ……吉川に誘われたからです」
本当の理由は口が避けても言えない。
トランペットを吹く香織先輩に一目惚れしたなんて……。
入学式の日、校門入った先の階段で、吹奏楽部が演奏を披露していたんだけど、その中でトランペットを吹く香織先輩を見て、香織先輩に近づきたい、一緒に演奏したいという思いで入部したのだ。
表面上は、吉川に強引に誘われたからってことにしている。まあ、それは事実だし。
『せっかく入部してくれたのに、あんなことになって。ごめ……』
「先輩は悪くありませんって」
謝りかけた先輩の言葉を遮る。
「悪いのはあの時の三年生ですから」
トランペット経験者の俺と吉川。吹奏楽すら未経験だった
入部してすぐ、実力を知りたいからとりあえずなんか吹いてと言われて、手を抜いた演奏をした。そのことが先輩方にバレ、次に95%ぐらいの演奏をしたら、上手かったことが気に入らなかったのだろう。先の件も含めて嫌われた。
それでも一人でも吹ければ良かった俺は、回りを気にせずに練習した。
楽器や譜面が隠されるようになったら肌身離さず持つようにし、パート練の時に違う教室を教えられれば他所で個人練をし……。
まともにパート練習していないのは知っていた。
合奏とは、各パートみんなの音を合わせるものなのに、どのパートもパート内での音が合っていない。そんな状態で合奏したらどうなるか?
俺はある時一人だけ桁外れの演奏を披露した。勿論他パートから笑われ、その後は、露骨な嫌がらせがエスカレートした。けれど、直接手を出された事はなかったな……。
まあ、一応俺も男だし、女子が歯向かっても負けることが分かっていたからだろう。顔とかに傷が付けば日和見をしていた教師も黙っているわけにはいかなくなるし、先輩達が不利だ。
「それに、俺も大人気無いことしましたから……」
一年生と三年生の対立が表面化してきたとき、裏で俺の山梨への転校話が進んでいた。
本栖高校の編入試験をパスし、北宇治高校から転出する手続きを進めながらも、その話は吹部には一切隠していた。
顧問の耳には入っていたはずだけど、あの人はその点いい加減だったからなあ……。
そんなある日、三年生に対して懇願するも無視される傘木と、それに対して無視しないでと頭を下げる香織先輩の横で、俺は一言こう言い放ったのだった。
傘木も日本語通じとらんの分かっとるやろ? こいつら日本人やない。言葉が通じん相手なんやから、殴るしかないと思わん?
それを聞いた香織先輩の驚いた顔。その手があるじゃんと言いたげな顔をした傘木に、こいつ何言ってんの? という三年生の顔。彼女らの表情は一生忘れないだろう……。
その時、本当に殴り掛かりそうになった傘木を、必死に止めたのも今は思い出だが。
待て待て待て! 今のはジョークやから! 奏者は音楽で殴り合うもんやろ! 手ぇ出したらあかん!
その翌日。俺は吹奏楽部から黙って居なくなった。
勿論、その日が引っ越しの前日で元々数日間学校を休む予定だったという話。数日後には登校したけど、部には顔を出していない。
結果論で言えば、あの日が退部届の日付と重なったため、俺の退部はその後退部した傘木たちと同等の扱い・認識らしい……。
「もう着きましたから、ライン切りますよ」
『うん』
県道の終点に到着。
ライン通話を切り、家へ電話を掛ける。
ガレージにビーノを止め、外へ出ると香織先輩は待ってくれていた。
デッキまで来ると湖面の月に気付いて、ふと空を見上げる。
「香織先輩、月が綺麗ですよ」
満月ではないが、半月よりは大きい月が見えている。湖面の水面にも反射していて綺麗だ。
「だね」
香織先輩はそう呟く。しかし、それだけだ。
「先輩?」
香織先輩は俺の顔を見ている。頬がほんのり赤い。
「……でも、星の方が綺麗だよ」
そう言って空を見上げたので、俺も見る。
確かに。月は綺麗だが、星も綺麗だ。
「そろそろ夕御飯の時間かな?」
対岸には炎が揺れている。焚き火だろう。
夕食はバーベキューだ。この時期に
「せ、先輩?」
急に、俺の髪に手が触れる。隣に居るのは香織先輩だから、この手は先輩のだろう。
優しく撫でられている感じだが、髪を捕まれているので顔は動かせない。目線だけ動かすと……。
…………先輩?
「それじゃあ、あすかたちのところに合流するね。また明日!」
先輩はテントサイトの方へと歩いて行く。
「今のは。一体……」
先輩にキスをされた髪を、ゆっくりさすりながら先輩の背中を見送った。