高校前の坂道。歩いて行く生徒の横をビーノで登って行く。
まだ始業まで時間がある。この時間に登校してくるのは、朝練のある部活の部員か、単に早起きの人ぐらいだ。
つまり、歩いている生徒の数は決して多くない。それでも、視線が集まる。
仕方の無いことだけど……。バイクに乗っているだけでも目立つのに、俺は『トランペットの人』という名で有名なんだから。
駐輪場にビーノを止め、チェーンを柱に回す。一番乗りだ。
このあとどんどんチェーンが上に増えて、外すときが大変だけど、今日は一番最後に帰る予定だから問題ない。
脱いだヘルメットをバンドルにぶら下げ、昇降口へ向かう。バイクとは違い、ヘルメットはよっぽど盗まれまい。行儀が悪いが、多少は良いだろう……。
\イッテラッシャイ!/
靴を替え、職員室へ向かう。
「失礼します」
ノックし扉を開け、職員室へ入る。
「
鍵がある場所へ歩いて行く途中で、呼び止められた。社会科の
「田原先生、どうされました?」
「音楽室の鍵なら、さっき
可児が? もう来てるのか。
「分かりました。ありがとうございます」
「ああ」
ならばこの部屋に用はない。戻ろう。
そう思って引き返したとき、田原先生がイスに座ったまま伸びをした。
「んー」
朝早いしお疲れなんだろう。
そう思いつつ横目に見ていたのだが、驚いて視線が再びそちらを向く。
「先生、それ……」
何に驚いたかって?
先生の左手薬指であるものが光ったからだ。
「あっ」
俺が言わんとしていることに気づいたのか、先生は慌ててそれを外し、隠すようにしまう。
「滝野」
そして、赤くなった顔で俺を見る。
「何でしょう?」
ヤバい。俺は見ちゃダメなものを見たらしい……。
「今のは見なかったことにしてくれ。普段学校では外しているんだが、昨日が休みだったから忘れていたんだ」
そういうことか。
そっちの理由は分かったが、そうするともう一つの理由が気になる。
「先生、結婚されたんですか?」
『教職一筋に生きる!』というオーラで有名だった田原先生だ。結婚したのなら、まさか といった感じだ。
「皆には黙っていてくれよ」
そう言われ室内を見渡す。
居るのは先生が数人。先生には知られても問題ないみたいだ。というか、もう知ってるのかもしれない。
「もうすぐ彼の誕生日なんだ。その日に入籍予定だ……」
素直に驚いた。あの田原先生が結婚するとは……。
「絶対に言うなよ?」
「俺、そんなに信用ないですか?」
「なければ教えないよ。分かってるけど、念には念をな?」
「はい……」
なんですか、これ? とんだ茶番劇に、他の先生方は笑っている。
おっと。時間が勿体無い。
「それでは、失礼しました」
職員室を出る。
鞄片手に廊下を歩いて行く。
まだ、登校してくる生徒もまばらで、校内は静か。
「あ、滝野先輩~!」
昇降口のところで声を掛けられた。
「あれ、
恵那ちゃんだ。
こんな早くから来る人は、部活の朝練がある人か、単に早く起きただけの人に限られる。
恵那ちゃんも部活かな? そういえば何部なんだろう?
「私、帰宅部ですよ」
あれ?
「じゃあ、今から帰宅?」
「ですね。じゃあ、先輩さようなら~」
今履き替えたであろう靴に履き替えようとする。
「ちょっと待て!」
「なんてね。冗談ですよ」
ノリが良い。リンちゃんともこんな感じなんだろう。
「そっか、帰宅部なのか。手芸部とか似合いそうだけど」
リンちゃんの髪で遊ぶぐらいだし、手先は器用だと思う。
「でも、この学校手芸部無いですよね?」
無い。
「じゃあ、スクールリゾート部?」
「ありませんよ。というか、なんですか? その変な名前の部は」
何だっけ? 忘れた。
「ところで、俺に何か用でも?」
俺が話を脱線させてしまったが、元は恵那ちゃんから話し掛けてきたんだった。
「リンから聞きましたよ。昨日、バイクで一緒に走ってくれたんですね。ありがとうございました」
「ああ、その事か。でも、別に大したことはしてないよ」
一緒に
むしろ、昼食をご馳走になったし、俺の方がお世話になった。
「でも、リンとても楽しかったみたいですよ」
「それは良かった」
「ところで、先輩。今から朝練ですか?」
「そうだけど?」
「先輩の演奏、私も聞きたいです。お上手なんですってね。一緒に行っても良いですか?」
「なんでそれを?」
「リンから聞きました」
ああ。リンちゃんね。
別に言いふられたら困ることはないけど、何でも話しちゃうんだな……。女の子の情報網、恐るべし。
「まあ、俺は構わないよ。じゃあ、行こっか?」
音楽室に到着。楽器の音は聞こえない。
ノックして扉を開く。
「おはようございます! 先輩、遅いですよ」
「あれ、
「ミクちゃんおはよう」
「おはよう」
どうやら、可児と恵那ちゃんは面識があるらしい。
「あれ、知り合いなの?」
「同じクラスです」
なるほど。そうだったか。
「ところで、斉藤さんは何をしに? もしかして入部希望ですか!」
「違うよ。私が演奏できるのって、カスタネットぐらいだし」
「そうか……。ここ、軽音楽部じゃないから、カスタネットは要らないですよね」
「可児、軽音楽は読んで字の如く、じゃないぞ。『軽い音楽って書くから簡単なことしかやらない』って思ってるんなら、大火傷するぞ」
「えっ! 違うんですか?」
違うに決まってるだろ。どこのアニメヒロインだよ。
「それよりも。恵那ちゃんに茶番劇見せてどうする? 演奏聞きに来たんだって」
恵那ちゃん笑ってるじゃないか。
「そうですか。じゃあ、先輩どうぞ」
丸投げかよ。まあ、俺の演奏が聞きたいって言ってたんだし、無理矢理吹かすのも良くない。
「いや、お前も吹けよ」
「え~!」
「嫌なら構わんが」
「嫌です」
おいおい。速答。
「あ、そうだ先輩。あの曲吹いてください。ほら、聞かせてくれたCDの、ソロパートの部分」
ああ。今年の全国大会のCDか。
「先輩が前居た北
どういうわけか、譜面まで同封されていたから、吹こうと思えば吹けるが……。
「難しいから嫌だ。お前が吹けよ」
「じゃあ、先輩が好きな曲で良いですよ」
よし。
「じゃあ、『トランペット吹きの休日』で」
吹く曲は決まった。
それでは楽器の準備をしよう。
準備室から楽器を引っ張り出す。
チューニング。……問題なし。
構え。息を吐く……。
♪~
吹き終え楽器を下ろす。
「……あ」
少し間があって恵那ちゃんから拍手が起こる。
「先輩凄いですね。初めて聞きましたけど、なんというか、感動しました!」
「ありがとう」
感想を言ってもらえるのは有り難い……
♪~
って、なんだこの曲は!
けたたましいともいえる、トランペットの音に始まる曲。これは……?
「お前、勝手に……」
可児がCDを再生していた。
「先輩、この曲は?」
「『三日月の舞』。俺が前にいた学校の、今年のコンクールでの演奏だよ」
「なんか必殺技みたいな名前ですね」
「恵那ちゃんもかい……」
最初、曲目を聞いたときに可児も同じことを言っていた。
因みに、『みかづきのまい』はクレセリアの専用技だ。ポケモンのゲームの方ではそこそこ使える技だが、ダンジョンの方で使われると、復活アイテム浪費されるから正直嫌だった。
さて、そろそろか。
「可児、この辺低音の見せ場だぞ」
って、言わなくても聞いてるか。
「先輩、見せ場というより、魅せ場では?」
俺の話もしっかり聞いているようでなにより……。
「次、ペットのソロだ」